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フォルクスワーゲンが「ピープルズEV」で反転攻勢/IAAモビリティ2025から読み解くEVシフト本格化への道程

フォルクスワーゲンが「ピープルズEV」で反転攻勢/IAAモビリティ2025から読み解くEVシフト本格化への道程

9月、ドイツのミュンヘンで開催された「IAAモビリティ2025」で、フォルクスワーゲンが「エレクトリック・アーバンカー・ファミリー」の5モデルを一挙に公開しました。EVシフトの本格化に向けて大衆的EVが広がっていくのでしょうか。インポーター広報マンとして経験豊富、新たに著者陣に加わった丸田靖生氏のレポートです。
※冒頭写真は筆者撮影。

目次

事前予想を超えたドイツメーカーの迫力

かつて東京、デトロイトと並んで世界の3大モーターショーと言われたドイツのフランクフルトモーターショー(IAA)は、2021年からミュンヘンに開催地を移し、名称も「IAAモビリティ」となって今回で3回目を迎えました。オペラハウスや王宮のある旧市街地を開放して展示ブースを設置し、市民が無料でクルマを見たり試乗できるイベントは一段と活況を呈しており、最近苦境が伝えられるドイツ自動車メーカーの反転攻勢への強い意気込みが感じられました。

取材に出発する前は、「BMWやメルセデス・ベンツは主力車種のiX3とGLCの新型発表で力が入っているだろうが、フォルクスワーゲンはID.2 Allの市販モデルくらいか」と想像していました。実際、BMWとメルセデス・ベンツの展示は力の入ったもので、特にメルセデスが王宮の中庭に「Welcome home」と銘打って構えたブースは、そのスケールと絢爛さで目を見張りました。

写真:IAAモビリティ

一方、地味かと思われたフォルクスワーゲン(VW)は、近年販売シェアを伸ばしているシュコダ(Skoda)とクプラ(Cupra)両ブランドを含めた「エレクトリック・アーバンカー・ファミリー」の5モデルを一挙に公開し、こちらも大いに注目を集めました。

欧州で28%の販売シェアを持つVWグループから25,000ユーロで購入できるEVが登場することは、「EVは乗ってみたいけど、まだ高価」と躊躇していた消費者にとって、「エレクトリックモビリティ」が一挙に身近になると期待されています。

高級EVから「トリクルダウン」のEVシフトは頓挫

BMW、メルセデス・ベンツ、アウディといったプレミアムブランドを擁するドイツ自動車業界は、これまで「未来はEV」と先陣を争って、メルセデスはEQSやGLE、アウディはe-tronやe-tron GT、ポルシェはタイカンと、いずれもフラッグシップの高級セダン/SUVやスポーツモデルからEVを投入してきました。ところが、導入当初は初物好きの富裕層や環境意識の高いリベラル層が飛びついたものの、航続距離や充電の煩わしさ、安い下取り価格といった制約を経験して、EV熱は急速に冷めました。

メルセデス・ベンツは、EQSなどの販売が世界的に低迷した結果、EQシリーズ独自のボディデザインを廃し、ネーミングも「EQ●」から「GLC with EQテクノロジー」といった形に改めました。ポルシェタイカンも発売当初は勢いがあったものの、中国市場ではシャオミSU7などに市場を奪われ、販売台数は急降下しました。アウディも、初代e-tronの後継モデルのQ8 e-tronの販売が振るわず、発売からわずか2年で同モデルを生産するベルギー工場の閉鎖に追い込まれました。

「メルセデス・ベンツGLC with EQテクノロジー」は人だかりが途切れなかった。(撮影筆者)

この点BMWは、かつて初代i3を市場に問うた経験もあってか、BEVとともにPHEV やMHEVを並行してオファーする「フレキシブルパワートレイン戦略」が功を奏して、結果的にBEVの販売比率が最も高くなっています。一気呵成のEVシフトは難しいとわかり、自動車メーカーはエンジン(ICE)車の継続とハイブリッド車の強化へと製品戦略の見直しを余儀なくされているのです。

BMWはノイエ・クラッセ(Neue Klasse)の第一弾の新型iX3を発表。

スモールEVはEV販売躍進の起爆剤となるか

2025年1〜8月の欧州のEVモデル別販売トップ10では、1位はテスラモデルYですが、以下はVW ID.4、ID.3、シュコダエルロック(Elroq)、キアEV3、ルノー5E-Tech、BMW iX1などコンパクトカーが6台入っています。

