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EVの航続距離はもっと短くていい?【01】ルーシッドとBMWのエグゼクティブの主張

EVの航続距離はもっと短くていい?【01】ルーシッドとBMWのエグゼクティブの主張

アメリカのメディア『CleanTechnica』で興味深いシリーズ記事が発信されていました。ルーシッドとBMWのエグゼクティブが「EVの航続距離はもっと短くていい」という主旨の発言をしたことに始まる議論です。3回にわたる記事を、全文翻訳でお届けします。

【元記事】Lucid & BMW Execs Claim Efficiency More Important Than Range For Electric Cars by Steve Hanley on『Clean Technica
※冒頭写真はLucid Gravity。

目次

EVに大切なのは航続距離ではなく電費

ルーシッドとBMWは、両社ともバッテリーが大きく航続距離が長いEVを作っています。同時に、両社とも今後はバッテリーが小さく航続距離が短い車が主流になると考えています。一見矛盾しているように思えますが、これがルーシッドのCEO、ピーター・ローリンソンとBMWの開発責任者、フランク・ウェーバーのメッセージです。

InsideEVsのインタビューに応じたローリンソン氏は、同社が電費を重視しているため、航続距離290kmの次世代モデルには30kWhのバッテリーしか必要ないだろうと言います。「そうなれば、現在2万~2万5000ドルする高価なバッテリーパックを、2500ドル、いや2000ドル程度で作ることができる」と、最近サンフランシスコで開催されたBloombergNEFサミットでローリンソン氏は語りました。「それこそが、将来の人類を救うEV大量導入の原動力となるのです」。

このミッドレンジEVが普及するカギは、急速充電器だけでなく低速の普通充電器にも投資することであり、これまで見落とされてきたとローリンソン氏は言います。普通充電器は、20分でバッテリーを満充電できるハイパワーな急速充電器ほどセクシーではありませんが、設置コストが安く、集合住宅や道路沿い、オフィスなど、一般的に人々が長時間駐車するような場所に適しています。

EVの充電は速度(高出力)の話になりがちですが、それはガソリン車の時代から残る古い考え方です。ガソリンの給油に必要以上の時間を費やしたいと思う人はいません。別のことをしている間に車が充電できるという考えは、慣れるのに時間がかかる異質な概念です。「私が思うに、みんな近視眼的に急速充電に注目しすぎている。普通充電や夜間充電についてもっと語るべきだ」とローリンソン氏は言います。

「充電インフラが十分に充実し、信頼性が高まれば、ドライバーは駐車しているときにいつでも充電できるようになるだろう」と彼は言います。そして、いつでもどこでも充電できるようになれば、何百キロもの航続距離をバッファとして備える必要がなくなります。

ローリンソン氏は、消費者が2030年までにファミリーカーの航続距離は320kmで十分だと思うようになるだろうと信じています。長距離ドライブには理想的とは言えませんが、ローリンソン氏は、ほとんどの人が日常的にそれほど長距離を運転することはないと指摘します。米国運輸省によると、アメリカ人は1日に60km程度を運転するようです。つまり航続距離が290kmあれば3~4日間は充電をしなくてもよいということです。想像してみてください!

BMWとEVの航続距離

BMWの開発責任者、フランク・ウェーバーはAutomotive Newsとのインタビューで、メーカーも単純にバッテリーを大きくするだけだとBEVは成り立たないと語っています。

満充電で1000km以上走行できるEVが話題になることもありますが、そのような車を作ることは「不必要に悪い」カーボンフットプリントを生み出すのだそうです。むしろ、車の低電費化に取り組むほうが「バッテリーを大きくすることよりもずっと重要だ」と彼は言います。

BMWが実施した複数の世論調査によると、EVドライバーは実際に400~500km走行できれば航続距離に満足するそうです。BMWはすでにそうしたニーズを満たすEVを何車種か用意していますが、BMWのEVドライバーにとって今後状況がさらに良くなろうとしています。もうすぐ発売されるノイエクラッセ・モデルでは、実走行距離が現行モデルより約30%伸びるそうです。これは大きな進展です。

「我々のデータによると、BEVで数百kmの距離を移動する人はごくわずかです」とウェーバー氏は言い、大きなバッテリーを搭載した重い車ではなく、より電費の良いEVの必要性を改めて強調しました。

