トップデザイナーを輩出する人気大学
ArtCenter College of Design(アートセンター・カレッジ・オブ・デザイン ※以下、アートセンター)は数々の有名自動車デザイナーを輩出してきたことで知られる芸術大学です。この大学の卒業生は自動車デザイナーとしての就職率が非常に高く、自動車メーカー各社が手ぐすね引いて待っていて「わが社にぜひ!」とスカウトに来るような人気大学です。在学中から自動車メーカーとコラボする取り組みもあり、リビアンなど8か月のインターンシッププログラムを設けているメーカーもあります。
日本人デザイナーでは初代ユーノス・ロードスターの俣野努氏、日産自動車の中村史郎氏、エンツォフェラーリなどのデザイナー(イタリア人以外で初めてフェラーリをデザインした)として著名な「ケン・オクヤマ氏」もこちらの出身で、かつてデザイン学部長を務めていたこともありました。
「同窓会」と呼ばれるこの催しは、アートセンターに通う学生たちに向けてデザイナー自身が登壇し、自らがデザインしたクルマを前にデザインのコンセプトや制作時の様々なエピソードや苦労話などを披露する催しで、今回は3年ぶりの開催となりました。
当日の同窓会参加者はトヨタやフォード、ホンダなどで活躍中のそうそうたるメンバーでしたが、EV関係では以下の4名のデザイナーたちが登壇しました。
●Derek Jenkinsデレク・ジェンキンズ(Lucid Motors デザイン担当副社長)
●Axel Kurkjianアクセル・クルクジャン(BYD シニアデザイナー)
●Johnathan Szczupakジョナサン・シューパック(Rivian エクステリアデザインディレクター)
●Franz von Holzhausenフランツ・フォン・ホルツハウゼン(Tesla シニアデザインエグゼクティブ)
EVのデザインに対するトップデザイナーたちの思いをお伝えします。
新時代のピックアップトラックを目指したサイバートラック
●フランツ・フォン・ホルツハウゼン氏(Tesla シニアデザインエグゼクティブ)
【略歴】GMでデザインマネージャー(2000~2005)、北米マツダでデザインディレクター(2005~2008)、2008年より現職。
「2023年、サイバートラックは一般向けにデリバリーが始まります。いま、世の中に存在しているピックアップトラックは、どのメーカーもどの車種も見分けがつかないくらい似ています。メーカーやブランドだけでは見分けがつかないといえるでしょう。ピックアップトラックはアメリカにおいて伝統的な車で、アメリカを象徴する車ですが、だからこそ、新しい時代のピックアップトラックを作りたかったのです。
外から見てもタフなデザインにしたかった。タフなイメージ、それはボディにステンレスを使うことでした。
ステンレスのボディは剥がれたり、退色したり、補修したりすることが前提の「塗装」とは違います。だから、ボディに塗装をするのではなく、ボディ全体をステンレスにしました。
想定しているユーザー層はとくにしぼっていません。サイバートラックは従来のピックアップトラックと違って珍しい形をしていますが、従来のトラックと同じように機能します。あのような形をしているからと言って、トラック本来の荷物を積んで快適に移動する、という機能性を捨てているわけではありません。
ただし、これまでに注文をしているほとんどの人たちは、従来のピックアップに乗ったことがない人たちです。それには驚いています」
当日イベントに参加していたテスラの別の重役(?)のような方から、「サイバートラックはこのままでは大きすぎるので、デザインはそのままでボディサイズを2割小さくして販売する」という新たな発言もありました!
どこから見てもリビアンだとわかるEVを
●ジョナサン・シューパック氏 (Rivian エクステリアデザインディレクター)
【略歴】フォードモーターカンパニーで12年半(2007~2019)のデザイナー職を経て2019年6月よりリビアンにてエクステリアデザインマネージャー、2022年5月より現職。リビアンではR1TとR1Sをともに担当。
「リビアンはカリフォルニアで大変よく売れており、街で見かける機会も増えました。また、車の評判もよくデザイナーとしては大変嬉しく思っています。
リビアンは新しいスタートアップのEVメーカーなので、デザインはとても自由にやらせてもらえました。
『EVであることがわかりやすい』ことを意識して、また消費者が求めていることについても柔軟にこたえながらデザインをしていきました。全体的なシルエットから「新しさ」を表現したつもりです。
ただ、斬新な車であっても、ケバケバしいデザインは好まれないので、落ち着いたクリーンなシルエットを目指しました。
現在、一般向けにはトラック(R1T)とSUV(R1S)の計2車種が発売されていますが、トラックのデザイン要素はSUVに置き換えてもそのまま通用するデザインを心掛けました。
真正面から見ると2車は同じように見えるかもしれません。ですが、トラックとしてみたときも自然と入ってくるデザインですし、SUVとしてみたときも同様です。それぞれ違和感がないけども、それぞれの車としての存在感をデザインに著しました。
ちなみに初期のデザインでは、窓の位置が違っていました。最初はトラックとしてデザインしたのですが、それをSUVに落とし込んだ時にどうしても窓の位置に違和感があり、チーム内でもどうするべきか、もめました。そこで何度もやり直し、修正を重ねてSUVとしてデザインをしても違和感がないように、デザインを変えていきました。結果、完成したのが現在のスタイルです。
