フェラーリ初のBEVである「ルーチェ」は、従来のスポーツカーの物差しだけでは測れないモデルです。加速性能や電費、バッテリー設計、超高級BEV市場の動きなどから、このクルマが提示する「新しいフェラーリ像」に迫ります。
フィオラノのラップタイムが発表されない理由
ルーチェは、各輪に1基ずつのモーターを搭載する4モーターAWDで、システム最高出力は772kW(1050ps)、0-100km/h加速は2.5秒と発表されています。この加速タイムはSF90ストラダーレと同値であり、数値だけを見ればフェラーリらしい圧倒的なパフォーマンスを備えています。
一方で、フェラーリの新型スポーツモデル発表でしばしば示されるフィオラノのラップタイムは、ルーチェの資料には記載されていません。フィオラノはマラネロの本社に隣接するフェラーリのテストコースであり、同社にとって開発の基準点ともいえる場所です。そこでのラップタイムは、単なる数字以上に、そのモデルがどれほどのサーキット性能を実現しているかを示す象徴的な指標でもあります。
また、これまでのフェラーリでは空力性能を語るうえでダウンフォース発生量が重要な指標として示されてきましたが、ルーチェではその数値も出されていません。この二つの事実は、ルーチェの性格をよく表しているように思います。
ルーチェはサーキットで最速タイムを追求するためのモデルというより、日常の移動の中で、気持ちのいいドライビングを味わうためのフェラーリだからと理解できます。プレスリリースでも「ドライバーの操縦に完全に同調し、流れるような一体感を味わえる」とされており、ルーチェが目指したのはラップタイムの更新ではなく、ドライバーとクルマが自然につながる感覚であることがうかがえます。
0-100km/h加速2.5秒は意外に遅い!?
フェラーリ・プロサングエの0-100km/h加速は3.3秒ですので、ルーチェの2.5秒はそれより0.8秒も速く、BEVならではの瞬発力を強く印象づける数値です。しかしBEVにはもっと速いクルマがあります。
ポルシェ「タイカン ターボGT」の2.3秒、テスラ「モデル S プラッド(以下、モデルS)」の2.1秒、シャオミ「SU7ウルトラ」の1.97秒などです。
この3台の中でモデルSとルーチェのスペックを比較してみます。
モデルSとの比較
| ルーチェ | モデルS プラッド | |
|---|---|---|
| 全長(mm) | 5026 | 4970 |
| 全幅(mm) | 1999 | 1990 |
| 全高(mm) | 1544 | 1445 |
| 車重(kg) | 2260 | 2190 |
| Cd値 | 不明 | 0.208 |
| システム出力(kW/ps) | 772/1050 | 760/1020 |
| システムトルク(Nm) | 990 | 不明 |
| バッテリー容量(kWh) | 122 | 100 |
| 一充電走行距離(km) | 530 | 600 |
| 目標電費(km/kWh) | 4.34 | 6.00 |
| タイヤサイズ(前) | 265/35R23 | 265/35ZR21 |
| タイヤサイズ(後) | 315/30R24 | 295/30ZR21 |
| 車両本体価格(万円、税込) | 7623 | 1566.9 |
全長、全幅、全高では全高のみ99mmと差が大きく、車重はわずか70kgの差、最高出力も30psしか違いません。タイア幅もリヤのみ20mmの違いでトラクション性能に大きな差があるとは思えません。ルーチェのCd値は不明(一部のメディアでは0.254と報じられています)ですが、100km/hまでですので、影響は少ないと思います。
以上のことからルーチェもモデルSと同じ0-100km/h加速2.1秒を達成できそうな気がします。しかし私はあえてフェラーリはルーチェのタイムを2.5秒に調整しているのではないかと思います。その理由はフェラーリ内のヒエラルキーを守るためです。
フェラーリの最新スペチアーレモデルであるF80の0-100km/h加速は2.15秒。仮にルーチェが2.1秒を掲げれば、F80よりも速いフェラーリになってしまいます。そのため、あえてF80の数値を上回らない設定にした可能性もあると考えます。
フェラーリが将来、BEVによって自らのパフォーマンスの序列を書き換える日が来るのか。その展開を楽しみに待ちたいと思います。もし加速力でBEVが頂点にくることがあれば、フェラーリが自身に向けたディスラプション(想像的破壊)になるでしょう。
効率では語れない「ルーチェ」というフェラーリ
ルーチェは総電力量122kWhのバッテリーを搭載し、航続距離は530km(推定値)と発表されています。単純計算では、1kWhあたりの走行可能距離は4.34kmです。