車名販売台数(台)前年同期比(%)
テスラモデルY83,314-34.0
VW ID. 451,380+33.6
テスラモデル350,237-29.0
VW ID.349,475+39.1
シュコダエルロック48,776-
VW ID.747,501+348.2
KIA EV345,119-
ルノー5 E-Tech43,738-
BMW iX143,128+28.8
シュコダエンヤック41,970+26.6
BEV計1,534,62125.8

出典:Automotive News / Dataforce

ドイツプレミアム勢の売れ筋は、BMWはiX1がトップでi4がこれに続き、メルセデス・ベンツではEQA, EQBと発売したばかりのCLAと、やはりコンパクトカーが大半を占めます(初代EQCは2023年で生産終了)。アウディは、Q4 e-tron(及び同スポーツバック)と昨年発売したQ6 e-tron、ポルシェは欧州ではEVのみを開発したマカン(Macan)が健闘しています。

ドイツより小型のクルマが主流のフランスの自動車メーカーは、昨年来BセグメントのスモールEVを次々に投入しています。シトロエンe-C3、フィアットグランデパンダ、オペルモッカなどがステランティスから、EVとICEの事業を分離したルノーも、ルノー4、同5、セニックを発売し、2026年はさらに小型のトウィンゴが加わります。

こうした中で、VWグループのスモールEVが一挙に5車種導入されることで、最大の市場であるドイツを中心にBEV需要が新たな層に広がることが期待されます。今回VWやドイツ交通省のブースなどで説明員に話を聞いても、「これまでEVは価格が高かったが、手頃になれば乗りたいという人は周りにたくさんいる。」「若い人は最新EVのデジタルコクピットやAIに興味がある」といった声が聞かれました。

勢揃いした「エレクトリック・アーバンカー・ファミリー」。左からVW ID.CROSSコンセプト、シュコダエピック、クプララヴァル、ID.ポロ、ID.ポロGTI。(写真:フォルクスワーゲン)

初の自社製バッテリーを搭載

VWのスモールEVファミリーで特徴的なのは、自社生産のバッテリーを搭載することです。今年末からドイツのザルツギッター工場を皮切りに、2026年内にはスペインのバレンシア工場が、2027年にはカナダオンタリオ州のバッテリー工場が稼働します。生産はセルパワー660W/Lの三元系(NMC)バッテリーから立ち上がりますが、コストの安いLFPも追加され、25,000ユーロのモデルにはLFPが搭載される見込みです。

販売好調のルノー5 E-Techもスタートプライスは27,900ユーロですが、これは40kWhのバッテリー搭載で航続レンジは312km。52kWhでレンジ406kmのバッテリー搭載モデルとなると35,900ユーロに上昇します。VW ID.ポロのバッテリー容量と価格は未発表ですが(一部報道によれば、38kWhと56kWh)、セルから生産する自社製バッテリー搭載でコストを抑え(車両生産はスペイン)、フォルクスワーゲンクオリティを持った航続距離450kmのEVが3万ユーロ前後で手に入れば、消費者も食指が動くでしょう。

フォルクスワーゲン内製のユニファイドセル(写真:フォルクスワーゲン)

充電環境も整備されつつある

手頃な価格の製品の品揃えとともに重要なのが、充電インフラの整備と使い勝手です。この点、ドイツでは政府と自動車メーカー、電力会社が協力して、シームレスな充電環境を整えるべく様々なプロジェクトを進めてきました。VW、BMW、メルセデスは、いずれも自社で自宅用充電器や電力プランを提供するほか、プラグ&チャージ機能を持つCPO(チャージング・ポイント・オペレーター)である『IONITY』を共同で設立しており、欧州全体で既に90万口の充電ネットワークが整備されています。

また、ドイツ政府は「ドイツネット(Deutschlandnetz)」プロジェクトで、「国内のどこでも数分以内で200kW以上の充電器があるインフラ」を構築すべく、アウトバーンを含む全国1100箇所に急速充電ステーションを建設中で、合計9000口が2026年末までに設置される予定です。

現在ドイツには22kW以上の中・急速充電ポートは4万2000口ありますが、「ドイツネット」によって空白地点がカバーされていくとともに、IONITYやEnBW、アラルパルスといった充電ステーションのCPOは、どの会社の充電カードやアプリでもプラグ&チャージが可能なように通信と課金システムを対応させつつあり、ユーザーの利便性はさらに高まります。

写真:IONITY

V2H、V2GによってEVエコシステムを構築

また、フォルクスワーゲンは、2019年に電力インフラとエネルギーマネジメントを担う子会社Elli(エリー)を設立しており、今回Elliは、太陽光パネルの発電をそのまま車載バッテリーに供給できる家庭用DC(直流)充電器の提供を開始すると発表しました。

