インドでもEVシフトは進むのか? 電動化とテスラの動向などを現地レポート

テスラやポルシェの日本法人で執行役員などを務めた前田謙一郎氏がインドを訪問。「次の中国」として世界の注目を浴びる巨大市場の電動化や、テスラの動向などに関するレポートが届きました。現状のEV販売シェアは日本と同程度の2%強。はたして今後はどうなるでしょうか。

インドでもEVシフトは進むのか? 電動化とテスラの動向などを現地レポート

イーロン・マスク氏も注目するインドを訪問

先月、自動車市場調査でインドの首都ニューデリーを訪問した。これまでアメリカ、ヨーロッパ諸国を初め、タイや中国などの新興国マーケットやその電動化状況を現地で見てきたが、インドはそれら地域とは全く異なる市場を形成しており、とても興味深いマーケットであった。

7月末にもトヨタ自動車のインド法人であるトヨタ・キルロスカ・モーターがインド西部マハーラーシュトラ州政府との間で新工場の設立を検討する覚書を締結し、投資額3600億円、1万6000人の雇用が新たに創出されるというニュースがあった。インドは近い将来、世界第3位のGDPとなり人口も増え続ける。自動車市場も成長が見込まれており、拡大するインド経済は世界の自動車企業にとって注目の的だ。

テスラに関しても、イーロン・マスクは2023年6月に訪米したインドのナレンドラ・モディ首相と会談を持ち、インドへの工場建設やスターリンク展開などの投資と訪問(まだ実現していない)を約束していた。インド政府の電動化政策や産業インフラ改善なども含め、テスラにとっては自動車だけでない非常にポテンシャルが高いマーケットのひとつだ。今回はそのような注目を集めるインドの自動車市場の概況や電動化、そしてテスラの動向について、現地を訪問した印象も含め考えていきたい。

オールド・デリー(旧市街)の喧騒とリキシャなどの様子。

インドの概況と自動車マーケット

インドは人口14億人以上を有する広大な多民族国家であり、世界最大の民主主義国と呼ばれている。今後人口減少や高齢化が進む中国とは対照的に生産年齢人口の増加が期待されている。2023年には中国を上回り人口世界第一位になったとされ、2050年頃まで人口ボーナス期が継続する。

GDPについても近い将来、日本、ドイツを抜いて世界3位となる見通しで、2015年には過半数を占めていた低所得者層の割合は減少傾向であり、上位中間層・富裕者層の比率が拡大していく。インド政府はスローガン「自立したインド」の下、製造業振興を通じた雇用創出と貿易赤字の削減を目指しており、重点振興産業は電気自動車と半導体だ。

自動車に関しては中国、米国に次ぐ世界第3位の市場であり、昨年は過去最高の421万台の新車販売台数を記録した。マルチスズキ、ヒョンデ、タタ、マヒンドラ&マヒンドラ、キア、トヨタの上位6社によりおおよそ9割のシェアが占められているように、ニューデリーで見かける車のほとんどがスズキで、その次にヒョンデ、特定の富裕層が集まるショッピングモールに行くとポルシェやメルセデス・ベンツなどを見かける状況であった。

オールド・デリーのように自動車が入れない狭い地区も多く、庶民の足としてオートキリシャやバイクを数多く見かける。インドを訪問したことのある方はお分かりだと思うが運転はとても荒く小さな交通事故は日常茶飯事だ。今回の滞在中もUberと手配したハイヤー双方ともバイクやオートリキシャと軽くぶつかる交通事故に2回も遭遇したが、どちらもあまり傷などは気にしていない様子であった。高級車を持つのは特定の富裕層に限られているように見える。

インドで最も見かける乗り物はオートリキシャ、二輪車、電動リキシャ。(ニューデリーで撮影)

実際に英国の自動車調査会社JATO Dynamicsの販売台数データを見てみるとインド市場の状況がよくわかる。2023年のシェアNo.1はマルチスズキで39%のダントツだ。その次はタタの15%、マヒンドラの14%、ヒョンデが13%、それらに続いてキアとトヨタが約5%のシェアとなっている。ドイツ勢はVWグループ、メルセデス、BMWなどを全て合わせても4%であるので、各ブランドは1%を切るレベルで、日本のホンダや日産も同様だ。ちなみに中国メーカーに関してもトップはMGで1%に過ぎない。

スズキが席巻する市場、体感的には街で見かける2台に1台がマルチスズキ車。(ニューデリーで撮影)