この数値をどう捉えるべきか。各輪に1基ずつモーターを搭載する4モーターAWDという共通点から、メルセデス・ベンツ G580 with EQ Technology(以下、G580)と比較してみます。
G580の一充電走行距離(WLTC)はルーチェと同じ530kmですが、バッテリー容量は116kWhとやや小さく、単純計算での電費は4.57km/kWhとなります。
G580はルーチェより860kgも重く、全高も446mm高いモデルです。さらにCd値は0.44で、乗用車としてはかなり大きな空気抵抗を持つクルマといえます。つまり、車重、車高、空力のいずれを見ても、条件としては圧倒的にG580の方が不利です。それにもかかわらず、計算上の電費ではルーチェがG580を下回ります。この比較からも、ルーチェの電費性能が決して良いとは言えないことが分かります。
ただし、ルーチェのオーナーになる人にとって、所有車がこのクルマ1台だけというケースは少ないでしょう。近距離の移動を主な用途とし、長距離用には別のクルマを持っている、あるいは移動手段そのものがボートやプライベートジェットなど、別の乗り物になる可能性もあります。マリーナや空港までの移動をルーチェでこなせれば、それで十分なのです。
なお、ルーチェは最大350kWの急速充電に対応(欧州仕様)し、20分で70kWhを充電できると発表されています。70kWhは航続距離に換算すると約304km分に相当し、1回の充電休憩で長距離移動を続けるための電力を大きく回復できる計算です。
一方、日本仕様の急速充電規格については、CHAdeMOに対応するのか、NACSを採用するのか、現時点では明らかにされていません。もしCHAdeMO対応となれば、海老名SAに設置される350kW級急速充電器の恩恵を受けられる可能性があります。
ルーチェのバッテリー設計にみる将来アップデートの余地
フェラーリはルーチェのバッテリーに関する様々な情報を公開しています。
セル数は210個で、14セルを1モジュールとし、15モジュールで1つのバッテリーパックを構成します。そのうち13モジュールはフロア下に敷き詰められ、残り2モジュールはリヤシート下に配置されます。
セルのエネルギー密度は305Wh/kg。単純計算では、122kWh÷305Wh/kg=400kgとなり、セルだけの重量は約400kgと考えられます。一方、パック全体のエネルギー密度は195Wh/kgで、これをもとに計算すると、バッテリーパック全体の重量は約625kgになります。セルは韓国のSK Onと共同設計したパウチ型のNMCで、体積エネルギー密度は740Wh/L超とされています。
さらにプレスリリースでは、「Ferrari Forever」の哲学に沿って、バッテリーを含むすべての電動コンポーネントについてフェラーリがサポートする予定であることも示されています。バッテリーはパックごと車体から取り外せる設計で、必要に応じてモジュールや電子部品を交換できる構造です。
BEVにつきまとうバッテリー劣化に対して、車両設計の段階から交換や保証を見据えた構造を採用し、それを車両発表時にきちんと公表している点は、素晴らしい取り組みだと思います。
そして、この「交換できる設計」は、将来的な技術進化を受け止める余地にもつながります。もし将来、現在のSK On製セルと同じサイズで、より高いエネルギー密度を持つバッテリーセルが実用化されれば、バッテリーパックの基本構造を大きく変えずに、航続距離を伸ばせる可能性があります。
その候補として、最も期待したいのが全固体電池です。全固体電池は、現在主流の液体電解質を使うリチウムイオン電池に比べて、航続距離の延長や充電時間の短縮が期待される次世代電池です。実用化が進めば、航続距離は大きく伸び、目安として「2倍」、充電時間は「1/3程度」まで短くなる可能性もあるとされています。
もちろん、製品化された初期段階では、現在のリチウムイオン電池よりもコストが高くなる可能性があります。しかし、ルーチェのようなモデルやその顧客層であれば、そのコストを受け入れる余地があるでしょう。
たとえば将来、ルーチェの認定中古車を購入したオーナーが、正規ディーラーでバッテリーを次世代セルに交換し、航続距離1000kmオーバーのルーチェと新しいカーライフを楽しむ。そんな使い方も考えられます。
そのセルに刻まれたメーカー名は、現在の「SK On」ではなく、全固体電池の開発を進める「TOYOTA」や「NISSAN」、あるいは別の次世代電池メーカーの名前になっているかもしれません。急速充電では7分で600km分をチャージできる。そう考えると、BEV時代のフェラーリには、エンジン車とはまた違った「進化しながら長く乗る楽しみ方」が生まれるのではないかと期待したくなります。
BEV時代にフェラーリが示したひとつの答え
「超高級EV」の先行例としては、2022年に発表されたロールス・ロイス「スペクター」があります。日本での価格は4800万円からでした。2023年に日本で行われた発表会でも、販売は好調なスタートを切っていると聞くことができました。
