【集合住宅EV用充電設備事例】平面駐車場全区画で充電可能[その2]〜10年間の動きと住民アンケートのポイント

集合住宅への電気自動車用充電器設備設置の具体的事例をレポート。前回記事では広島市のマンション駐車場全区画で充電可能な後付け設置で「補助金申請」が決まる段階までをご紹介しました。今回は、ここに至る「10年間の戦略」のポイントと「アンケートで分かった住民の本音」についてご紹介します。

【集合住宅EV用充電設備事例】平面駐車場全区画で充電可能[その2]〜10年間の動きと住民アンケートのポイント

※冒頭画像(イラスト)はイメージです。

充電インフラ補助金申請への経緯

2023年(令和5年)度も補助金は出るのか、出るとしたら今年と同程度かなどは現段階ではまだ不透明です。しかし充電器設置コンサルタント業者の中には「同程度で出る」との前提で相談に乗っているところもあるようです。そうした流れへの備えとして、「住民の皆さんにどう納得、理解していただくか」の先例を知っておくことは意味があると考え、なるべく具体的に報告したいと思います。

9月16日に公開した前回の事例レポート記事では、駐車場全区画にEV用充電設備を後付けする内容で、国の充電インフラ補助金を申請する段階まで決定した経緯を紹介しました。このケース、実はキーパーソンである藤井智康さん(今回記事の共同執筆者でもあります)が、自らが住むマンションに充電設備を導入したいと動き始めてから、10年以上が経過しています。

まず、藤井さんが、「充電器が欲しい」と思い始めてからどのように動いてきたか、年表にまとめてみました。

年月具体的な動きや状況
2000年3月藤井さんが現在の分譲マンションに入居。
駐車場は自走式で85台分。
2009年3月デロリアンを自ら改造してナンバー取得。EVを所有する。
ただしマンション駐車場で充電できないので自宅外に保管場所を確保。
以来、マンションの管理組合総会で毎年のようにコンセント設置を要望。
でも「使った分の電気代徴収が難しい」と理事会から断られ続ける。
2014年9月初めて住民アンケートを実施。
「プラグイン車ユーザーが少ない」ことから充電器導入は見送る結論。
2018年6月リーフを購入した住民が現れ、総会で改めてコンセント設置を要望。
2018年10月地元業者から見積を取得。
結果はスタンド型ケーブル付き充電器1基で約53万円。
①高額。
②1回の充電時間が6時間以上かかるため専用の駐車区画の確保が必要。
③共用部の電気総量が限られている。
以上の理由で現時点で設置は難しいと理事会が判断。
2019年6月理事会交替。
総会で継続審議を依頼。
2019年8月業者にコンセントタイプの見積を依頼。
1基設置で工事費込み約39万円。
2019年12月2回目の住民アンケートを実施。
3:1で反対が多く導入は見送り。
<おもな反対理由>
「EV購入予定がない人に共益費から費用負担させるのは反対」
「EV所有者が全体の2分の1以上になった時に設置しても遅くない」
2020年3月駐車場充電検討委員会を設置。
2021年11月令和3年度補正予算で充電インフラ整備のための補助金が閣議決定。
2021年12月「極めて有利な補助金」とマンション理事会に報告、申請を提案。
ただし2022年9月末までに申請する必要あり。
理事長から導入の条件提示。
●全住民が等しく使える設備であること。
●一部に先行設置するやり方は、後でトラブルになる可能性があるので避けてほしい。
この意見を踏まえ、基本方針を策定。
住民向け説明会の開催と、見積もりできる業者探しスタート。
ユアスタンド株式会社に相談。
2022年6月ユアスタンドによる現地調査を経てプランと見積書作成。
コンセント32基設置で全駐車区画で充電可能とする案がまとまる。
駐車場に空きスペースがないため、共有充電設備の案は難しいと判断。
理事会交代。
総会で補助金を使って駐車場に充電用コンセント設置する案を提案。
これまでの経緯を説明し、別途住民向け説明会実施を表明。
2022年7月充電器設置に関するQ&Aを作成し全戸配布。
住民向け説明会開催。
ユアスタンド担当者も同席。住民約15人参加。
2022年8月理事会から再度の住民アンケートを求められ実施。
回答率54.1%。
「有利な条件なので申請していい」が63.4% となり、補助金申請手続きを開始。
2022年9月補助金申請受付窓口である次世代自動車振興センターに申請書を提出。
【今後の動き】
2022年10月申請から1ヶ月程度で交付決定通知書が発行される見込み。
2回目の住民向け説明会を開催予定。
2022年11月臨時総会で採決。
可決されると工事に着手。

