※冒頭写真はBYDタイ工場の開所式とNEB生産800万台を祝う式典の様子。(BYD Newsroomより引用)
「EVといえば中国製」というイメージの拡大
グローバルサウスとは、赤道周辺から南半球に位置する新興国を指す言葉。インドやタイなど北半球の国も含めて、経済的に成長が著しい国々の総称として用いられています。今回はとくに、タイ、インドネシア、ブラジルに注目します。
タイ、インドネシア、ブラジルといったグローバルサウスのなかでも注目すべき国々においてはこれまで日本メーカーが圧倒的な自動車販売シェアを獲得していました。ところが現在、中国メーカーたちが次々と参入してEVを一気に投入することによって、「EVといえば中国製」というイメージが定着しつつある状況です。はたして現在どれほどEVシフトが進んでいるのか、各国の最新EV普及動向を確認していきましょう。
まずタイ市場について、最新データの判明している2024年11月のBEV登録台数は5400台超と、実は前年比ー40%近い販売台数減少となってしまいました。タイ市場では2024年からEVに対する税制優遇措置が変更されたことを受けて、変更までに車両の購入を完了させようと購入ラッシュが発生。よって2023年12月と2024年1月の登録台数が急上昇していたものの、その反動で2月以降は販売が鈍化してしまったというわけです。
とはいうものの11月の新車登録台数全体に占めるBEVシェア率は約12.75%と、新興国であるタイで8台に1台がBEV。EV購入ラッシュの直後であることを考慮しても、順調にEVシフトが進んでいると捉えることが可能です。いずれにしてもさらにEVシェア率を引き上げるためには、EVの車種をさらに多種多様にして、より幅広いユーザー層にリーチする必要があるでしょう。
タイではBYD『DOLPHIN』が大人気
それではタイ国内でどのようなEVが人気であるのかを確認します。まず11月単体のBEV販売ランキングトップ30を見てみると、BYDのコンパクトEVドルフィンがトップに君臨しています。ドルフィンはAtto 3などとともにタイ国内の工場で生産しており、値下げも行ったことで圧倒的な人気車種となっています。
また2位と3位にはNetaのコンパクトSUVであるNeta XとNeta Vがランクイン。特に新型のNeta Xは若いファミリー層が購入しておりインテリアも非常にモダンです。ただし、Netaは現在経営難に陥っています。中国国内から海外販売に注力しており、その販売戦略変更によって復活できるのか。直近ではGeelyとBaiduが出資したJiyueが経営難に陥ったことで話題となりましたが、Netaの動向は2025年の注目動向といえるでしょう。
また、このグラフは2024年1月から11月までの累計登録台数を示したものです。トップからドルフィン、Atto 3、Neta V、MG4、シールと続いています。実はタイではテスラの人気はそれほど高くなく、より安価なBYDやNeta、MG、さらにはDeepalなどの勢いが目立ちます。
次にこのグラフは、内燃機関車を含めた販売台数ランキングを示したものです。最新データが判明している2024年1月から10月までの累計販売台数を見てみると、トヨタハイラックスRevoといすゞD-Maxというピックアップトラックがトップを席巻しています。
さらに第3位以降にはトヨタヤリスATIV、ヤリスクロス、ホンダHR-Vというように、コンパクトセダン、もしくはコンパクトSUVがランクイン。今回示した販売車種ランキングトップ20では、第9位にドルフィン、第18位と19位でAtto 3とNeta Vがランクインしており、全車種の人気ランキングでもBEVが上位にランクインし始めていることがわかります。
さらに、タイ市場の最新動向を語る上で重要なポイントを2点ほど紹介しておきます。まず2024年11〜12月に開催された「第41回バンコク国際モーターエキスポ2024」です。タイ市場最大のモーターショーは最新車両の展示という側面だけではなく、実際に会場で新型車の予約注文を行うことができるという点が重要です。よって会期中の注文台数が、そのメーカーの人気を図るバロメーターの一つになり得ます。