インドの電動化政策と現状

前述のような自動車市場において、2023年の新車販売台数におけるBEVシェアは2.4%と低く、その大部分をタタのティアゴEVやネクソンのようなモデルが占めている。マヒンドラもXUV400 EVというSUVモデルを展開中で、ヒョンデは日本でもお馴染みのIONIQ 5やKONAを導入しており、KIAもEV6を展開、MGの主要EVモデルはZS EVだ。

昨年タタは約7万台のEVを販売し、BEV新規登録台数においては70%を占めている。その次がMGの約1万台で11%のシェアという状況だ。

2024年時点でインド全体に1万基の急速充電器があるとされているが、まだまだ街中でBEVや充電ステーションを見かけることは稀である。タージ・マハルのあるアグラで泊まったホテルや2013年にデリーにできたモダンな商業オフィスエリア「Aerocity」で急速充電器を見かけた程度だ。Aerocityの充電器はバレーパーキングが併設してあり、EV専用車の駐車場があるなど、EV自体は小型車であっても高級車サービスとしての取り扱いであった。

タタのティアゴEVとMGのZS EV。(Aerocityで撮影)

インド政府が推進する電動化政策については、2030年に新車販売に占めるEV比率を乗用車30%、商用車70%、二輪車・三輪車80%にするという高い目標がある。S&P Global Mobilityが発表している2030年における国の新車販売台数予測は、乗用車が610万台であり、30%の目標達成のためには、約183万台、現状の約19倍ものEV販売を目指さなければならない。市場の97%以上を占める内燃機関車、脆弱な産業インフラ、そして何よりもニューデリーの混沌としたインフラや交通事情を見ると2030年に30%に到達するのは高いハードルであるように思う。

そのため、電動車の普及にはさまざまな施策が打たれている。例えばインド国内製造業の振興を目的として、自動車産業などの分野に対して生産連動型優遇策(Production Linked Incentive)を実施、生産工場の新設・拡張計画を策定する企業に対しては、一定の売り上げなどを要件として補助金を支給する政策だ。

EV関連分野では完成車メーカーから部品メーカーそしてセル・バッテリーメーカーなどが含まれている。同時にEV購入者に対しても補助金給付などを通じた需要喚起が行われ、日本の消費税に相当するGSTもEV購入時では5%と優遇されている(ガソリン小型車は29%、SUVは50%、ハイブリッド車43%)

Aeocityに設置してある急速充電器。インドではCCS2が標準、充電器はGMR Energy、インドの大手インフラ企業であるGMRグループである。(Aerocityで撮影)

インドの電気自動車市場がタイやインドネシアなどの東南アジア市場と決定的に違うのは中国EVメーカーの進出が小規模であると言うことだ。インドと中国の関係は経済ナショナリズム、地政学観点からも非常に複雑であり、他東南アジア市場のように中国メーカーのアグレッシブなインドへの進出は見られない。

自動車だけでなく観光においても同じで、今回の滞在中、中国からの観光客には全く会わなかった。インドでは前述の「Make in India」イニシアチブにより地政学的緊張がある国からの輸入や投資よりも、国内製造を奨励することがこれまでの基本政策であり、輸入車についても70%の関税が掛けられている。

インド国内での生産に関してはBYDによる数十億ドル規模の工場建設提案が拒否された事例もあるが、今年の3月からはEV国内製造誘致を目的とした輸入関税優遇策が導入された、そのため各国の自動車メーカーから注目を浴びている状況で、それはトヨタのような日本のメーカーだけではない。

市内中心部の交通風景、車線の意味はほとんどない。(ニューデリーで撮影)

テスラとインドの関係

「次の中国(Next China)」と呼ばれるように、経済拡大が期待され、電動化政策を進めつつ規模の大きな自動車市場を持つインドは、テスラの事業拡大にとっても最適なマーケットであろう。インドにとっても石炭火力発電に依存する電力事情や脆弱な産業インフラを改善していくためにもテスラはまたとないパートナーだ。

そのため、イーロンとインドのモディ首相が2023年にニューヨークで会談を行ったのも自然な流れである。会談ではイーロンはインドの将来について「世界のどの大国よりも多くの可能性を秘めている」と述べ、モディ首相のファンであるとコメント。そしてモディ首相も、テスラに対してインドへの大規模な投資を求め、特に太陽光発電、風力発電、電気自動車などの持続可能なエネルギーに焦点を当てていた。

これらEVだけでなくインフラ分野はテスラの主要事業であり、イーロンはできるだけ早くインドに参入したいとしている。エネルギー分野だけでなく、スターリンクによる農村部でのインターネット接続環境の改善なども含まれる。

