EVへの理解を深めるために〜損害鑑定専門担当者向け研修会を取材してみた

現在、テスラだけでなくBYDなど中国メーカーも台頭し、日本でもEVの普及が進んでいます。一方、EVによる交通事故の対応件数はまだまだ多いとはいえず、損害保険会社におけるEVへの対応は課題が多い状況です。その中で今回、京都先端科学大学で開催された損害鑑定専門の担当者向け研修会を、ジャーナリストの赤井邦彦氏がレポートします。

EVと車両保険の複雑な関係〜保険会社担当者の研修会を取材してみた

保険会社社員30名が集まったEVの研修会

先日、京都先端科学大学(KUAS=Kyoto University of Advanced Science)で行われたリカレント研修にお邪魔してきた。参加したのはリカレント事務局で行われる「EVエキスパートカレッジ」という、電気自動車(EV)の普及に沿って必要になる知識の習得が目的の研修。リカレントというのは「循環」という意味を持つ言葉で、社会人が学校に帰って学び直すことをリカレント研修やリカレント教育と表現する。

今回KUASで行われたのは同大学ナガモリアクチュエータ研究所の堂前伸一特任教授によるEV全般に関する講義。内容はEVの基礎知識をはじめその構造・技術を学ぶ講義、EVの事故事例の紹介など、多岐にわたった。

研修に参加したのは三井住友海上火災保険株式会社の社員30名程度。彼らは近い将来(すでに目の前に迫っているが)必要になるEVの交通事故損害鑑定に関して、いかなる取り組みをすべきか模索中で、今回の堂前講義がその助けになればという期待を込めて講義を受けた。

以下、講義で解説された内容を要約する。

自動車保険はユーザー誰もがご存じのように、法律によって加入が定められている自賠責保険(自動車損害賠償責任保険)とユーザーが独自に入る任意保険がある。自賠責保険は対人事故の賠償損害のみに支払われる保険で、被害者救済が目的。ただし、支払われる保険料は死亡3000万円、後遺症による損害4000万円、障害による損害120万円と限度額が定められている。この額では人の命の値段が高騰している現在ではとてもまかないきれないと考え、その不足分をカバーするために、任意保険が存在する。つまり、自賠責だけでは足りない部分を上乗せで補修するのが任意保険だ。

上記の話は自動車全般に関する保険だが、EVに関しても自賠責保険と任意保険が用意されているのはガソリン車と同じ。自賠責に関しては、もちろん保険金の額も同じ。共にクルマであることを考えれば当然。保険期間も「対象となる車検有効期間をカバーする最短の期間で加入」なので同じ。バッテリーの寿命を勘案してということはない。任意保険に関しても、保険料率の区分や適用方法はガソリン車と同じ。特別にEV対応というものはない。

ガソリン車とEVにかかる経費の違いといえば、保険料ではなく税金の優遇があるが、EVに特化したものではなくエコカー全般をカバーするものだ。エコカー減税やグリーン化特例は、排出ガス性能及び燃費性能に優れたクルマに対し、それらの性能に応じて自動車重量税の軽減や免除を行う。また、環境性能割はクルマを購入する場合に取得価格に対して環境性能に応じた税率で課税するもの。EVといえば、もちろんエコカーでありグリーン特化に合致するクルマだが、これまでの基準を上回る環境性能を誇っていることは確実だから、新しいルールが必要になるのも間近だろう。

堂前伸一 京都先端科学大学ナガモリアクチュエータ研究所特任教授。

EV特有のリスクとは?

EV時代が到来すると、これまでのガソリン車では考えられない損害が発生し、保険会社はそれにいかに対処するかという事態に追い込まれる可能性がある。そこで、EV特有の事故や災害、リスクとして挙げられた例は次のようなものである。

① 大容量リチウムイオン電池は衝突時の損傷により熱暴走。重大事故としては高電圧回路が遮断されず、事故処理時に車体フレームに接触するだけで感電死リスク。最善の処理方法は事故車両を水入りのコンテナに漬けて冷却すること。処理費用はガソリン車の5~10倍。
② 大容量電池は可燃性の有機溶媒を使用するため、電極に使う金属の切粉がセル内に侵入して短絡する。
③ 搭載電池は車両の底面に搭載されているため、発火しても放水が困難。
④ 衝突後あるいは充電中、充電後に発火した例あり。

