ジーリー(吉利汽車)が「垂直統合」を推進
中国のEVメーカーである「ジーリー(吉利汽車)」は、傘下にボルボやポールスター、ロータスなどの欧州メーカー勢を束ねています。自社で展開するプレミアムEVブランドのZeekrを中心として、EVシフトにおける高いプレゼンスを発揮しています。特にZeekrは、すでに中国国内における月間販売台数が2万台規模に到達。すでにレクサスを上回る規模感です。
EVメーカーとしての競争力をさらに高めるため、ジーリーは中国市場において最強のライバル、BYDに相対していかなければなりません。BYDの最大の強みは、グローバル販売300万台以上という規模で、バッテリーEVとPHEVのみを取り扱うEV専門メーカーであり、バッテリー生産工場だけでなく、バッテリーの原材料であるリチウム鉱山を所有して採掘を手掛けていたり、自動車輸送というロジスティクスでも、大型輸送船を自社所有するなど、EV製造に関連するあらゆるパートを内製する「超垂直統合経営」を推進することによって、コスト競争力を極限にまで高めています。
したがって、直接競合するジーリーとしては、このBYDに対抗するために、EV製造における垂直統合推進の必要性に迫られているわけです。
「短刀電池」でBYDのブレードバッテリーに挑戦
そのような背景においてジーリーが発表したのが、新型の角形LFPバッテリー「イージスショートブレードバッテリー(Aegis Short Blade Battery)」です。
グローバルにおけるプレスリリース(https://global.geely.com/en/news/2024/geely-auto-unveils-new-short-blade-ev-battery-technology)で「ショートブレードバッテリー(短刀電池)」と紹介されている通り、全長が580ミリという、比較的短い角形バッテリーです。BYDのブレードバッテリーは全長960ミリと倍近い長さであり、「ショート」と名付けた意味が見て取れます。
ジーリーが短い角型バッテリーを開発してきた理由は、内部抵抗を低減するためです。ロングブレードバッテリーの場合、内部抵抗が上昇してしまう弱点が存在します。セル同士の電極間の長さが広がれば広がるほど、リチウムイオンの動線が長くなります。必然的に内部抵抗が上昇。発熱への対処が必要となり、その分だけ急速充電性能の低下などが生じる可能性が高くなります。
短刀電池は急速充電性能が大幅に改善されていることがプレスリリースでも強調されています。具体的には、ロングブレードバッテリーでSOC10%から80%までにかかる充電時間が26分を要するのに対して、短刀電池は17分4秒で完了させることが可能とのこと。
ショートブレードバッテリーの弱点として一般的に指摘されるエネルギー密度の低さも改良。短刀電池では、セルレベルでのエネルギー密度が192Wh/kgと、LFPとしては世界最高クラスのエネルギー密度を実現しています。たとえばBYDのブレードバッテリーは、現行世代で167.9Wh/kg。また、テスラモデル3とモデルYのRWDグレードで採用されている、CATL製のLFPセルは166.2Wh/kg。ジーリーの短刀電池は高いエネルギー密度と充電性能を両立させた最新セルであるといえます。
安全性や優れた低温特性などもアピール
安全性についても追求し、具体的には、バッテリーセル単体に対して直径8ミリの針を同時に刺すという釘刺しテストにおいても、1時間経過した後でも、発煙や発火することがなかったことを紹介。さらにバッテリーパックレベルでも、水深1mの海水に24時間漬けたり、衝撃テスト、外部から火をつけたり、バッテリーパック底面を走行中に意図的に傷つけたりなど、中国の国家基準を上回る安全性テストを全てクリアしています。
そして、短刀電池はサイクル寿命3500回を実現しており、これはEVの航続距離に換算して、実に100万kmにも匹敵する耐久性であると訴求しています。
さらに、短刀電池は内部抵抗が比較的小さいことによって、極寒環境における低温特性にも優れています。氷点下状態において、ロングブレードの場合、使用可能なエネルギー容量は90.32%であるのに対して、短刀電池は96.21%を確保。マイナス30℃という極寒状態において、ロングブレードの場合78.96%と、使用可能容量が2割以上低下するのに対して、短刀電池は使用可能容量を9割以上キープすることが可能です。実際には、バッテリーパック全体でのサーマルマネージメントによって、ある程度解決可能な問題ではあるものの、短刀電池自体の低温特性の高さが見て取れるわけです。
