商用車こそEVシフトの本懐。テスラSemiがもたらす業界の大変革

サッカーW杯で日本がスペインに歴史的勝利を飾った12月2日、電気自動車の大型トレーラーヘッド、テスラ『Semi』の納車イベントがオンライン中継されました。最大出力1MWのスーパーチャージャーV4など要注目のトピックスも満載。注目ポイントを翻訳家の池田篤志氏が解説します。

自家用車はスポーツカーやSUV、ワンボックスなど、自らの個性を反映して好きなモデルに乗ることが出来ます。多少燃費が悪かろうが、荷物が運べなかろうが関係ありません。しかし商用車、特に物流業界は、ビジネスだからこそコストや機能がしっかりしていないと事業が成り立ちません。EVトラックは金持ちの道楽なのか? お金の計算ができる人ほど、逆にこれ以外の選択肢はないと感じるでしょう。

Semi納車イベント

FIFAワールドカップ予選で世界中の予想を覆し、日本がスペインを下した試合はイーロン・マスクの目にも止まったようで、おめでとうツイートまで発信してくれています。

‌🇯🇵‌🇯🇵 Congratulations Japan! ‌🇯🇵‌🇯🇵https://t.co/WfqWIJMNGI
— Elon Musk (@elonmusk) December 1, 2022

そんなサッカーのニュースに隠れて残念ながらほとんど話題になっていませんが、2017年の発表から実に5年の歳月を経て、ついに大型トレーラーヘッド、テスラSemiの納車が開始。ネバダ州スパークスにあるテスラ社の最初の「ギガファクトリー」でデリバリーイベントが開催されました。

Tesla Semi Delivery Event(YouTube)

※記事中画像は公式動画から引用。

全世界で毎年1億台ぐらいの自動車が販売される中で、トレーラーヘッドの割合は1%以下。年間わずか40~50万台しか売れませんが、1日のうち1時間程度しか動かない自家用車と違って稼働時間が長く、排気量も大きく、ディーゼル車であることから、大気汚染の割合で見ると自動車全体の20%、PM2.5などの煤塵は36%も占めています。そのため、大型トラックをEVに置き換えることで、少ない台数で大きな環境保護効果が得られるのです。

Semiはただ環境にやさしいだけでなく、運転が楽で、楽しく、安全でもあります。モーターやインバーター、ヒートポンプなどは、モデルSやモデル3などで改良を重ねた、実績のある部品を流用しているため、性能や耐久性も抜群です。このイベントでは言及されていませんでしたが、カメラシステムもモデル3などと類似したものを使っているため、オートパイロットなどのソフトウェアもSemiは搭載していると考えられます。

イベントではオートパイロットについて一切説明がありませんでしたが、これはもうすぐ発表されると噂されている次世代オートパイロットコンピューター、ハードウェア4(HW4)がSemiにも搭載されていて、今発表してしまうとモデル3などの乗用車と足並みが揃わないからだと私は推測しています。きっと乗用車でも近日中に発表があり、「ちなみにSemiにもこの機能は備わっている!」と説明するのだと思います。

Semiのエンジニアはペプシコなどのドライバーを訪ね、どういった機能が必要なのか、トラックを毎日どのように使っているかなど徹底的に聞き込み、テスラの十八番とも言える素早い学習と改良を重ねました。運行前点検のためのボタン類が備わっていたり、ワンタッチで車高を下げたり、キングピン(トレーラーの連結部パーツ)のロックを解除したりと、様々な便利機能が備わっており、テスラいわく「ドライバーは早く仕事を終えて帰ることができる」そうです。

もう一つドライバーとして便利なのが広大なキャビンです。身長が約185cmのイーロン・マスクでも立つことができ、外が荒天の場合でも室内でカッパやジャケットを着込んでから外に出られるのはありがたいですね。

このような広大なキャビンが可能になったのは、モーターがフットボールぐらいの大きさしか無いため、キャビンの床を低くすることができたためです。乗用車でもEVはパッケージングの自由度がかなり変わりましたが、Semiでもうまく各コンポーネントの位置を変えていて、これまでにないスペースの活用法が編み出されています。

車両総重量37トン(トラックと荷物の合計)の状態で、1回の充電で800km走行することができます。これはテストコースなどの道が整った状況での記録ではなく、サンフランシスコからサンディエゴまで実際の道路で実現しています。下図はバッテリーと走行距離、標高のグラフですが、バッテリー残量97%からスタートして、サンディエゴに3%で到着しているため、実際はバッテリー容量の93%を使って830kmを走行したことになります。途中の大きな峠では標高1260mまで登っていることにも注目です。

電費は現在の仕様で1060Wh/kmです。テスラモデルXで年式や走り方にもよりますが260Wh/kmぐらいですので、車両総重量2.6トンのSUVの4倍の電費で37トンのトラックが動いていることになります。テスラでは将来的に1000Wh/kmは達成できると見ており、うまくいけば940Wh/kmも狙えるとのこと。

電費と航続距離から逆算すると、駆動バッテリーは恐らく1MWh(モデルS 10台分相当)あり、これを充電するのが、出力が大幅に向上したスーパーチャージャーV4です。ピーク出力は1MW以上で、ケーブルの発熱を抑えるために、導線は冷却液のパイプの中に通しています。(なお、サイバートラックもV4充電器に対応しているとのこと)

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以下の写真ではわかりにくいかもしれませんが、ドライバーが持っているスーパーチャージャーV4のケーブルはV3よりも明らかに太いです。上図右側では同じ直径に見えますが、縮尺が違うようですね。

