多摩大学で日米の研究者が最新の知見を交換するシンポジウム「混在交通の現在と未来」が開催されました。このシンポジウムに参加して見えてきたポイントをレポートし、「混在交通」プロジェクトのリーダーである多摩大学の樋笠尭士(たかし)准教授のインタビューをお届けします。
「混在交通」の課題を共有して解決策を探る
日本の道路はこれまで、歩行者、自転車、乗用車、トラック・バスがスペースを譲り合って共存してきましたが、電動キックボードの解禁や、2027年にも運行が始まるロボタクシーの上陸によって、ますます道は狭く混雑していくことが予想されます。この逼迫する交通問題を解決するために生まれたのが「混在交通」の概念です。
2026年9月17日、東京都多摩市の多摩大学キャンパスにて、日米の研究者が最新の知見を交換するシンポジウム「混在交通の現在と未来」(主催:多摩大学/共催:大阪公立大学/後援:アメリカ大使館)が開催されました。
「パーソナルスペース」への脅威が少ない乗り物とは
当日は米国から3名、日本から3名の研究者の講演とパネルディスカッションが行われました。「混在交通」は都市でも地方でも様々な形で存在しますが、日本で特に注目を浴びているのは、電動キックボードなどのPMV(パーソナル・モビリティ・ビークル)やAV(Autonomous Vehicle=自動運転車)です。
最初に登壇した大阪公立大学の中川智皓(ちひろ)氏は、PMVの自動運転化の課題や歩行者への影響について述べました。
「PMVといっても一輪車から四輪まで多様な乗り物があります。歩行者と行き交う場合、セグウェイのような倒立振子型車両は自転車と比べて『パーソナルスペース』への侵入の圧迫感が少ないことが実験で示されました」(中川氏)。さらに、電動キックボードについても、乗員の視線の動きを解析して、下向きになりがちな視野に最適な標識やサインの研究も進められていることが紹介されました。
自動運転はあらゆる交通・輸送で普及する
続いて、カリフォルニア大学(UC)バークレー校のチンヤオ・チェン氏が、自動車のAV化がもたらす交通の変革とビジネス規模の大きさを語りました。
「米国の自動車の年間の総走行距離は3兆マイルを超えるが、その10%をAVに置き換えるだけで、年間6000億ドル(約95兆円)もの巨大ビジネスになる(1マイル2ドルの運賃として計算)」と示し、「ウエイモ(Waymo)は、現在全米14都市に拡大し、4000台のロボタクシーが週50万マイル運行するが、今年中に週100万マイルに達し、2027年度には黒字化の見通し」であるとのこと。
AV化は、ロボタクシーのみならず、長距離トラック輸送、ウォルマートのような大手小売業の倉庫間の輸送、FedExやUPSなどの配送業者、農業機械や軍用車、ドローンなどあらゆる交通、輸送手段で進んでいくことが米国の事例で示されました。
AVバスと歩行者の衝突を回避する
UCバークレーからはもう一人、ペギー・ワン氏がサンフランシスコ湾の北東に位置するコントラ・コスタ郡(人口116万人)における自動運転バスの実証テストの知見を発表しました。
「約10万キロの走行で、オペレーターが介入して歩行者との衝突を回避したケースが153回あり、その約半数が歩行者の“Jaywalking”(信号無視や横断歩道でない場所の横断)が原因だった。この他に、システムが衝突の危険を検知して緊急ブレーキをかけた事例が951回あった」とのこと。AVバスは大半の衝突を自動回避したわけですが、駐車車両の陰からの飛び出しなど車両センサーが検知しきれないケースがあり、「より確実な歩行者保護のためには、(現状では)路車間の通信によって補完する必要がある」との見方を示しました。
AVがエレベーターのように当たり前になる?
