合同研修を開催したきっかけと目的は?
日本でも年々市販EVのラインナップが増えていく中、自動車の路上トラブルや故障などに関わる会社同士でEVに関する知識を共有し、理解を深め、EVを購入するドライバーの安心・安全に繋げることを目的とした合同研修会が実施されました。
この合同研修会は、BYD AUTO 静岡を運営する株式会社Cool the Earthが主導してJAF(一般社団法人日本自動車連盟)、損害保険ジャパン株式会社が参加。2024年7月16日に、静岡県静岡市にあるBYD AUTO 静岡のサービス工場で開催されました。
EVに興味がある読者の皆さんは販売、救援、保険を担っている会社の方々がどのような姿勢でEVと向き合っているのか、気になるのではないでしょうか。筆者である私もその一人です。この研修が開催されることを知り、すぐにBYD AUTO 静岡に取材を申し込み、快諾していただいたので静岡県へと向かいました。販売、救援、保険それぞれのプロフェッショナルたちがEVに対してどのような姿勢で取り組んでいるのか、レポートします。
この取り組みの発起人であるBYD AUTO 静岡の張ヶ谷尚子さんは次のように話してくれました。
「お客様のEVが故障やトラブルに遭った際、たとえば前輪駆動のATTO3だった場合、後輪を引いてレッカーしてはならないということを、私自身メーカーの研修に行って初めて知りました。そして、関連会社の方々はこれを把握されているのだろうか? 知らないまま対応してしまったら、お客様にご迷惑をかけてしまいかねない、と思ったのがきっかけ。そこで、お互いが持っているEV領域の知識を共有することでEVドライバーの安心安全に繋がれば良いなと思い、この研修の開催を決めました。販売店が主体となってこのような取り組みを行うのは全国初だと思います」
編集部注/前輪駆動のATTO3でも「後輪を引いてレッカーしてはならない」理由を張ヶ谷さんに確認。パーキングブレーキがかかっていると後輪もロック状態であるため、解除できないまま走行させるとコンポーネント(後輪のブレーキシステム)破損の可能性が出てきてしまうため。解決方法は、後輪を浮かせる、現実的ではないがタイヤを外し分解作業を経てEPBの解除を手動で行う、電源が入る状態であればニュートラルにする、EZローラーを使用するなどがある、とのことでした。
研修会では、参加した各社のエキスパートが講師となって、それぞれの知見を共有するスタイルで進められました。各社が担当したレクチャーは、以下のような内容です。
●BYD/EV車両の紹介、構造説明、ロードサービス等を利用する際のレッカー搬送時の注意点など。
●JAF/給電機能付きの作業車両を用いて、BYDのEVを牽引するデモンストレーションを実施。
●損保ジャパン:全国のEV/PHEVによる事故事例の共有など。
BYD AUTO 静岡のレクチャー
BYD AUTO 静岡の整備工場を会場とした研修の冒頭では、BYD車両の基本的な取り扱い方法などが説明されました。
ボンネットの開け方、バッテリー上がり時の対応方法から始まり、救援時に必要となってくる高電圧バッテリーの遮断方法や電動パーキングブレーキの解除方法など幅広くレクチャーが行われました。
整備工場内では、ATTO 3、ドルフィンをリフトアップして、アンダーカバーを外した状態で展示。サスペンション、フレーム、モーター、バッテリーパックを実際に見て、ジャッキポイントや牽引に使用するポイントなどを確認しました。
このように実際にリフトアップされた車両を見る機会はなかなか無く、具体的な取り扱い方法やメンテナンス手順を学び、万が一のトラブル対応にも役立つであろう研修内容となりました。
JAFのレクチャー
JAFからのレクチャーでは、実際の路上救援車での吊り下げ作業などが紹介されました。EVの普及進展に伴い、従来のガソリン車とは異なる救援ニーズに対応するため、新しいツールや技術を導入しています。JAFの救援作業は、24時間年中無休で行われており、隊員は一人で迅速かつ安全に対応するための様々なツールと技術を駆使しています。静岡県内にはJAFの拠点が複数あり、日々技術の向上に努めているとのこと。現場到着時間は平均40分で、ロードサービス競技大会や技能検定を通じて技術を磨いているそうです。
