日本時間9月23日早朝に開催されたテスラ「バッテリー・デー」の発表内容は、どのくらいスゴいことなのか? 本当に実現できることなのか? 電池研究の第一人者である雨堤徹さんの評価を寄稿いただきました。
バッテリー・デーの発表は本当にスゴいことなのか?
2020年9月23日、日本時間の午前5時半ごろから開催されたテスラの『2020 Annual Shareholder Meeting and Battery Day』。いわゆる株主総会とともに、現在のバッテリー開発の進捗状況および将来の見通しについて発表する「バッテリー・デー」というプレゼンテーションが行われました。
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かなり専門的な内容とともに、「航続距離は最大54%向上」や、「バッテリーのkWh単価56%低下」を実現するチャレンジであることが説明されました。素人考えで解釈すると、今まで100万円掛かっていた電気自動車の電池が44万円で買えるように(電池部分の価格が56%低下ですので、車両価格が56%低下することにはなりません)なり、同じ重さ(大きさ)の電池で1.5倍以上の一充電航続距離を実現できるようになるということです。
これが本当だとすると、同じグレードや同程度の性能のエンジン車よりも電気自動車の方が安価で購入できたり、新車価格100万円台前半で一充電航続距離が200km以上というよう大衆的な電気自動車が実現できるはずです。すごい! とは思うのですが、そのスゴさや実現可能性を素人が評価することはできません。
そこで、以前『電気自動車の進化に必須といわれる「全固体電池」は実用化できない?』という記事でインタビューさせていただいた電池研究の第一人者である雨堤徹さんに、今回のバッテリー・デーをどう評価するかについてのレポートをお願いしました。
雨堤さんは、もともと三洋電機でリチウムイオン電池開発に携わり、テスラが「18650」と呼ばれる三洋電機(のちにパナソニック)のリチウムイオン電池を採用することを決める際のキーパーソンとなった方です。2010年に三洋電機を退職後、兵庫県の淡路島で電池研究開発やコンサルティングを手がける『Amaz(アメイズ)技術コンサルテイング合同会社』を立ち上げています。
では、雨堤さんの評価レポートをご覧ください。
前例主義を打破する挑戦は評価に値する
**Amaz技術コンサルティング合同会社
博士(工学) 雨堤 徹**
決して尖った技術の発表ではないが、現実的な課題とされてきたことの実現に向けた挑戦であり、コロンブスの卵的発想で「目のつけどころがTESLAでしょ」というのが正直な印象である。結果は別としてやれる可能性のある部分を確実に遂行するんだという“Dreams”ではなく、“Come True”により重きを置いた発表であったと思う。
電池に関する彼らの発表は、5つの変更により➀コストダウン➁長距離化➂工場の省スペース化を5つの観点(セルの構造変更/電極工程の変更/負極活物資/正極活物質/パック化の集約)に分けて解説したものであった。現状のギガファクトリーの約1,000倍に相当する20TWh(年間)の生産を目指すということであった。
コストダウンには材料コストや自動化ということが注目されがちであるが、実際には歩留まりと初期投資設備・建屋等の償却が大きなウェイトを占めている。この内で投資の最小化と生産の効率化という観点に焦点を当て、トップが理解し具体的な対策を講じようとしているところは、日本で問題視されている「前例主義」と大きく異なる点であり、評価に値すると思う。
長く電池現場に携わっている人たちには、特別に目新しい内容ではない部分もあり具現化に挑戦してきた技術も少なくないが、既存のメーカでは検討段階で潰されてしまいかねないものも多く含まれており、具現化されていないということが、そのことを物語っているとも言える。個別に詳細をコメントすると大変なので、ポイントを絞って説明することにする。
【大径の円筒形】
新規設計でも円筒形ということには少し驚きを覚えたのは事実であり、セル自身のエネルギー密度では有利となるがパック化の充填面では不利となり、CATLのCell-to-Pack概念(CTP ※関連記事にリンク)に準拠しても円筒形ゆえのロス部分は軽減できない。
大胆なアルミニウムダイキャストシャーシ設計による収納の集約でカバーできるという判断ではないかと想像する。放熱面でも不利であるが、これもタブレス構造で放熱性を改善できると見込んでいるのではないかと思われる。
【タブレス構造】
ニカド電池で開発された方式であり、細かな構造等は異なるがPanasonic製のHEV用角形電池でも採用されている技術である。高出力に有利な設計であるが、BEV用途であればそこまで必要はないとも思われるが、放熱性と組立性のメリットを優先したのではないかと想像する。
ただし、組立性の向上については疑問も残り、特に溶接チリの発生による信頼性や歩留まりの低下が懸念される。前に進めながら問題点を少しずつクリアにして行くしかないような気もする。
【ドライコーテイング】
買収したマクスウェルの技術であるとの説明であった様な気がするが、映像を見る限り特に目新しい技術ではなく、リチウム一次電池の正極の製法として30年以上も前から確立されており、現在も使用されている製法の様に見受けられた。弊社にもこれに近いテスト装置を保有している。
