Ultra-Eプロジェクト発表(ヨーロッパの超急速充電ネットワーク)

2016年10月18日、Ultra-Eプロジェクトがスタートしました(リリース)。Ultra-EはCCSをベースとして最大350kWの充電ネットワークをヨーロッパ長距離輸送網TEN-T(Trans-European Transport Networks)に沿って設置するもので、オランダ、ベルギー、ドイツ、オーストリアを接続する予定です。

Ultra-Eプロジェクト発表(ヨーロッパの超急速充電ネットワーク)
Ultra-E設置計画
Ultra-E設置計画

米国や欧州ではテスラが自社で長距離旅行を目的としたスーパーチャージャーネットワークを構築していますが、各国政府も積極的に投資を進めようとしているようです。欧州のUltra-Eの投資額は1300万ユーロ、日本円にしておおよそ15億円程度ですし、TEN-Tとはいうものの当初は4か国だけの範囲1100kmに留まるとされ、充電スポット数は25か所、スポット間の距離は120-150kmになるそうです。テスラと同様、完全に長距離EVだけをターゲットにした設置間隔ですね。一般的に、長距離EVとは、100km/h程度の速度で300kmを一回の充電で走行できる電気自動車を指しているようです。一か所あたり6000万円。もちろん一か所には複数基の充電器が設置されます。何基設置されるかは公開されていませんが、テスラの標準が一か所に8基ですから、似たようなものになると思われます。ガソリンスタンドよりは安いですが結構お金がかかるものですね。

米国ではフォルクスワーゲンの制裁金を使った計画が地方裁判所で承認され、フォルクスワーゲンは、総額20億ドル(約2000億円)を10年間を2.5年ずつ4回に分けて、5億ドルずつ充電ネットワークの構築のために支払うことになりました。5億ドルはおおよそ500億円で、テスラの全米のスーパーチャージャーネットワークの構築には500億円はかかっていないと見られていますから、テスラの約4倍の規模という途方もない大規模な投資になります。
この総額2000億円のうち、40%の800億円はカリフォルニア州のCARB(排ガス規制やEV規制を進めている当局です)が、残り60%の1200億円はEPAすなわち米国環境保護庁が管理することになっているのですが、充電ネットワーク自体の提案はフォルクスワーゲンが行い、それをCARB/EPAが承認する形になるようです。

欧州でのスーパーチャージャーネットワーク
欧州でのスーパーチャージャーネットワーク

技術的なポイントもチェックしてみましょう。Ultra-EはCCS(Combined Charging System→急速充電規格についてはこちら)に準拠し、EUですのでCombo 2コネクターを採用する予定です。現時点でCombo 2では1000V 200AまでがIEC 62196-3により規格化されていますが、実際の充電器はほとんどが500V 125A-175Aまでとなっており、実質の出力は50kW-70kW程度です。急速充電中は、バッテリーの電圧と異なる電圧では充電できませんので、現行のほとんどの車が400V程度の仕様となっているため、充電も約400Vで行われます。
Ultra-Eでは1000V 350Aを規格化する予定のようですが、これをこのまま現行の400V車に接続しても、400V x 350A = 140kWくらいまでしか出力を高めることはできません。そのため、Ultra-Eのメリットを最大限に生かすためには、800V-1000Vバッテリーを搭載する電気自動車が必要になります。800Vであれば800V x 350A = 280kWと、現在のテスラスーパーチャージャーネットワーク120kW-135kWの倍以上の出力を確保できることになります。

トリプル急速充電器(Mennekes Type 2、チャデモ、Combo 2)
トリプル急速充電器(Mennekes Type 2、チャデモ、Combo 2)

