いまだに帰宅困難区域が残る福島県浪江町について
本記事は先日、EVsmartブログで公開した「リーフ×道の駅なみえ」でRE100を目指す日産と浪江町のエネルギーマネジメントシステム実用化検証を紹介した記事と関連する取材レポートです。
先日公開した「リーフ×道の駅なみえ」の記事でも記載しておりますが、なぜ浪江町でスマートモビリティ実証実験を展開しているかの重要なファクターとなりますので、この町についての概要を改めて紹介します。
福島県浪江町(なみえまち)は浜通りの中間よりやや北側に位置しており、面積は223.1k㎡、東京23区のおよそ3分の1程度の広さとなっています。また浪江町は、2011年3月11日に発生した東日本大震災および東京電力福島第一原発事故により町内全域に避難指示が出されていました。
※福島県は、太平洋沿岸部で常磐道が通る「浜通り」と、阿武隈高地と奥羽山脈に挟まれた内陸で福島市などを含む県中部で東北道が通る「中通り」と、県西部で越後山脈と奥羽山脈に挟まれた「会津」の3つの地域で構成される。それぞれの地域は地形、気候、交通、歴史に顕著な特色の違いがある。
東日本大震災から8年後の2019年3月31日にようやく「帰宅困難区域」を除いて避難指示は解除されましたが、現在でも帰宅困難区域が残り、その区域の住民が戻れない状態が続いています。また、その区域を通る道路は歩行者と自転車は通行することすらできない状態も続いています。
浪江町から福島第一原子力発電所までの距離は、最も近いところで約4km、町の中心部浪江町役場までは約8kmとなっています。
東日本大震災発生当時の浪江町の人口は約2万1,500人で、震災前は福島第一原発で働く人々が浪江町で一杯ひっかけて帰っていく、飲食店が多く賑わった街でしたが、現在の住民登録者数は約16,400人、実際の居住人口は約1,600人という人口低密度地域となってしまいました。
「移動の自由を守る」なみえスマートモビリティ
「なみえスマートモビリティ」は、2020年度に人口低密度地域において「移動の自由を守る」をスローガンにはじまった実証実験です。利用料金は無料。この実証実験は、2021年2月に日産が、福島県浪江町・双葉町・南相馬市などの自治体に加え、7つの企業と連携協定を締結したという背景があります。また、浪江町は日産と住友商事が共同設立したリーフのバッテリー再生事業会社「フォーアールエナジー」社の工場があるなど、日産との関係が深い町となっています。
浪江町は、実際の居住人口約1,600人という人口低密度地域。日産では、人口が少ない地域であることを逆にメリットとして、「なみえスマートモビリティ」による浜通り地域の頼りになる移動の実現とともに、「エネルギーマネジメントシステム実用化」では実証から実装へとシフトしながら、再生可能エネルギー発電にEVを組み合わせて、町全体のRE100化に貢献することを目指しています。
2020年度の「なみえスマートモビリティ」では、事前募集した住民のみを対象に、町の中心部に設定されたデジタル停留所8ヵ所と、町郊外のスマートフォンアプリで設定されたバーチャル停留所を、日産の社員ドライバーによるオンデマンド乗り合いタクシーで輸送するというものでした。また、町の中心部にあるスーパー「イオン浪江店」の商品100品目を配達する貨客混載サービスも行っていました。
2021年度にはサービス内容を拡充。住民でなくても誰でも随時登録して利用できるだけでなく、出張などで浪江町に来訪したゲストも登録不要で利用できるようにし、町中心部ではデジタル停留所とスマートフォンアプリ停留所を120ヵ所へ大幅増加、また町郊外では地区代表地とユーザーの自宅近くにスマートフォンアプリ停留所を設定、イオンの配達可能な商品数は6,000点(イオン浪江店の取扱商品のほぼすべて)へと拡大されました。さらに、ドライバーはそれまで日産の社員だったのが、地元のタクシーやバスの運転手が起用されました。
順調にサービスを利用するユーザーが増加中
2021年12月21日の日産のメディア向け発表会では、これまでに「なみえスマートモビリティ」の配車回数は合計1,031回、1日平均では36.5回、実証実験後半でとくに利用者数が増加傾向となり、町の人口規模を考慮すると驚異的な利用者数となったと伝えられました。また、浪江町以外からの来訪者によるゲスト利用も全体の約20%を占めていたことも伝えられました。
利用者の行き先で最も多かったのは、JR浪江駅(常磐線特急が停車)で、次いで浪江駅役場、「道の駅なみえ」の順となり、イオン浪江店、居酒屋やホテルがある停留所の利用者も上位にランクインするといった状況とのことでした。
また、利用者の内訳はヘビーユーザーが多くを占めているのではなく、利用回数1~4回が全体の約7割を占め、20回以上のヘビーユーザーは6.5%にとどまるという、多くの人が日常の足として使っている様子であった、とのことでした。
現地取材時、担当者からは「浪江町にIターンで引っ越してきて車を持たないユーザーの利用や、出張で1週間ほど浪江町に滞在した方が、毎日利用するケースも目立った」とも聞きました。
さらに、日産の予想に反して、若い世代に支持されていることもわかったようです。2021年12月からは、高齢ユーザーの登録などによる利用者増に向けて、らくらくスマホ(ドコモが提供するシニア向けにUIを簡略化した機種)へのアプリ対応を開始、さらにユーザーの増加が見込まれているようです。
なぜ「なみえスマートモビリティ」は成功しているのか?