休憩後の第2部で登壇した樋笠氏は、AVの「社会受容性」に焦点を当てました。
「混在交通」は、ELSI(エルシー、Ethical = 倫理、Legal=法律、Social issues =社会的課題)の3つの側面から研究されていますが、AVの社会受容性がまだ低いことを理解する上で、例に挙げられたのはエレベーターとの比較です。
「エレベーターは、その技術と仕組み、リスクと対策(ドアの開閉の方法や緊急時は最寄り階に自動停止など)が理解されているが、AVではまだいずれも不十分。ぶつかってくるのではないか、閉じ込められたらどうすれば良いか、といった不安がある。これらを解消するためにサイエンスコミュニケーションが必要です」(樋笠氏)
また、自動運転のEVバスの導入を計画している東京都瑞穂町で、歩道がない道路の利用などについて優先度のアンケートを実施したところ、車椅子がまずトップに来て、子供や高齢者が続き、自動配送ロボットも意外と高い優先順位だったとのこと。AVバスについては、自家用車のドライバーなど非利用者の理解と協力が重要になるとのことです(「遅くて邪魔」「急停止する。運転が下手」といった印象が持たれやすい)。
AVのトロッコ問題は解けたのか?
多摩大の田中友理氏は、AVが歩行者を轢くか、人を回避して建物などにぶつかるかという究極の選択における判断についての考察を紹介しました。
ドイツ政府の自動運転倫理委員会は2017年の報告において、「モノより人を優先」「損害(死傷者)を最小限に」する選択を是としていますが、「モラル・マシン」といわれる米マサチューセッツ工科大学の世界的調査はさらに踏み込んで、人のうちでも若者と高齢者のどちらを優先するか、社会的地位による影響などを聞き、地域や国によって判断の違いが見られます。
今回の発表では、「人的被害が軽微で物損が大きい場合」は、人優先の選択意向がやや弱まることが示されましたが、AVの頭脳が人や物への損害の度合いを正しく判断できるのか、という疑問は残りました。
「トロッコ問題」として知られるこの倫理的ジレンマには、AVは自車の乗員と通行人のどちらを優先すべきかという問いも含めて、いまだ明確な回答はありません。
AV導入にもソーシャルリスニングを
最後に登壇したのは、サンフランシスコでUrban Innovate社を起業し、ロボタクシーを導入する自治体や企業にデータやコンサルティングサービスを提供しているエンリエッタ・コルネ博士です。
コルネ氏は「クルマ中心の米国、公共交通機関重視の欧州、混雑社会の日本とそれぞれ環境の違いはあるが、AVの導入には地域の住民と行政の両方における合意、“WHY”が共有されることが重要」と提示。「ロボタクシーの導入が進むテキサス州オースティンでは、市民が体験や苦情を通報する専用回線『311』が設けられており、自治体に直接意見が言える」ことを紹介しました。
コルネ氏の会社は、ソーシャルメディアを分析して利用者や地域の声をフィードバックするAIツール「pulsur」を提供しています。
「日本でのリスニングでも、『病院やスーパーに行けるだけでもありがたい』という声があった。市民の声を取り込み、なぜAVを導入するのか理解と合意を形成して欲しい」とコルネ氏は語りました。
AV受容の鍵は安全性とアクセシビリティ
続くパネルディスカッションは、会場の参加者が「2035年、未来の包括的道路」というテーマについて提出したコメントがイラスト化される中で進行しましたが、「混在交通」の新規参加者であるAVを受容するための鍵として、「安全性」と「アクセシビリティ(accessibility)」の2つに焦点が当てられました。
これまでにロボタクシーを2億7000万マイル運行してきたウエイモは、同社のAVの人身事故率は100万マイルにつき0.6回で、一般ドライバーよりも10倍も安全というデータを示しています。とはいえ、AVの安全性への理解が浸透するには実際に多くの人が体験する時間が必要です。国連は先ごろ、「レベル4」のAVの条件として、「有能で注意深い人間のドライバーと同等以上」という指針を発表しましたが、日本でも自動運転バスやロボタクシーが身近になり、人間と同等以上という認識が定着すれば、安全性への懸念も解消していくことでしょう。
