ドイツIAA2024出展で再注目〜テスラのEVトラック『セミ』がもたらす物流改革の可能性とは?

ドイツのハノーバーで開催されたIAA TRANSPORTATION 2024 in HannoverでテスラがEVトラックの『Semi(セミ)』を出展して注目を集めています。はたして、EVトラックは世界の物流業界にどんな変革をもたらすのか。コンサルタントの前田謙一郎氏によるレポートです。

ドイツIAA2024出展で再注目〜テスラのEVトラック『セミ』がもたらす物流改革の可能性とは?

※冒頭画像はDennis Gunst氏のXポストから引用。

テスラ『セミ』の概要とIAA展示

テスラはドイツのハノーバーで9月17日から22日まで開催されている IAA TRANSPORTATION 2024 in Hannover(IAA2024)でEVトラックの『セミ』を展示し注目を集めている。テスラが開発した完全電動のセミは、昨年乗用車として世界で一番売れたモデルとなったModel Yのように、将来の物流業界を変革するモデルになるだろう。

持続可能なクリーンエネルギーへの移行において、ディーゼル燃料が主流の物流業界をゼロエミッションへ転換することは自動車分野と同じく喫緊の課題だ。本記事ではテスラ・セミトラックの概要、そしてIAA2024での展示やセミトラック担当ダン・プリーストリー氏による講演、そして物流業界に与える影響についてまとめる。

ペプシコ社プレスリリースより。

EVsmartブログの読者には既に馴染みがあるかもしれないが、テスラのセミは、遡ること2017年11月に次期型ロードスターと同時に発表された電動トラックだ。当時、私はテスラに在籍していたが、その頃から新設されたネバダ工場へEV製造の物資運搬のためにディーゼルトラックを大量に使うことが社内でも懸念となっていた。発表後はセミトラックが従来のディーゼルトラックに代わるクリーンな輸送手段として大きな期待を背負い、物流トラック市場で革命的存在になると期待されていたが、これまであまり多くのアップデートはなかった。その後、2022年末に初めて顧客向けに生産が開始され、最初の顧客としてペプシコにトラックがデリバリーされた。

ペプシコ社プレスリリースより。

今回、IAA2024では2台のセミトラックが展示され、1台は実際に座ることのできる体験用として、もう1台はブースでテスラの新型充電設備「メガチャージャー」と一緒に展示された。テスラ・セミの写真はドイツ在住のDennis Gunst氏より提供していただいた。また、テスラヨーロッパのXアカウントではブースの模様を紹介する動画がポストされている。

画像はDennis Gunst氏(@dennisgunst81)より提供。

ディーゼルトラックより圧倒的に低い運用コスト

セミにはスタンダードレンジとロングレンジがあり、それぞれ約500km(300マイル)と800km(500マイル)の航続距離を持ち長距離輸送に対応する。テスラによると、運転手は通常8時間で約400マイルを走行するため、300から500マイルの航続距離は実用的だとし、トラック運転手が8時間の運転後に30分の休憩を取るというアメリカ合衆国の規則にも対応する。

フル積載時(車両総重量は82,000ポンド=約37トン)でも0-60mphまで20秒で加速可能という性能だ。テスラ車の加速を実感している方であれば、容易に想像できるパワーだろう。セミはモデルSプラッドなどに搭載されているトリモーターパワートレインを使用しており、ハイウェイドライブユニット(効率モーター)は常に動作し、加速ドライブユニット(パフォーマンスモーター)は必要なときだけ作動。これにより、効率性が最大限に引き出される。

同時にトレーラーが急に折れ曲がるジャックナイフ現象を防ぐための高度なトラクションコントロールシステムが搭載されている。「ジャックナイフ現象」とは、大型トレーラーが急ブレーキや急なハンドル操作を行った際にトレーラー部がコントロールを失い、危険な角度に折れ曲がることで発生するが、テスラ・セミではこれを完全に防ぐことができるという。

画像はDennis Gunst氏(@dennisgunst81)より提供。

フル積載時のエネルギー消費は1マイルあたり2kWh未満であるとテスラのウェブサイトに記載があるが、ペプシコの電動化プログラムマネージャーであるデジャン・アントゥノビッチ氏によると同社のセミが過去数カ月にわたり、1マイルあたり1.7kWh未満の消費で運行できていると述べている。

