世界の自動車愛好家からマエストロとも呼ばれ称賛されているデザイナー、ジョルジェット・ジウジアーロ氏が来日するとともに、同氏がデザインしたEV『Bandini DORA』が日本で初公開されました。僭越ながら、ここではデザインの視点から今後のEVに期待したいことを考えてみました。
カーデザイン界の巨人、ジウジアーロ氏が来日
今回で10回目を迎えた自動車文化を楽しむイベント「オートモビル・カウンシル」(2025年4月11〜13日/主催:AUTOMOBILE COUNCIL 2025 実行委員会)に、カーデザイン界の大御所中の大御所で、マエストロとも称賛される伝説の人、ジョルジェット・ジウジアーロ氏が姿を見せました。
ジウジアーロ氏は、1999年に世界の120人以上のジャーナリストから「世紀のデザイナー(Designer of the Century)」に選ばれ、2002年には米国自動車殿堂(Automotive Hall of Fame)に入りました。自動車殿堂は紹介文で「ジョルジェット・ジウジアーロ以上に現代の自動車デザインに影響を与えた人物を挙げることはできない」と記しています。

86歳にして今なお現役のジョルジェット・ジウジアーロ氏。
オートモビル・カウンシルではジウジアーロ氏のトークショーが2日間にわたって行われたほか、特別企画展では同氏が手掛けた電気自動車(EV)の『バンディーニ・ドーラ』が展示されました。
この機会に見ておかないと、おそらく二度とリアル・ジウジアーロ氏と出会えることはないのではと思い、幕張メッセの会場まで行ってきました。なにしろ86歳(8月で87歳)です。
そう思っていたのですが、初めて生で見たジウジアーロ氏は背が高く背筋がまっすぐ伸びているし、仕草もしゃんとしていて、とても年齢相応には見えません。関連記事を読むと、いまだにオフロードバイクで走り回っているらしいです。すごいです。
そしてサングラスのジャケット姿は映画で見るイタリアン・マフィアとしか思えず、でも丸眼鏡で登壇して大きな目を開いて表情豊かに話す姿は人の良いおじさんで、たちまちとりこになってしまいました。
デカい! 平べったい!
オートモビル・カウンシルでは特別企画として「世界を変えたマエストロ」という企画展を実施。ジウジアーロ氏がデザインを手掛けた10台を展示していました。
展示されたのは、ジウジアーロ氏の名前を世界に知らしめた『アルファ・ロメオ・ジュリア・スプリントGT』(1963年)をはじめ、『マセラティ・メラク』(1972年)、『DMC・デロリアン』(1981年)などのちょっと特別なモデルのほか、『フォルクスワーゲン・ゴルフ』(1974年)、『フィアット・パンダ』(1980年)といった大衆車まで幅広いジャンルの車たちでした。
それらに並んで、乗用車事業から撤退したいすゞがバブル期に生んだデザインの頂点、『ピアッツァ』のプロトタイプ『アッソ・ディ・フィオーリ』(1979年)もあって、目の保養になる企画展でした。
そんな中で筆者の目的だったのが、2020年に公開されたプロトタイプEV、『バンディーニ・ドーラ』です。
ドーラの初見の印象は、「デカくて平べったい!」でした。具体的なサイズは公表されていませんが、幅はゆうに2m以上ありそうです。でも車高は1mちょっとくらいです。
平べったくてちょっとヤンチャそうなスタイリングに、水中のギャングと言われるタガメを思い出しました。別に車はストロングでなくてもいいのですが、ドーラはなんとなく強そうです。
保護ピラーの形状が車の印象を形作る
小舟を意味するバルケッタスタイルで屋根はありません。フロントフェンダーからコックピット後部まで弧を描いてピラーが走っています。
ピラーは、F1をはじめとする現代のフォーミュラカーで標準になっている「ハロ」という防護装置にインスパイアされたそうで、これによりフロントガラスは補強枠のないスッキリした形状になっています。
