営業車100%のEV化という野心的な目標に前進中
2024年10月に開催された、国際環境NGOのClimate Group(クライメート・グループ)が主催するモビリティーに関するフォーラムで、製薬会社のアストラゼネカが、日本で使っている営業車を「すべて」電気自動車(EV)に転換していく取り組みを発表しました。
営業車の一部をEVにするのは珍しくありませんが、100%EV化を目指す企業は初めて目にしました。しかも発表時点で約2000台のうち約1400台をEVに転換済みだと言います。「え?」と思ってプレゼン画面を二度見しました。残りの車はすべてハイブリッド車(HEV)になっているそうです。
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フォーラムでは、EV導入の苦労や見えてきた課題などの説明もあったのですが、全車をEVにするという突拍子もない目標について詳しく話を聞きたいと思い、取材をお願いしました。
取材にあたっては、大きな課題と位置付けられていた寒冷地でのEV導入について聞きたかったため、実証実験を行っている札幌まで飛んで行って、本社側でEV導入を担当している方と、実際に札幌でEVを使っている営業担当の方にインタビューをしてきました。
ということで、まずはアストラゼネカがなぜEV転換を進めているのか、どんな課題があって、解決には何が必要なのかなどについて話を聞きました。現場での様子については後編で詳しくご紹介したいと思います。
サステナビリティは事業戦略の基盤
アストラゼネカのEV化について取材に応じていただいたのは、総務部部長の岩本公秀さんです。
アストラゼネカは英国を本拠地とする製薬会社で、日本法人でも従業員約3700人を抱える大企業です。日本では、従業員の多くは営業職。医薬品業界でいう医薬情報担当者(MR)として医療機関などを巡る外回りを担当しています。
岩本さんによれば、アストラゼネカの取り組みで特徴的なのは、サステナビリティを事業戦略の中心のひとつに位置付けていることです。事業で達成すべき目標の中に入れ込んでいるため、従業員や株主、ステークホルダー、社会に対する明確な義務が発生します。
この点について岩本さんは、「アストラゼネカが取り組んでいるサステナビリティは、CSRとは違います。人々の健康を追求する製薬会社として、社会と地球の健康の実現が重要と考えています」と強調していました。環境対策への本気度が見えてきます。
2021年から営業車にEVを配車
アストラゼネカは、温室効果ガスのネット・ゼロを目指す『アンビション・ゼロカーボン』を目標に掲げています。この中ではまず、事業からの直接排出を示すスコープ1と、事業活動のために使用した電気やガスなどのエネルギーに伴う間接排出を示すスコープ2の温室効果ガスを、2026年までに2015年比で98%削減します。
その後いくつかの段階を経て、長期的には、事業に関連する関係会社の排出も含むスコープ3の排出量を2045年までに2019年比で90%削減することを目指しています。
このグローバル全体の目標が、日本にも落ちてきました。日本法人での温室効果ガスの排出を分析すると、スコープ1は、ほぼ営業車からの排出だったため、2021年からEVの導入を開始しました。目標は当初からすべての営業車をEVに転換することでした。
というわけで、まずは関東から九州までのエリアで16人の MRにEVを配車してテスト運用をスタートしたそうです。
配車地域を関東から南にしたのは、営業車として使えるEVが二輪駆動のモデルしかなかったからでした。雪が降る地方では四輪駆動が基本だったので、当初は雪の降らない地域からEVを導入したそうです。
導入率70%は現場が前例のない挑戦に立ち向かってくれた結果
パイロット運用で見えてきたのは、まずは充電器の問題でした。EVの利便性、効率性は基礎充電ができることで高まりますが、多くのMRは駐車場を借りているため、基礎充電のための充電器が設置されていることはまれです。
またアストラゼネカは、2021年に全国に60以上あった営業所を全て閉鎖しているので、営業所での充電も不可能です。そのため当初は経路充電を前提にEV導入を進めるしかなかったそうです。岩本さん自身もEVで走りながら、100%EV化に向けての第一段階では「ドキドキした」と打ち明けます。