予約注文台数のトップはトヨタであり、やはりタイにおけるトヨタのブランド力の高さが見て取れます。次に第2位がBYDであり、その予約台数も7000台超とトヨタに肉薄しています。
実は昨年開催された際にもBYDは6000台もの予約注文を獲得してトヨタ、ホンダに次ぐ第3位でしたが、今回はホンダ越えを達成。さらに高級ブランドDenzaも570台以上の予約を獲得しており、タイ国内での存在感がさらに高まっていることが示された格好です。
ちなみに黄色で示したのが中国ブランドです。トップ30のうち14ブランドが中国ブランドであり、BYDだけではなく中国ブランドの存在感が高まってきている様子が見て取れます。
さらにもう一点注目するべき動向が、BYDなどの中国メーカーがBEVだけでなくPHEVにも注力しているということです。BYDは現在のタイ市場でBEVのみをラインナップしているわけではなく、現地生産を行うSEALION 6というPHEVもラインナップ済みです。
SEALION 6は全長4775ミリ、全幅1890ミリ、ホイールベース2765ミリのミッドサイズSUVです。SEALION 6は現在100万バーツ以下、日本円に換算して約435万円で発売されておりコスト競争力が高く、例えば競合となるホンダCR-Vと比較しても約200万円も安価であることから、日本勢の同セグメントのガソリン車販売に影響を与える可能性が指摘されています。
つまり、日本勢が2025年以降に注視しなければならないのは、中国勢の発売するBEVだけではなく、BYDの発売するPHEVではないかということです。充電インフラを全く気にすることなく、それでいて日本勢が発売する競合のガソリン車に引けを取らないコスト競争力を実現することで、日本勢のシェアをさらに奪う可能性があるのです。
ブラジルでもBYDの存在感が急上昇中
次にブラジル市場の動向を確認します。2024年11月のBEV登録台数は約5416台で、前年同月比+69.4%とBEV登録台数増加の兆候が見て取れます。
ただし、内燃機関車を全て含めたBEVシェア率は約2.25%と、史上最高水準のシェア率を記録した3.48%と比較するとやや失速した感があります。このEV普及率停滞の理由はブラジル国内における税制優遇措置の変更とPHEVの販売増加という2点が考えられます。
というのもブラジルでは2024年以降、海外製のEVやハイブリッド車に対して段階的に関税措置を再適用しています。ちなみにその関税措置に対応するためにBYDなどの一部中国メーカーはブラジル国内に車両生産工場を建設しています。
Recebi a vice-presidenta Executiva da BYD e CEO nas Américas, Stella Li. Ela me contou que a empresa quer produzir seus primeiros veículos no Brasil a partir de 2025. Vão abrir 10 mil empregos diretos até o final de 2025 e 20 mil até 2026. Os investimentos da indústria… pic.twitter.com/F7XLKxh1fW
— Lula (@LulaOficial) December 2, 2024
※ BYD北米トップStellar Li氏(左)の来訪を伝えるLula大統領(右)公式Xのポスト。BYDは現在BEVとPHEVの生産工場やバッテリー加工工場、バスなどの商用EVの生産工場を建設中。投資額は30億レアル(日本円で約900億円)。2025年Q3からの操業スタートを予定。
さらに注目するべきはPHEVの販売増加というポイントです。このグラフはBEVとPHEVの月間販売台数とシェア率の変遷を示したものです。関税の影響もあってかBEVは停滞気味であるのに対してPHEVの販売ボリュームが増加しており、直近ではBEV販売台数を超えています。やはり充電インフラなどの普及動向を踏まえると、短期的には新興国市場でもより安価で実用性の高いPHEVの需要が増加していくことは間違いありません。