このようにセミはすでにディーゼルトラックに比べて圧倒的に低い運用コストを実現している。気になるセミの価格について公式発表はないが、2022年Q3の決算発表でイーロンは「セミがテスラの乗用車よりも大幅に高くなるが、燃料やメンテナンスコストの節約により、長期的には経済的メリットがある」と強調している。あくまでも目安であるが、これまでテスラは300マイルモデルが15万ドル、500マイルモデルが18万ドルという価格(1ドル147円換算で15万ドルは約2,205万円、18万ドルは約2,646万円)を目標にしていたと言われている。

充電インフラ整備という課題も

物流業界にとってメリットが多いセミであるが、普及に向けた大きな課題の一つは、長距離輸送用充電インフラの整備だ。セミはテスラ独自のメガチャージャーを使用することで、30分で約70%の充電が完了するとしており、これはトラック運転手の短い休憩時間中に必要な充電がほぼ完了する設計となっている。

セミは、これまで2023年1月からネバダのギガファクトリーで生産を開始すると言われていたが、2023年10月時点では約70台の生産に留まり、それらのトラックは最初の顧客となったペプシコとテスラのインターナル用に使用されていた。そのためメガチャージャー施設もその顧客企業の施設など同一ルートを行き来するアプリケーションに対応するのみであった。

これまでに明らかになっているのはペプシコの菓子製造子会社フリトレーの米カリフォルニア州モデストにある工場施設、そしてサクラメントにあるペプシコの施設、あとはネバダギガファクトリーとベイカーにあるスーパーチャージャーサイトに設置されたもの、そして一時的にユタ州にも移動式メガチャージャーが設置されていただけである。これらの限られたルート内では荷物の積み降ろしの際や、夜間に充電が行えるため、電動トラックが最も効率を発揮するが、今後の本格的な長距離EVトラック輸送普及には充電インフラの拡充が急務だ。

メガチャージャーのプラグ。画像はDennis Gunst氏より提供。

このような状況からテスラはカリフォルニアとテキサスの間に9か所のメガチャージャーを設置する計画を進めている。ウェブメディアの「elektreck」は昨年8月の記事でこの件についてまとめており、テスラが米国政府に対して9700万ドルの連邦資金を申請し、テスラ自体も2400万ドルを拠出する予定であること、それにより、テキサスからカルフォルニアまで合計9つのステーションを建設する計画を提出している。各充電ステーションには、750 kWのメガチャージャーが8基設置され、他の電動トラック向けに設計された4基の充電器(おそらくメガワットチャージング規格に対応)が含まれる予定だ。

electrekの記事から引用。

このルート設計を見ると、テスラのフリーモント工場と、メキシコのヌエボ・レオン州のモンテレイ近郊に建設中のギガ・メキシコ工場までの輸送をサポートするものと考えられ、ギガ・テキサスがあるオースティンにも近い。政府の助成金は今年後半に発表になるとのことで、今後の充電ネットワークの進捗に大きな影響を及ぼしそうだ。

イーロンは以前、2024年にはネバダにあるギガファクトリー1で年間50,000台のセミ製造を目指すと述べており、工場の拡張が進んでいる。そこではセミの製造と年間100 GWhの4680バッテリーセルを生産することを目指している。4680バッテリーに関しては全工場でのバッテリーセル生産数が1億セルに達したことを9月15日に発表したばかりで、生産能力の拡大が進行中だ。現在は4680セルの生産拠点の中心はギガ・テキサスであるが今後はネバダもここに加わる。

拡張されるネバダ工場(YouTube)

セミを担当するプリーストリー氏の基調講演

今後はセミの生産拡大に続き市場投入も一気に加速していきそうだ。今回、IAA2024ではセミのプログラムマネージャーであるダン・プリーストリー氏による基調講演が行われた。セミの最新状況や今後の展開について説明があり、非常に分かりやすかった。講演内容の訳文を以下に紹介したい(同氏は昨年、ジェイ・レノのYouTubeにも出演しデザイナーのフランツと車両の説明を行っていた)。