最後にペプシコの偉い方が壇上に招かれ、黒いカードのようなものを渡されているので、Semiの鍵はどうやらモデル3/Yと同じカードキーだと分かります。この後会場では、イベント参加者がSemiの製造ラインを見学して周るチャンスがあったそうです。

Semiのメリット

納車イベントでは興味深いSemiのあれこれを知ることができました。ここからは、Semiについてのポイントを紹介していきましょう。まずは、Semi のメリットから。

●市街地で排ガスを排出しないため、呼吸器系疾患に関する医療費が下がります。日本ではあまり耳にしませんが、アメリカでは排ガスを吸いすぎると脳機能に影響があると言われて(関連情報サイト)おり、スクールバスをEVバスに置き換える動きも活発化しています。

●Semiは回生ブレーキで減速するため、ブレーキダストも殆ど出ませんし、下り坂でブレーキが効かなくなることもありません。「プロは排気ブレーキを使うよ!」というご意見もあるかもしれませんが、それはそれでエンジンと後処理装置が冷えてしまい、昇温制御のために無駄に燃料を使い、排ガスも悪化するのでデメリットがあります。

●あと数年でEuro7規制が導入され、後処理装置はますます巨大化し、高価になると思われます。Semiは後処理装置が不要なため、メーカーとしても認証が取りやすく、事業者もメンテナンスコストが少なく済みます。

●暖機運転の必要がないため、近所迷惑にならず速やかに始業できます。また、ドライバーが就寝時などにエンジンをかけっぱなしにする必要もありません。

●6%の上り勾配でも37トンの塊がグイグイ加速していくため、もう登坂車線に用はありません。

●モーターの制御が精密なため、トラクションコントロールも効くし、トレーラーのジャックナイフも防止できます。

●安全で高性能なトラックを導入すれば運用コストが下がるだけでなく、ドライバー不足の時代でもSemiに乗りたい人を雇用できます。Semiをすでに導入予定の企業は、今のうちにモデル3/Yを購入してドライバーに回生ブレーキの使い方など、EVの作法に慣れておいてもらうのが良いと思います。

Semiの疑問点

いくつか、ライブ動画でもわからない疑問点も残りました。

●地上高が低い? エアサスは付いているため、もしかしたら高速道路などは電費向上のために車高が下がり、市街地では高くするのかもしれませんが、下の写真のままだと線路や勾配の変化がきつい道で亀になるリスクがあります。

●インフラはいつ整うのか? 現在はペプシコやフリトレーのヤード内にスーパーチャージャーV4を用意しているため、拠点間の輸送は問題ありませんが、それを外れたルートを通る場合はV3チャージャーに頼ることになり、そうすると牽引したままでは充電器に近づけないため、しばらくは決まったルートだけを走ることになりそうです。

●ミラーを取ったらさらに電費アップ? アメリカでは法律で、メーカーは必ずサイドミラーを装備して車両を販売しなくてはなりません。しかし、オーナーがそれを取り外すのは自由なので、サイドカメラ仕様にして、さらに電費を伸ばすのが定番になりそうです。乗用車ではミラーを取ると最大2%電費が変わるとも言われていたため、Semiも期待できるかもしれません。

●ドライバー監視システムはどうするのか? モデル3などの乗用車でもオートパイロットを騙して手放し運転するためにハンドルに重りを巻いている人がいますが、トラックがこれをやると事故った時にシャレにならない被害が出ます。Semiには特別に厳しい監視システムがつくのか注目です。

●日本の道路にあったサイズのトラックを出してくれるのか? Semiは日本には少し大きすぎます。サイバートラックもそうですが、もう少し道路の狭い国用に、同じコンセプトで少しコンパクトな車両がほしいですね。

トリビアコーナー

私がテスラのイベントを翻訳解説する際に恒例となっている、トリビアを。

●2017年に発表されて以来、著名な科学者やエンジニアに実現不可能だと言われ続けてきたSemiですが、ビル・ゲイツ氏に至っては「大型トラックや貨物船、旅客機の電動化は、バッテリー技術に大きな革新が起きたとしても現実的なソリューションには絶対ならないだろう」と言っていました。ゲイツさん、特にバッテリー技術に革新は起きてませんが、今どんな気持ちですか?

●インターネットの匿名掲示板でまだ「雪道でどうするの?」とコメントしている方がいましたが、バッテリーの大きさに対してキャビンの使用エネルギーは例えばモデル3などとあまり変わらないため、バッテリーが50kWhしかないモデル3で一晩に10kWhも取られると痛いですが、1000kWhもあるトラックから10kWh減ったところで……。

●イベント中に800km走ったことを説明する際、ことさら「Semiは変なことは一切していない」と強調していましたが、これは先日、創業者が逮捕されたトラックメーカー、ニコラのプロトタイプ車両ニコラOneを揶揄したものです。ニコラはまともなEVトラックを開発できなかったため、長く緩やかな下り坂を転がっている様子を撮影し、世間に「どうだ、ウチの開発車両の走りは!」と公開していました。

●ディーゼル車はNOxを大量に出しますが、実は水素エンジントラックもNOxが出ます。これを浄化するために後処理装置が必要ですが、後処理装置をつけると、今度は出力が下がります(水素エンジン車はそもそも出力が低い)。排ガス規制が進むと、どんどんEVとのパワーの差が顕著になっていきます。

いかがでしたでしょうか? お金にシビアな物流業界こそ、Semiの利点が明確に見えるはずです。もちろん会社によってまだSemiでは役に立たないということもあると思います。しかし、1日200kmも走行しないような会社だって山ほどあるため、そういう会社から順にEVトラックにシフトしていき、「おい、EVにしたら経費がすごく浮いたぞ」という噂が出始めると、一気にEV化が進むのだろうと私は予想しています。

(文/池田 篤史)