格安コンパクトEVに大きな支持
さらにブラジルでどのようなEVが人気であるのか確認しましょう。まず、このグラフは2024年11月に登録されたBEVの人気車種ランキングトップ20を示したものです。圧倒的人気はBYDドルフィンミニ(中国車名は「海鴎」=Seagull)であり、第2位もドルフィンです。BYDの格安コンパクトEV2車種がブラジルのEVシフトをリードしているわけです。
次に11月単体におけるBEVとPHEVの人気車種ランキングトップ25を確認しましょう。緑がBEV、オレンジがPHEVを示しています。ドルフィンミニがトップであり、その後はBYD Song Pro、さらにGreat WallのHaval H6、Song Plus、KingとPHEVが上位を席巻しています。
さらにBYDのピックアップトラック「Shark」も発売がスタート。ブラジル市場ではフィアット・ストラーダ、トヨタ・ハイラックス、フォード・レンジャーなどといったピックアップトラックが人気であり、BYDがピックアップトラックセグメントでどれほど販売シェアを伸ばせるのかに注目です。
エンジン車を含めたブランド別の販売台数ランキングでも、BYDはすでに日産を抜き、ホンダに迫るまでに成長しています。
いずれにしてもブラジル国内で主流のフレックス燃料(ガソリンとサトウキビなど由来のバイオエタノールを混ぜ合わせたもの)のハイブリッド車などが販売シェアを伸ばすのか。それともBYDなどの牽引によってEVシフトが進むのか。2025年以降、フレックス燃料とEVという次世代環境車両の覇権争いにも注目です。
インドネシアでもBEVのシェアが上昇中
最後にインドネシア市場について確認します。2024年11月のBEV登録台数は約5500台と、前年同月比+184%と急増しています。また内燃機関車を含めたBEVシェア率は約8.1%と史上最高水準のシェア率に到達しています。
さらに日本とタイを含めたグラフにしてBEVシェア率を比較すると、日本は直近の11月で約1.57%とインドネシアのシェア率の約5分の1以下という状況です。その上タイと比較しても急速にシェア率で接近しており、これらの比較からもインドネシア市場において急速にBEV市場が立ち上がってきている様子が見て取れます。
次にインドネシアでどのようなBEVが人気なのかを確認しましょう。このグラフは2024年1月から11月における合計販売ランキングトップ20を示しています。トップからBYDシール、Wuling Bingoと続きます。
BYDはインドネシアで2024年6月から販売をスタートしており、たったの5ヶ月間で急速に販売シェアを確立。さらにAtto 3、ドルフィン、さらにはミニバンタイプのM6も人気車種にランクインしており、インドネシアのBEV市場を席巻しています。
そしてBYDはインドネシア国内にもEV生産工場を建設中です。生産キャパシティは年間15万台を計画して、2026年1月の操業スタートを予定しています。
インドネシアは日本メーカーがとても強い市場です。だからこそ、EVシフトに対して日本メーカーは適切な危機感もつべきではないかと思えます。
このグラフはインドネシアの2024年11月単体における自動車ブランド別販売台数ランキングトップ20を示したものです。トップからトヨタ、ダイハツ、ホンダ、三菱、スズキと日本メーカーが独占しているものの、BEVとPHEVしか販売していないBYDが第6位にランクインしてきました。BYDが今後日本メーカービッグ5にどこまで迫ることができるのか。2026年初頭に稼働する現地工場の存在も含めて、さらにBYDのプレゼンスが高まることは間違いないでしょう。
いずれにしても、存在感を高めるグローバルサウスの中でも自動車市場の大きなタイ、ブラジル、そしてインドネシアそれぞれのEVシフト動向を確認すると、例外なく急速にEV販売台数が増えている状況です。さらにBYDを中心とする中国勢のPHEVの勢いも含めて、中国メーカーの存在感が急速に高まっています。グローバルサウスのEVシフト動向には、今後も注目していきたいと思います。
文/高橋 優(EVネイティブ※YouTubeチャンネル)