現地時間の2025年11月6日、去年と同じくテキサス州のギガファクトリーでテスラの株主総会が開かれました。イーロン・マスクのビジョンを理解する上で、テスラが新たに掲げる「サステナブル・アバンダンス=持続可能な豊かさ」が重要な鍵となります。テスラ車オーナーにして翻訳家、池田篤史さんによる解説レポートです。
※記事中画像は「2025 Annual Shareholder Meeting | Tesla」(YouTube)から引用。
※この記事はAIによるビデオポッドキャストでもお楽しみいただけます!
去年に続き、株主議題「報酬パッケージ」が最大の焦点に
2025年の株主総会で最大の注目ポイントは、巨額の「報酬パッケージ」が可決されるのかどうかでした。そもそもイーロン・マスクはテスラから通常の給与をもらっていません。その代わり「報酬パッケージ」と呼ばれる成果型の報酬があります。
去年の報酬パッケージ論争は、すでにゴールを達成したイーロン・マスクに560億ドルの報酬を支払うことに対してデラウェア州の裁判官が異議を唱えたというものでした。まだ判決は出ていませんが、裁判官は「取締役会のプロセスが不適切だ」とか「株主への情報開示が不十分だ」と述べていました。
そのため、今度の新たな1兆ドルの報酬パッケージでは、めったに広告を打たないテスラが、「テスラの未来はあなたにかかっている。株主は報酬パッケージの投票を!」としつこいほど宣伝していました。実際は過半数が取れることは間違いなかったのですが、株主総会で承認されたという手順を踏むことで、裁判官にイチャモンをつけさせない作戦です。

この報酬パッケージは、会社の時価総額を8.5兆ドルにしたり、2000万台のテスラ車を販売したり、100万台のロボットを販売するなど、前回よりさらにハードルの高いゴールが設定されています。そしてこれらを達成すると、イーロン・マスクが大金持ちになるだけでなく、株主は株価が上がって儲かるし、新しい雇用も生まれるし、政府も納税額が増えるため様々な人がメリットを享受できます。
反対派の意見としては、以下のようなポイントが指摘されました。
●1兆ドルは与えすぎ
●株が希薄化する
●権力が集中しすぎ
しかし、まさに最後の「権力が集中しすぎ」こそがイーロン・マスクの狙いです。テスラ株の25%を所有することで、今回反対票を投じたような大型株主に横槍を入れられることなく、イーロン・マスクが描くサステナブル・アバンダンス(持続可能な豊かさ)に最速でたどり着くことができるのです。
テスラからの投票の呼びかけとともに、多くの個人投資家がX(旧ツイッター)で積極的に活動した甲斐あって、本件は75%以上の賛成票を得て可決されました。
テスラ車の完全自動運転、FSDの見通し
最近日本でも公道試験が始まっており、中国やオーストラリアなどにも徐々に広がりつつあるFSD(Supervised=監視義務付き)ですが、イーロン・マスクは会見の中で「あと1~2ヶ月のうちにスマホを操作しながら運転できるようにする」と述べています。
つまり、現在は運転手が常に監視する必要がありますが、今後は監視が不要な、いわゆるFSD Unsupervisedが各車に配信されるのだと思われます。ただし「運転できるようにする」と言っているので、後部座席で寝るのはまだNGで、運転席に座ってハンズオフ、アイズオフできるのだと解釈しました。
ロボタクシーは現在、テキサス州オースティン周辺と、サンフランシスコの一部で営業しています。万が一に備えてセーフティードライバーが運転席または助手席に座っていますが、危険がなければ彼らは一切運転操作をしません。今後、ソフトウェアがどんどん進化して人間の何倍も運転が上手になれば、セーフティードライバーも廃止されるでしょう。
ロボタクシー専用サイバーキャブの生産はもうすぐ開始
一方で、2シーターのロボタクシー専用モデル、サイバーキャブは2シーターであるが故にセーフティードライバーを乗せるのは合理的ではありません。そのサイバーキャブの生産は来年4月から開始予定で、営業開始は来年末または2027年初頭と言われているため、その頃にはセーフティードライバーなしのソフトウェアが完成して、モデル3やYなどの一般オーナーにも車の中で寝ていれば目的地に着くソフトウェアが配信されるやもしれません。