2026年には、このDC充電器を設置したVWのEVユーザーの車両数百台を電力グリッドに接続してVPP(バーチャル発電所)を構築し、欧州電力スポット市場(EPEX)に供給するV2Gの試みも始まります。また、電池を開発・生産する子会社PowerCo(パワーコー)は、ザルツギッターに40MWhのキャパシティを持つ大規模蓄電池を2025年末に完成させます。

ザルツギッターに設置する蓄電池システム(写真:フォルクスワーゲン)

このように、VWはバッテリー生産からBESS(蓄電池システム)、自然エネルギー電力の調達からエネルギーマネジメントまで、再生可能エネルギーと車載電池を核とするエネルギーエコシステムの確立に向けて着実に踏み出しています。

EV/SDV時代に向けた道筋が見えてきた

長年VWグループの業績を牽引してきたアウディやポルシェの業績が低迷する一方で、VW(乗用車)ブランドを中心とする「ブランドグループコア *」が最近は好調です。シュコダは2025年上半期に世界で58万台(前年同期比+6%)を販売し、13億ユーロの営業利益(ROS=営業利益率 8.5%)を上げました。

また、セアトのスポーティブランドとして2018年に発足したクプラも、ボーン(Born)やタヴァスカン(Tavascan)といったBEVが若い層から人気で、今年1〜8月の欧州販売は19万6000台(前年同期比+38%)** と躍進しています。さらに、中核となるVW(乗用車ブランド)も、同時期に96万台(+5.7%)**と販売を伸ばしており、「ブランドグループコア」が業績を下支えしています。
*VW乗用車、シュコダ、セアト(含むクプラ)、VW商用車で構成される。
**出典:欧州自動車工業会(EU+EFTA+UKの合計)

販売好調のシュコダ エルロック。全長x 全幅:4,488mm × 1,884mmとVW ID.3より一回り大きい。(写真:シュコダオート)

VWグループは、EVやソフトウェアの開発投資の負担や、ドイツ工場の縮小に伴う人員削減など固定費の削減の渦中にあり、現在の利益水準は低迷していますが、今回の「エレクトリック・アーバンカー・ファミリー」がEVシフトのブースターになり、エネルギーエコシステムの垂直統合が進むことで、どうやらEV/SDV時代における道程が見えてきたという印象です。

もちろんまだ懸念もあります。米国の新興EVメーカーのリヴィアンと共同開発中の次期E/Eアーキテクチャの開発が計画通り進むのか。一部で報道された次世代の統一EVプラットフォーム「SSP」の開発が遅れて2030年以降にずれ込むとすると、今の「MEB +」の車台でID.シリーズやアウディQ4 e-tronなどの製品の競争力をこの先維持できるのかといった点です。

「ピープル」のためのEVで普及を目指す

そういった懸念もあるものの、今回のIAAでのフォルクスワーゲンは自信を取り戻したように見えました。メッセのブースでは、3日間で15回以上の記者会見やトークセッションを催し、デザイン、全個体電池を含めたバッテリー事業、電力インフラやエネルギーマネジメント、自動運転レベル4のID.Buzzで実証中の都市モビリティ、AIや半導体の調達など、自動車が関連するモビリティの将来に向けて全方位で手を打っている姿が見えたのです。

100年に一度ともいわれる自動車産業変革の産みの苦しみの中でVWの推進力となるのは、やはりビートルやVWバス、ゴルフといったピープルズカーとしての歴史と伝統です。さらに、行政や地方自治体と一緒になって、Volk(大衆)のためのモビリティの未来を描き、ドイツの自動車産業と雇用を担うという責任感と自負であると改めて感じられたのでした。

VWブースのハイライトだったID.CROSSコンセプトのデザインは、ビートルやゴルフの伝統である「安定感」や「好ましさ(Likability)」を重視したという。(撮影筆者)

取材・文/丸田 靖生

※編集部注:新たにEVsmartブログの著者陣に加わった丸田さんからは9月中に原稿をいただいていたのですが、諸事情で公開が遅くなりました。今月末には「ジャパンモビリティショー2025」が開幕します。はたして、日本ではEVシフトに向けてどんな道程が示されるのか、要注目です。(寄本)

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この記事を書いた人

1960年、山口県生まれ。大学卒業後、マツダ(株)入社。海外広報課、北米マツダ(デトロイト駐在)をへて、日本ゼネラルモーターズに転じ、サターンやオペルの広報・マーケティングに携わる。2004年から17年間、フォルクスワーゲンジャパン、アウディジャパンの広報責任者を歴任。現在はコミュニケーションコンサルタントとして活動中。著書に「広報の極意−混迷の時代にこそ広報が活躍できる」(2022年 ヴイツーソリューション)がある。

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