近鉄がテスラの蓄電池を導入 — 停電時に電車の安全を確保しピークカットも

関西の大手私鉄「近鉄」がテスラ社の蓄電池「パワーパック」を導入しました。日本で初めての事例で、テスラの製品としてはアジア最大で、アジア太平洋地域でも4番目の規模です。広域停電時に電車を安全な場所に移動させて乗客の安全を確保したり、真夏などの電力需要のピークカットにも利用します。

近鉄がテスラの蓄電池を導入 — 停電時に電車の安全を確保しピークカットも

関西バーチャルパワープラント(VPP)プロジェクトの一環として設置

近畿日本鉄道(本社:大阪市天王寺区)は2019年3月26日、テスラ社の蓄電池「パワーパック」42機(総容量7MWh強)を、同社奈良線の東花園駅近くにある「東花園変電所」に導入したと発表しました。大規模な停電が起きたときに、鉄橋や高架の上、地下区間などで停止してしまった電車を最寄りの駅まで動かして、乗客の安全を確保するのが目的です。また、真夏のエアコン使用などによりピークを迎えた電力使用を抑える用途(ピークカット)でも使われます。運用開始は2019年4月1日です。

東花園駅の付帯設備である東花園変電所は、近鉄奈良線のちょうど中間地点にあることがわかる。ラグビーで有名な花園ラグビー場の近くでもある。近鉄の公式サイトより転載。
東花園駅の付帯設備である東花園変電所は、近鉄奈良線のちょうど中間地点にあることがわかる。ラグビーで有名な花園ラグビー場の近くでもある。近鉄の公式サイトより転載。

今回の大容量蓄電池導入は、関西地区の電力を供給する「関西電力」を中心とする「関西バーチャルパワープラント(VPP)プロジェクト」の一環として行われました。経済産業省資源エネルギー庁の補助事業「平成30年度需要家側エネルギーリソースを活用したバーチャルパワープラント(VPP)構築実証事業補助金」(株式会社「関電エネルギーソリューション」と共同申請)制度を利用して設置されました。

当ブログの読者の皆さんには釈迦に説法ですが、「バーチャル・パワー・プラント」とは、色々な場所に分散して設置された太陽光発電、風力発電、燃料電池、蓄電池などの「電源」を、遠隔・統合制御することで、あたかも「1つの大きな発電所」のように機能させることです。この技術を使うと、電力負荷を平準したり、電力不足のときに電力需給の調整をすることができるとされています。

テスラ社がわずか2日間で設置してしまったパワーパック42基。奥を走るのは近鉄奈良線の電車。テスラ社の公式Twitterより転載。
テスラ社がわずか2日間で設置してしまったパワーパック42基。奥を走るのは近鉄奈良線の電車。テスラ社の公式Twitterより転載。

テスラの公式Twitterによると、テスラ社はこの大容量蓄電池をわずか2日間で設置したと自慢(笑)しています。サウス・オーストラリアのホーンズデールにしてもそうでしたが、短期間で設置する腕がさらに上がったのかも知れませんね。

さて、ここでちょっとばかり「鉄分」補給です。近鉄は大阪府・奈良県・京都府・三重県・愛知県に鉄道路線を持ち、日本最大の路線長を誇る大私鉄です。東日本だと(昨今ヒットしている埼玉関連映画の地域もカバーする)東武鉄道が比肩しうる線路長を持っています。近鉄は、所有する路線の「軌間(ゲージ)」も3種類を保有するなど、大規模な鉄道会社です。余談ですが、軌間とは2本のレールの間の距離(内法)のことで、メインの大阪〜名古屋路線、大阪〜京都、大阪〜奈良などは新幹線と同じ1,435mm(いわゆる世界的な「スタンダード・ゲージ、標準軌」)、南大阪線などはJRと同じ1,067mm(3フィート6インチ)です。珍しいのは、四日市にある近鉄傘下の「四日市あすなろう鉄道」が運営する「内部(うつべ)・八王子線」で、国内でもわずかしか残っていない762mm(2フィート6インチ)軌間の「軽便鉄道」です。762mm軌間の鉄道は現在、このほかには、三岐鉄道北勢線(元は近鉄北勢線)と、黒部峡谷鉄道が残るのみです。近鉄はこのほか、ケーブルカーやロープウェイも運営しています。

