2021年9月9日に行われた日本自動車工業会のオンライン記者会見で豊田章男会長が「すべてを電気自動車にすれば良い」という考えは違うと指摘。質疑応答で「550万人の大半の雇用を失う可能性がある」と答えた発言が、内外のメディアで取り上げられています。EVsmartブログが気になる、自工会の盲点を考えてみましょう。
※冒頭写真は自工会の会見リリースから引用。
550万人の大半の雇用を失う可能性がある
自工会のオンライン記者会見における豊田会長の発言については、EVsmartブログでも何度かお伝え(6月の記事にリンク)してきました。
9月9日に行われた会見では、豊田会長は冒頭挨拶として、カーボンニュートラルについての見解を説明。「カーボンニュートラルは雇用問題でもある」と指摘したことについて、質疑応答の中で、日本の自動車産業は年間で約1000万台の生産のうち500万台を輸出しており、今の日本のエネルギー事情のままでは(ことに欧州に)輸出できなくなってしまうこと。さらに、「2030年時点でBEVとFCEVは200万台にも満たないとみているので、800万台以上の生産台数が失われることになる。つまり(自動車産業全体の)550万人の大半の雇用を失う可能性がある」と解説しました。
エネルギーシフトが大切という見解には大賛成
冒頭挨拶の全文はのちほど紹介しますが、豊田会長の説明には納得して賛同できる部分があるものの、シンプルに「あれ、何か抜けていませんか」と感じる点がありました。
まず、賛同できる部分です。
「カーボンニュートラルにおいて、私たちの敵は「炭素」であり、「内燃機関」ではありません。炭素を減らすためには、その国や地域の事情に見合ったプラクティカル(実用的)でサステナブル(持続可能)な取り組みが必要だと思います。そして、目標を掲げること以上に、目標に向かって行動することが大切だと思っております」(豊田会長)
挨拶の中で、豊田会長は「プラクティカルでサステナブルな取り組みを実行する」ことの重要性を指摘。日本の自動車産業は「電動車フルラインナップ」を目指していることや、燃費向上や温室効果ガス排出削減の努力を重ね、2001年度からの20年間で世界をリードする23%(5000万トン以上)のC02削減を実現してきたことを強調しました。
質疑応答での回答で「カーボンニュートラルへの思い」を突っ込んで説明する中では、「日本政府は(COPを意識してか)目標値を示すだけでそこにコストが示されていない。実行するのは民間でと聞こえてしまう」ということや、「(再エネ普及に関する)国の目標を実現するためには送電網の更新や太陽光発電などの安定化のために2030年までにおよそ25兆円の投資が必要」という試算を示しつつ、10月の会見では自工会として「自動車産業を軸に、いつ、何が、どれだけ必要なのか、課題を提示して議論のきっかけにするプランを示す考え」であると説明しました。
脱炭素社会を実現するために、「内燃機関を敵」と考えるのは間違っていて、ことに電力のエネルギーシフトを国全体で進めなければいけないという指摘には、全面的に賛同します。日本の場合、原発をどうする? という悩ましい問題もありますが、化石燃料に依存しない電力供給の仕組み作りを進めていくのは、脱炭素はもちろん、これからの時代、日本の産業が世界での競争力を維持するためにも不可欠の課題だと思います。
世界と勝負できる電気自動車を!
「あれ、何か抜けてない?」と感じる点。それは「電動車フルラインナップ」という言葉です。トヨタをはじめとする日本の自動車メーカーがハイブリッド技術で世界に先行し、ことにトヨタはFCEV(燃料電池自動車)でも世界のメーカーに先駆けて意欲的なチャレンジをしていることは確かです。
でも、国産車のラインナップには、電気自動車(BEV)の選択肢が絶望的に足りません。挨拶の中で、一部の政治家から「すべてを電気自動車にすれば良いんだ」という声を聞くという指摘があったのは、これもEVsmartブログで何度かお伝えしているように、小泉環境大臣が「エンジン車の市場は縮小していくが、EVの市場は拡大していく。日本の持続可能な発展のためにEV普及推進を!」といった主旨の発言をしていることなどを指しているのでしょう。
とはいえ、「エンジン車の市場は縮小していくが、EVの市場は拡大していく」のは、もう世界の流れになっています。2035年にハイブリッド車をどしどし生産できたとしても、世界にはもう販売できる市場がほとんどなくなっているということです。
にも関わらず、日本の自動車メーカーからはまだ、世界と勝負しようとする気概や魅力を感じる電気自動車が、ほとんど発売も発表もされていない。これはどうしようもない現実ではないでしょうか。肝心の電気自動車がないのに「電動車フルラインナップ」とはこれいかに? ということです。
先日、ドイツで行われた「IAA」で、フォルクスワーゲンが約260万円で57kWhのバッテリーを搭載するコンパクトEVの『ID. LIFE』を発表しました。発売は2025年までの計画。まだコンセプトカーではありましたが、発表されたバッテリー容量や価格が大きく変わることはないだろうと思われます。
はたして、日本の自動車メーカーには、ID. LIFE と真っ向勝負できるEVが作れるのでしょうか。9月初旬に開催されたトヨタの「電池・カーボンニュートラルに関する説明会」の内容を見ても、正直「はなはだ不安」と言うしかないのが現状です。
そもそも「2030年時点でBEVとFCEVは200万台にも満たないとみている」という見通しはどうなんでしょう。ここ数年の動きを見る限り、おそらく2030年にはテスラが一社で200万台くらいは生産&販売しそうな勢いです。日本の自動車メーカーが束になって200万台というのは、やや矮小な見込み台数ではないかと感じてしまいます。穿った見方をすれば「電気自動車での勝負を避けようとしている」のかも知れません。
