ヒートポンプ非搭載の影響はどうなのか?
私自身、すでにホンダの普通車EVである『Honda e』は長距離試乗経験があります。また軽EVである日産サクラの長距離検証、および実家でも所有しているので、バッテリー容量の小さいEVの長距離運用は一定の経験があります。
今回の『N-VAN e: 』は商用軽EVとしてラストワンマイルの配送車両という需要とともに、個人ユーザーが車中泊をはじめとしてアクティブに運用するケースも想定されています。そこで、特に車中泊の際に重要となる暖房による消費電力量について検証することにしました。ヒートポンプシステムが搭載されていないので長時間の暖房でどれほど電気を消費してしまうのかが確認したいポイントです。
走行ルートは神奈川県の海老名SAから圏央道と関越道、上信越道を経由して佐久市街へ。その後標高の高い八千穂高原で車中泊テストを実施。翌日は上信越道と関越道、圏央道を経由して車両返却場所である東京都西部まで戻るプランです。往復で約400kmの距離があり複数回の充電が必要になるものの、車中泊を含めて30時間弱で走破できる計算です。
①海老名SA上り→高坂SA下り(40kW級急速充電器)
・走行距離:83.2km
・消費電力量:69%→8%
・平均電費:151.5Wh/km(6.6km/kWh)
・外気温(海老名→高坂):16℃→11℃
最初の充電スポットは関越自動車道の高坂SA(下り)です。ここは50kW級が1基設置されていますが、早速先客のPHEVの充電放置に遭遇してしまいました。eMPが公表している2025年度までの急速充電器設置計画を見る限り、高坂SAへの増設は計画されていませんが、東京や神奈川在住のドライバーが軽井沢方面などに向かう最初の休憩スポットとして休日は混雑しています。
大容量バッテリー搭載EVの場合は距離的に充電する必要はないはずですが、軽EVなどの場合は1回目の充電が必要な距離であり、せめて2台同時充電ができる環境が欲しいところです。
さらに気になったのは充電待ち専用スペースが(私の確認した範囲では)なかった点です。特に休日には混雑するSAなので、仮に充電待ちをしようと思っても充電器の近くに駐車できず、気づいた時には別のEVに充電されてしまっていたなんてことも十分考えられます。せめて隣(写真左の駐車枠)はEV充電待ち枠として確保する必要があるのではないかと感じました。
また、出発時点での航続可能距離は84kmという表示でしたが、結局83.2km走行して2メモリ残る結果に。アプリ上ではSOCを確認可能であり8%と表示されていました。
直前まで1000kmチャレンジを実施しており、高速道路の速度上限目一杯で走行していたことから、どうやらN-VAN e:ではその他の多くのEVと同じく、直近の走行状態を考慮して航続可能距離を調整しているようです。ちなみにテスラ車の航続可能距離は直近の走行状態を考慮せず、EPA基準の航続距離が表示される仕組みです。
②高坂SA下り→上里SA下り(90kW級急速充電器)
・走行距離:40.7km
・消費電力量:51%→8%
・平均電費:227.3Wh/km(4.4km/kWh)
・外気温(高坂→上里):11℃→9℃
高坂SAから40km離れた上里SAに航続可能距離10km(充電開始時にスマホで確認したSOCは8%)と、想定以上に少ない充電残量で到着しました。理由は大きく2つ存在します。まずは高坂SAの急速充電器は40kW級であり、30分充電したにも関わらず想定よりも充電量を回復できなかったからです。
さらにこの区間は先ほどとは異なり、80〜90km/h程度でセーブするのではなく制限速度上限目一杯(100〜120km/h)で走行しており、その分だけ電費が落ち込んでいるからです。
いずれにしてもここで検証したかったのはN-VAN e:の最適な速度です。やはり100km/hを超えてくると電費がガクッと落ちるようなので、メーター読み95km/h程度で巡航すると、速度と電費のバランスがいい塩梅にとれるような気がします。
③上里SA下り→横川SA下り(90kW級急速充電器)
・走行距離:44.6km
・消費電力量:65%→12%
・平均電費:263.2Wh/km(3.8km/kWh)
・外気温(上里→横川):13℃→6℃
横川SAまでは上りなので電費が悪化しています。とはいえ横川SAには2台同時充電可能な90kW級急速充電器が2基設置されており、ある程度安心して充電を行うことができます。
いよいよ極寒の車中泊テスト
それでは今回の遠征の主目的である車中泊テストです。前提条件を共有します。
・場所:道の駅八千穂高原
・外気温平均:ー4℃~―8℃(佐久穂町の気象データ参照)
・車内空調設定:24℃/風量3
・検証時間:23時50分~6時50分(7時間)
【車中泊暖房消費電力テスト結果】
・消費電力量:69%(74%→5%)
・SOC消費量/h:約9.86%/h
・推定電力消費量/h:約2.27kWh/h