実際に新しい800V規格の電気自動車が300kmを走行すると仮定して、欧州は平均速度が高いので平均電費を4km/kWhと仮定すると、300kmの走行には75kWhの電力が必要となります。これを20分で充電するには、225kWの充電電力が必要。先ほどの280kW充電器なら「出力的には」達成が可能となります。問題はバッテリーにそれだけ急いで電気を押し込められるか、ですね。
仮に100kWhのバッテリーを搭載しているとして、75kWhは75%の容量に当たります。空から75%の容量まで20分で急速充電できるバッテリーは、プラグインハイブリッド用としては新型プリウスPHV(日本では未発売)がありますが、電気自動車用の高容積密度(Energy Density)のバッテリーでは存在していません。リチウムイオン電池の重量密度(Specific Energy)、容積密度、耐久性・寿命、急速充電性能、そして安全性はすべてをバランスよく実現することが難しいと言われており、急速充電性能を高めるとほかの特性が犠牲になってしまうようですね。これから先、数年間の技術開発が期待されるところです。
※電気自動車において、高容積密度でない電池を搭載すると、バッテリーの使用するスペースが増え、車が大型化したり定員が減少したり、トランクが小さくなって実用性を著しく損ないます。電気自動車では、容積密度と耐久性・寿命が最も重要な特性なのです。

この記事のコメント(新着順)5件

  1. 全固体型リチウムイオン電池を開発しないことには、車の側で超急速充電に耐えられないのではないでしょうか。
    また、電池の容量が大きくなる中で、超急速充電器の出力が350kwでは、充電にまだ時間がかかり過ぎではないでしょうか。

    1. EVに乗りたい 様、コメントありがとうございます。確かに全固体電池は未来の技術で、充電速度も向上することが期待されています。しかしそれに依存して待つ、というほど、欧州の大気汚染の状況は予断を許さないものになってきていますし、最新の排ガス規制を少なくともディーゼルエンジンでは対応が難しいレベルまで来ているのも事実。そのため、現在あるリチウムイオン電池の技術で何とかなるところまで行こう、という流れなのではないでしょうかね。350kW充電はおそらく100kWhくらいのバッテリーだと、それほど長い時間は充電できないものと思います。短時間なら何とかなるものです。ただ大電流充電は寿命を縮めます。温度管理や充電電流の緻密な管理をすることにより、一定時間の間だけ350kWを許すというような流れになるのだと思います。ちなみにテスラの100kWhバッテリーのモデルは500kWの出力を短時間であれば出すことができます。充電と放電では全く違うわけですが、大出力に強いNCA(電池の種類です)ならこれくらい出せる。逆にNCAは充電はあまり早くできません。せいぜい100-150kW程度までではないでしょうか。
      ポルシェが目指している350kW充電に使われる電池はおそらくNMCではないかと私は想像しています。パワーではNCAに負けます(=0-100km/hなどではNCA搭載車には勝てない)が、充電は300-350kW程度まで短時間なら実現可能かと思います。

      350kWの充電器での充電が時間がかかりすぎ、という意見はどうでしょうか。一応ポルシェ社の発表では15分で80%とのこと。まあこれくらいは待てるのではないでしょうかね?ガソリンスタンドだって5分では終わりませんし、電気自動車での充電待ちのための15分待ちとか30分待ちというのは、月に1-2回あるかどうかですから。毎週ガソリンスタンドに行かなければならないガソリン車よりは利便性が高いのではないかと思います。

    1. ため蔵様、ご質問ありがとうございます。
      実はそうはならないのですよ。同じ電池を直列並列を組み替えて電圧を倍にすると、許容電流は半分になってしまい、充電電力は同一になります。一部に電圧を上げて充電速度を上げる的なマーケティングもあるようですが、電圧を上げるだけではだめで、電池容量をそもそも上げるか、電池を改良して容積密度と寿命を維持しつつ、急速充電性能を向上させなければなりません。テスラがずっとやってきたのは前者で、電池容量をアップし続けてきました。

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この記事の著者


					安川 洋

安川 洋

日本アイ・ビー・エム、マイクロソフトを経てイージャパンを起業、CTOに就く。2006年、技術者とコンサルタントが共に在籍し、高い水準のコンサルティングを提供したいという思いのもと、アユダンテ株式会社創業。プログラミングは中学時代から。テスラモデルX P100Dのオーナーでもある。

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