最新のバッテリー技術も、EVの運用をより簡単にしてくれる大きな要因です。もうすぐ発売されるノイエクラッセEVは、BMWが内製した新型円筒バッテリーセルを搭載する予定です。このセルは、現行品より充電が30%高速化し、わずか10分で約300km走れるようになると同社は主張しています。次世代のセル技術として注目されている固体電池について、ウェーバー氏は大量生産にはまだ10年はかかると考えており、「いずれは実用化されるでしょうが、少なくとも1世代以上先のモデルの話です」と述べています。

ヒョンデの固体電池

コメントの最後の部分が興味深いですね。

ヒョンデは2025年3月に初の固体電池を導入する予定で、2025年末か2026年初頭までに新しいテクノロジーを採用したプロトタイプEVを完成させる見込みだと複数の情報源が報じています。Top Speedによると、情報筋が韓国のETニュースに、ヒョンデは3月9日に韓国の義王研究センターで開所式を行う予定だと伝えているようです。その式典で固体電池の生産ラインを公開する予定だそうです。韓国の情報筋によると、ヒョンデグループの重役だけでなく、GMの代表も出席する予定とのこと。
(編集部注:ヒョンデの固体電池開発の動向については未確認です)

このパイロット・ラインの役目は、正式な生産ラインがどのような見た目になり、どのように動作するのかをテストすることです。ヒョンデが自ら設定した仕様を満たす固体電池を生産できるかどうか、ラインの性能に注目です。

固体電池はリチウムイオン電池よりもエネルギー密度が高いため、航続距離が長く、充電時間も短くなりますが、現時点では製造コストが高いのがネックです。2020年代後半に量産が始まればコストも下がる見込みです。現時点でヒョンデは固体電池を搭載した最初のモデルを2030年に生産開始すると予想しています。ホンダやトヨタのように、それよりも1、2年早く固体電池EVを発売すると宣言している企業もいます。

固体電池のテクノロジーは、ローリンソン氏とウェーバー氏が各々の企業の進むべき方向だと考えている「バッテリーの小型化・軽量化」のアプローチにうまく合致します。しかし、ローリンソン氏が言うように、公共の普通充電ネットワークの拡大が、この目標を達成する鍵になるでしょう。

また、EVに対する人々の意識を変えることも重要です。エンジン車と違って、十分な充電インフラがあれば、たとえばファストフード店に立ち寄った30分や、お客様との打ち合わせの1時間など、都合のいいときに充電ができます。EVはハチドリのようなものです。こちらの花で蜜を一口、あちらの花でもう一口と、こまめに電気を吸うことができます。ガソリン車と違って、充電のたびに満タンにする必要はありません。次の充電器にたどり着くまでの十分なバッテリー残量があれば、実質的にそれで十分なのです。

EVシフトは、米国では政策的な壁にぶつかっているものの、まだまだ終わっていません。ほとんどの国でEVの販売比率は着実に上昇しており、充電インフラも日々増強されています。固体電池のような新技術も量産に近づきつつあります。

EVファンの皆様、恐れる必要はありません。CleanTechnicaのグローバル本社の朝食カウンターを囲んで私たちがよく言うように、Keep Calm And Charge On(落ち着いて充電を続けよ)です。
(訳注:第二次世界大戦の直前にイギリス政府が国民の不安を鎮めるために開発したプロパガンダ、Keep Calm and Carry On(落ち着いて、普段の生活を続けよ)をもじったジョークです)

翻訳/池田 篤史(翻訳アトリエ)

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この記事を書いた人

1976年大阪生まれ。0歳で渡米。以後、日米を行ったり来たりしながら大学卒業後、自動車業界を経て2002年に翻訳家に転身。国内外の自動車メーカーやサプライヤーの通訳・翻訳を手掛ける。2016年にテスラを購入以来、ブログやYouTubeなどでEVの普及活動を始める。

コメント

コメント一覧 (2件)

  • 素晴らしいエグゼクティヴです。EVは単にパワートレインが替わった車ではなくて、今までの自動車に対する考え方、習慣のフェイズが変わるんです。ガソリン車をEVに置き換えようとするから、航続距離や充電時間ばかりをメーカー自ら逆説的に弱点として強調してきたのではないでしょうか。新しいカルチャーが浸透するのには時間がかかります。過渡期にはマジョリティーにおもねる必要もありますが、こういう見方ができるトップは日本にはいませんね。アウフヘーベン的な発想、流石ドイツの伝統ですね。
    ここ数日で、東京大阪を42kwのEVで往復しました。数回の休憩や食事の時に充電しただけで、特に充電だけを意識した停車はしませんでした。

  • 普通充電器が普及しているノルウェーの実態を知りたいです。ブロックヒーター用を転用したと聞いたことがありますが、具体的な充電出力は何kWなのか知りたいです。

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