また日本では、ドライバー不足によるバスの減便や地方のタクシー難民など移動への「アクセシビリティ」が切迫した課題となっています。「カリフォルニア州では、車椅子や高齢者の乗降性などもAVバスの評価ポイントになっている」(樋笠氏)そうですが、日本でもそうした「交通弱者」が安心して利用できるAVの導入が望まれていることが参加者の声からもわかりました。
混在交通と都市計画
さらに会場から、「日本の道路は『歩車分離』が十分でなく、警察が自転車に車道走行を促しても道幅が狭く安心して走れない。街づくりと『混在交通』はどう関係するのか」という質問がありました。
これについては、今の道路には街づくりの視点が欠けており、「都市計画とどう『接続』するかが課題だ」と樋笠氏から回答があったほか、コルネ氏は、「都市計画で移動手段を規制しようとすると個人の「自由」と衝突する。どのような街にしたいかをステークホルダー全員で合意する必要がある」とコメントしました。
あらためて、樋笠先生に聞いてみた
新しい概念の「混在交通」は人によって受け取り方が様々でしょう。そのあたりを樋笠氏にインタビューして伺いました。一問一答形式で紹介します。
Q: 「混在交通」は馴染みのない言葉だが、日本発のコンセプトか。
「混在空間」という言葉はあったが、2024年に科学技術振興機構(JST)のプログラムに採択された際に、「混在交通」という言葉を使った。海外の概念の翻訳ではない。
電動キックボードなどのPMVやコロナ禍でウーバーイーツなどの宅配が増え、今後はAVが登場する。「道は誰のものか」「誰が優先されるべきか」を縦割りでなく、俯瞰する視点が必要だと考えた。人権や都市計画にも関連する。
Q: 混在交通は主に都市部に当てはまる概念か。
混在を「混雑」ではなく、「混ざっている」と考えると、例えば雪国では、除雪で歩道が埋まり車道も狭くなるので、自転車はどこを通行するべきかといった状況も混在交通の一つだ。小学生の集団登下校、中学生の部活の自転車の列、緊急車両の通行など地域によって個別の状況がある。
Q: ウエイモやウーバーが日本でもロボタクシー事業を展開するが、これら世界的プラットフォーマーのロボタクシーは、交通弱者から見れば、強者の乗り物だと見られる危惧はないか。
ロボタクシーによって、安全性の向上と交通の最適化が期待できる。例えば、黒字の路線や地区をAV化することで、バスやタクシーが減っている地域に乗務員を回すことができる。また、米国ほどではないが、女性や子供は男性の運転手が怖いと感じるケースもある。ロボタクシーでは、車内のセキュリティ上の懸念が払拭される利点もある。
Q: 地方の「交通空白」や「交通難民」の解消に向けてはどうか?
まさに交通へのアクセシビリティ、公平性の問題と関わる。しかし、AVバスを入れれば解決するかというと、導入コスト、ルートの限定、乗降性など問題も多い。運用を開始しても、運賃収入だけでは採算が取れないし、住民の負担も必要になるだろう。過疎地では、AVよりも公共や民間のライドシェアの方が相応しい場合もある。また、せっかくAVバスを入れても高齢者はデジタルに疎く、ICカードで決済ができないかもしれない。現金決済の運賃箱は複雑で人手もかかり運用コストが高い。
Q: 今後のプロジェクトの目標は何か。
日本全国を十数通りの「混在交通」パターンに分類し、それぞれで優先させるべき利用者は誰か、誰がどれだけ負担するのかといった地域の合意形成の手引書を作る計画だ(2027年度中)。また全国の教育委員会に、「混在交通」に関する授業に関心があるかアンケートを実施しており、事故や「ヒヤリハット」の経験が多い地域からは、「取り入れたいが事例や教材がない」といった回答を得ている。「混在交通」の授業へのニーズは高いと感じている。
AVバスについては、新宿駅西口=都庁、瑞穂町、川崎市などで導入計画に携わっている。地元の多摩市には、41kmに及ぶ日本有数の「歩車分離道路」があり、電動キックボードの普及も検討しているようだ。
(インタビューここまで)
これまで見てきたように、「混在交通」プロジェクトが、地域の社会的ニーズに寄り添ったモビリティの実装に役立つことが期待され、今後さらに注目が高まりそうです。
取材・文/丸田靖生