忘れちゃいけないのは、電気自動車シフトは脱炭素のためだけじゃないということです。たとえば、約260万円で57kWhの ID. LIFE は、同クラスのエンジン車よりもお手頃で魅力的な自動車になるのではないかと期待しています。中国で約50万円の『宏光 MINI EV』が大ヒットしているように、構造がシンプルな電気自動車だからこそ、エンジン車では考えられなかったような、安価で実用的な車種が、世界各地で続々と登場してくる可能性が高いでしょう。マイカーにエンジン車を選ぶ理由がなくなってしまう日が、刻々と近づいているのだと思います。
一部の政治家が誰なのか、その方がどう思っているのかは知りませんが、EV普及を応援しているEVsmartブログとしては「すべてを電気自動車に」なんてことは最初から主張も希望もしてません。適材適所、いろんな技術の選択肢を広げようという自工会の見解にも賛同します。
ただひとつ、今回の会見の挨拶や質疑応答で「抜けてない?」と感じたのは、「日本メーカーの電気自動車の選択肢を広げる」という目標が明示されなかったことです。電気自動車の選択肢がまだ少ないのは、日本の自動車メーカーの最大の弱点になりつつあるようにすら感じます。
日本の自動車メーカーから、いや、はっきり言ってトヨタから、世界と勝負できる画期的かつ魅力的な電気自動車が発表されるのを心待ちにしています。
豊田会長の挨拶全文を紹介
最後に、会見冒頭での豊田会長の挨拶全文をご紹介しておきます。
東京2020の総括
先日、オリンピックに続き、東京2020パラリンピックが閉幕いたしました。障がいをオンリーワンの個性にするパラアスリートたちのオンリーワンの闘い方とオンリーワンのストーリーに、多くの人が感動した大会だったと思います。
そして、選手たちが試合後に語っていたことは、「この場に立たせてくれてありがとう」「応援してくれてありがとう」「大会をサポートしてくれたすべての人にありがとう」という感謝の気持ちでした。
舞台裏ではボランティアをはじめ、大会運営を支えようと頑張っている人たちがたくさんいました。そこには、自動車産業550万人の仲間の姿もありました。アスリートや現場の皆さんが示してくれたものは、「自分以外の誰かのために」という想いであり、それこそが今大会のレガシーではないかと思っております。
そして自動車会社といたしましては、閉会後もパラリンピックを通じて知り得た社会課題や技術課題をこれからのモビリティ社会で解決することにつなげてまいりたいと思っております。
カーボンニュートラルについて
さて本日は、カーボンニュートラルについていま私たちが考えていることを申し上げたいと思います。
今年11月にはCOP26もあり、各国の代表者からはこれまで様々な目標が提示され、その実現策として、出口であるクルマの選択肢を狭める動きも出てまいりました。カーボンニュートラルにおいて、私たちの敵は「炭素」であり、「内燃機関」ではありません。炭素を減らすためには、その国や地域の事情に見合ったプラクティカル(実用的)でサステナブル(持続可能)な取り組みが必要だと思います。そして、目標を掲げること以上に、目標に向かって行動することが大切だと思っております。
自工会においては、電動車フルラインナップという日本の強みを生かしてカーボンニュートラルに貢献するために、各社の得意分野に応じてタスクフォースを組みながら、課題の洗い出しや関係省庁を巻き込んだ議論を進めてまいりました。各企業でも、新たなパートナーシップや実装実験を通じて、「技術の選択肢を広げる」動きが加速しております。
日本の自動車産業はいち早く電動車の普及に取り組み、この20年で23%という、国際的に見て極めて高いレベルでCO2を削減してまいりました。この先の数年間やるべきことは、これまで積み上げてきた技術的なアドバンテージを生かし、今ある電動車を使って足元でCO2を最大限減らしていくことだと思っております。
そこで自動車が余力を稼ぐことができれば、他産業における技術革新に向けた時間や投資に回すこともできると思います。
その中で、日本の事情に合った選択肢を模索していくことが、プラクティカルで、日本らしいアプローチだと考えております。
これまで申し上げてきましたとおり、輸出で成り立っている日本にとって、カーボンニュートラルは雇用問題でもあるということを忘れてはいけないと思います。私たちが、必死になって「選択肢を広げよう」と動き続けているのは、自動車産業550万人の雇用、ひいては日本国民の仕事と命を背負っているからです。
これから総裁選も始まります。一部の政治家からは「すべてを電気自動車にすれば良いんだ」とか、「製造業は時代遅れだ」という声を聞くこともございますが、私は、それは違うと思います。「今の延長線上に未来はない」と切り捨てることは簡単です。
でも、日本の人々の仕事と命を守るためには、先人たち、そして、今を生きている私たちの努力を未来につなげていくこと、「これまでの延長線上に未来を持ってくる努力」も必要だと思っております。それが、日本を支え続けてきた基幹産業としての私たちの役割であり、責任です。
納期と課題を明確に
今、私が実感しておりますのは、多くの産業と関わり、人々の生活と密着したクルマというリアルなモノがあるからこそ自動車産業を軸にすると、カーボンニュートラルにおいても納期と課題がわかりやすくなるということです。納期と課題が明確になれば、色々な行動につながってまいります。
そこで来月には、カーボンニュートラルの出発点であるエネルギーについて、「プラクティカル&サステナブル」の観点で、自動車産業を軸にした課題を提示させていただく予定です。そして、自動車産業の「作る」「運ぶ」「使う」の各ステップにおいて行動を起こすことにつなげたいと思っております。
カーボンニュートラルのペースメーカーとして、日本の基幹産業として、自動車産業は今後とも行動し続けてまいりますので、ご支援いただけますと幸いです。ありがとうございました。
(文/寄本 好則)



