ポルシェがEVレースへ本格的始動〜「GT4 e-Performance」にPEC東京で同乗試乗

「顧客が参加できるレースを始め、専用のクルマを開発する」のがポルシェのモータースポーツへの姿勢。モータースポーツジャーナリスト、赤井邦彦氏による全電動レース仕様車Porsche GT4 e-Performanceへの同乗試乗レポートです。

ポルシェがEVレースへ本格的始動〜「GT4 e-Performance」にPEC東京で同乗試乗

顧客が参加できるレース用の車両開発から始める

さる10月13日、千葉県木更津市にあるポルシェ・エクスペリエンスセンター東京(PEC東京)で、ポルシェが取り組んでいる全電動レース仕様車Porsche GT4 e-Performanceの体験同乗が行われた。このクルマはポルシェがカスタマーレース用に開発を続けているもので、数年以内に実戦に投入する予定だ。開発が終了すれば、現行のカレラカップのような形態のワンメイクレースを創設し、シリーズとして開催する予定とか。

ポルシェのモータースポーツに対する姿勢は一貫しており、まずカスタマーが満足するところから始める。頂点としてはル・マンのような世界最高峰のレース参戦が計画されているが、とにかく顧客を大切にする。そのためには顧客が参加できるレースを始め、専用のクルマを開発する。今回同乗試乗したPorsche GT4 e-Performanceもそうだが、近未来を見据えての全電動レーシングカーというところがポルシェならではだ。

このPorsche GT4 e-Performanceの性能を見ると、カスタマーレース用のクルマとはいえ、驚きの数値を誇る。このクルマのベース車両は718ケイマンGT4クラブスポーツ。2021年、ポルシェがミッションR(カスタマーモータースポーツ用EVフル電動レーシングプラットフォーム)を発表し、近未来のモータースポーツの姿を示した。Porsche GT4 e-PerformanceはそのミッションRの技術と性能を詰め込んだEVとして同21年に開発が始まった。

Porsche GT4 e-Performanceの装備を見ると、モーターは前後に永久磁石同期型モーター(PESM)を2基搭載。バッテリーは搭載場所の制限から車体前後に各1個、助手席足下に1個と3カ所に分けて搭載されている。搭載されるバッテリーは容量が80kWh。システム電圧は900V。急速充電は15分間で80%まで可能(詳細な充電条件などは未確認)という。

そして、性能は予選モードで最大出力800kW(1088ps)、レースモードで450kW(612ps)を誇る。レースモードの性能は30分間維持可能だが、30分という時間は現行のポルシェカレラカップのレース時間と同じだ。

タイヤはミシュランが電化環境に対応すべく新しく開発中の18インチタイヤ。タイヤのライフサイクルにおける地球環境への影響を低減するため、欧州規格に準拠したタイヤのライフサイクルアセメントに基づいている。製造段階で持続可能な素材を取り入れ、性能に妥協することなく環境への影響を最小限に抑えるように配慮しているとか。サステナブルな素材の採用比率は63%となっている。

クルマだけが進化しても十分ではない

ポルシェは常に顧客(カスタマー)の満足を優先してレース活動を始めるが、Porsche GT4 e -Performanceも同様にカスタマーレースに参戦する人たちへの提供を前提に開発されたものだ。そのためにはクルマだけが進化してもダメ。クルマにまつわる多くの事象が共に進化する必要がある。

ポルシェ・モービル1スーパーカップ(ポルシェのワンメイクレース)のマネージャーを務めるオリバー・シュワブは、持続性のある充電設備の整備、最適なレースフォーマットの選択、長距離移動を必要としないレース観戦……等の提案を行い、地元(ローカル)に根を張ったモータースポーツの重要性を説く。

オリバー・シュワブ氏。

Porsche GT4 e-Performanceによるカップレースが始まれば、この要求はある程度満たされるとシュワブは言う。もちろん彼はPorsche GT4 e-Performanceだけの担当ではないために様々な可能性を模索中であり、フォーミュラE、Porsche GT4 e-Performanceの電動レース以外にも、バイオフューエル、ハイドロゲン、二酸化炭素等の次世代燃料を使用したレースに目標を置く。

ポルシェのモータースポーツ担当副社長トーマス・ライデンバッハも、「エンジンを電動化するだけでは機能しません。電気自動車をすべての人に受け入れてもらうためには、エモーショナルなフィーリングが大事だと思います。鍵になるのはインフラですが、公道だけではなくサーキットでも技術的な挑戦を続けていくことが必要だと思います。それが、我々ができることです」と言う。

トーマス・ライデンバッハ氏。

世界中の自動車メーカー、あるいは新参入の企業が電気自動車の開発を急ぎ、年を追う度に公道を走るEVの数は増えてくるが、ポルシェのアプローチは多くの自動車メーカーのなかでもモータースポーツに立脚するという意味で他に例を見ない。かつて自動車はモータースポーツの分野で技術開発を推進し、その成果を一般車に持ち込んだ。ホンダがモータースポーツを「走る実験室」と表現したのは有名な話だ。それがいままさにポルシェの手によって電気自動車の開発という分野でよみがえっている。

内臓が跳ねるような同乗試乗体験

ところで、ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京でのPorsche GT4 e-Performanceへの同乗試乗は、驚きの連続だった。まず、乗り込む前に降車の練習があった。もしクルマがトラブったときにはすぐに脱出するのだが、降りるときにクルマ(金属部分)に接触しながら地面に足を着けないこと、という注意があった。電気自動車の場合、トラブルの状況によってPorsche GT4 e-Performanceの900Vが身体を通り抜ける懸念がある。

ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京のコースは1周2.1km。いわゆるハンドリングコース。直線はほとんどなく、右へ左への連続コーナーが続く。ポルシェの契約ドライバーであるマルコ・ゼーフリートの運転で走ると、内臓が跳ね、たった2周足らずでクルマ酔いを感じる。

ワークスドライバーの腕前はさすがで、1.4トンのクルマを右に左に振り回す。加速は強烈、ブレーキは回生を活用してこれまた強烈。このPorsche GT4 e-Performanceの運動性能の高さは、4WDという駆動方式のみならず、前後左右のトルクの配分が可能だという点にも助けられていることがよくわかる。

PEC東京のゲストパーキングに並ぶ充電器。コースのパドックエリアにも最大出力150kWの急速充電器を備えている。

というわけで、ポルシェのモータースポーツへの姿勢まで身に染みて実感できるPorsche GT4 e-Performanceの同乗試乗だった。ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京の施設の電化対応にも大いに感心した。

取材・文/赤井 邦彦

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					赤井 邦彦

赤井 邦彦

1951年生まれ。1977年から続けるF1グランプリの取材を通して世界中を旅し、様々な文化に出会う。若い頃は世界が無限に思えたが、経験を積んだいま世界も非常に狭く感じる。若い人は世界へ飛び出し、勉強や仕事だけでなく無駄な時間を過ごして来て欲しいと思う。その時には無駄だと思っても、それは決して無駄ではないことが分かるはず。 2014年、フォーミュラE誕生に伴って取材を始め、約5年間同シリーズをつぶさに見てきた。その結果、フォーミュラEの価値は大いに認めるが、当初の環境保護、持続可能性といった理念から少し距離が出来たように感じている。こうした、レースそのものよりも取り巻く状況に目を向けることが出来た取材は貴重だった。

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