中国向けモデルとして発売された新型EVの日産『N7』が発売からわずか1カ月で1万7000台超を受注したことが発表されました。中国車研究家の加藤ヒロト氏が2025年4月に開催された上海モーターショー2025に合わせて発売前のN7に試乗。その実力についての印象をレポートします。
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中国メーカーに対抗できる安価なEVとして登場
日産自動車は最近なにかと大変ですが、中国での事業も例外ではありません。2024年における中国での生産台数は約61万台、販売台数は約65万台と、どちらも前年比18%の減少を記録しており、中国メーカーにシェアを奪われ続けている状況です。
車種別の販売台数を見ると、トップにはコンパクトセダン『シルフィ』が君臨しており、こちらは毎月2万台前後、2024年通年で34万2395台を販売しました。シルフィは2010年代後半まで中国市場における車名別販売ランキングトップ3の常連でしたが、2023年以降のBYD勢による猛攻、そしてテスラ モデルYの登場で徐々に販売台数を落としています。シルフィの次に中国で売れている日産車は毎月7000台前後のキックスということもあり、中国販売の5割強を担うシルフィクラスの市場はなんとしてでも死守したい領域でしょう。
シルフィは中国で大幅に値引きして販売されており、現在はメーカー希望小売価格を80万円ほど下回る130万円前後から購入できます。安く手に入るので中国では「DiDi(滴滴出行)」などのライドシェア車両として好まれる傾向があり、コンパクトセダン市場ではフォルクスワーゲン ラヴィダ(朗逸)とトップを争っています。
一方、これまでの日産には中国勢と対等に渡り合える安価なBEVがなく、中国BEV(バッテリー電気自動車)市場における日産の存在感はハッキリ言ってありません。こうした中、中国事業再興という期待を背負って登場したのがN7です。
日産 N7は北京モーターショー2024で発表された「エポック コンセプト」の市販モデルで、全長4930 mm x 全幅1895 mm x 全高1484〜1487 mm、ホイールベース 2915 mmとなります。
実際に対面した感じでも北米や中国で販売している『アルティマ』よりも少し大きい印象を受けました。パワートレインは純電動のみですが、発電用エンジンを搭載するレンジエクステンダー付きEV(EREV)の投入も噂されています。
航続距離はエントリーグレードでも500kmレベル
バッテリー容量58 kWh、モーター出力214 hpの「510」。そして73 kWh、268 hpの「625」の2タイプが用意されており、どちらも駆動方式は前輪駆動です。これを基軸にグレードは「Air(510のみ)」「Pro」「Max」の3レベルを設定、計5モデルで展開されています。なお、航続距離はグレードによって細かい差はあるものの、「510」系列は510〜540 km、「625」系列は625〜635 km(中国独自のCLTC方式)と公表されています。実用値として、エントリーグレードでも500km近く走れそうです。
ここ最近の風潮として、中国では航続距離よりも「何分でどれほど充電できるか」が重視されています。N7は容量の30%〜80%を約14分で充電できるとしており、割と速い印象です。なお、充電口は普通充電と急速充電ともに車体後部の左側に位置しています。
中国人の、中国人による、中国人のためのEV
開発は日産が以前より中国現地での製造と販売で合弁を組んでいた「東風汽車」協力のもと、「中国人の、中国人による、中国人のためのEV」を念頭に設計されました。このため、中国のネット上では東風汽車の電動ブランド「eπ」が販売する『007』の「外側」を変えただけとも言われています。ですが、実際はボディやプラットフォームなど日産の独自色が強く、東風日産も公式にその関係性を否定しています。
ボディ形状は4ドアセダンですが、リアのデッキを短く処理してクーペ風に、なおかつトランクリッドの後端をダックテールのようにすることで、伸びやかでスポーティな印象を演出しています。フロントのデイライト、リアのテールライトはともに左右一体型のイルミネーションを有しており、このどれもが昨今の中国車ではよく見られる要素となります。これに加え、デイライトの下には710個のセグメントで構成されるLEDユニットを搭載、表示する文字や模様は車内ディスプレイから設定可能です。
EVとして重要な空力性能に関連した設計は随所で見られます。サッシュレスドアや内蔵式ドアノブを採用し、ガラスルーフとフロントガラスの接合部分はシームレス、後方視界用のルーフカメラは丸みを帯びた形状として埋め込むことで空気抵抗を極限まで低減。Cd値0.208を実現しています。
