電気自動車レースに新風「全日本EV-GP第5戦」初参戦 IONIQ 5 N がテスラの連勝を阻止

全日本EV-GPシリーズ第5戦が富士スピードウェイで開催されました。初参戦のヒョンデ IONIQ 5 Nが優勝を飾り、テスラの連勝がついにストップ。とはいえ、テスラモデルSのKIMI選手が年間王者を決めました。新時代の到来を感じた熱戦をリポートします。

電気自動車レースに新風「全日本EV-GP第5戦」初参戦 IONIQ 5 N がテスラの連勝を阻止

3台の『アイオニック 5 N』が初参戦

2024年全日本EV-GPシリーズ第5戦「富士55kmレース」が、9月28日(土)に静岡県小山町の富士スピードウェイで開催されました。EV-GP(グランプリ)は、日本電気自動車レース協会(JEVRA/関谷正徳理事長)が主催する年間全6戦の電気自動車レースシリーズです。今シーズンは、テスラモデルSプラッドのKIMI選手がここまで4戦4勝としていて、年間王者をかけて臨む一戦となりました。

話題を集めたのは、発売されたばかりのヒョンデのハイパフォーマンスEV『IONIQ 5 N(アイオニック5N)』が3台同時に初エントリーしたことです。そのうちの1台を駆るチェ・ジョンウォン(CHOI JEONG WEON)選手は、ツーリングカーレース「TCRジャパン」に参戦しているプロドライバーで、韓国でIONIQ 5 Nによるレースも体験済み。マシンも日本未発売の純正チューニングパーツ「N Performance Parts」のホイールやブレーキパッドで足回りを固めていて、ピットでは「ほとんどワークスチーム」という声も聞かれました。

続いて、先日の記事でも紹介した国内での5N納車第1号となった小峰猛彦選手。2輪と4輪でレースを楽しんでいて、今季のEV-GP第2戦にも「N」のつかないIONIQ 5で参戦してクラス優勝(総合6位)。打倒テスラを目指し「N」に乗り換えてのチャレンジに注目です。

さらにもう1台は、EV用充電器メーカー「ジゴワッツ」の社長、柴田知輝選手。納車されたばかりの新車でEV-GP初参戦です。サーキットでの4輪レース出場も初体験。数日前に納車されたばかりで、レース前にメーターを見せてもらいましたが走行距離はまだ369kmでした。

ポールポジションはモデルSのKIMI選手

レースの焦点はズバリ、テスラとヒョンデ、いったいどちらが勝つのか。

午前中に行われた予選で、ポールボジションをゲットしたのはKIMI選手(1分54秒454)でした。2位に入った5Nのジョンウォン選手(1分55秒726)とはわずか約1秒差。さらに5N勢は、3位に小峰選手(1分59秒247)、5位に柴田選手(2分10秒402)が入りました。

一方、テスラ勢は2台のモデル3も予選上位をゲット。年間総合2位につけているモンドスミオ選手(2分07秒344)が4位、sono106選手(2分13秒626)が6位です。予選上位の6台をテスラ3台、ヒョンデ3台が占めて、まさに「テスラVSヒョンデ」ガチンコ対決の様相となったのでした。

パワーを比較すると、KIMI選手が駆るモデルSプラッドのモーター出力は750kW(約1020馬力)で、3台の5Nは478kW(約641馬力)、sono106選手のモデル3パフォーマンスが377kW(約513馬力)。モンド選手のモデル3(RWDグレード)が202kW(約275馬力)となっています。

0-100km/h加速が2.1秒というモデルSプラッドが飛び抜けていますが、レースではトータルのマシン性能が問われます。5Nはサーキットでレースを楽しむことを前提に、難コースとして名高いドイツ・ニュルブルクリンクでテストを重ねたメーカー製のチューニングカー。予選後のお昼休み&充電タイムには、あちこちで決勝のレース展開について予想が盛り上がっていました。

テールトゥーノーズのバトルと波乱の大逆転劇

午後4時からの決勝レースでは、ハラハラドキドキの熱戦と、だれも予想していなかった逆転劇が待っていました。まさにレースは筋書きのないドラマです。

15台が並んだグリッドから、ホールショットを奪ったのはKIMI選手。これをジョンウォン選手がテールトゥーノーズで追います。1周目から他を圧倒するスピードで1対1のバトルが演じられることになりました。EV-GPは全クラス混走なので、EV-R(レンジエクステンダー)クラスの日産オーラやノートも一緒に走っていますが、予選タイムで30秒以上も差があります。あっという間に周回遅れが続出。

観客席も、激しすぎるトップ争いに目を奪われっぱなし。ストレートエンドの第1コーナーなどでジョンウォン選手が並びかけると「おーっ!」と一斉にどよめきが起きます。しかしKIMI選手は巧みに抑えて抜かせません。4周目にジョンウォン選手が出したベストラップは1分56秒台とほとんど予選に迫るタイム。小峰選手も序盤は2分を切るタイムで2台を追っていましたが、少し距離を置いて3位をキープする戦術に切り替えます。

その後も2台のハイスピードバトルが続いたのですが、異変が起きたのは7周目。モデルSプラッドがなかなか戻ってきません。5Nがストレートに戻ってきた、と思ったら小峰選手。周回遅れが続出して、観客席からは順位がよくわからなくなっていたこともあって、「なに?」「どうしたの?」とザワザワ。聞かれたところで私もわかりません。ゴール後に判明したのですが、なんとKIMI選手とジョンウォン選手がほぼ同時に熱ダレでペースダウンしていたのです。