すでに市販車への搭載も発表
ちなみに、ジーリーの公式weiboにおいて「神盾短刀电池」と発表しました。「神盾」を英訳すると「Aegis」となり、中国EV情報を中心に取り扱うメディアでもAegisと訳されています。
「Aegis」とは、ギリシャ神話の神、ゼウスが娘の女神アテーナに与えたものとも言われ、ありとあらゆる邪悪・災厄を払う魔除けの能力を持つ「神盾」とされています。中国国内では安全性ファーストを売りにしていることから命名されたわけですね。
そしてジーリーは、この短刀電池(「短刀」は少しものものしいので、ここからは「イージスバッテリー」と呼びます)を、EV専門シリーズであるGalaxyシリーズの新型コンパクトSUV『E5』に初搭載する方針も表明済みです。8月3日に正式発売がスタートする予定であり、すでに一部スペックが明らかになっています。
まず、このイージスバッテリーを全グレードに搭載し、49.52kWhと60.22kWhという2種類のバッテリー容量をラインナップ。航続距離は中国CLTC基準でそれぞれ440kmと530kmを実現しています。
E5はフロントにモーターを搭載するFWDで、全長4615mm、全幅1901 mm、全高1670 mm、そしてホイールベースが2750 mmというコンパクトSUVです。
電費性能は、100km走行あたりの電力消費量は11.9kWhと、非常に優れた電費性能を実現。Cd値を0.269とコンパクトSUVとしては低減しながら、パワートレインも「11-in-1」と、モーターやインバーターなどの一体化を推し進めることによって、高度な合理化を実現しています。もちろん、今回のイージスバッテリーのエネルギー密度の高さによって、その分だけバッテリー重量を軽量化しているなど、コンパクトSUVとして、EV性能とコスト競争力の高さを両立しようとしてきています。
エネルギー密度の高さがアピールされたイージスバッテリーについて、一点正しい比較を行うために重要な前提知識が、セルレベルとパックレベルを区別するという点です。というのも、ジーリーがアピールしてきた192Wh/kgというエネルギー密度というのは、あくまでもセルレベルでの話です。実際にEVに搭載するためには、モジュール化したりサーマルマネージメントを搭載したりなど、バッテリーパックとして構成する必要があり、現実的にはパックレベルにおけるエネルギー密度の方が重要です。
このグラフは、主要なバッテリーEVのパックレベルでのエネルギー密度を比較したものです。ピンクは三元系バッテリー、緑はLFP、白は400Vシステム、黄色は800Vシステムを示しています。イージスバッテリーが搭載されるGalaxy E5の、パックレベルのエネルギー密度は135.9Wh/kgと、LFPとしてはまずまずの密度です。ところが、LFPのエネルギー密度として、現在最高性能を実現しているのはBYDの存在です。特にGalaxy E5の競合となるYuan Plusは150Wh/kgという、さらに高密度化を実現しています。このエネルギー密度は、三元系を採用するトヨタbZ4Xや日産アリアB6さえも上回る高密度です。
●LFPだとしても、BYDの「Cell to Pack」「Cell to Body」など、搭載方法を最適化することによって、セルレベルではエネルギー密度で劣ったとしても、パックレベルで改善することができる。
●800Vシステムを採用すると、超急速充電に対応するためなど、パック構成が複雑化することによってエネルギー密度が悪化する懸念がある。
この点は、エネルギー密度、LFP、800VシステムというEVの分野のキーワードを正しく理解するために重要な観点となり得ます。
いずれにしても、イージスショートブレードバッテリーの登場によって、さらにLFPの存在感が高まることは間違いないでしょう。
BYDについては、この2024年末ごろまでに、第二世代のブレードバッテリーを発表する見込みです。その際には、セルレベルでのエネルギー密度を200Wh/kg程度にまで高めながら、現行世代のブレードバッテリーの弱点ともされている急速充電性能を飛躍的に向上させるとも報告されています。このBYDのブレードバッテリー2.0の最新情報についても、わかり次第情報をアップデートしていきたいと思います。
取材・文/髙橋 優(EVネイティブ※YouTubeチャンネル)