その後もスペクターは順調に販売を伸ばし、2024年、2025年には世界で2番目に多く販売されたロールス・ロイスになっています。超高級車の世界においても、BEVが単なる話題性にとどまらず、実際の需要を獲得していることを示す好例です。
一方で、すべての高級ブランドがBEV投入に前向きなわけではありません。最近では、BEV発売の中止や延期も相次いでいます。フェラーリに最も近いライバルであるランボルギーニも、当初BEVとして計画していた「ランザドール」について、2029年投入予定へ延期したうえで、PHEV化を検討・計画していると報じられています。
つまり、超高級BEVには確かな需要がある一方で、各社は投入時期や商品性を慎重に見極めている段階でもあります。その中でフェラーリがルーチェを送り出す意味は、単にBEV市場へ参入することではありません。
ルーチェは、BEVだからこそ実現できるデザイン、車内空間、走行性能を、フェラーリの哲学を通して世に問うためのモデルです。だからこそ、他社の動向や市場投入のタイミングだけで評価するべきではありません。また、デザインについても「これまでの常識やセオリーに合わない」といった見方だけで論じるのは、少し的外れかもしれません。
ルーチェのコンセプトは、今後ライバルブランドから登場する高級BEVにとって、ひとつの指標になる可能性があります。プレスリリースにある「完全な電動アーキテクチャーだからこそ可能な、まったく新しい種類のフェラーリを実現」という一文が、このモデルの本質をよく物語っています。
100年に一度と言われる自動車の大転換期にフェラーリが出したルーチェという一つの答えは、数十年後の未来から振り返った時に「BEV化を推し進めた革命的なモデル」として必ず名前があがる代表的な1台になると思います。
発表直後に下落した株価は、すぐに元の水準へ戻りました。ルーチェもまた、短期的な反応だけで評価すべきモデルではないと思います。エンジンを持たないこのクルマを異端とするのではなく、これからの電動フェラーリ像を測る物差し、いわば「メートル原器」として見ていく必要があります。
日本での価格は7623万円からです。納車は2026年後半からの予定と発表されていますが、現時点で日本導入時期までは明らかにされていません。しかし、2027年には東京とロサンゼルスにテーラーメイドセンターを開設予定であること、最近のフェラーリにおけるワールドプレミアからジャパンプレミアまでの期間の短さを見ても、日本市場を重要視していることがうかがえます。
一日でも早く、日本でルーチェの実車を見られる日を楽しみにしています。
| 主要スペック | |
|---|---|
| 全長(mm) | 5026 |
| 全幅(mm) | 1999 |
| 全高(mm) | 1544 |
| ホイールベース(mm) | 2961 |
| トレッド(前、mm) | 1696 |
| トレッド(後、mm) | 1690 |
| 車両重量(kg) | 2260 |
| 前後重量配分 | 47:53 |
| 乗車定員(人) | 5 |
| 一充電走行距離(km、推定値) | 530 |
| EPA換算推計値(km) | 424 |
| 電費(目標電費、km/kWh) | 4.34 |
| バッテリー総電力量(kWh) | 122 |
| バッテリー種類 | 高ニッケルマンガンコバルト正極 |
| バッテリーメーカー | 韓国SK on®と共同設計 |
| 急速充電性能(kW) | 350 |
| 急速充電時間 | 350kW器20分で70kWh |
| モーター数 | 4 |
| 駆動方式 | AWD |
| 回生による最大減速度 | 0.5G(日常走行でのブレーキングのほぼすべてが該当) |
| モーター種類(前後) | ラジアル・フラックス型永久磁石同期モーター |
| フロントモーター出力(kW/ps) | 105/143 |
| フロントモータートルク(Nm) | 140 |
| リヤモーター出力(kW/ps) | 310/421 |
| リヤモータートルク(Nm) | 355 |
| システム最高出力(kW/ps) | 772/1050 |
| 最高出力 ps | 1050 |
| サスペンション(前後) | セミバーチャルダブルウィッシュボーンサスペンション (ハイマウントアッパーアーム付き) |
| タイヤサイズ(前) | 265/35R23 J9.5 |
| タイヤサイズ(後) | 315/30R24 J11 |
| 荷室容量(L) | 597 |
| 0-100km/h加速(秒) | 2.5 |
| 0-200km/h加速(秒) | 6.8 |
| 最高速(km/h) | 310 |
| 車両本体価格 (万円、A) | 7623 |
文/烏山大輔