日産は、「なみえスマートモビリティ」の成功の理由に、浪江町役場からの呼びかけや、現地登録会の開催、NHKや福島の民放各社、日経新聞や地元新聞などさまざまなメディアからの紹介や地域住民による口コミなど、地元のみなさんの力を借りてユーザーが拡大できたことを挙げていました。
筆者は浪江町に入ってすぐに、その成功の理由は地元やメディアの協力だけによるものではなかったのだろう、と感じました。
浪江町中心部は、津波による被害を受けた後、復興した新しい街となっています。建物は比較的まばらで、全体的に見通しのよい明るい街です。そんな浪江町に「なみえスマートモビリティ」の車が頻繁に走っている様子を見ることができました。
筆者が唸ったのは、日産のデザイン力。実は、日産はラッピングや架装が上手なメーカー。「なみえスマートモビリティ」のデザインは、海が近く空がきれいな浪江町をイメージしたのでしょうか、明るい未来を感じさせるブルーを基調したデザインで、とてもよく目立ちます(ド派手で目立つのとは違う)。街の雰囲気にもしっかりマッチしていました。
よく目立ちながら、好感の持てるデザインをまとった車を頻繁に街中で見かけること、これも成功の大きな理由の1つとなったはずです。
また、主要6ヵ所の停留所に設置されたタッチパネル式ディスプレイと、アプリのUIの良さ、わかりやすさも成功の理由でしょう。バーチャル停留所の数の多さなど、高い利便性をもつサービスという、仕組みの部分においてのデザイン力も秀悦でした。
モビリティサービスにおいて、デザインは相当な重要度があるものだということに気付かされました。
さらに、日産は浪江町の特徴、特色をよく理解し、住民と来訪者に便利で使いやすいモビリティサービスは何かを追求していたことも成功の理由でしょう。
今後も進化を継続する浪江町のスマートモビリティとRE100化
2022年度以降「なみえスマートモビリティ」は、課金を加えた事業化と、双葉町、南相馬市などの浜通り連携地域への拡大、自動運転モビリティなどの計画があるとのことです。
また、「道の駅なみえ」のRE100化を筆頭とした浪江町全体のRE100化に日産が貢献することも目指しているとのことです。加えて2022年度には、日産の拠点を浪江町内に開設することが決定し、さらに地域活性化に貢献していくとの説明も受けました。
もし、今後どこかで新たなモビリティサービスを展開する準備段階で、筆者にアドバイスを求められたら、「なみえスマートモビリティ」を引き合いに出し、デザインの重要性と地域の特性にあったサービスを展開すること、と伝えることでしょう。
今回のレポートは、再エネ×リーフのエネルギーマネジメントシステムの視察と併せ、筆者個人のYouTubeチャンネルで動画にもまとめてあります。
さて、浪江町現地取材は、あともう1つ行っています。それは「フォーアールエナジー(4RE)浪江事業所」の工場見学です。近日中に公開予定ですので、どうぞお楽しみに!
(取材・撮影・文/宇野 智)