そのイーロンとモディ首相の会談とテスラのロビイング活動は電気自動車にとって大きな成果を産んだ。前述の通り「Make in India」キャンペーンの一環として輸入車については70%の関税が掛けられていたが、電気自動車に関しては15%へと大幅に引き下げられた。

インド政府が導入した新しい政策では、3年以内に製造施設に少なくとも5億ドルを投資することを条件に、3万5000ドル以上のEVに対する輸入関税を15%に引き下げるというもの。短期的にテスラはモデルYのような普及モデルを低い関税でインドに輸出できる。今年の4月にはギガ・ベルリンでモデル3もしくはYのRHDモデルが製造され年末にインドに向けて出荷されるとニュースが流れた。

また、それらモデルが市場を開拓した後は通称モデル2のような廉価モデルの立ち上げもスムースに行くであろう。そして、将来的にはギガ・インディアを建設し、国内で車両生産を行い、産業インフラ改善のためメガパック工場などもインドに作ることができるという、テスラとしてはとても有利な政策だと考えられる。

モディ首相にとってもテスラのような世界的企業から投資を受けることは産業育成と同時に自身の政治的基盤を強くすることにも貢献する。2024年の4月にはイーロンがインドを訪問し工場計画などを発表するのではと言われていたが、「very heavy Tesla obligation」によりインドの訪問は今年後半へ延期することとなった。その一方で、イーロンは突然中国を訪問し李強首相と会談を持つことで、テスラのFSD(自動運転機能)について、中国での展開を行うための承認を得たのであった。

テスラのインド工場の建設は実現するか? 写真はギガファクトリーベルリン。(画像提供Tesla Inc.)

完全自動運転の実現を目指すテスラ

そのようにとても盛り上がっていたインドとテスラの関係であったが、今年の4月にイーロンが予定されていたインド訪問を取りやめ、ギガ・インディアの建設計画も下火になるなど関係は少しトーンダウンしている。これはインドとの関係が悪くなったというより、テスラが自動車製造からAI・テクノロジー会社へ急速に舵を切っていることと関係していると考える。

現在テスラは将来同社の最大の強みになる完全自動運転の実現やロボタクシーの立ち上げが目下のプライオリティーである。FSD12のロールアウトが始まり、その完成度は非常に高くこれまでのBeta版からSupervisedへ進化。近い将来の完全自動運転が現実味を帯びてきたが、それには当局の認可が必要だ。

そして、北米の次にその可能性が高いマーケットは中国であり、イーロンがインド訪問を延期してまで実現したのが、中国の李強首相との会談であった。この会談によりモデル3とモデルYが中国のデータセキュリティ規制に準拠、中国の百度(Baidu)と、データ収集のための地図ライセンスの使用に関する合意を行い、FSDをテスト、展開する準備が整ったと考えられている。

もちろん、ロボタクシーのベースプラットフォームになるモデル2に関してもアンボックスド・プロセスやギガ・プレスの採用により、より安価かつ利益の出るモデルになるよう生産準備が進められている。イーロンも今年末までにはインドを訪問したいと言っているように、10月に予定されているロボタクシーの発表が終わり、完全自動運転サービスの目処が付いた後はまたインドでの工場建設や既存モデルの輸出などの話が再開するのではないだろうか。今後もインドの自動車マーケットに注目したい。

番外編:滞在中は友人の所有するHindustan Ambassadorで移動。「King of Indian roads」と呼ばれ、1954年から2014年まで生産されていたインド製サルーンで街中ではインド人からも視線を浴びる車であった。(画像:Wikipedia/ニューデリーで撮影)

※インド概況や政策については日本貿易振興機構(Jetro)からの資料を参照。
※販売台数シェアについては英調査会社JATO Dynamics Ltdのデータを参照。

取材・文/前田 謙一郎

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この記事の著者


					前田 謙一郎

前田 謙一郎

テスラ、ポルシェなど外資系自動車メーカーで執行役員などを経験後、2023年Undertones Consulting株式会社を設立。自動車会社を中心に電動化やブランディングのコンサルティングを行いながら、世界の自動車業界動向、EVやAI、マーケティング等に関してメディア登壇や講演、執筆を行う。上智大学経済学部を卒業、オランダの現地企業でインターン、ベルギーで富士通とトヨタの合弁会社である富士通テンに入社。2008年に帰国後、複数の自動車会社に勤務。2016年からテスラでシニア・マーケティングマネージャー、2020年よりポルシェ・ジャパン マーケティング&CRM部 執行役員。テスラではModel 3の国内立ち上げ、ポルシェではEVタイカンの日本導入やMLB大谷翔平選手とのアンバサダー契約を結ぶなど、日本の自動車業界において電動化やマーケティングで実績を残す。

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