ドアは上に振って開けるシザードアと呼ばれるタイプで、全自動です。シートは座面が大きくくぼんでいて、お尻がスッポリ入りそうです。
サイドミラーはなく、カメラの映像がメーターパネルに映し出されます。ステアリングにはタッチパネルのモニターが装備されていて、すべての操作はここから行えるそうです。機械式スイッチは排除しています。
タッチパネルだけだと欧州の安全評価、ユーロNCAPで「5つ星はとれないかなぁ」などと庶民的なことを考えましたが、この車ができた2020年は一部に機械式ボタンの搭載を要求した評価基準ができる前で、あまり関係ありませんでした。
駆動方式は、前後にモーターを1個ずつ搭載したフルタイムAWD(四輪駆動)で、最高出力は400kWです。バッテリー搭載量の公式発表はありませんが、英BBCの自動車専門チャンネル「Top Gear」は、容量90kWhで航続可能距離は280マイル(約450km)になると推測しています。
ドーラは2020年のジュネーブ・ショーで公開、展示される予定でしたが、新型コロナウイルス禍でショー自体が中止になり、オンラインで発表されました。日本で実車が公開されたのは、もちろん初めてです。
特徴的なデザインはジョルジェット・ジウジアーロ氏と息子のファブリツィオ氏が共同経営するGFGスタイル(GFG:Giorgetto and Fabrizio Giugiaro)が手掛けました。バンディーニは1946年創業のイタリアのスポーツカーメーカーですが、1992年に活動を停止。その後、GFG Styleと組んでドーラで再出発をしようと計画しているそうです。ただ今のところ市販開始の発表はありません。
とは言えデザインのインパクトは強烈で、EVだと知らない来場者からもドーラの姿に驚く声が出ていました。EVとかICE車とかは関係ありません。突出したモノは、それが何かわからなくても人の目を釘付けにするという現象を、久しぶりに見た気がしたのでした。
「日本に感謝」とジウジアーロ氏
オートモビル・カウンシルでは2日間にわたってジウジアーロ氏のトークショーも行われました。司会は自動車専門誌カーグラフィックを発行している加藤哲也社長、イタリア語の通訳はカーグラフィックの小野光陽編集長が務めました。
トークショーの冒頭、加藤氏から質問を受けたジウジアーロ氏は「質問に答える前に」と前置きしてこう話し始めました。
「日本に対して、ありがとうと言いたい。まだ若かった自分に様々なプロジェクトを任せてくれて、日本という新しい国を理解する機会をたくさんいただきました。(中略)皆さんにお会いできたこと、日本という国に感謝したいと思います」
それからは、ジウジアーロ氏がカーデザイナーになった経緯、名を上げたアルファ・ロメオ・ジュリア・スプリントのデザインが生まれた背景、日本からイタリアに来ていた宮川秀之氏らとイタル・スタイリング(後にイタル・デザイン)を設立したこと、宮川氏の仲介で東洋工業(マツダ)やいすゞをはじめとする日本メーカーとたくさんの仕事をしたことなどを、とどまることなく語りました。加藤氏は最後に、今日は2つしか質問をしなかったと笑っていました。
ちなみに宮川氏は、日本の自動車殿堂に入っています。
そんな話をしながらもジウジアーロ氏は、「日本の関係者から受けた尊敬の思いが今でも心に残っている。私の第2の故郷のように感じている」と強調していました。心から日本を愛していることが伝わってきました。

左からカーグラフィック社の加藤哲也社長、ジョルジェット・ジウジアーロ氏、カーグラフィック誌の小野光陽編集長。
ジウジアーロ氏のデザインを継承した「IONIQ 5」
ジウジアーロ氏が手掛けた日本車は数多いのですが、私が個人的に代表格と思うのは、いすゞ『117クーペ』やスバル『アルシオーネSVX』、日産『マーチ』でしょうか。