今回の車中泊テスト中は1列目と2列目を透明ビニールでパーテーション可能なディーラーオプションを使用することで、車内を温める際の消費電力量の低減を狙いました。ただしパーテーションを使うと当然リクライニングすることが難しくなり、快適に仮眠をとることが難しくなります。とはいうものの今回の検証結果を見るに、仮にパーテーションで区切って1列目だけしか暖房を使わなかったとしても、満充電状態から空になるまで10時間程度という計算です。
少なくともN-VAN e:で氷点下の環境下で一晩暖房を使い続けながら車中泊を行うことは難しいと結論づけることができます。
やはりバッテリー容量の少なさ以上に、ヒートポンプを採用していないことで電力消費量が想像以上に増えてしまうことが要因でしょう。商用配送車両としての廉価グレードには必要ないものの、やはり一般ユーザーが購入する上級グレードにはヒートポンプシステムを搭載する必要があると思います。
その一方で興味深かったのが、電池が冷え切った状態での急速充電セッションです。OBD2から抜き出した「Battery Temperature」(これが必ずしも電池温度を示しているかは断定できない)は充電開始直前で2.3℃と、やはり一晩で電池温度が冷え切っている様子が見て取れます。そしてすぐに50kW級急速充電器で充電を始めると「Battery Temperature」はみるみる上昇。SOC20%の段階で17.8℃まで上がっており、実際にその付近から30kW級以上の充電出力を発揮。実際に30分間の充電セッションで63%分(3%→66%)充電することに成功しました。確かに経路充電と比較すると充電量は落ちていますが、この程度なら許容範囲と言えるかもしれません。電池が冷え切った状態からの急速充電でも一定程度急速充電が入っていくというのは、N-VAN e:の電池昇温システムがしっかりと作動している証拠であり、隠れた強みと言えるのかもしれません。
N-VAN e:の急速充電で懸念しているのが、急速充電中に暖房を使用すると「消費電力が大きくなっているため充電できていません」という表示とともに充電が停止した点です。1000kmチャレンジなどの際には充電中に暖房を使用していても充電が止まるなどの挙動が出なかったことから、謎が残る結果に。結局八千穂高原での充電セッションは全て暖房をオフにして充電する羽目に。車両側の問題なのか、それとも充電器側の問題なのか、はたまた相性問題なのか……。
④佐久市街→上里SA上り(90kW級急速充電器)
・走行距離:76.8km
・消費電力量:68%→3%
・平均電費:169.5Wh/km(5.9km/kWh)
・外気温(佐久→上里):5℃→9℃
佐久市街と比較して上里SA付近は標高が低いので、その分だけ電費が伸びています。
上里SA上り線、年末ということもあり充電器は混雑気味でした。新車販売のBEV普及率が1%台でこの状況ということを踏まえると、高速道路上の急速充電ネットワークのさらなる拡充が求められます。
⑤上里SA上り→東京都西部(ゴール)
・総走行距離:416.7km
・平均電費:250Wh/km(4.0km/kWh)
ついに車両返却場所である東京都西部に到着しました。総走行距離も400km越えと、軽EVで1泊2日だったことを踏まえると、想像以上の大移動だったとも言えそうです。一人でのんびり車中泊旅行などであればまだわかりますが、やはり冬場に400kmを1泊2日で走破するためには複数回の急速充電を挟まなければならず、N-VAN e:の背の高さによる空力の悪さを含めて、長距離移動を前提にN-VAN e:を購入するというのは、なかなか万人にお勧めできないと言えます。
実は長野遠征の前日に独自に航続距離テストを実施して電池容量を計測しましたが、SOC0%-100%における使用可能電池容量(≒ネット値)は約22.9kWhと概算可能。グロス値の29.6kWhと比較してもかなりバッファーをとっているのではないかと推測できます。ちなみにこれはEVsmartブログにおける以前の検証記事においても概ね同様の結果が得られています。
いずれにしても、発売前は日産サクラよりも1.5倍も電池を積んでいると期待値が大きかったものの、実際に使用可能な電池容量を比較するとそこまでの差ではなく、そこが背の高さによる電費悪化も含めて、サクラの運用とそこまでの差を感じなかった要因なのです。
なぜホンダが想像以上のバッファーを設けてきたのか。ただ単純にバッテリー容量や航続距離、充電性能を比較するだけでなく、
・そのバッテリー容量はグロスなのかネットなのか。
・航続距離の基準はWLTCモードクラス2なのかクラス3なのか、それともEPA基準なのか。
・最大充電出力だけでなくSOC10-80%でどれほど充電時間を要するのか。電池温調システムは導入されているか。
などをしっかりと吟味して比較検討する必要があると感じます。
2025年シーズンはいよいよ遅れていたトヨタダイハツスズキ連合の商用軽EVだったり、ホンダのN-ONEのEVバージョンが発売されたりなど、軽EVのラインナップがさらに広がります。これらの新型軽EVが日産サクラやN-VAN e:と比較してどれほどの完成度を実現してくるのかは、多角的なスペック比較と実際の検証や遠征などを通して今後も最新動向を取り上げていきたいと思います。
取材・文/高橋 優(EVネイティブ※YouTubeチャンネル)