EVのテスラが人型ロボット開発を進める理由/オプティマスの進化と破壊的革新を考える

自動車会社からAI・ロボティクス会社へ変革を遂げるテスラが開発中の人型ロボット「オプティマス」(関連記事)。先日のロボタクシー発表イベントでは進化したオプティマスの性能に多くの人が驚いたのではないかと思う。オプティマスの進化を確認しながら、人型ロボットがもたらす破壊的革新や国際競争力に与える影響の重要性について考えてみたい。

EVのテスラが人型ロボット開発を進める理由/オプティマスの進化と破壊的革新を考える

進化するオプティマス

2024年10月11日(日本時間)、テスラ「We, Robot」イベントにおけるオプティマス登場の目的は、その進化した機能とテクノロジーを披露するだけでなく、さまざまな役割でロボットを紹介し、人型ロボットが将来の日常生活の一部として社会に組み込まれる可能性を示すためのものであったと思う。オプティマスは人々と会話をしながら交流し、バーで飲み物を提供したり、ギフトバッグを配ったり、じゃんけんをしたり、写真を撮ったり、さらにはダンスを披露したりと、積極的に参加者と関わっていた。

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テスラのロボタクシーイベント「We, Robot」開催/自動運転タクシー『サイバーキャブ』など発表(2024年10月12日)

イベント後、Xプラットフォーム上でオプティマスの動きがどの程度リモートで人間のアシストを受けていたかについての議論があり、ある程度は人間のアシストを受けていたということがテスラのオプティマス開発の責任者であるMilan Kovac氏のコメントからも確認できる。しかしながら、常時20台もの多くのロボットが1500人以上の聴衆の中、さらには周囲で自動車やロボタクシーが常に動いている状況において、あの様なパフォーマンスを何時間も行うことができたのは、テスラのロボットが全身制御や歩行、ハードウェアの安定性、インフラの面でさらに進歩したことであり、大きな成功であったことは間違いない。

22 Degree of Freedom(画像:Tesla Inc)

イベントで披露された機能で最も印象的だったのは、オプティマスの手がその自由度(Degree of Freedom)を11から22に倍増させたことだ。会場にはオプティマスの手のみの展示があり、その滑らかな指の動きはほとんど人間の動きに近かった。ちなみに、人間が地球上で最も成功した種である理由の鍵を握っているのは手指の自由度であり、人間は27の自由度を持っている。

10月17日には最新のオプティマスの進化をまとめた動画が公式アカウントから公開された。オプティマスはテスラの施設内を自律的に歩き、階段を登ったり、充電ドックを見つけて充電したりしていることからわかるように、歩行速度、バランス、器用さにおいて改善が見られる。これらの進歩はアクチュエーターやセンサーなどハードウェアと制御システムがさらに洗練されたということを示している。

イベントで発表されたように、サイバーキャブはロボタクシーサービスを実現するために電磁誘導を用いてエネルギーを無線で転送するインダクティブ充電によりワイヤレス充電を採用した。サイバーキャブは自ら車両の充電状況や車内状況を管理し、必要があり次第ワイヤレス充電を行うためステーションに戻ってくるが、オプティマスも同様の方式を採用する。改めてテスラが一つのプロダクトやテクノロジー観点だけでなく、充電や自動清掃などビジネス全体のエコシステムまで周到に考え抜いていることが理解できる。

テスラの市場価値を25兆ドルまで引き上げる可能性

同じく、テスラはロボタクシーとオプティマスが同じ4680バッテリー、カメラ、チップを使用しているムービーを公開した。「We, Robot」とイベントが題されたように、テスラはこれまでに培った自動車・エネルギー事業をベースにAI・ロボティクスカンパニーに進化を遂げようとしており、FSDによる自動運転機能やAIテクノロジーの双方を詰め込んだ将来のテスラエコシステムの頂点に立つ製品がオプティマスだ。

現在、テスラ施設内での作業やトレーニングが行われ、2025年内には限定的に生産を開始、その後は外部への販売を目指している。テスラが他のロボティクスカンパニーと決定的に違う優位性は、EV、バッテリー、自動運転の開発と共に大量生産の知見と能力を培ったことであり、イベント中にステージ脇からオプティマスが続々と歩いて登場したシーンのように、私たちが想像してきたSF世界を今まさに現実にしようとしている。

オプティマスは「世界を持続可能なエネルギーへと移行させる」というテスラのミッションとも深い関わりがある。生産性や労働効率を向上し、自動化によって商品やサービスのコストを下げ、より持続可能かつ豊かな未来を作るという側面も示している。そして事業としても、オプティマスはテスラの市場価値を25兆ドルまで大幅に引き上げる可能性があるとイーロンは株主総会で示唆しており、その予測は人型ロボットがもたらす破壊的革新と新しい経済社会という観点から理解することができる。

人型ロボットによる人間労働の代替

1900年代初頭の約15年間という短い間にアメリカの道路における馬車の使用は全体の95%から20%未満になったとされている。自動車は馬車に比べて年間の走行距離がはるかに長く、距離あたりのコストも格段に低いため、自動車の量産化により馬は交通手段としての役割を失う運命にあった。

内燃機関が馬車を駆逐したように、白熱灯からLEDライト、フィルムからデジタルカメラなどいわゆるテクノロジー普及のSカーブ曲線の理論や歴史的なパターンに基づくと、今後人型ロボットによる人間労働の代替と破壊を予測することは難しくない。自動車の登場やその他技術能力の向上、社会インフラ、知見といった形での資本の蓄積により、人類の一人当たりの生産性は特に産業革命以降、大きく向上してきた。しかし、労働力は常に生産の制約要因であり、現在まで利用可能な労働力の総量は人口に依存していた。その結果、より多くかつ安価な労働力を持つ国が競争上の優位を享受する。それは昨今の自動車産業や市場においても同様である。

