最善の電気自動車とは?〜『EQS SUV』に感じるメルセデス・ベンツの哲学

メルセデス・ベンツとして初めてEV専用プラットフォームで開発された『EQS SUV』に自動車評論家の御堀直嗣氏が試乗。走りや品質が優れているのはもちろんのこと、常に「最善」を追求するメルセデス・ベンツの企業哲学を実感したポイントを解説します。

最善の電気自動車とは?〜『EQS SUV』に感じるメルセデス・ベンツの哲学

3列目シートの座り心地から考えたこと

「最善か無か」

これは、メルセデス・ベンツの企業哲学だ。意味は、最善でなければ無いも同じということである。

メルセデス・ベンツ『EQS SUV』の3列目の座席に座って、改めてこの言葉を思い起こした。

EQS SUVは、電気自動車(EV)専用プラットフォームで開発されたEQSを基につくられたSUV(スポーツ多目的車)だ。EV専用であることによる3,210ミリメートルの長いホイールベースを活かし、ミニバンと同じように3列目の座席が設けられ、これにより乗車定員は7名となる。

EQS SUVの3列目シート。

SUVでもミニバンでも、3列目の着座位置は後輪のほぼ真上となる。そのため後輪が上下動する影響を直接体に受けやすいので、快適な乗り心地でないことが多い。また使われる機会も少ないことから、一応乗っていられるといった座席のつくりや空間の確保に止まり、長時間そこに座って移動するには辛そうな座席であるのがほとんどだ。

ところが、EQS SUVの3列目の座席は、空間にゆとりがあるだけでなく、着座姿勢も足を床へおろして座ることができ、走行中の乗り心地も前席や後席と変わらぬ快適さを感じることができた。これなら、長距離移動で3列目に座ることになっても、辛くないだろう。正真正銘の7人乗りEVといえる。

ただし3列目の座席は、背もたれの角度を調節することができない。しかしそのやや立った背もたれの角度が、長時間乗り続けても疲れにくくしているとも言える。やや立った背もたれの角度は、人間の体にとって楽な姿勢の保持に役立つからだ。

メルセデス・ベンツと同じドイツのシートメーカーであるレカロは、クルマ用の座席を設計するにあたり「立つように座る」という思想を守り続ける。人間の骨格は、立って背筋を伸ばした姿勢が基本で、これがもっとも調和のとれた状態だ。着座したときも、骨盤と背骨の関係が、立っているときと同様であることにより、体は正しく支えられ、楽にしていられる。

日本人は一般的に、クルマの座席の背もたれは傾斜していた方が楽だと思い込んでいる。だが、それでは首に負担がかかり、また背骨も猫背のように曲がった状態となるので、疲れの基になる。畳の上に正座する姿勢も、実はレカロの「立つように座る」と説く骨盤と背骨の関係と同様で、基本的には首を支えることを含め体にとって楽な姿勢なのである。

最善か無か。そして、立つように座る。

それぞれに、物事の真理を貫いた言葉であり、妥協を許さぬものづくりの姿である。完璧な姿を追い求めることが、結果的に消費者に最高の満足をもたらし、ブランドとして信頼を得て、世界に名を轟かせる企業になっていく。

メルセデスベンツが目指す究極の実用的EV

メルセデス・ベンツが常に目指すのは、「究極の実用車」だ。究極とは、「最善」につながる言葉であり、その結果誕生する新車が高額であれば高級車と人は呼ぶし、廉価車種であれば大衆車と呼び、走行性能に優れるならスポーツカーと呼ぶだろう。それだけのことである。したがってメルセデス・ベンツのスポーツカーを運転しても、4ドアセダンなどの乗用車と同じ感覚で操作でき、爽快さは楽しめても余計な緊張はもたらさない。スポーツカーとして究極の実用車という仕上がりである。

EV開発では、1997年に発売されたメルセデス・ベンツ初の2ドアハッチバック車であるAクラスが、車体構造にサンドイッチコンセプトを採用していた。これは、床下の二重構造を指し、そこに駆動用バッテリーや燃料電池スタックを車載することを前提とした設計であった。

EVは、駆動用バッテリーを床下に車載することが常識となっているが、1990年代当時、結果的に各自動車メーカーが開発するEV試作車は床下にバッテリーを搭載したものの、Aクラスのように車体構成(パッケージング)として床下を二重構造にすることを明らかにしたのは、ほかに日本の日産自動車だけだった。日産のルネッサは、Aクラスと同じ97年に誕生し、その床もAクラスと同様の二重構造となっていた。そしてルネッサEVという試作車がつくられ、これにソニーと共同開発した世界初のEV用リチウムイオンバッテリーを車載したのである。

EVのあるべき姿を26年前に明確に示したのは、メルセデス・ベンツと日産だけだった。

そのあと、メルセデス・ベンツは燃料電池車(FCV)の開発にAクラスのサンドイッチコンセプトを応用した。その手法は、2005年のメルセデス・ベンツBクラスにも引き継がれた。

のちに、3代目となるAクラスは通常の車体構造へ変更し、フォルクスワーゲン・ゴルフと競争力ある2ボックスのハッチバック車とした。2012年のことである。ところが、3年後にVWによるディーゼル排ガス偽装問題が米国で発覚し、事態は急変した。ドイツ車をはじめ、ディーゼルターボエンジンを二酸化炭素(CO2)排出量抑制の主力としてきた欧州自動車メーカーが、EVへ大きく舵を切ることになった。