ところで目を韓国に向けると、ヒョンデが世界に打って出るために1974年に製作したプロトタイプ、『ポニークーペコンセプト』を手掛けたのがジウジアーロ氏でした。計画はオイルショックなどの影響で中止されましたが、ヒョンデはポニークーペコンセプトが今の韓国自動車産業の基礎になったと考えていて、2023年にはGFGスタイルと共同で50年ぶりに復元し、イタリアで公開しました。

2023年にイタリアの高級避暑地、コモ湖でお披露目された「ポニークーペコンセプト」(Photo/Hyundai)
またヒョンデによれば、『IONIQ 5』に直接の影響を与えたEVのコンセプトカー『45』や、水素ハイブリッド車の開発車両『Nビジョン74』は、ポニークーペコンセプトから大きな影響を受けています。
意外なところでヒョンデのEVとジウジアーロ氏のつながりがあるものです。そういえば以前、ソウルにあるHyundai Motor Studioを訪れた時には、メインフロアに『ポニー』が展示してありました。ジウジアーロ氏への思いの強さがわかります。
ここまできたら、もう一度、ジウジアーロ氏に次の大衆EVをデザインしてほしいと思ってしまいます。
EVシェアが約24%増の欧州
EVの販売が伸びず、踊り場に入ったと言われるようになってしばらく時間が経っています。
けれども欧州自動車工業会(ACEA)の統計では、1月から2月までのEUの販売実績では、2024年より2025年の方がEVのシェアは増えています。2月単月のEVの販売台数は前年比23.7%増でした。
ところが、クリーンテクニカによればテスラの2月の納車台数はEVの中ではトップでしたが、前年比43%減でした。同じ記事では、充電可能な車(EVとプラグインハイブリッド車)の上位10車種のうち、Bセグメントはルノー『5』とシトロエン『e-C3 EV』の2車種のみだったと指摘しています。
そしてルノー5は初めて、EVの販売台数で3位になりました。2位のテスラ『モデル3』は6872台、ルノー5は6155台です。
一方で1月から2月にかけてのモデル別EV販売台数は、1位はテスラ『モデルY』、2位はフォルクスワーゲン『ID.4』、3位はシュコダ『Enyaq』ですが、ルノー5はテスラ・モデル3より少し台数が多いです。
本気の小型EVが見てみたい
こうしたことから考えると、今のEV市場は踊り場と言うよりも、バッテリーをたくさん積んだ大きくて高価なEVの販売が一巡したのではないかとも思えます。
だとしたら、EVsmartブログでは何度も提言していますが、今後のEV普及に必要なのは大衆車になりうる小型で低価格のEVではないでしょうか。
付け加えれば、そんな大衆EVのデザインが目を見張るものだったら、世界が一変するのではないかと思うのです。ジウジアーロ氏が手掛けたフィアット『パンダ』や初代『ゴルフ』のようなエポックメイキングな小型EVがあったらと想像すると、個人的にはワクワクします。
カッコイイとかオシャレとか、より多くの人が触れてみたくなるデザインのEVがあれば言うことありません。大衆車だってカッコイイものはカッコイイのです。
これまでのEVの多くは、売れ筋で利益率の高い大きなSUVタイプが主流でした。バッテリーが極端に高かったので仕方がない部分もあります。
でもヒョンデ『インスター』や、BYD『ドルフィン』のようにコストパフォーマンスの高いコンパクトなEVも出てきつつあります。だから、優秀なカーデザイナーが本気でEVをデザインしたら、世の中が「おぉ!」と感じるような車ができるのではないかと思ったりするのです。
ジウジアーロ氏でなくても構いません。次世代の小型EVはこうなるんだという提案を、今こそ期待したいです。
ジウジアーロ氏が手掛けた車たちを改めて見てみると、形はもちろん、デザインコンセプトの素晴らしさに気づきます。オートモビル・カウンシルの会場を歩きながら、EVでもそんなデザインのきらめきを見てみたいなあと思ったのでした。
取材・文/木野 龍逸
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