完全ドライではなくセミウェットではないかと想像する。現時点でリチウムイオン電池には採用されていないが、電極の薄型化と芯体への密着性等の問題がクリアされれば、工程は大幅に改善できる手法である。現状の電極は片面ずつ塗工しているが、今回の方法であれば両面同時に塗工ができる可能性も高くなり、工場の省スペース化や生産効率向上に大きく寄与できる可能性は大である。
【負極活物質】
シリコン(Si)の混合比率を上げれば容量が増加することは大半の電池技術者が知るところであり、膨張という課題も認識されている。新しいバインダーで膨れの対策に成功したということであるが、詳細な内容が開示されていないので、判断は難しい。
【正極活物質】
これは車種によって活物質そのものを選択するという考えの様に見受けられた。コスト最優先の車種には「オリビン酸鉄」を使い、メインモデルには現行材料の「ニッケル酸リチウム」を使用し、より高エネルギー密度を指向するモデルには新材料を採用するということ考えであると私は理解した。
新材料は2000年前後に大阪市立大学で開発されたスピネル構造を有する材料であり、初代リーフに採用されていた正極活物質LiMn2O4(スピネルマンガン)のMnの1/4をNiで置換したLi[Ni1/2Mn3/2]O4ではないかと思われる。この材料を使用すると5V級(現行は4V級)と呼ばれる電池を作ることができる。
比容量はそれほど高くないが、電圧が高くなるので、15~20%程度のエネルギー密度アップが期待できる。過日(8月7日)、韓国のベンチャー企業(Top Battery)がコバルトフリー正極材として開発に成功したと発表したものと同じ材料であると思われる。EV用電池として使いこなすには課題があったが、クリアできたということであろう。
【資源】
一部の人達は電池材料の資源枯渇などに懸念を示しているが、これも否定する発表であった。化石燃料は枯渇するが、鉱物資源はリサイクルでき、テスラ自体も積極的に再資源化に関わるということのようであった。
私も都市鉱山として、一定量の資源が市中に出回れば、リサイクルが有効となり鉱山からのバージン資源の必要性は低下するという考え方であり、限られた資源でも活用方法次第で問題ないという発信であった。
リチウムをネバダ州で採掘するという発表もあったが、9月29日に採掘権の買収を断念したとの記事が出回った。いずれにしても、リチウム源は南アメリカの塩湖だけでなく、多くの鉱石は北米に分布していると言われており、資源としては豊富である。量的には電気自動車が普及しても数百年分が埋蔵しているとも言われている。
【電池システムの集積】
精密ダイキャストで多くのパーツで構成されているフロント・リアフェンダー周りを一体成型しようという大胆な発想であり、キャビン下のシャーシは電池パックと一体化を図り無駄なスペースを排除しよう(Cell-to-Pack概念)というものであった。効率的ではあるが、電池の交換はしないという大前提で成り立つ仕組みであると言える。
【全体を通して】
技術や構想自体は非現実的であるとは思わないが、簡単にできるとも言えない。今回の発表内容が実現できれば、工場のコンパクト化に寄与し設備償却費は大幅に削減できる可能性はある。
一方で、新しい技術の立ち上げ時には歩留まりの極端な低下は否めないのも事実であり、初代リーフ用の電池もしかり、テスラ自体も実際にモデル3やギガファクトリーの立ち上げ初期で苦労した経験も有しているはずである。
生産設備は設備メーカが対応するが、現場で実際に操作するのはオペレータであり、十分なスキルを持ったオペレータがいないと設備調整は容易ではなく、歩留まりの向上には多くの時間を要してしまう可能性は否定できない。
ギガファクトリーの立上初期は、日本から非常に多くの応援スタッフが現地に出向いて立ち上げており、現地スタッフだけではまともにスタートできなかった可能性も大であったと思われる。これらは根気のいる泥臭い仕事である。
今回の発表は夢物語ではなく、現実性を帯びた内容であったと言えるが、実現のためには十分なノウハウを持った設備メーカによる設備開発と、優秀で繊細なオペレータを確保できるかが成否の鍵を握ると思われる。
(以上)
既存の技術を磨き上げて価値を高める技術力
各項目に対する雨堤さんの評価をみても、今回のテスラの発表は、まったく新しい発明を導入するということではなく、既存の技術をコストパフォーマンスや性能の向上という目標に向かって磨き上げる内容であったことが理解できます。いわば、日本が得意としてきたはずの「kaizen=カイゼン」ですね。
今回のテスラの発表は、電気自動車開発で相変わらず後ろ向きな姿勢が目立つ日本メーカに対する、強烈なアンチテーゼである気もします。雨堤さんはギガファクトリー立ち上げに際して優秀な日本のエンジニアが協力したことも指摘しています。パナソニックは今でもテスラの重要なパートナーなので、今後の開発にもパナソニックの日本人技術者がたくさん関わることにはなるのでしょうが、バッテリー・デーで掲げた目標をテスラが実現した時には、日本の自動車産業とさらに大きな差が開いてしまうことになるのでしょう。
ともあれ、安くて高性能なリチウムイオン電池が実現して、より大衆的で実用的な電気自動車が登場するのは大歓迎。テスラの奮闘を願います。
雨堤さん、ありがとうございました。そういえば、「さよならモデルS」の連載も完結。無事にモデル3が納車されたそうです。
【関連記事】
●電池研究者・雨堤徹さんの連載「さよならモデルS」に興味しんしん!(2020年3月16日)
(まとめ/寄本 好則)








