EVのバッテリー健全度を示す指標が「State of Health=SOH」。ジャーナリストの諸星さんが、展示会で新たな計測器の出展に遭遇。好奇心全開のレポートを届けてくれました。中古EV市場がますます拡大していく中、ユーザーが安心して購入し乗り続けるために、SOH測定の業界標準を定めてほしいと願います。
ビッグサイトの展示会で見つけた「高速バッテリー診断機」
先日、東京・ビッグサイトで開催されたオートアフターマーケットエキスポ2025において、興味深い用品を見つけたので紹介したい。
「ETX010」と名付けられたこの用品。見た目はCHAdeMO急速充電器のプラグにそっくりだが、充電のための機器ではなく、EVやPHEVのSOHを計測するための機器だ。SOHは「State of Health」の略。「Health」の文字からもわかるようにSOHはバッテリーの健康状態のことである。この機器を扱う三洋貿易のホームページにはわかりやすく「高速バッテリー診断機」と書かれている。
今さらだが、EV初心者のために少し説明しておく。バッテリーは使っているうちに劣化が進み充電できる電力量が減ってくる。新品のバッテリーは何も入っていないコップを想像してもらうとわかりやすい。新品で200ccのコップなら200ccの水が入る。コップは洗えば容量が変わらないが、バッテリーの場合は使うたびに少しずつ容量が減る。水を飲むたびに小さな石をひとつずつ入れていくようなもので、使っている間にコップの底に石がたまっていって、次第に入る水の量が減っていくような状態を想像してもらえばわかりやすい。
SOHを計測する方法はいくつかあるが、正確に計るにはバッテリーを完全放電→満充充電→完全放電という方法でどれだけの電力が入っていたかを計るしかない。ようするにコップに入る水の量を新品と比べる方式だが、これは現実的ではなく、時間もエネルギーも無駄になる。
そのためいくつかの方法でSOHを推定することが一般的。そうしたなか何回充放電をしたか? を基準に推定する方法、もうひとつはバッテリーがどれくらいの電力を受け入れられるか? を基準にする方法の2つが主流となっている。
車両側にSOHを示す機構があればいいが、それはなかなか実現しない。リーフはバッテリー状態をセグの数で表示しているので、いわゆる「セグ欠け」目盛りである程度は判断できるが、それでも12分割されたセグがいくつ残っているかでしか判断できない。
専用機器とアプリでバッテリーの健康状態を簡単測定
「ETX010」は本体プラグをCHAdeMO充電口に差し込んだのちに、iOS端末もしくはアンドロイド端末にインストールした専用のアプリとBluetoothで通信接続して使用する。この際、端末側の指示に従っていくつかの情報を入力する必要があるが、一部の車両情報は車検証のQRコードを読み込むことで自動入力される。
「ETX010」の最大の特徴は高電圧電流を扱わないこと。CHAdeMOの急速充電口にプラグを差し込むものの、CANによるデータ通信のみを行う。このため絶縁のための装備も不要で、場所も選ばない。この通信でバッテリーがどう使われてきたか? 今の状態はどうか? を計測する。このデータだけでSOHを判断するのではなく、結果の算出には「B-doc」とよばれる診断ソフトウエアを使っている。
「B-doc」は急速充電口から取得するバッテリー情報と診断者が入力する車両情報をもとに、独自の診断エンジンによって「SOHの推定値」を算出している。この独自の診断エンジンは中国で大量に収集されたEV用バッテリーの経時変化データから、汎用性のあるバッテリー劣化パターンを見出し、これをもとに限られたデータからSOHの推定値を算出するプログラムとなっている。
中国でのEVの保有台数は世界でも群を抜いていることはご存じのとおりで、すでにビッグデータを獲得しているというわけだ。使っているデータはバッテリー本体のものなので、中国のGBT、日本のCHAdeMOと充電方式が異なるが、SOHの診断には影響しないとのこと。今後は日本や世界各国での診断結果もプログラムに反映される予定とのことで、データが蓄積されればされるほど、推定結果が正確な値に近づいていくことだろう。
充放電を伴う計測では4時間程度は掛かってしまうが、「ETX010」は30秒ほどで計測可能。プラグを差し込む場所もCHAdeMO充電口なので操作はすごく簡単だ。本体価格は17万8000円(税別)で、アプリとシステム使用料は月額7500円が必要となる。
SOHの診断が重要なのは、バッテリーの健康度がEVの価値に直結するからにほかならない。ネット上でも何のクルマはバッテリーがダメで下取り価格が激落ちしているなどという書き込みを見かけることも多い。それらは真実であるかもしれないし、ぬれぎぬかもしれない。なぜこんなことが起きるのか言えばSOHに関する基準(あるいは明示方法)がきちんと整備されていないから、統一されていないからにほかならない。
もっとも従来のICE(エンジン)車でも、エンジンの状態がどうか? といったことは明確に数値化されていない。したがって、中古車選びや下取り査定のときでも、エンジンの音やオイルフィラーキャップ裏の汚れ、エンジンオイルの漏れなどをチェックしている。しかし、そうしたチェックで分かることはわずかだ。シャシダイナモを使ってパワーチェックしてから売るクルマなどは、よほど特殊なものに限られる。
今までのエンジン車はそうしたあいまいな状態で売られていたのに、EVとなると正確なSOHを知りたいというニーズが高まってきている。それはなぜか? 答えはある程度計れるからなのだ。だったら、規格を統一してきちんと計測し、明示するようにすれば、EVの中古車が安心して購入できるようになる。メーカーが長持ちして信頼性の高いバッテリーを使うようにもなるだろう。SOHの規格化、統一化こそがこれからのEVの普及、発展に役立つのは間違いない。
【関連記事】
中古EVは宝くじ? 「アビロー」のバッテリー診断システムによるSOH評価の大切さとは?(2024年8月16日)
日産リーフの中古車を購入して確認できたいくつかの真実(2019年2月4日)
取材・文/諸星 陽一
コメント