なお、リビアンはアートセンターとデザインに関して様々な活動を一緒に行っています。昨年、アートセンターを卒業したばかりの学生も採用しており、これからデザイナーをどんどん増やしていく予定です。デザイナーを増やす、ということはつまり、今後も車種を増やしていくからです。
リビアンのデザインは、前から見ても後ろから横から見てもリビアンであることがわかることをポリシーとしています。近くても遠くても他の車、他のSUVやトラックとは一線を画した存在感がわかるデザインを目指しています」
ルーシッドでデザインの新しいDNAを作る
●デレク・ジェンキンズ氏 (Lucid Motors デザイン担当副社長)
【略歴】アウディ(1993~2000)、VW(2000~2009)、北米マツダ(2009~2015)でデザインディレクターを務めたあと、2015年7月より現職。
「ルーシッドはカリフォルニア生まれの自動車メーカーで、カリフォルニアでデザインされていることを誇りに思っている。(カリフォルニアの4都市をイメージする4種類の仕様になっている)
カリフォルニアのデザイン、特にその『モダニズム建築』はデザインをするうえで私たちに大きな影響を与えた。40年代から50年代にかけて存在していた一種のカリフォルニアのモダニズムだ。カリフォルニアの気候に関係しているので、屋内と屋外の感覚、開放感と軽さがある。軽やかで親しみやすいガラスはルーシッドエアにもふんだんに使われている。
ルーシッドは完全に新しいメーカーであり、私たちがデザインをするうえでレガシーを引き継ぐ必要はない。デザインスクールではブランドをサポートする製品を製作するように教えられるが、ルーシッドにはその必要もなかった。なぜなら、私たちの車がどのように見えるべきか? 周囲の人々はルーシッドに対して全く先入観がないからである。デザインの DNA や企業の DNA も不要。デザインの観点からすれば、そのDNAを私たちが作ることができる。それは素晴らしいことだと思っている。
イメージしたのはクリーンでモダンな航空機の外観。シームレスであること。今日の車(ガソリン車)のボディにはたくさんの通気孔と穴、スクープとラインがあるがEVデザインにおいて 私たちはそれを望んでいない。
また、ルーシッドは非常に高性能なEVだが、外観をアグレッシブでポンプアップされた風には見せたくなかった。エレガントで軽く、流線型にしたかった。そして速く見えるようなデザイン。エレガントなスピード表現。それが車の形状とプロポーションに影響を与えている。
特にこだわったのは「グランド ツーリング」全車に標準装備されるガラスキャノピーである。シームレスなガラスキャノピーに最大の力を注いだ。デザイン、機能、強度、美しさ、どれ一つとして犠牲にしなかった。
そして重要なことがEVは新しい時代の新しい世界の車であること。内燃機関車と異なる外観を持つことは非常に重要である。自動車の歴史を変える技術がどんどん進化していく中、電動化という大きな変化を利用しないことは大きなチャンスを逃す。美学を進化させる良い機会になったと思っている」
BYDをよろしく!
●アクセル・クルクジャン氏(BYDシニアデザイナー)
【略歴】テスラで自動車デザインインターン(2017年1月~9月)、2018年11月よりBYDノースアメリカでデザイナー、2020年12月より現職。BYDでは「漢」「唐」などを担当。
「BYDはアメリカにおいては、現在、電気バスのみを展開しています。最近、ロサンゼルスのダウンタウンにBYDの新しいデザインスタジオをオープンしました。アメリカにおけるデザインランゲージは今、確立している最中です。新しいデザインスタジオでどんどん新しい風をとりいれたいと考えています。これから、アメリカで販売するEV乗用車を展開していく予定なので、新しい感覚をもったデザイナーをアートセンターから何名か採用しています。
デザインに関してはまだ、アメリカで始まったばかりですが、この国には中国車のネガティブなイメージがまったくありません。なので、実はデザインを含めて非常にのびのびと仕事ができています。しがらみがまったくないので、新しいことがやりやすいのです。懸念材料があるとすれば、米中関係が不穏な部分でしょうか。
そこが絡んでくる恐れもあるので、アメリカでの展開は注意深くやっていくつもりです。
これからもBYDをよろしくお願いします」
【おまけ情報】BYDのデザイナー求人、その年収は?
お話に出てきたLAダウンタウンにオープンした新しいデザインスタジオにて、BYDがデザイナーを募集していました(※11月22日現在のエピソードです)。
アートセンターに掲示されていた求人の内容がこちら。円安であり、またアメリカの物価高が激しいご時世ではありますが、かなりの高給にびっくりです。
★BYD 「自動車インテリアデザイナー」
勤務地 BYD ノースアメリカ
給料 $78,000~$80,000(フルタイム年間)※1ドル136円で換算すると約1,060万円~1,088万円
<募集要件>
・大学卒であること
・米国での労働許可証を持っていること
ちなみに、同じEVメーカーであるFisker Inc(カリフォルニア州マンハッタンビーチ)も同様にインテリアデザイナーを募集していますが、こちらは$60,700~$76,900(約826万円〜約1,046万円)と掲示されていました。
取材・文/加藤 久美子