※冒頭写真は中国で試乗したPHEVモデル。
「デンツァ」ってどんなブランドなのか?
BYDの「デンツァ」は以前まで「デンザ」として知られていました。ですがそれは非公式な呼び方であり、今回の出展に際して初めてBYDが日本語の正式な名称を「デンツァ」と定めた形となります。デンツァは2010年、BYDと独・ダイムラーの合弁会社として誕生しました。当時の中国はまだ電気自動車が珍しく、初のモデル「デンツァ 500」は2013年の上海モーターショーでお披露目された際、大きな注目を集めました。その後、2014年に発売されました。
ですが、デンツァはそれに続く新モデルの投入はなく、次第に他の新興EVメーカーに追い越されていくことになります。2019年に本家・BYDの「唐」をベースとした「デンツァ X」をリリースしますが、ブランド誕生から6年でようやく2モデル目という状況でした。そして2022年には株式の50%を保有していたダイムラーがそれを10%まで減らしました。デンツァにとって厳しい状況が続いていましたが、BYDはデンツァのブランド整理を同じ年に発表します。新たなラインナップはブランド名の「D」「E」「N」「Z」「A」がボディタイプ別に振り分けられ、その第一弾としてミニバンの「D9」がローンチされた形となります。
中国ではEV とPHEVをラインナップ
デンツァ D9は全長5250mmx全幅1960mmx全高1920mm、ホイールベース3110mmを誇るクルマで、中国では「大型ミニバン」に分類されます。ここ数年で多くの中国メーカーが次々と中型~大型ミニバンをリリースしていますが、デンツァ D9はその中でも珍しくBEV(電気自動車)とPHEV(プラグインハイブリッド車)の2種類を取り揃えています。
BEVモデルでは容量103.36 kWhのリン酸鉄リチウムイオン電池を搭載、前輪駆動モデルは出力308hp(230kW)、四輪駆動モデルでは出力368hp(275kW)を誇ります。航続距離は中国独自のCLTC方式で600~620km。
PHEVモデルではメインユニットとしてBYD476ZQC型1.5ℓ直列4気筒直噴ターボエンジンを搭載しています。前輪駆動モデルでは出力227hp(170kW)のモーターを前に、四輪駆動ではそれに加えて後ろに出力60hp(45kW)のモーターを追加しており、大型ミニバンながらも気持ちの良い加速を実現しています。容量40.06kWhの最上位グレードではNEDC方式での純電動航続距離は190km、総合航続距離は1040kmを誇ります(四輪駆動はそれぞれ180km/970km)。これに加えてPHEVとしては珍しい出力80kWまでの急速充電に対応しているため、完全にガソリンを使わないBEVのような使い方も可能です。
また、両モデルの間ではエクステリアの差別化が図られているため、見分けるのは容易です。PHEVモデルではフロントマスクがいくつかのブロック状にわけられたグリルを持つのに対し、BEVモデルは上から下へと流れる曲線が美しいグリルレスな顔立ちとなります。ジャパンプレミアでお披露目されたデンツァ D9はBEVになります。
本国・中国ではPHEVが33.58万元(約687.9万円)から44.58万元(約913.3万円)、BEVが39.58万元(約810.9万円)から46.58万元(約954.3万円)で販売されています。また、4人乗りの「D9 PREMIER」も台数限定の最上級モデルとして用意されており、こちらは価格が66万元(約1352万円)となっています。
ちなみに、デンツァはD9以外にSUV「N7」と「N8」を現在取り揃えています。N7は2023年4月開催の上海モーターショー2023で正式発表と予約開始を迎えましたが、詳細なスペックと価格がまだ明かされていない状態で2万件の予約を受け付けました。N7は2023年7月に、そして「デンツァ X」のビッグマイナーチェンジモデル「N8」はその翌月に発売された形となります。
デンツァが公表している最新のデータを見ると、2023年10月は合計して1万1500台を販売したとしています。そのうちの87%が1万63台を販売したD9で、次いで1079台のN7となります。N8の数値は明らかとなっていませんが、他モデルの販売台数と合計販売台数から計算すると、10月は358台となります。N8は販売初月の9月で1097台を販売しましたが、やはり現在のデンツァを牽引しているモデルはD9だけと言って良いでしょう。これらに続くモデルとしてより大型のSUV「N9」や、いくつかのセダンモデルも登場が噂されており、さらなるラインナップの拡充が期待されます。