ダン・プリーストリー氏。(テスラヨーロッパのXポスト動画から引用)

プリーストリー氏の講演内容翻訳

このIAAには多くの本当に素晴らしい製品が展示されています。車両に対する情熱とイノベーションがただ表現されているだけでなく、実際に走行可能なゼロエミッションの電動車がたくさん展示されています。私たちもヨーロッパの交通がゼロエミッションになる未来を目指し、これまのEVの経験を活かして、持続可能なエネルギーへの移行を加速させたいていきたいと考えています。

テスラは北米向けに開発したモデルをヨーロッパ市場向けに適応させています。2020年の法規変更により、テスラ・セミはヨーロッパでも公道走行が可能になり、ヨーロッパのトレーラーと互換性があります。

電動化の懸念点解決に向けて

電動化についてよく聞かれる2つの懸念点は、航続距離が不十分であることと、車両が重すぎること。私たちはこれらの懸念に取り組み、解決策を提案しています。セミは800 kmの航続距離を持ち、競争力のある重量を維持しながら、十分な積載量を確保しています。これにより、現在ディーゼルトラックが使われる多くの用途において、セミが運用コストを下げながら代替できると確信しています。

これを実現するためには、バッテリー電動車用に最適化されたシンプルなプラットフォームを開発することが重要です。複数のパワートレインオプションに対応する設計をすると、効率が低下し、目標達成が難しくなります。そのため、私たちは特別に設計されたEVプラットフォームを開発しました。

よく聞かれるもう一つの懸念点は充電時間が長すぎることです。私たちはこれまでメガワットレベルの充電を実証し、安全で信頼性があり、セミはディーゼルトラックと1対1で置き換えることが可能であると考えています。ペプシコの実証実験では、24時間で1,700 km以上を走行しましたが、これも高速充電のおかげです。これにより、車両ができるだけ早く稼働に戻り、お客様の収益を確保できるようになります。

私たちの目標は、車両が充電のために専用の停車時間を取らないことです。つまり、荷物の積み降ろしや運転手の休憩時間など、すでに車両が停止している時間を利用して充電することです。これにより、充電のために余計な停車をする必要がなくなります。

高速充電は経済的にもプラスの効果をもたらします。現在運用中のトラックでは、実際に運用コストが削減されていることが確認されています。この充電技術を活用し、私たちはこれまでに750万キロメートル以上をパイロット版のセミで走行しています。実例として、私たちのフリートの中には、運用開始から1年半未満で40万キロメートル以上を走行したトラックがあります。

これらの走行距離はシミュレーションではなく、実際の路上で得られたものであり、すべて北米の総重量規制内で行われました。この実績により、約1,500万トンキロメートルの仕事を達成しています。テスラは、自社運用でもセミを使用しており、ネバダ州の工場からカリフォルニア州の車両生産をサポートするためにバッテリーパックを運送しています。この運送は、ディーゼルトラックと同等のスケジュールや積載量で行われており、コスト面での妥協はありません。このようにディーゼルトラックをより低い運用コストで置き換えることができています。

数年前に行ったデモンストレーションでは、800 kmの走行を充電なしで達成し、厳しい地形であるドナー峠も走破しました。この峠はカリフォルニア州で知られた険しい場所ですが、セミは問題なくこれをクリアしました。ヨーロッパにも同様に厳しい地形が存在しますが、テスラ・セミはこれに対応できると確信しています。このように、北米で行っている取り組みがヨーロッパ市場にも適応可能であると考えています。たとえば、ネバダ州の45℃の高温やアラスカのマイナス40℃の寒冷地でのテストを行い、さまざまな環境での運用に耐える車両であることを確認しています。

高い信頼性も実現

性能だけでなく、重要なのはその信頼性です。現在運用中のパイロットフリートは、95%以上の稼働率を達成しています。テスラの垂直統合モデルにより、設計から製造、サプライチェーン、サービスに至るまで一貫して管理されており、信頼性の高い製品を提供することが可能です。私たちは、お客様のトラックができるだけ早く修理から戻って、再び稼働できるよう、効率的なサービス体制を構築しています。

実際、現在のフリートでは修理時間の70%が24時間以内に完了しており、これには予定されたメンテナンスと予定外の修理の両方が含まれています。このようにして、お客様が最小限のダウンタイムでトラックを再び稼働できるようにしています。