上質なインテリアに日産の攻めの姿勢を感じる
ドアを開けると、これまでの日産車よりもワンクラス上質と感じる空間に驚かされました。もちろん単純にセダンでありながら室内が広いのもあるのですが、シートの特殊な形状や、ドアの内張り、ハンドル周り、スエードなどの素材選び、そして細かい操作系統のひとつひとつから上質さが感じ取れるのです。これがもっとも安くて約240万円から買えてしまうのですから、日産としても本気で攻めているのだと思いました。
コックピット周りの物理的操作はハンドル盤面上のメディアや運転支援機能用ボタン、そしてメニュー操作や各種装備の位置調整に使えるボール型ボタンぐらいしかありません。
自動車を運転するにあたって各種操作は極力直感的に行なえるべきだと筆者は考えているので、タッチ操作になんでも集約してしまう風潮には疑念を抱いています。ですが、これは中国市場向けのクルマで、こういった設計からも「先進性」をアピールしないといけないわけです。一方でエアコンの送風口は指で上下左右に動かせる形式だったので、そこはまだ良心が残されていると感じました。
コックピット周りではほとんどの操作系統を中央の15.6インチディスプレイに集約、シンプルで先進的な見た目を持っています。
ディスプレイは2つ装備されており、中央の15.6インチディスプレイでは地図やインフォテインメント、各種アプリを担当、そしてその左に位置する10.25インチのものでは従来のインストルメントパネルを置き換える形です。細かいUIやフォントまで気にする消費者がどれほどいるかは分かりませんが、少なくともこの部分にうるさい筆者からすればN7ではかなり納得のいく仕上がりとなっていました。
センターコンソールでは携帯端末充電用の無線充電パッド(50 W)や、その真下の収納スペース、カップホルダー2つ、そして加熱・冷蔵機能つきのコンソールボックスで構成されています。後部座席用にはUSB Type-C(27 W)の端子を備えているものの、数が1個のみなのはマイナスポイントだと感じてしまいました。後ろには3人が乗れるので、単純に考えて充電用端子は少なくとも2つあっても良いのではないでしょうか。
ドライブフィールは「さすが日産」を感じるレベル
中国メーカーによる昨今のEVはどれもモーターの加速特性や足回りのチューニングにおいていまひとつの印象を受けますが、N7はさすが伝統メーカーの日産という印象です。総合的に見てもとても運転しやすいフィーリングでした。
今回試乗したのは上位グレードで、モーターの最高出力268 hp、最大トルク305 Nmという仕様です。数値だけ見ればもっと高出力なスペックを持つ中国勢のEVはたくさんありますが、実際に日常的に使う領域ではN7のスペックで十分なはず。やみくもに出力を高めず、運転に不慣れでも扱いやすいように留めているのはとてもクレバーだと感じました。
下位グレードでは出力が214 hpまで落とされている一方、トルクは同じなので出だしの加速フィーリングはそこまで変わらないと思われます。サスペンションは少し硬めですが、路面の亀裂や凹凸は不快感なく処理してくれるので、中国ではまだまだ多い未舗装路や荒れた舗装でも大きな問題とは感じませんでした。
価格は約240万円〜。中国市場での巻き返しを図る
N7の価格帯は比較的まとまっており、もっとも安い「510 Air」で11.99万元(約240.5万円)、トップグレード「625 Max」でも14.99万元(約300.7万円)と、とても安いです。ですが、安いからと言ってコストダウンや手抜きが目立つようなことはなく、内外装や走り、どの面においても値段以上の価値が感じられました。
最上級モデル「Max」では中国の自動運転ベンチャー「momenta」と共同開発した「レベル2+」の高度な運転支援機能を搭載しており、ハンズオン状態の下、市街地や高速道路で運転操作の大部分を車両側が行なう「NOA機能」にも対応します。なお、同じくmomentaのソフトウェアを採用してLiDARユニットを1基搭載するトヨタ bZ3Xと異なり、N7ではデュアルカメラを基本としたハードウェア構成となっています。
N7はすでに1万台超を受注、外資系メーカーのBEVとしては最速記録を樹立したとのこと。先立って2025年3月に発売されたトヨタの「bZ3X」を皮切りに日本勢の巻き返しの流れが目立っており、2025年4月の上海モーターショーで発表されたマツダ EZ-60などもこれに続くことが期待されます。
取材・文/加藤 ヒロト
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