レッカー車での吊り上げ作業については、細かい調整が必要な部分は手動で行い、大部分は油圧の力を利用しています。この基本設計は1990年代から変更されておらず、EVからガソリン車までどんな車種にも対応可能。例えば、前輪の吊り上げ作業ではタイヤの幅を手動で合わせた後、油圧で吊り上げます。作業はおおよそ10分で完了することが多いですが、道路状況や車両の状態によっては30分ほどかかることもあります。
近年導入されたEZローラーは、何らかの理由で電子パーキングブレーキが動かなくなった車両を運搬する際に使用されます。このローラーを装着することで、スムーズに運搬できるようになります。EZローラーは電子パーキングブレーキユニットの取り外し作業が不要となり、作業効率が大幅に向上します。
また、JAFは会員に対してスペアタイヤの貸し出しサービスを提供しており、パンクした際に迅速に対応できるようにしています。指定された場所まで走行し、その後JAFが回収する仕組みで、常時10本から15本のタイヤを準備しています。
さらに、EVの電欠に対応するためのポータブル急速充電器を導入しています。この「POCHA V2V」(株式会社オリジン製)という可搬型EV充放電器は、8メートルの充放電ケーブル(CHAdeMO規格)を2本備えていて、サポートカー(CHAdeMO充電口を備えたEVやPHEV)から給電可能。ケーブルを長くすることで縦列駐車しても使用でき、道路上での作業時に安全かつ効率的に対応できるよう設計されています。また、容量約5kWhのポータブルリチウムイオンバッテリー「POCHA LiB」からの給電も可能。今回はポータブルバッテリーからの給電が実演されました。
現在、JAFは他のメーカーとも協力し、より良いポータブル急速充電器の導入を進めています。これにより、より多くの車種に対応できるようになるとともに、全国での実績を重ねることで、さらなるサービスの向上を図っています。
JAFのEV救援への取り組みは、多様なツールと技術を駆使して、会員に対する迅速かつ効率的なサービスを提供することに重点を置いています。これにより、オーナーが安心してEVを利用できる環境が整いつつあります。今後もJAFのサービスの進化に期待したいところです。
損保ジャパンのレクチャー
損保ジャパンが担当した保険のパートではEVにおける修理費の傾向に関して説明がありました。
EVの修理費はガソリン車よりも高額であることが明らかになっており、車体にアルミを多く使っているメーカーの修理費が特に高くなっているとのこと。修理費高騰の要因となっているのは工賃と塗装代で、アルミボディへの塗装や高電圧バッテリーの取り扱いが工賃を押し上げていると考えられるということでした。
作業時間に関しても、メーカーが指導する手順に従いバッテリーの遮断作業などを行うことによって、ガソリン車と比べて多くの時間がかかるとしています。また、EVの修理費の高止まりは、保険リスクを高める要因となっており、いくつかの保険会社では特定メーカーのEVの車両保険引受けに慎重な姿勢を示すようになっています。
損保ジャパンなどの保険会社は、EVの修理費問題に対応するために、様々な取り組みを行っています。例えば、事故車の立ち会い調査や画像調査を実施し、年間で数千台の損害調査を実施。これにより、自動車メーカーと対話しながら部品の配置や補給形態の改善提案を行い、修理費用の削減を目指しています。他にもフロントバンパーの構成を見直し、損害防止につながるデザインガイドを提供するなど、損傷性や修理性を考慮した取り組みを進めているそうです。
とはいえ、今後もEVの修理費問題は続くと予想されます。保険料の高騰や修理費の増加は、消費者にとって大きな負担となるため、保険会社やメーカーの連携が重要です。また、修理費用を抑えるための技術開発や部品供給の見直しも必要です。この取り組みは保険料や所有コストの削減に繋がり、市場競争力の向上にも寄与します。EVの修理費高騰は、業界全体に影響を及ぼす重要な課題となっており、今後も注視が必要です。
以上、合同研修会のレポートでした。
EVの普及が進む中、トラブル時の対応や修理費の問題は、依然として大きな課題です。しかし、今回の研修のようにプロフェッショナルの方々が協力し、知識と技術を共有する取り組みが進むことで、EVユーザーの安心・安全が一層強化されます。
こうした知見の共有が、国内自動車メーカーや販売会社などにも広がって、安心してEVを購入、利用できる社会になっていくことに期待したいと思います。
取材・文/畑本 貴彦
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