ヨーロッパ市場にも意欲的

ヨーロッパ市場においても、私たちはお客様に必要なサービスパートナーシップを提供する予定です。これには、テスラが直接提供するもの、第三者サービスとの連携、あるいはお客様自身のエンジニアがセミを整備できるような方法を考えています。ヨーロッパ市場は非常に多様で、サービスニーズもさまざまですが、私たちはこれらに適応し、お客様が最良の手段で車両を運用できるようサポートします。

技術的には電動化の準備は整っていますが、次に必要なのはこれをスケールアップすることです。テスラは、今年中にペプシコなどのパートナーにさらなるセミを納車し、さらに北米の新しいお客様にも提供していきます。これにより、お客様はセミの所有体験を実際に感じることができるでしょう。さらに、私たちは現在ネバダ州レン近郊に新しい工場を建設しており、年間50,000台以上のセミを生産できる能力を持つようにしています。この工場での生産拡大は、2026年までに進行していく予定で、次の市場はヨーロッパです。

また、トラック生産をスケールアップするだけでなく、充電インフラの拡大も重要です。ペプシコや自社の運用で実証しているように、施設でのデポ充電やすでにお馴染みのパブリックネットワークなど、さまざまな充電ソリューションを提供していきます。ヨーロッパ市場においても、他の充電ネットワークとの互換性を確保し、お客様が必要なツールをすべて手に入れられるようにします。最終的には、多くのパートナーと協力して、充電インフラをスケールアップしていく必要があります。政策決定者や充電プロバイダーと協力し、コスト削減や設置の負担軽減に取り組んでいくことが求められます。

私たちは、セミが低コスト・高性能・長距離航続を備え、ヨーロッパ市場の多様なニーズに対応できる製品になると確信しています。ゼロエミッションの未来と持続可能なエネルギーへの移行を、皆さんとともに加速させたいと考えています。未来は電動化です。ありがとうございました。

(翻訳ここまで)

EVトラックで持続可能な物流の実現へ

このように、テスラ・セミが従来のディーゼルトラックに対して競争優位性があり、低い運用コスト、優れた安全性、そして環境への配慮について詳述している。また、ヨーロッパ市場や量産計画にも言及し、近い将来、セミがこの市場でも重要な役割を果たすことを強調し、期待が高まる講演であった(おそらくヨーロッパではギガ・ベルリンでの生産になるであろう)。

北米の輸送業界は、依然としてディーゼルトラックが圧倒的なシェアを占めている。2023年、クラス8トラック(大型トラック)の新車販売台数は50万台を超えているが、これらの多くがディーゼルエンジンを搭載している。

ディーゼルは長距離輸送において高い燃費効率を誇るが、一方で大量のCO2や有害な窒素酸化物(NOx)を排出、これが大気汚染の主要な原因となっている。都市部や高速道路沿いでは、これら汚染物質により健康問題も引き起こしており、物流業界全体がゼロエミッションへ転換することは急務であると考える。今後、セミを筆頭とした電動トラックの普及と再生可能エネルギーの導入により、世界中に持続可能な物流が広がることを願いたい。

取材・文/前田 謙一郎

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


この記事の著者


					前田 謙一郎

前田 謙一郎

テスラ、ポルシェなど外資系自動車メーカーで執行役員などを経験後、2023年Undertones Consulting株式会社を設立。自動車会社を中心に電動化やブランディングのコンサルティングを行いながら、世界の自動車業界動向、EVやAI、マーケティング等に関してメディア登壇や講演、執筆を行う。上智大学経済学部を卒業、オランダの現地企業でインターン、ベルギーで富士通とトヨタの合弁会社である富士通テンに入社。2008年に帰国後、複数の自動車会社に勤務。2016年からテスラでシニア・マーケティングマネージャー、2020年よりポルシェ・ジャパン マーケティング&CRM部 執行役員。テスラではModel 3の国内立ち上げ、ポルシェではEVタイカンの日本導入やMLB大谷翔平選手とのアンバサダー契約を結ぶなど、日本の自動車業界において電動化やマーケティングで実績を残す。

執筆した記事