タイで展開するBYDの4つのブランド
2024年のバンコク国際モーターショー(Bangkok International Motor Show=以下、BIMS)で、BYDは出展企業の中でおそらく最大規模のブースを構え、あらためてその存在感を示していた。プレスカンファレンスでは、BYDのアジア太平洋地域自動車販売総経理(General Manager, Asia Pacific Auto Sales Division)である劉学亮氏が登壇し、これまでの実績と同国へのコミットメントを語った。その概要をお伝えするとともに、タイ市場におけるBYDの戦略について考えてみたい。
BYDがタイ市場に力を入れるのには理由がある。ひとつは、タイのEV市場で最も売れているのがBYDの車両だからだ。タイのEV販売のおよそ40%がBYD製だ。タイにはすでにGWM(長城汽車)のORA GOOD CATや上海汽車集団のMG4、テスラなどのEVが販売されている。このうちBYDはタイ国内で4万台の販売実績を持つ。劉氏は「(タイ市場に参入してから)この16か月の間、消費者、ディーラー、報道関係者などさまざまな人と接した。老若男女すべての人たちに寄り添い、夢の実現をサポートしてきた。そして、先月、BYDの4つの世界ブランドがタイでも展開することを発表した」とタイ市場への感謝とさらなる進撃への思いを示す言葉を述べた。
4つのブランドとは、BYD、ヤンワン(Yangwang)、デンツァ(DENZA)、ファンチェンバオ(FangchengBAO)のことだ。
カンファレンスの中で劉氏は、2024年Q3にはおよそ600ライ(およそ96ヘクタール)の生産工場を完成させて、本格的にタイでの車両製造を始めることも発表した。BYDは本国以外に、アメリカ、ブラジル、日本、ハンガリー、インドに工場を持っている。しかし、タイに新設される工場は中国本土以外で初となる本格的な車両生産ラインが導入される。工場進出時の発表では、年産15万台の製造能力を持つとされる。9月には本稼働が開始されることが、あらためて劉氏の口から語られた。
タイの新工場は、同社によるタイへのコミットメントの現れだが、この工場で生産される車両はアジア太平洋地域にも供給される。今後市場拡大が見込まれるASEAN諸国への供給体制の強化が狙いだが、日本やオーストラリアにとっても深圳以外の車両供給網ができることの意味は大きい。
タイ国内のBYD車販売はREVERが独占
販売については、タイではREVERという大手ディストリビューターと独占契約をしており、タイ国内販売のすべてを任せている。
タイにおけるBYDの主力モデルはATTO 3、ドルフィン、SEALと、現状では日本でのラインナップとほぼ同じだ。DENZA D9については、2023年にタイ国内向けのアナウンスがあり、昨年より先行受注が始まっていた。ブース担当者のコメントだが、すでに7500台の注文を受けており、DENZA D9の発売開始は7月ごろだという。DENZA D9の次は、シーガル(ドルフィンミニ)、SEAL Uが年内までにタイ市場に投入される予定だ。
REVERは国内に100店舗以上のディーラー網を持っている。すべての店舗にEV充電器が整備されており、BYDの充電ネットワークを構築している。
そのREVERからは、日本と同様にATTO 3のマイナーチェンジモデルが発表された。グレードとしては「ATTO 3 Extended Range」に相当する。バッテリー容量は約60kWh。航続距離はWLTPで420kmとされる。EPA換算なら330km前後となるだろう。スペック上の大きな変更はないが、ボディカラーに新色が用意され、ディスプレイが15.6インチと大きくなり、バンパーなどがリファインされた。ただし価格は104万9900バーツ(日本円でおよそ435万円)と「Extended Range」より6万バーツほど値下げされている。
じつは、今回のBIMSでは、DEEPAL、Zeekr、Xpengらが新たにタイ市場に参入を発表した。各社ともにワールドプレミアとなる車両はないものの、タイにおいては新型車の導入となる。BYDなどすでに参入しているOEMにとっては新型が欲しいところだ。BYDは「Extended」というマイナーチェンジモデルを値下げして投入したことも、新規参入車種への牽制とみていいだろう。
さらに、REVERでは「モーターショーキャンペーン」としてドルフィン、ATTO 3、SEALについて期間限定(3月27日から3月31日まで)で値下げを実施すると発表した。現行の「ATTO 3 Extende Range」は新型の「Extended」よりも高くなってしまうので、16万バーツも値下げされ、100万バーツを切る価格となる。ちなみに1バーツはだいたい4円くらいと思えばよい。
成約者には5万バーツ分のメンテナンスクーポンも付くという。BYDは2024年のUEFA EURO 2024のオフィシャルパートナーになっている。これを記念した特別グッズと観戦チケットがあたるキャンペーンも発表された。
あえてピックアップトラックを出さない理由
タイのほか、インド、インドネシア、オーストラリア、英国などは日本と同じ右ハンドル(車両左側通行)の国だ。アジア太平洋地域の生産拠点が稼働するタイの動向は、BYDの日本の戦略や動向の参考にすることが可能だ。ここからは、おもに記者の視点となるが、BIMSを取材した結果を含めたBYDの戦略について考察する。
今回BYDブースと競合他社のブースを比較して気がついたことがある。それは、BYDブースにはピックアップトラックやそれに準ずる車がないことだ。タイや東南アジアでは北米のようにピックアップトラックの需要が多い。雨季と乾季に分けられる熱帯性気候と、近年の異常気象により洪水が深刻化している国々では、キャビンが高い位置にあるトラックが便利だからだ。
以前取材した政府高官は、洪水でも移動できるからとトヨタの高級セダンからいすゞのD-MAXに乗り換えていたくらいだ。アメリカでは歴史的・文化的にもピックアップトラックが同国の「記号」になっている。タイなどのピックアップトラック文化は、アメリカ以上に切実な「実用的ニーズ」によるものだ。
BIMSでタイ市場進出を発表したVINFASTは、ラスベガスのCES24で発表した「WILD」というピックアップトラックのコンセプトモデルを持ち込んでいた。GWMやSAICも大型のSUV(PHEV含む)とEVモデルを2本立ててでアピールしていた。BYDのブランドでは、ヤンワンやファンチェンバオがそれに近いオフロードSUVやピックアップトラックを持っているはずだが、ブース展示は、SEALよりも派手なスポーツカータイプの「Yangwang U9」だ。ヤンワンには「U8」というオフロードタイプの大型EVがあるのにも関わらずである。
BYDの海外展開は、常に「勝つために」入念に計画されている。欧州では、ライバルが注力するBCセグメントのEVではなく、どちらかというとテスラ モデルY/3と競合するTANG/SONやSEALから参入している。バスやフォークリフトなどから着実に実績を作る戦略は日本での展開と同様だ。
おそらくBYDは、タイ(ASEAN)進出にあたっていきなりいすゞやトヨタが独占するピックアップトラックの市場ではなく、EVとしての新しい顧客層を開拓する戦略であると読み取れる。実際、BYDのヒットモデルであるATTO 3はおもにニューファミリーに売れているという。都市部および近郊在住で戸建居住者が多く、充電は自宅充電を基本とするスタイルだ。
BYDのモーターショーでの展示内容は、現在主流のピックアップトラック市場ではなく、これからの成長市場であるNEV市場を見ていると考えるのが妥当だろう。タイ市場でBYDのEVが広がった後で、日本メーカーは圧倒的シェアを誇った市場を取り返すことができるのか、今後の展開を注目したい。
取材・文/中尾 真二