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台湾から押し寄せるEVシフトの激流〜「FOXTRON」視察レポート【01:EV乗用車編】

台湾から押し寄せるEVシフトの激流〜「FOXTRON」視察レポート【01:EV乗用車編】

2025年5月、三菱自動車が台湾の鴻海精密工業傘下の「FOXTRON」と電気自動車のOEM供給についての覚書を締結しました。日本国内でなかなか進展しないEVシフトですが、台湾から大きな波が押し寄せようとしているのかも知れません。EVエンジニアの福田雅敏氏による、現地視察レポートをシリーズでお届けします。

目次

FOXTRONのEV開発はスピード感を重視

EV開発の世界でいま注目を集めるオープンプラットフォーム・コンソーシアム「MIH(Mobility in Harmony)」をご存じだろうか。ジャパンモビリティショー2023では、小型EVやEVスクーターを披露し、2023年8月時点で72の国・地域から2688社が参画する一大アライアンスとして存在感を示していた。

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鴻海の「電気自動車プラットフォーム開発を加速」が示唆すること(2021年4月18日)

その歩みは翌年のCES2024でも続き、確実にプロジェクトが進行しているように見えた。しかし今年のCES2025ではMIHとしての出展はなく、代わって中核企業である鴻海(ホンハイ、海外名:Foxconn)傘下の自動車ブランド「FOXTRON」がEVを展示。EMS(electronics manufacturing service)の雄として知られる鴻海が、EVを“電子機器”の延長として本格的に取り込んだことを強く印象づけた。

今回、筆者はFOXCONNの自動車事業子会社に当たるFOXTRONを訪問し、董事長CEOのAdam Chen(陳清亞)氏から直接プレゼンテーションを受けた。スライドは日本語で用意され、会社概要、発展戦略、経営実績、将来展望まで、同社の現在地と目指す方向が分かりやすく示されていた。

FOXTRONは2020年に設立され、2023年に新ブランドとして再編。戦略の中核は「オープンプラットフォーム」にあり、車体デザインを顧客の嗜好やブランド要件に合わせ柔軟に変更できるよう構築されている。ソフトウェア定義自動車(SDV)とOTA更新を標準化し、開発期間は約2年というスピード感を掲げている。これは長年EMSで培った迅速な開発・製造のDNAが車づくりにも移植された結果だと言えるだろう。

日本の各社もFOXTRONと連携

SHARP「LDK+」

日本でも同社の動きを捉える事例がある。ジャパンモビリティショー2025ではSHARPから「LDK+」が出展されたが、これはFOXTRONのMODEL-Aがベースだ。

FOXTRONの背景にはMIHへの関与に加え、元々日産とも縁がある台湾の自動車メーカーYULON(裕隆)とのアライアンスがある。サプライチェーンから生産体制まで、アジアの複数企業の強みを束ねた協働モデルが同社の基盤になっている。

訪問時には、CES2025で実車確認済みのMODEL-Bをはじめ、MODEL-C、開発途中のモックアップ段階にあるMODEL-DとMODEL-E、そしてVRでインテリア体験ができるスタジオモデルを視察した。いずれも「買い手次第で仕立てる」プラットフォーム志向が貫かれており、従来の「メーカー主導の固定スペック」から離れた柔軟なアプローチを打ち出している。

三菱向けにOEM供給される「MODEL-B」

MODEL-B(冒頭写真も)

まずMODEL-B。三菱自動車向けに供給されるモデルとして知られ、デザインはピニンファリーナが担当。現状の生産はYULONとされる。

ただし、現行デザインをそのまま採用するかは未定だという。FOXTRONのプラットフォームビジネスは、顧客の予算とブランド要件に応じて前後の外装デザインを変更可能で、三菱のエンブレムを付けた上で独自の造形を与えることも、デザインを最小限の変更に留めることもあり得るからだ。販売地域も最終確定ではなく、発表上はアジア・オセアニアを想定するものの、日本市場への導入は未定との説明だった。

アメリカ輸出が決まっている「MODEL-C」

次にMODEL-C。こちらはすでに売却先が決まっており、アメリカへの輸出が予定されている。興味深いのは、販売主体が自動車メーカーではなくアメリカの大手ディーラーである点だ。たとえばフォーミュラEチームを保有するPenske Automotive Groupのような販売ネットワークが想定されているという。

プラットフォーム名義はFOXTRONだが、最終的にはディーラー独自のブランド名が与えられる可能性が高く、「Penske(一例として)のEV」として市場に並ぶ未来も現実味を帯びる。MODEL-CはFOXTRON初のオープンプラットフォーム車であり、自動車メーカー以外でも、例えば家電量販店のような異業種が販売に参入できることを示している。予算に応じて外装デザインを専用化できる余地も大きく、同一プラットフォームでも「兄弟車」が全く異なるルックで市場に出ることが想定される。