FSDは事故85%減、死者35,000人減、負傷者200万人減を実現するといわれています。1日でも早く導入することで救われる命があります。
FSD Unsupervisedの完成を前提としたサイバーキャブは、その生産方式も合理化されており、これまで1分前後だったタクトタイム(生産ラインから完成車が出てくる間隔)が一気に10秒まで短縮されるとのこと。数年経って生産に慣れてきたら5秒まで短縮できる可能性もあります。

アプリで呼べばやってきて、低コストで利用できてチップも要求しないサイバーキャブを、アメリカの消費者がひとたび知ってしまうと爆発的に需要が伸びることは容易に想像できます。さらに、サイバーキャブは中に人がいなくても自動で目的地まで走っていくため、24時間365日、工場から10秒おきにこの車が出てきて、需要がある都市まで走っていくのです。朝起きたら突然自分の街に数百台のサイバーキャブが走っている、ということもあるのではないでしょうか。
FSDはオプティマスにも応用可能

テスラ車がタイヤの付いたスーパーコンピューターなら、テスラが開発中の汎用型ヒューマノイドロボット「オプティマス」は手足の生えたスーパーコンピューターです。上図のように、アクチュエーターやパワーエレクトロニクス、バッテリーなど、自動車で使う技術がオプティマスでもそのまま使えます。FSDの性能が上がればオプティマスもより自在に移動できて、様々な労働に従事できます。
壇上でイーロン・マスクが例に出したのは医療用オプティマス。アメリカの医療制度が破綻しているのはご存知の通りですが、オプティマスを導入すると誰もが高度な医療サービスを受けることができます。
社会のあらゆる労働を少しずつオプティマスが学び、代行することで人々は労働から解放され、食事の心配もしなくて良くなるため、文字通り貧困をなくすことができるでしょう。
オプティマスは年間100万台のペースで生産できるようになれば、規模の経済を活かして1台あたり2万ドル(約300万円)で作れるようになるでしょう。ヒット商品で莫大な利益を得るのではなく、広く大衆に使ってもらうことで早く普及させることが目的です。

サステナブル・アバンダンスは手の届く価格の製品で成り立ちます。
AI製品を加速させるテスラの内製チップ
FSDのソフトウェアが段々と完成に近づいてきて、テスラ車やオプティマスに搭載するためのチップも相当の数が必要なことが見えてきました。台湾のTSMCや韓国のサムスンには「生産したものはすべて買い取る」とテスラは言っており、それでもなお足りないため、「メガ」パックや「ギガ」ファクトリーを超える、「テラ」ファブを計画しています(ファブは半導体工場のこと)。
テラファブでもし大量にチップを作りすぎても、そのままAIデータセンターにしてしまえば自社のAI学習に使えるだけでなく、余った計算能力はアマゾンAWSのように他社に販売することもできます。そしてデータセンターは電力を大量消費しますが、テスラはソーラーやバッテリーを使って再エネを増やしているため、クリーンな電力でデータセンターを運用できます。ゆくゆくはデータセンターは地上ではなく、衛星軌道に乗せる事も考えているようです(どうやって放熱するのか知りたいですが)。
サステナブル・アバンダンス
プレゼンテーションの最後に、駆け足でドドッと説明されましたが重要な情報がいくつも含まれていました。いくつかのポイントをピックアップしておきます。

●ネバダ州のSemi工場で来年からマイナーチェンジしたSemiの量産を開始予定。工場のキャパは5万台/年。
●サイバーキャブやオプティマスに使用する4680バッテリーのリチウムはコーパスクリスティの工場で、カソード(正極)はギガテキサスで生産することにより地政学的リスクを回避。
●来年からダイレクトに送電網に接続できる定置バッテリー「メガブロック」を生産予定。
どうやって「人類に持続可能な豊かさをもたらすのか」という切り口で見た時に、バッテリーやチップを作り、制御ソフトを作り、自動で働いてくれる車やロボットを作り、その電力はタダで地球に降り注ぐ太陽光でまかなうという一連のストーリーが見えてきます。
株主の大半がこの明確すぎるビジョンに共感して、イーロン・マスクの報酬パッケージに賛成票を投じた、そんな株主総会だったという印象でした。
2025 Annual Shareholder Meeting | Tesla(YouTube)
取材・文/池田 篤史






コメント