色々と調べ、理事会で提案し、住民からの疑問や質問に答え、コンサルタント業者を探し、今の段階にまでこぎ着けた過程が見えると思います。また説明会の前には、Q&Aを含む事業説明を全戸配布。アンケート時に出た質問にも、藤井さん自らが1つずつ丁寧に答えてきました。

充電設備設置実現のためのポイントはどんなことにあるのでしょう。実際に動いてきた藤井さんによるレポートを紹介します。

住民アンケートから見えた「認識の差」

今回の記事で注目したいのは住民アンケートで浮き彫りになった「認識の差」です。マンション住民の皆さんが「心配」したり「不安」を感じたりする部分を丁寧に説明するためにも、外せない象徴的なポイントを4つ挙げてみます。

充電できる電動車に乗ってる人は何人いるの?

まずマンション管理組合の理事会に「集合住宅の駐車場に充電器が欲しい」と提案をしたら、必ず「では今、住民の中でプラグイン・ハイブリッド車(PHEV)や電気自動車(EV)に乗っている人は何人いるの?」と聞かれるはずです。
※以下、外部から充電可能な電動車という意味で「プラグイン車」と総称します。

私の住むマンションの理事会が行ったアンケートでも、2014年、2019年、2022年の3回とも最初の質問がこれでした。その結果は毎回「2〜3台」。14年、19年の時はいずれも、電動車が増えてないことを理由に「ニーズがない」と判断されてしまいました。

アンケートで寄せられた中には「プラグイン車に乗る人が30%に達したら検討してもいい」とする意見がありました。いかにも客観的な見解に見えます。しかし、自宅で充電できない環境で電動車を買う人は多くありません。「基礎充電」ができないため、プラグイン車のメリットを享受しにくいからです。プラグイン車を買いたくても選びにくい環境にあるから乗っていないのであって、「増えてないからニーズがない」とは言い切れません。このあたりは「ニワトリと卵」の堂々巡りですね。

その証拠に、今年8月に実施したアンケートでは、電動車を所有する人は4.3%だったにもかかわらず「充電にかかる電気代は利用者が負担する仮定で、充電設備は必要か」の問いに、70%を超える人が「必要」と回答しました。必要と答えた人の理由は「自分が利用する可能性がある」が約40%、「マンションの付加価値になる」が約60%でした。

外で急速充電すれば良いのでは?

「充電したければ、外の急速充電器を使えばいいのでは」という意見もありました。しかしこれも、近くに日産ディーラーがあって「月額2000円で充電し放題」というサービス「ZESP2」が使えた頃の話。同サービスは2019年12月に受付終了し、現在利用中の人も5年間の契約満了後は順次、料金体系が異なり、急速充電の利用頻度が高いとユーザーの負担が大きくなるZESP3へと移行します。

また、市販される電気自動車のメーカーや車種が増えるに伴って、改めて自宅で充電する「基礎充電」の重要性が見直されています。自宅(拠点)ガレージで充電できる環境があることで、電気自動車は最も便利に活用できるからです。ちなみに、新しく発売された日産SAKURAや三菱eKクロスEVなどの軽EVは、急速充電の受け入れ最大出力が30kWと「遅め」の設定になっています。これも急速充電より自宅充電(基礎充電)を重視した流れに沿った設計と言えるでしょう。

