紀伊半島は充電インフラ過疎地帯?
まず、私自身、BYDのEVについてはATTO3とドルフィンの2車種で長距離テストを実施済みです。そして、BYDが日本国内に投入してきたのが、EVスポーティセダンの『SEAL(シール)』となります。
今回はエントリーグレードのRWDを検証。私のYouTubeチャンネルで恒例の航続距離テスト、充電スピードテスト、1000kmチャレンジは実施しましたが、さらに通常の検証では把握できない、高速道路上以外の充電インフラの実態を把握するために、紀伊半島へ弾丸遠征を試みました。
紀伊半島をチョイスしたのは、充電インフラの密度は低いエリアでありながら、とくに関西在住の方たちの重要な観光スポットであるため、EVを購入検討しているユーザーのみなさんに向けて、充電インフラの現状を検証するのは有意義なレポートになり得ると思ったからです。
走ったのは神奈川県の海老名市から新東名自動車道経由でみえ川越まで。その後伊勢方面に向かい、さらに紀伊半島を南下。本州最南端である潮岬を目指しながら、南紀白浜をゴール地点とし、その後、再度伊勢方面へ戻って、車両返却場所である名古屋市街に向かうルートです。おおむね36時間ほどで紀伊半島を周遊できる計算です。
【走行&充電記録①】
海老名市街→駿河湾沼津SA(150kW級急速充電器)
・走行距離:72.2km
・消費電力量:30%→11%
・平均電費:210Wh/km(4.76km/kWh)※参考値
・外気温:28℃
SOC30%からのスタートにしたこともあり、1回目の充電スポットは新東名下り、駿河湾沼津SAです。ここは東京大阪間の大動脈の移動において重要な150kW級の急速充電器が設置されています。
今回遠征、前半戦でのテーマはシールの充電性能評価です。実はATTO3とドルフィンは高速巡行と急速充電を繰り返すと、電池温度上昇抑制のために急速充電出力を絞るという、いわゆる熱ダレのような挙動が確認されています。
ドルフィンのようなシティカーでは、そこまで急速充電を繰り返すという運用方法は想定しにくいものの、今回のシールではそうはいきません。よって、時速120km制限区間を上限いっぱいまでスピードを出しながら、150kW級急速充電器で充電を繰り返すことで充電の挙動を確認します。あえてSOC30%で出発したのはそのためです。
ちなみにシール(BYDのEV車種)では累積電費と直近50km分の平均電費しか表示されません。私自身が実施している航続距離テストや1000kmチャレンジにおいては、50km毎に電費を記録して、平均電費を算出しましたが、あまりにも手間がかかるので、一連の遠征中はSOCから平均電費を概算していますので参考程度と思っておいてください。
そして1回目の充電セッションの結果は、私のこれまでの充電テストの検証と同じように、SOC63%付近まで、シールの最大対応出力である105kWをキープすることに成功。充電セッションを切り上げて、時速120km区間をハイペースで走行しながら、150kW級が設置されている浜松SAに向かいます。
熱ダレはなく安定した急速充電性能を確認
【走行&充電記録②】
駿河湾沼津SA→浜松SA(150kW級急速充電器)
・走行距離:114.4km
・消費電力量:63%→33%
・平均電費:209Wh/km(4.77km/kWh)※参考値
・外気温:28℃
駿河湾沼津SAから浜松SAまでの区間は時速120km制限区間なので、電費は悪化傾向にあります。それでもSOC30%分しか使用していないことからも、シールの大容量バッテリーの強みを実感できるでしょう。
そして、直前に150kW級でガッツリ充電しながら、さらに制限車速の時速120kmをいっぱいまで出しているため電池温度もかなり上がっていると推測可能ですから、この浜松SAでの充電セッションこそ最も注目するべきです。
結果としては、SOC60%前半で充電出力が低下。18分弱の充電時間で30kWh弱の電力量を充電。つまり通常通りの充電セッションを達成したことになり、ドルフィンなどで見られた、いわゆる熱ダレは問題ないことが判明しました。ファーストカーとしても実用的な充電安定性が確認できたと言えるのではないでしょうか。
他方で、熱ダレと同時に懸念するべきは冬場における充電性能です。電池温度管理機構を搭載する多くのEVですら、冬場における充電性能低下問題に悩まされているのが実情であり、はたしてシールが冬場においてどれほど安定した充電性能を実現できているのかは、今シーズンの冬に改めて検証していきたいと思います。
【走行&充電記録③】
浜松SA→伊勢オートモール(Power X 150kW級急速充電器)
・走行距離:182.3km
・消費電力量:66%→30%
・平均電費:145Wh/km(6.92km/kWh)※参考値
・外気温:27℃〜28℃
伊勢湾岸道を経由しながら国道23号経由で伊勢市街に到着しました。ここでの目的はシールの充電器相性問題を確かめるため、Power X社(パワーエックス)の150kW級急速充電器を使用するためです。現在パワーエックスは一部充電器の無料開放を実施中であり、しかも伊勢オートモールでは充電時間を最大60分まで指定可能です。
結果としては充電エラーなどの挙動は確認されず、60分間で63.6kWh、97%まで充電することができました。