それでも、すでに全体の約70%をEVに転換できている理由について岩本さんは「全国のMR一人ひとりが、前例がほとんどないEVでの営業に挑戦してくれた成果」と話します。でも、いくら営業車でも地域によってはエンジン車とは使い勝手大きく異なるEVを無理やり押し付けるわけにはいかないでしょう。EV化に反対の声はなかったのか、どうやってMRの理解を得ていったのか、岩本さんに聞いてみました。
「反対というよりは、不安や疑問の声が多かったと思います。そこで、気候変動が人々の健康に影響を及ぼしている具体例など、なぜ脱炭素やEV導入を進めるのかについて説明し、社内でコミュニケーションを取りながら理解を求めてきました」
丁寧に話せば分かる、ということもそうですが、会社として気候変動への取り組みを事業計画に取り込んでいることで、EVシフトの重要さが認識されたと考えられます。あとは岩本さんたちの粘り強い説明でアストラゼネカのMRたちの理解が深まったこと、挑戦する気持ちがあったことなどが、EV導入の推進力になったと言えそうです。
70%以上の従業員がEV化に誇り
アストラゼネカでは最近、従業員らにEV化についての社内アンケートを実施。回答では、現在は90%以上が会社の脱炭素活動に賛同し、70%以上が誇りに思っているという結果だったとのこと。
これに関して、札幌市内を担当するMRの島田龍男さんはこう話します。
「自分自身でもEVに興味はありましたし、脱炭素目標の『アンビション・ゼロカーボン』という会社の方針は理解していたので、目標達成に向けての取り組みとしてEV導入を前向きに受け取りました。それに日本で一番EVの導入率が低い北海道で営業用の車として使うという挑戦的に、誇りを持っています」
EVへの挑戦に誇りを持っているという島田さんの声を聞き、アストラゼネカの社内アンケート結果がますます気になりました。そもそも、営業車の大半をEVにした企業は希少です。その数、約1400台にもなります。しかも毎日、全国で使っています。日常的にEVを使っている人たちへのまとまったアンケート結果は貴重です。社内アンケートを外に出すわけにはいかないと思いますが、どのような使い方をしていて、何に困っているのか、どうすれば解決できるのかなどを、自動車メーカー、インフラ事業者などが共有できると、EV普及促進への助けになること間違いありません。
貴重な情報共有についても、なにかうまい枠組みが作れたらいいですね。
課題は寒冷地、降雪地
一方で、たくさんのEVを実際に使う中で、ここから先の課題も見えているようです。最大の課題はやはり「寒冷地への導入」です。前述したように、アストラゼネカでは当初、関東から南の地域にEVを配車しました。現在は、二輪駆動でも問題ない地域では100%EV化が見えてきたそうです。
でも残りの約30%の大部分は、冬は四輪駆動が必要なエリア。これらの地域への導入は2023年に始まりました。具体的には、北海道から東北、北陸、山陰などの日本海側と、長野県や北関東などで、先行して50台程度をEVにしたそうです。
車種は、二輪駆動は60kWhの日産『リーフ』がメインでしたが、四輪駆動ではスバル『ソルテラ』を導入しています。とはいえ、まだ寒冷地で十分なパフォーマンスが出るEVがないことを実感しているのに加え、充電インフラが未整備な地域もあり、「現在の実証実験で得られる結果も踏まえ、今後の導入の進め方を検討していきたい」と岩本さんは言います。
この寒冷地でのEV化については、後編として、札幌のMRの島田さんの経験談をお伝えする予定です。
EV100%を目指す取り組みは続く
これから先、今以上にEVを増やすための課題は寒冷地だけではありません。岩本さんは、「正直、弊社だけではどうすることもできない問題は残っています」という認識を話しました。
「脱炭素を推進し、EV100%を実現するためには、インフラと車両の課題を、他の企業さんも巻き込んで一緒に目指すという取り組みが、絶対に必要です。逆に言えば、できるところまでは相当なことをやってきた自負はあります。
EV100%という野心的な目標を達成するために、“ぜひ皆さん、一緒にやりましょう”ということを呼び掛けていきたいと思っています」(岩本さん)
三人寄れば文殊の知恵です。一人で考えているより、時にはみんなでアイデアを出し合った方がいいことがあるのは当然のこと。アストラゼネカにとどまらず、日本へのEV普及に向けて、いろいろな取り組みが出てくるといいなあと思うのです。
取材・文/木野 龍逸