国もかつては、電動車普及のインフラ整備として「急速充電器」を重視しているように見えました。しかし2030年代には新車販売の電動車率を100%にする方針を掲げる今、「集合住宅にも基礎充電の環境が必要」という考え方が広がり、今回の補助金制度(集合住宅の基礎充電環境拡充にも注力)に繋がったのでは、と考えられます。総務省統計局の調査によると、全国では40%を超える世帯が集合住宅に住んでいる事実があるので、よりスムーズなEV普及を考えたら当然と言えば当然でしょうね。

自分は使わないからいらない

駐車場に充電器を設置する住民間の交渉で最も意見の対立が見られるのが「自分は電動車に買い換えない」、「必要ない施設の費用負担はしたくない」や、「高齢でもう車に乗っていない。自分は不要」という意見です。確かに、明らかに自分にとって不要な物、しかも乗ったこともないプラグイン車のために費用負担を求められたら、面白くないことでしょう。アンケートには「高齢化が進むなか、駐車場にそんな投資をしても意味がないのではないか」という意見もありました。

しかし分譲マンションは、物件を売ったり買ったりと、適宜住民が入れ替わるものです。私が住んでいる物件でも、2000年に入居した当初は住民のなかで私が「一番若い」くらいでしたが、22年経った今では、私より若い世帯がかなり増えてきました。分譲当初と状況は変わりつつあるのです。今はまだ多くなくても、中古物件として購入し入居した世帯の意見もしっかり聞かないと、将来のニーズとかけ離れてしまう危険性があります。

中には「終のすみかで売却は全く考えていないから、資産価値が高まると言っても興味ない」という意見もありました。でもマンションと資産価値は切っても切れない関係にあります。介護施設に移るため売却する事例はあり得るでしょうし、子ども世代への相続も重要なポイントです。今後、駐車場にEV用充電設備があることへのニーズがますます高まるため、買い手が見付かりやすくなったり、子ども世代に喜ばれたりすることになるのではないでしょうか。

ちなみに前回の記事を読んだ人が、SNSで「自分が住むマンションでも試みてるけど、(みんなが)EV乗りにならない限り理解が得られない。いずれ(充電器が)設置されたマンションに引っ越したい」と感想を述べていました。まさにその通りで、駐車場への充電コンセント設置はマンションの魅力を維持する重要な手段の1つ課題と言えるでしょう。

結論として、自分より若い世代が魅力を感じる物件であるかどうかが、資産価値の維持につながるポイントです。その辺りの感覚がよく分からない高齢世代の方はぜひ、お子さんたちに聞いてみてください。意外な発見があると思います。

充電しない人への配慮も必要

それでも、自分が使わないであろう設備の維持費に自分のお金を使われるのは納得いかない、という意見もあるでしょう。そこで今回は、プラグイン車の充電に使う電気の回線をマンションとは別に新規で引き込み、請求を全く別にしました。使った電気代や施設維持費は全て、充電サービスを利用する受益者が負担します。「充電設備を使う人」だけでなく「使わない人」への配慮が、結果的に理解促進に繋がったと考えています。

また、私以外のプラグイン車を購入した住民からの協力が得られたら、「災害で停電になった時にはEVの電気を住民に提供する」という取り決めができたらいいな、と考えています。停電時に住民が集まれるロビーの電気を供給する、スマホやラジオの充電を可能にするなど、助け合いの精神で出来ることがありそうです。

逆に課題もあります。「1世帯2万円以下の負担で駐車場に充電器を設置する」今回の提案は、国の補助金があるから成り立つ話です。2021年12月までは、必要な費用を全て住民負担で行う形での設置を模索していましたが、とても提案できる金額にはなりませんでした。脱炭素社会を目指すため、電動車に乗りやすい環境を作る手段としては、集合住宅への設備設置に補助金を出す方法は合理的と考えます。長く続けてほしい制度です。