人間に変わる労働(画像:Tesla Inc)

人型ロボットの普及は、社会の構図を根本的に変えるであろう。人間との比較で考えてみると子供を社会に一人前の労働力として送り出すには約20年という時間かかる。そして、その費用についても住居、生活費、教育費を考えると何千万円も必要だ。先月ロサンゼルスで開催されたAll in Summitにおいて、イーロンは年間100万台のオプティマスを生産するには5年から6年掛かる可能性があるが、製造コストは10,000ドルを超えないであろうと述べている。

今回のイベントでの発言ばかりでなく、従来からイーロンは将来的に一人の人間が一台は人型ロボットを持つようになるとして、価格も20,000~30,000ドル(約300万から450万くらい)になると語っていた。もしそのような価格で人型ロボットを購入できるようになった際には、その初期導入コストやメンテナンス費、耐用年数を考えても、人間一人の労働力を作るよりはるかに簡単で効率的だ。

さらに、国全体で考えると100万人の労働力育成と100万体の人型ロボットの製造には圧倒的なコストと時間の差が生まれる。すでに世界が自動車産業で培ってきた生産技術を考えると、人型ロボットは少なくとも自動車と同じペース(年間約8000万から1億台)で製造できるだろうし、将来的にはスマートフォンの製造ペース(年間数十億台)にまで達すると予測できる。このようにして人型ロボットは人間の労働を非常に速い速度で置き換えていくであろう。

またそれ以前には、ロボタクシーがライドシェアやタクシーを代替する光景を私たちは目にすることになるはずだ。

社会や国家経済への影響と期待

人型ロボットは多くの国で大規模に労働力を拡大し、生産性を高め、経済成長を促すことが可能になるため、国際的競争力に直結する。人型ロボットの導入はインフラ投資の考えと同様に、導入と整備により経済的な生産性はもちろん、食事、家事、教育などあらゆる活動の質の向上にも寄与する。GDPの成長は国家の重要なターゲットであり、その成長のために政府は様々な政策を決定する。

国家レベル、またそこにある様々な産業界がロボティクスに投資することで、労働コストや生産時間が削減され、単なる産業の効率化を超えて、最終的には各国のGDPを大幅に押し上げ、国全体の経済成長を支える。早期にロボット開発と投資を進め、導入に成功した国は、世界のあらゆる産業分野で競争優位を確立し、他国に対して経済的な優位性を持つことができるであろう。

人型ロボットの可能性(Grok2 miniで生成)

たとえば、中国は2027年までにこの分野で世界のリーダーになることを国家目標に掲げている。ロボティクスを新たな経済成長のエンジンと位置づけ、2025年までに大量生産、2027年までに世界的なリーダーシップを確立することを目指す。中国の工業・技術省(Industry and tech ministry)もガイドラインを発表し、イノベーション、安全なサプライチェーンの確保、そして国際競争力を強化すること、そしてロボット産業に対してはヒューマノイドロボットの開発を加速するように促しており戦略的だ。

ロボティクスについての国家政策や投資はこれまで中国が推し進めてきた電動化政策を彷彿させる。自国の経済成長を基盤に政府からの十分なインセンティブも使いながら電気自動車の製造と普及に重点を置いてきた。現在では3000万台以上もの新車販売を擁する世界最大の自動車市場になり、最新のEV開発で世界をリードしている。UBTECH Robotic、AGIBOT、Xiaomi Roboticsなどに代表されるようなロボット開発会社だけでなく、国全体としてロボティクス分野において同様の政策で挑んでくるであろう。

以上のように人型ロボットの普及は人間労働の代替だけでなく国の国際競争力にも繋がる。ロボティクスにおけるリーダーシップの競争は、単なる技術的な会社間の競争にとどまらず、国家経済の未来を決定する重要な要素になるだろう。

今後、各国がこの技術にどれだけ投資し、活用するかはその国の繁栄を大きく左右する。高齢化と少子化により人口減少が続く日本では労働力不足が深刻化し、GDP成長は低迷が予想されており、まさしくテスラのオプティマスのような人型ロボットやAIの活用は労働力の補完手段として不可欠であり、日本経済復活の鍵となるのではないだろうか。テスラが披露したロボタクシーイベント「We, Robot」は、単なるテクノロジーの進化を発表するだけの枠を超え、これから訪れる破壊的な革命や、新たな社会経済のあり方を深く考えさせる重要なイベントであった。

文/前田 謙一郎

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この記事の著者


					前田 謙一郎

前田 謙一郎

テスラ、ポルシェなど外資系自動車メーカーで執行役員などを経験後、2023年Undertones Consulting株式会社を設立。自動車会社を中心に電動化やブランディングのコンサルティングを行いながら、世界の自動車業界動向、EVやAI、マーケティング等に関してメディア登壇や講演、執筆を行う。上智大学経済学部を卒業、オランダの現地企業でインターン、ベルギーで富士通とトヨタの合弁会社である富士通テンに入社。2008年に帰国後、複数の自動車会社に勤務。2016年からテスラでシニア・マーケティングマネージャー、2020年よりポルシェ・ジャパン マーケティング&CRM部 執行役員。テスラではModel 3の国内立ち上げ、ポルシェではEVタイカンの日本導入やMLB大谷翔平選手とのアンバサダー契約を結ぶなど、日本の自動車業界において電動化やマーケティングで実績を残す。

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