パワーパックの総容量は約7MWh

本題に戻ります。今回のパワーパックは総容量およそ7MWh(7,098kWh)ですが、出力はおよそ4MW(4,200kW)です。これは、広域停電時に全ての電車を動かすには足りませんが、必要な信号システムや駅施設と、動かしたい電車に電力を供給することはできます。災害時・停電時などに、高架上で停まった電車から乗客がハシゴで線路に降りて、近くの駅まで延々と歩かされている映像を見たことはあると思いますが、こうしたことを防ぐことができます。高架ならまだマシですが、鉄橋上で停まった電車から降りることは大変危険です。鉄道会社がこうした取り組みをすることは、大変大きな意義があると思います。

JRグループなどは自前の発電・送電網を持っているので、こうしたところがVPPにもっと入って来ると面白いことが起きそうです。東日本大震災の後の「計画停電」のときに、JRの駅だけは灯りが煌々と点いていたのを不思議に思いませんでしたか?自前で持ってるから、あれが可能だったのです。今後に期待すると同時に、私たち市民が企業や行政の「後押し」をすることも大切だとあらためて感じました。

【追加取材記事】
『近鉄のテスラ パワーパック導入 — 詳細情報が入りました』(2019.4.5)

(箱守知己)

この記事のコメント(新着順)6件

  1. 今回は近鉄の事例ですが、JR東日本とJR九州も脱化石燃料化を目指しているようです。
    JR九州にいたっては「DENCHA(でんちゃ)」とそのまんまのネーミングが面白いですがww
    https://www.saga-s.co.jp/articles/-/313786
    いずれも非電化路線に蓄電池式電車を導入している会社で、クルマでいえばアイからアイミーブに代えている状態ですが(笑)
    ただ導入されている路線はいずれも平坦で比較的短く終点が行き止まりです…充電時間を確保するため行き止まりの駅が必要で、片側は電化されている路線に入りパンタグラフで受電しているから問題ないとか。
    まだまだ電気自動車に同じく航続可能距離が少なく、その距離を稼ぐために非電化区間での最高速度も80km/h程度だとか。それだから専ら普通列車用ですが加減速を繰り返す運用だからディーゼルエンジン車よりは熱効率や環境性能は優れているといえます。
    こちらもクルマの世界に同じく普及までにはまだ壁がありますが、今後の動向は注目していきたいですね。

    1. ヒラタツ様、いつも広がりのあるコメントをありがとうございます。

      非電化路線のBET(Battery Electric Train)化も楽しみですね。JR東日本だと、栃木県の烏山線が有名ですね。終点に充電用の短い架線が設置されていますが、大電流に対応できるように、架線によくある「ケーブル」ではなく、地下鉄に設置されているような「鋼体架線」にしてあるようですね。終点に着いたBETが、カチャンとパンタグラフを上げる姿が面白いです。

      北海道では、ディーゼルカー(DC)と電車(EC)が併結して走る列車もありますが、DCのほうをBETに替えてしまうようなことも、今後起こり得ますよね。

      おっと、BETにはもう一つ可能性がありました。路面電車(tram, streetcar)です。モータリゼーションで都市から追い出されてしまった「環境に優しい」路面電車ですが、BETの形で都市交通に返り咲く可能性が高いと思っています。ロンドン中心部への内燃車乗り入れに高い料金が設けられましたが、こうなるとBETで輸送を担うことが、地下鉄より設置も楽ですし、なにより細かく停まるサービスができますよね。未来が楽しみです。