こうした例は、損害保険会社がEV社会の成熟によって起こるであろう事態を見据えて準備するために得た調査の結果だ。

また研修内容としてはバッテリーに関して多くの時間を費やしていた。実際に分解されたEVを材料に学ぶことで、バッテリーの搭載場所などを知ることができ、EVの構造を初めて見る人たちには新鮮に映ったはずだ。またEVを運転し、その挙動をデータで確認する実験も行っていた。

研修を受けた担当者へのインタビュー

今回、研修に参加した総合社員のA氏とアジャスター社員(※)のB氏の2名のインタビューをお届けする。
(※)修理工場との間で修理価格などを協定する担当者のこと。適正な修理価格を算定するために車両の損害確認だけでなく事故の現場検証なども行う。

― 今回の研修はEVの事故対応の準備と理解していいですね。

A氏 今回の研修では、事故によってEVに搭載されているバッテリーにどのような症状が出て、それに対して保険会社がどう対応していくかという点が課題に取り上げられました。日本ではまだEVの販売台数が少なく、事故も少ないので、さらなるデータの積み上げが必要となってきます。本研修がその第一歩になってほしいと考えています。

― 保険の査定もデータの分析と専門知識の蓄積ということですね。

A氏 EVは今後必ず普及する見込みがあるので、今回のような研修を受け、EVの専門知識をより蓄積し、今後集まるデータの分析力を高めたいと考えています。

ー EVになると事故の種類が変わりますか?

A氏 クルマの事故という意味では変わりません。変わるのは、事故で壊れた箇所はどこか、それにはどういう修理が必要なのか、という点だと思います。そもそも床面全体にバッテリーが並べられているなんて、これまでのクルマでは想像すら付かない。今回のような研修を通してこうしたEVの構造を知り、いかなる対応が必要か理解していかないといけないし、EVはどんどん進化しているのでそれに合わせて勉強する必要があると考えています。

― 自動車雑誌などでEVの知識は得られますか?

A氏 メディアを通してEVの一般的な長所・短所は知ってきましたが、構造の面での知識は得にくいです。特にバッテリー等は目に見えない部分が多かった。EVではこうした点を最も気をつけて見ていかなければいけないと思いました。バッテリーは外から見ても分からない。そのとき、バッテリーの中はどうなっているのか、知識があるとないとでは対応が全く異なるためです。

― 今回の研修で最も参考になった点は何ですか?

B氏 EVのバッテリーの実際の搭載方法などを見て、それらがどういう働きをするのかを理解することが出来ました。バッテリー内部の科学的な情報まで知ることが出来て有意義でした。事故を起こすとバッテリーは燃える可能性があるということは知っていましたが、その理由について順を追って教えてもらったのは初めてです。

― 研修を終えて感想を。

A氏 EVの保険の構築については、専用の保険なのか特約なのか、いろいろなことが考えられますが、いまの時点では具体的なことはわかりません。一方、どんどん進化するEVの新しい情報を蓄積し、実際に事故が発生した際の対応に役立てることはとても重要だと改めて認識できました。

B氏 今日の講義を受け、新たな知見もたくさん学ぶことができました。今後もEVに対する知識をさらに身につけながら、職場でその知識の共有もできるように頑張りたいと考えています。

最後に研修の終了に際して堂前教授のコメントを記しておく。

「世界中の自動車がすべてEVになるわけではないが、EVシフトを止めることは出来ない。本来は、EV一辺倒ではなく他の動力機構と共存すべきかも知れない。合成燃料が安くなればそれが一番いいのだが、現在では高価でとても使用に耐えない。そこで解決策としてEVがある。今回の研修では皆さんがEVの本質を理解してくれたと思う。それが分かってとてもうれしかった」

いずれにしても、EVシフトによって社会のさまざまなところで変化や対応、進化が求められている。今後も、さまざまな角度からEVシフトの本質や意義を探っていきたい。

取材・文/赤井 邦彦 写真/三代 やよい

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この記事の著者


					赤井 邦彦

赤井 邦彦

1951年生まれ。1977年から続けるF1グランプリの取材を通して世界中を旅し、様々な文化に出会う。若い頃は世界が無限に思えたが、経験を積んだいま世界も非常に狭く感じる。若い人は世界へ飛び出し、勉強や仕事だけでなく無駄な時間を過ごして来て欲しいと思う。その時には無駄だと思っても、それは決して無駄ではないことが分かるはず。 2014年、フォーミュラE誕生に伴って取材を始め、約5年間同シリーズをつぶさに見てきた。その結果、フォーミュラEの価値は大いに認めるが、当初の環境保護、持続可能性といった理念から少し距離が出来たように感じている。こうした、レースそのものよりも取り巻く状況に目を向けることが出来た取材は貴重だった。

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