「予定通りの展開でしたが、急にパワーダウンして150km/hぐらいしか出なくなりました。亀マークを初めてみました。ジョンウォン選手とバンパートゥバンパーでレースを楽しませてもらいましたけど、やりすぎちゃいましたね(笑)」(KIMI選手)

2台がペースダウンする間に1位に上がった小峰選手も、直後からパワーダウンに見舞われていました。「バッテリー温度が55℃を超えると135km/hしか出なくなるんです。少し温度が下がる(5Nはメーターでバッテリー温度が確認できる)とスピードを出せるけど、またすぐ制御されてしまう。その繰り返しでした」(小峰選手)

終盤は上位3台がスロー走行を強いられるという、誰も予想しなかった展開のなか、最初にチェッカーを受けたのは小峰選手。2位がKIMI選手、3位がジョンウォン選手。IONIQ 5 Nがデビュー戦で優勝を飾る結果となりました。

総合優勝を決めて応援の息子さんが待つピットに戻った小峰選手。

表彰台の中央に立った小峰選手は、KIMI選手、ジョンウォン選手とがっちり握手。「いろいろみなさんにアドバイスしていただいて、バッテリーが半周長持ちしてくれたおかげです」とあいさつして客席から拍手を浴びていました。

最終戦を残しKIMI選手の年間チャンピオンが決定

また、今季4勝していた上に、このレースで2位の15ポイントを加えたKIMI選手は、最終戦を待たずに総合年間チャンピオンと決定しました。表彰式は最終第6戦の「筑波60kmレース」で行われますが、KIMI選手おめでとうございます!

年間チャンピオンを決めたKIMI選手。

「強敵が現れてくれて、今回はちょっとバトルをやりすぎましたが、最終戦も楽しみです」(KIMI選手)

JEVRA事務局によると、近年のEV-GPではモデル3パフォーマンス、そしてモデルSプラッドとテスラ勢が圧倒的な強さを誇っていて、前戦まで34連勝中でした。テスラ以外のクルマが総合優勝したのは、2019年7月の第3戦で日産リーフe+(160kW)が勝って以来、5年ぶりとのことです。

Honda eも限界を超えてがんばりました!

と、テスラ対ヒョンデが注目を集めた第5戦だったのですが、今までにも独特の戦いぶりをリポートしてきた(関連記事)モデューロレーシングHonda eも、新たなチャレンジを成功させていました。

それは最高速アップ作戦。改造範囲の広いEV-P(レース専用車両)クラスなので約300kgに及ぶ軽量化などを施しているものの、市販車用のリミッターは解除していないので145km/hで頭打ちします。解除しない理由は、バッテリー容量が35.5kWhと出場車両の中で最も少ないためです。高速域では空気抵抗で電費が極端に悪化するので、最高速を追求する必然性が少ないから、とのお話でした。

でも、高速コースの富士スピードウェイではもう少しスピードアップしたい。そこで考えたのが、後輪のサイズアップでした。225/45 R17のリアタイヤを225/55 R17に換装。全径で45mm(7%)増えています。後輪はタイヤハウスギリギリに収まっている感じ。黒石田利文監督は「やってみないとわからないけど、160km/hぐらい出るはず。電費も改善が期待できます」と話していました。

毎回ドライバーを変えているモデューロe、今回はN-ONEカップなどで優勝経験のある若手の菊田辰哉選手がシートに座りました。最高速はというと、予選時にストレートで157km/h(GPS計測)を記録。見事に作戦大成功です。決勝レースは、グリッド10位からスタートして、最後に日産アリアを交わして9位フィニッシュという結果でした。

リミッター超えの157km/hをマーク(菊田選手提供)

「想定していたより電池が減らなかったので、もっと使おうと思ったんですが、バッテリーの過熱で制限が入って、なかなかペースアップできませんでした。序盤に意識して回生させたのが裏目に出たかもしれません。ぜひリベンジしたいです」と菊田選手。こちらもやはり熱ダレ問題と戦っていたのでした。

JEVRA事務局長の富沢久哉さんは「いろいろと予想外でしたね」と第5戦を総括。「EVレースならではの面白さがありました。テスラ一強の時代が少し変わった感じがしています。いろいろなEVが増えてきたのはうれしい限り。今後もみなさんの参加をお待ちしています」と話していました。

百戦錬磨のドライバーによる駆け引きもあれば、新車を持ち込んでレースデビューの人もいる。敷居の低さと、奥の深さを実感させてくれたEV-GP第5戦でした。

この日、テスラ モデルYで参戦しているジョー・ジャスティス(Joe Justice)選手が、レース活動をやめたチームが保有していたモデル3などの車両5台を譲り受けて、来シーズンから「WIKISPEEDチーム」として活動していく意向を明かしました。ジャスティス選手は「チームオーナーとしてSDGsをプロモートしたいと思ったのが動機です。スポンサーとドライバーを募集中なので、よろしくお願いします」とアピールしていました。EV-GPがますます盛り上がりそうで、期待しています。

レースの詳細な結果や今後の予定などはJEVRAの公式サイトをご覧ください。今シーズンを締めくくる第6戦は10月20日(日)に筑波サーキットで行われます。

取材・文/篠原 知存

この記事のコメント(新着順)1件

  1. 熱戦が伝わる素晴らしい内容でした!
    最終戦も盛り上がることが期待できます!

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この記事の著者


					篠原 知存

篠原 知存

関西出身。ローカル夕刊紙、全国紙の記者を経て、令和元年からフリーに。EV歴/Honda e(2021.4〜)。電動バイク歴/SUPER SOCO TS STREET HUNTER(2022.3〜12)、Honda EM1 e:(2023.9〜)。

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