「MODEL-D」は大型SUV

スタジオには、MODEL-Dも姿を見せていた。大型SUVともミニバンとも呼べるボディ形状で、FOXTRONは「Lifestyle Multipurpose Utility Vehicle(LMUV)」と定義。デザインはピニンファリーナで、まだモックアップに近い段階ながら、エンブレムが誇らしげに掲げられていた。

さらに大型サルーンのMODEL-Eも展示。こちらもピニンファリーナの手による完全なモックアップで、最終顧客の決定を待つ「待機状態」にあるという。

体験の締めくくりには、VRによるインテリア試乗体験を用意。ゴーグルを装着してシートに腰を下ろすと、走行中の視界や車内の質感が没入的に再現される。物理的な試作に先立ち、ユーザー体験の検証や意思決定を迅速化する狙いがうかがえる。

2台の試作車に試乗

試乗はMODEL-BとMODEL-Cの2台を、FOXTRON構内にて行った。まずMODEL-Bは量産前最終試作車で、すでにナンバープレートも装着されていた。簡単なスペックは以下の通り。

【MODEL-B(試作車)スペック】
駆動:RWD/AWD(試乗車はAWD)
サイズ:全長4315mm × 全幅1885mm × 全高1535mm
ホイールベース:2800mm
空気抵抗係数:Cd 0.26
モーター:最大344kW/680Nm
バッテリー:58kWh
航続距離:NEDC 516km
充電規格:CCS1

構内走行の範囲でも、ボディサイズから想像する以上の加速が印象的だった。0-100km/hは公称3.9秒。スペック通りの強烈な立ち上がりで、モーター出力の太さとトルクの立ち上がりの鋭さが好印象だった。

MODEL-Cは、MODEL-Bより一段前の試作段階にあり、走行中にわずかなボディの軋みを感じるなどNVH(ノイズ・振動・ハーシュネス)対策は次工程との説明。車格は一回り大きいSUVで、主要スペックは以下の通り。

【MODEL-C(試作車)スペック】
バッテリー:82kWh
航続距離:NEDC 711km
空気抵抗係数:Cd 0.27
0-100km/h加速:3.8秒

こちらも加速は非常に俊敏で、直線的なパワーデリバリーが際立つ。今後は量産に向けてボディ剛性と遮音・防振の仕上げ込みが進められる段階で、まだ荒削りな印象だ。

構内試乗での評価は限定的だが、パワートレインと電池パッケージ、そして空力のバランス設計が高い次元でまとめられていることは感じられた。FOXTRONのプラットフォームは、ハードの「芯」を強く持ちながら、外観や内装の表現を顧客ごとに再構築できる柔軟性が本質であることを実感できた。量産に向けてさらにステップアップした品質統合が進めば、アジア、アセアン、そしてアメリカの道路をこれらのモデルが走り出す日は遠くないだろう。

高度な分業の深化と再編が自動車産業を変革する可能性

最後に、FOXTRONの取り組みが従来の自動車産業の構図をどう変えるかに触れておきたい。ディーラーや家電量販店といった「販売のプロ」がフロントに立ち、製造と開発はプラットフォーム提供者が担い、デザインはピニンファリーナのような外部のトップスタジオが磨き上げる。

ブランド設計は顧客の意向で自在に切り替わる。こうした分業の深化と再編は、EVのモジュール化・ソフトウェア化が進む今だから成立するモデルであり、消費者にとっては選択肢の拡大と価格レンジの多層化につながるはずだ。

一方で、品質統合の指揮系統やアフターサービスの責任範囲の明確化が重要な課題となる。FOXTRONはそのガバナンスを標準化し、スピードと柔軟性を両立させようとしているように見える。

次回レポートでは、日本で実際に走る予定のFOXTRON製EVの具体的なモデルや導入スケジュール、販売チャネルについて掘り下げる。プラットフォームの拡張が日本市場でどのように適用されるのか、現地要件への最適化とともに考察していきたい。

取材・文/福田 雅敏

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この記事を書いた人

埼玉県生まれ。自動車が好きで自分で車を作りたくて東京アールアンドデーに入社。およそ35年にわたり自動車の開発に携わるが、そのうち30年はEV、FCEVの開発に携わりこれまで100台以上の開発に携わってきた。自動車もこれまでに40台以上を保有してきた。趣味は自動車にミニカー集め(およそ1000台)と海外旅行で39か国訪問している。通勤などの足には、クラウンセダンFCEV(燃料電池車)を愛用し、併せてDS7 E-TENSE(PHEV)を保有している。

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