その一方で興味深かったのが、その充電カーブです。SOC56%の段階で充電出力は90kW前半に低下して、SOC68%では50kW前半にまで低下。シールは過去の検証からもSOC80%前半までは80kW前半の出力に対応していることから、充電器側で出力を制限した? のかも知れません。50kW前半にまで充電出力が制限されたのは、充電スタート後22分程度での挙動であり、いったいどのような充電出力制御のアルゴリズムであるのかは全くの謎です。
パワーエックスの充電サービスは従量課金製を導入しているため、充電出力が制限されたとしても充電料金的な不満は出にくいですが、やはりここまで出力が絞られてしまうと、当初想定していた充電時間で充電を完了することはできなくなることが気になりました。
【走行&充電記録④】
伊勢神宮→潮岬
・走行距離:211km
・消費電力量:97%→56%
・平均電費:155Wh/km(6.44km/kWh)※参考値
・外気温:30℃〜39℃
伊勢市街で動画編集を済ませ、昼前から伊勢神宮を軽く散策しました。お盆前ということもあり、平日にも関わらず混雑していました。外気温は39℃と猛暑だったこともあり、赤福にて抹茶かき氷をいただきました。中にはあんこと餅が入っていて食感のアクセントも見事です。ちなみにあまり人に教えたくないのですが、おかげ横丁内の赤福本店は長蛇の列な一方、歩いて5〜6分にある五十鈴川店は比較的空いていて穴場です。
そして車両に戻る10分前に、シールのスマホアプリ上からエアコンをONに。猛暑にも関わらず、車内はしっかり冷えており、しかもシールはシートベンチレーションが標準装備であることも相まって、非常に快適に車に乗り込むことができました。
紀伊半島南部に90kW以上は皆無
ここで、紀伊半島の経路充電インフラの実状を確認しておきましょう。EV充電エネチェンジの充電器検索アプリ上から90kW級以上で検索をかけると、和歌山市内には何ヶ所か存在しているものの、和歌山市以南の紀伊半島南部には1ヶ所も存在していない様子が確認できます。
しかも20〜30kW級の急速(中速)充電器が大半であり、時間課金制の現状の充電料金体系では充電器を積極的に利用しようとは思えないでしょう。その一方で、特に観光スポットである白浜周辺には、宿泊施設やレジャー施設などに普通充電器がかなりの数、整備され始めているように見えます。
いずれにしても、この先数年のスパンで考えても紀伊半島南部に設置された高出力な急速充電器の稼働率が高まるとは考えにくく、よって、宿泊施設を中心として、さらに普通充電器の設置を進めることの方が優先順位が高い気がします。
また、中期的には紀勢自動車道沿いの、今回訪れた道の駅くちくまの辺りに2台同時充電可能な90kW級急速充電器などが設置されるのが理想的だとは思います。
【走行&充電記録⑤】
潮岬→道の駅くちくまの→伊勢オートモール(Power X 150kW級急速充電器)
・走行距離:263.7km
・消費電力量:56%→4%
・平均電費:151Wh/km(6.6km/kWh)※参考値
・外気温:27℃〜30℃
伊勢オートモールに帰ってきました。理由はPower Xの充電器の挙動を再テストするためです。結論としては、やはり1回目と同様に、充電開始から30分経たずして50kW前半にまで制限されるという挙動が確認されました。やはり車両側ではなく充電器側が意図的に充電出力を制限しているように思えます。
他方で、伊勢を出発して南紀白浜まで海岸線を直走り、また伊勢に戻ってくるというルート、およそ500kmを無充電で走破することに成功しました。途中エアコンを付けっぱなしにして車内で休憩するなどしたものの、それでも500kmを走破できるとイメージしてみると、シールの電費性能の高さ、絶対的な航続距離の長さを実感できると思います。
無事に最終目的地の名古屋へ到着
【走行&充電記録⑥】
伊勢オートモール→名古屋市街
・走行距離:106km
・消費電力量:83%→63%
・平均電費: 151Wh/km(6.64km/kWh)※参考値
・外気温:26℃〜34℃
ついに車両返却場所である名古屋市街に到着しました。海老名出発からの総走行距離は968.1km。36時間程度で走り抜きました。
最後に、今回のシールRWDの実用性能、および紀伊半島における充電インフラに対するまとめです。
<シールの実用性能>
●想像以上に郊外走行の電費性能が高かった。他方で超高速巡航時における電費性能はテスラモデル3やメルセデスEQEなどと比較すると伸びない印象。
●熱ダレなど気にすることなく高速巡航と150kW級急速充電器を連続使用可能。安定した充電性能を実現。
<紀伊半島の充電インフラ>
●伊勢市にあるパワーエックスの急速充電器は伊勢志摩方面への旅行の際には重要な経路充電拠点となり得る。ただ、充電出力の絞り方が明らかに早かった点は、経路充電という観点からも懸念が残る。
●紀伊半島南部は50kW級以上の急速充電器が皆無。他方で白浜など人気の観光スポットには普通充電器が拡充中。まずは目的地の普通充電器設置拡充が優先ではないか?
いずれにしても、BYDの最新EVセダンのシール RWDについては、1000km弾丸トリップにも耐えうるEV性能を実現していることがお分かりいただけたと思います。今度は冬場におけるシールのEV性能評価、および雪上走行における安定性なども検証していきたいと思います。
今後も最新EVの長距離遠征を通じた、実地での性能評価を行っていきます。遠征先の提案、もしくは遠征中に試してほしい性能評価などございましたら、コメント欄などでご提案いただけると幸いです。
取材・文/高橋 優(EVネイティブ※YouTubeチャンネル)