 
※チラシ画像はクリックすると拡大表示されます。

無事に補助金申請を終えて〜今後の動き

このように、国の補助金を受けるために「申請してもよい」ところまでは辿り着きました。そして9月21日(水)には「書類提出が完了した(提出したのは19日で、今年度の申請受け付けは20日までの提出分で終了したとのこと。ギリギリでした)」とユアスタンドさんから連絡がありました。長い道のりの節目を超えたという意味でホッとしています。しかし、これからもまだまだやることはあります。

提出した書類は、補助金申請の受付窓口となっている次世代自動車振興センターの審査を経て、およそ1カ月後に「交付決定通知」を管理組合に郵送されてくることになっています。ここで正式に「全事業費」や「管理組合(住民)の負担額」などが確定します。

さらに10月中に「住民説明会」をもう一度開き、事業説明と質問に答える場を設けます。具体的な疑問はここで全て出し切りたいと考えています。住民の声を反映させる最後の機会だからです。

最後に、11月下旬までに「臨時総会」を開き、「共用部のマンション駐車場に充電器を設置する議案」を提案し、賛否を問います。区分所有法で「過半数」の同意が必要になるためです。この場で可決されて初めて、設置に向けた工事が始められます。また補助金事業ですから、工事費は一旦、管理組合が全額負担します。

実際に工事が始まり、充電器設置が完了すると、報告書を次世代自動車振興センターに提出します。すると2〜3カ月後に規定の補助金(今回の場合、全事業費の約9割相当)が指定した管理組合の口座に振り込まれる、という流れです。なお補助金の縛りとしては、施設の維持管理を「5年以上保有すること」が求められます。

※藤井さんのレポート、ここまで。

おわりに

いかがでしたか? これから充電器を導入しようとお考えの集合住宅にお住まいの皆さんにとって、少しは参考になったでしょうか。

藤井さんの粘り強さには頭が下がります。さすがデロリアン好きの藤井さん、映画「バック・トゥー・ザ・フューチャー」に出てくる台詞のとおり、諦めなかったので女神が微笑んでくれたんですね。

今後、マンション新築の際には駐車場へのEV用充電設備設置を前提とした配線を義務づけるなどの制度が確立すると良いのではないかとも思います。集合住宅への充電設備設置はまだ始まったばかりの取り組みです。今後どうなっていくか、引き続き注目していきましょう。

11月の総会で導入が議決されたら、その後の工事の経過や設置後の様子、実際に使ってみた住民の方の感想などもレポートする予定です。

(取材・文/箱守知己、藤井智康)

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  1. 名古屋大学の加藤教授が導入可能でCO2排出が最小となる幹線旅客輸送モードの分布を示されています。日本は今後少子高齢化による人口減少によって、2050年には全国的に自動車がCO2排出が一番小さい交通体系になってきます。

    https://www.ntsel.go.jp/Portals/0/resources/kouenkai/h20/20-03.pdf

    集合住宅への充電設備設置は、将来の日本の交通体系をどう維持していくかという観点からも検討の余地があると思います。

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この記事の著者


					箱守 知己

箱守 知己

1961年生まれ。青山学院大学、東京学芸大学大学院教育学研究科、アメリカ・ワシントン大学(文科省派遣)。職歴は、団体職員(日本放送協会、独立行政法人国立大学)、地方公務員(東京都)、国家公務員(文部教官)、大学非常勤講師、私学常勤・非常勤講師、一般社団法人「電動車輌推進サポート協会(EVSA:Electric Vehicle Support Association)」理事。EVOC(EVオーナーズクラブ)副代表。一般社団法人「CHAdeMO協議会」広報ディレクター。 電気自動車以外の分野では、高等学校検定教科書執筆、大修館書店「英語教育ハンドブック(高校編)」、旺文社「傾向と対策〜国立大学リスニング」・「国立大学二次試験&私立大学リスニング」ほか。

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