搭載するモーターなどの性能も着実に進化

メルセデス・ベンツ最初の市販EVは、SUVのGLCを改造したコンバートEVのEQCである。モーターは、交流誘導モーターを前後に一つずつ搭載し、後輪側をより高性能とすることで加速の乗り味をよくしている。当初、リチウムイオンバッテリーは、ラミネート式を採用し、冷却性能を確保した。そこから同じくコンバートEVであるEQAとEQBを経て、EV専用設計となるEQSとEQEを導入し、専用車第3弾としてEQS SUVに至る。

モーターは永久磁石式同期モーターとなり、バッテリーは箱型に替わった。

誘導モーターは、鉄芯に銅線を巻き付けた電磁石を使う。永久磁石式同期モーターは、回転子(ローター)に永久磁石を使い、固定子には電磁石を用いる。回転子を永久磁石とすることにより、小型化できる。

一方、一般的なフェライト磁石の10倍といわれる磁力を得るため、希土類元素(レアアース)のネオジムとジスプロシウムが必要になる。ネオジムは、磁力を高めるため必要で、ジスプロシウムは高温での耐久性を上げるために不可欠だ。しかしながら、レアアースは仕入れ先を中国に依存することに加え、埋蔵が偏在するので、将来的にEVが普及した際には資源不足の懸念がある。適切なモーター選択が将来的に求められる可能性が高く、メルセデス・ベンツは、誘導モーターと永久磁石式同期モーターの両方の知見を得たことになる。

同じことは、日産もアリアで巻き線式と呼ばれる電磁石を回転子に使ったモーターを使用しており、こちらは誘導モーターではないようだが、レアアース依存からの脱却へ手を打ちはじめているとみられる。

リチウムイオンバッテリーに関しては、EV専用設計となったEQS SUVは箱型へ変更されている。これも、リチウムイオンバッテリーの量的仕入れの確保において、仕入れ先に柔軟性を持たせる措置と考えられ、EV普及への姿勢が本格的であることをうかがわせる。

欧州車では数少ないV2Xへの対応

多彩なシートアレンジで実用性も十二分。

メルセデス・ベンツEQS SUV(EQシリーズの電気自動車)のもう一つの注目点は、ドイツ車を含め欧州EVのなかで、唯一、V2HやV2L、V2G、いわゆるV2Xに対応していることだ。これは、EQSとEQEも同様で、日本仕様だけの措置である。メルセデス・ベンツ日本は、ドイツ本国と協議を重ね、実現にこぎつけた。

EVを語るうえで、一充電走行距離の長さと、それにともなう急速充電の高性能化の優劣に関心が高まり、日本発のCHAdeMOに比べ、テスラやCCS(コンバインド・チャージング・システム)2(欧州仕様)の優秀さが語られることが多い。一方、それらの地域では、V2Xへの対応や、VPP(バーチャル・パワー・プラント)を視野にした構想が語られる機会は少ない。

EVの急速充電に際しては、車両と急速充電器とで通信が交わされ、安全を確認したうえで充電が行われるが、CHAdeMOは通信のための専用線を持っている(テスラ規格も同様の通信線をもつが、CCS 規格は電力線通信を採用しているのでV2Xへの対応に難渋している)ため、車両側に制御を組み込めば、車外へ給電する機能を設けることができる。このことは、EVの価値を語るうえで重要なことだ。

EVは、将来的に移動可能な蓄電池として社会の電力網に貢献することが期待される。クルマは、その9割は駐車状態にあるといわれ、世界的な話だ。その駐車時間を電力安定化に寄与できるのがEVであり、エンジン車では不可能な価値である。ここにこそ、EVシフトの神髄がある。

それによって化石燃料や水素に依存せず、再生可能エネルギーの需給を安定化させることに寄与するし、気候変動が現実となり、自然災害が甚大化した現在、万一の停電に対応することもできる。

気候変動は、欧米でも日本と変わらず地球規模で起きており、甚大な被害をもたらしている。それにもかかわらず、EVからの給電が欧米の自動車メーカーから出てこないのは、充電性能だけに注目しているからではないだろうか。それでは単にエンジン車の延長という価値しかない。

ヒョンデやBYDを含め、世界の名手であり欧米の代表といえるメルセデス・ベンツが、自国では対応していないV2Xを日本のためだけに採用した意味は大きい。

究極の実用車であり、最善であることを目指すメルセデス・ベンツであればこそ、今という商売に目を向けるだけでなく、EVの可能性を広範囲に知り尽くすことで最善であり得るという意志が、EQシリーズの最新モデルとなるEQS SUVでも体現されている。

その延長線に、3列目の座席の他に類を見ない快適な仕上がりがあるのだろう。「なるほど」と、感心せざるを得ないメルセデス・ベンツの真価を実感したのである。

取材・文/御堀 直嗣

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この記事の著者


					御堀 直嗣

御堀 直嗣

1955年生まれ65歳。一般社団法人日本EVクラブ理事。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。1984年からフリーランスライター。著書:「快走・電気自動車レーシング」「図解・エコフレンドリーカー」「電気自動車が加速する!」「電気自動車は日本を救う」「知らなきゃヤバイ・電気自動車は新たな市場をつくれるか」「よくわかる最新・電気自動車の基本と仕組み」「電気自動車の“なぜ”を科学する」など全29冊。

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