デンツァ D9はBYDが手がけたミニバンとしては2010年に登場した「M6」以来となりますが、売れ行きは好調を記録しています。正式発売前となる2022年5月にはプリセールを行い、予約開始30分で3000台の注文を受け付けるほどの熱狂ぶりでした。いざ販売が始まってからは最初の2ヶ月で3万台を販売、そして現在も月に1万台を記録し、中国のミニバン販売台数ランキングでは毎月1位か2位の常連となっています。
2口同時の急速充電がユニークでパワフル
中国では実際にデンツァ D9のPHEVとBEVの両モデルを試乗しました。NVH(騒音、振動、ハーシュネス)においてはPHEVの時点ですでに優れており、ガソリンエンジンを搭載していることを感じさせませんでした。それがBEVになることでよりクリアな乗り心地をもたらす形となります。
加速力に関しては同じ四輪駆動でもBEVの方が80hpほど出力が高いため、0-100km/h加速も1秒ほど速い6.9秒となります。ですが、PHEVであっても車両重量約2.7トンのミニバンが時速100キロメートルまで7.9秒で加速するという時点で十分だと思うので、あまり違いが無い加速力の面で比較するものでもないと個人的には感じました。
BEVモデルで特筆すべき機能がその急速充電機能にあります。急速充電用の充電口を両側にひとつずつ搭載することで、同時に2つの急速充電器を用いて充電することが可能となるのです。これにより急速充電の最大出力は166kW、たった15分の充電で230km分を、30分でSOC30%→80%を充電するとしています。
この手法はバッテリーサイズが大きく、また運用の回転率を上げる必要がある商用車などで用いられており、BYD製の電気バスも2口同時急速充電に対応しています。一方、乗用車では一般的ではないものの、ミニバンという長距離を快適に移動するための車種にこの技術を用いるのは納得がいきます。
800Vの高電圧システムを搭載しているので、それに対応する充電器を用いたらもっと速いですし、近日発売予定となるシャオペン(小鵬)初のミニバン「G9」ではそれによって充電の最大出力は480kWまで対応しています。ですが、BYDはシャオペンのように自前で急速充電網を整備していませんし、中国に設置されている大半の急速充電器は800Vに対応していないとも聞かれます。既存のインフラを最大限に活用できるのが、この「2口同時充電」であるとBYDは判断したのでしょう。
日本への導入も期待したい
インテリアはBEVとPHEVで共通となっていますが、セレクターやセンターディスプレイ周辺の構成は通常のBYD車と同様の設計となっています。
デンツァの広報活動を見ていると徹底して「BYD」色を消したいようですが、内装の質感は座った瞬間にBYDの車であると感じ取れます。また、エアコン吹き出し口などの細かい樹脂部品は艶消し仕上げになっているのですが、重厚感はいまひとつで少し残念に思いました。ダッシュボードやディスプレイ周辺の装飾は全体的に丸みを帯びており、個人的にはちょっと殺風景で物足りないという印象です。「高級感」をアピールしたいようですが、それよりも一般的なファミリー向けミニバンのような雰囲気をどうしても感じてしまいました。一方、室内空間は納得の広さで、パワーシート操作用のディスプレイや充電ポートなどの各種装備で高級感と快適性を両立させています。
「高級感」という言葉の定義は難しいですが、あえて言うならばD9の最上級モデル「D9 PREMIER」ではまた内装が一段と変わっているようなので、機会があれば是非とも試乗してみたいと思います。D9 PREMIERでは高級ミニバンらしく4人乗りで、前席と後席の間には巨大なスクリーンやオットマン、そして冷蔵庫を設けたパーティションが設置されています。ツートンの内装色やステッチも通常モデルと異なるので、真の高級感を味わえることでしょう。
BYDはJAPAN MOBILITY SHOW 2023にBEVモデルを出展しました。プレスデーでの発表時にはどこにこんなたくさんの人がいたのか。と思うほど広い通路までぎっしりと各国の報道陣で埋め尽くされていました。中国から来た報道関係者もかなり多かったと見られます。
デンツァ D9を仮に日本で売るとなればブランド力の問題、そしてそれに起因するアルファード等ライバル車種との競争力も気になるところです。また、BEVでは航続距離とインフラの問題も挙げられますし、それらを鑑みると日本ではPHEVモデルの方が売りやすいのではないかと感じます。一方でBYDジャパンではBEVに限定した展開を公言しており、ブースでの展示では好意的な意見も多く聞かれたとのことなので、あとは本当にBEVモデルD9の日本導入が現実的なのか、BYDが判断するだけでしょう。
取材・文/加藤 ヒロト(中国車研究家)