  2. すばらしいですね。
    太陽光発電と組み合わせれば災害時にももっと良いと思うのですが。

    テスラの新しいビジネスモデルになると思います。

    1. 東健太郎様
      コメントありがとうございます。地震と災害が少なくない日本列島ですから、災害時に備えて色々な場所に「蓄電池・再生可能エネルギー発電施設」を揃えておくのはきわめて当然かつ賢い選択だと私も思います。長大な送電線を使う配電は、今後も必要な部分はあるでしょう。地域間の電力融通などです。でも、電気も「地産地消」にシフトする時代が来たと感じています。
      こうしたことを、ビジネスモデル・ビジネスチャンスとして捉える、というのも良いですね。旧態依然として、既得権益層のしぶとい日本ですが、世界が変わっているなか、いつまでも「化石」のままではいられないので、いずれは「化石にしがみつく人たち」も含めて淘汰されることでしょう。早く淘汰されないかなぁ、と呟いておきます。

  3. おおっ、ここで鉄道の話題ですかっ!!元鉄オタのi-MiEV乗りがお相手つかまつります。
    近鉄(近畿日本鉄道)は日本の大手私鉄でもトップクラスの会社かつ先鋭的な取り組みをしている会社としても有名ですよね…日本初の二階建て電車「ビスタカー」を実用化したり長大な複線トンネル(青山トンネル)を掘ったり、名阪直通のために名古屋から伊勢中川までの線路幅を伊勢湾台風からの復興時に変更したり、何かとエポックメイキングなことをしていますから(笑)。
    今回のテスラ社の蓄電池導入もこれからの私鉄のあり方を変えるセンセーショナルな事例として効果が期待できます。何よりも安全性の追求が必要な業界ですから、橋の上で止まった電車を安全な位置に移動できるだけの電力をまかなえる体制は乗客にとっても安心できるポイントだと思います…ホントはあってはいけないことですが、万一それが実現すれば各社がこぞって導入する可能性もありますので。
    電気自動車の電力供給機能(例:MiEVシリーズのpowerBOX・アウトランダーPHEVの100V1500W出力)もその意味では同じです。社会の不安を取り除くアイテムが欲しいですよね!

    1. ヒラタツ様
      いつも愉しいコメントをありがとうございます。じつは私も鉄道好きです。とは言っても、1970年代後半からは旧型電機・国電・雑型客車を離れ、軽便鉄道へ、80年代後半からは廃線跡がメインになりましたが。今は懐かしいパソコン通信時代、NIFTY-Serveの鉄道フォーラムでは、オンラインだけでなくオフラインでも色々と活動させていただきました。
      近鉄のイメージは、私も同感です。10100系、20100系は憧れでしたし、2両で様々な線区で特急として走る車輌も大好きです。個人的には、「伊勢長島〜名古屋」改軌前の6431系など好きです。吊掛車ながら、冷房完備で頑張った姿が印象的でした。
      さて、本題ですが(って、どっちが本題だか…)、社会の不安を軽減する様々な場所への「バッテリーの設置」は、地震が頻発する日本列島ではとても有意義だと思います。日本のような災害頻発国では、「大艦巨砲主義」のエネルギー供給はもうやめる時期が来たと痛感しております。地方分権とエネルギー地方分散は、賢い方策だと思います。
      近鉄の今回の取り組みですが、現在さらに取材していますので、近いうちにさらに詳しい情報をお伝えします。楽しみに待っていてください。

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この記事の著者


					箱守 知己

箱守 知己

1961年生まれ。青山学院大学、東京学芸大学大学院教育学研究科、アメリカ・ワシントン大学(文科省派遣)。職歴は、団体職員(日本放送協会、独立行政法人国立大学)、地方公務員(東京都)、国家公務員(文部教官)、大学非常勤講師、私学常勤・非常勤講師、一般社団法人「電動車輌推進サポート協会(EVSA:Electric Vehicle Support Association)」理事。EVOC(EVオーナーズクラブ)副代表。一般社団法人「CHAdeMO協議会」広報ディレクター。 電気自動車以外の分野では、高等学校検定教科書執筆、大修館書店「英語教育ハンドブック(高校編)」、旺文社「傾向と対策〜国立大学リスニング」・「国立大学二次試験&私立大学リスニング」ほか。

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