ブリヂストンが目標とする「8つのE」
ブリヂストンの2022年のタイヤ市場での世界シェア(売上高ベース)は12.7%で、14.1%のミシュランに次いで世界第2位。ブリヂストンはタイヤはもちろん、樹脂配管やホース、スポーツ用品、免震ゴムなどさまざまなゴム関連製品を製造している総合ゴムメーカーである。ブリヂストンは2050年に「サステナブルなソリューションカンパニーとして、社会価値・顧客価値を持続的に提供している会社へ」をビジョンとして掲げ、8つのEに由来するブリヂストンE8コミットメントという目標を発表している。8つのEは以下のものだ。
●Energy
カーボンニュートラルなモビリティ社会の実現を支えることにコミットする。
●Ecology
持続可能なタイヤとソリューションの普及を通じ、より良い地球環境を将来世代に引き継ぐことにコミットする。
●Efficiency
モビリティを支え、オペレーションの生産性を最大化することにコミットする。
●Extension
人とモノの移動を止めず、さらにその革新を支えていくことにコミットする。
●Economy
モビリティとオペレーションの経済価値を最大化することにコミットする。
●Emotion
心動かすモビリティ体験を支えることにコミットする。
●Ease
より安心で心地よいモビリティライフを支えることにコミットする。
●Empowerment
すべての人が自分らしい毎日を歩める社会づくりにコミットする。
これらを実現するためにブリヂストンは効率のいいタイヤ開発を目指している。開発に時間と労力がかさめばそれだけ、多くのエネルギーや資源が費やされるので、そこを効率化しようというわけだ。その1つの手法としてBCMAとENLITEN(エンライトン)という方式が考えられた。
効率的な開発やリサイクルへの取り組み
BMCAとはBridgestone Commonality Modularity Architectureの略。従来は新しいタイヤを開発する際に、そのタイヤが求める要求性能をさまざまな方向からアプローチしていたが、これからはタイヤをケース(タイヤの全体構造)、トレッド(地面と接するゴム部分)、カーカス(トレッドの下に位置しトレッドゴムの変位量などに影響する部分)の3つに分けてさまざまなタイプを開発。それらを組み合わせ、最後に調整することでより効率のいい開発を行おうというものだ。
ENLITENは商品性の向上についての技術。従来はグリップを向上させると乗り心地が悪くなるといった相反する性能は、どちらかを犠牲にする傾向にあったが、ENLITENではまずすべての性能を高いレベルまで引き上げることを行う。そうしておいてから、グリップ重視のタイヤであればグリップを上げていく。相反する性能は落ちてしまうが、もともと大きく引き上げているので落ちたとしても従来よりも高い位置までしか落ちずに性能を維持できるという考え方だ。
このBMCAとENLITENを用いて最初に開発されたタイヤが2023年1月に欧州向けEV用タイヤとしてトランザ6。また5月には北米向けEV用タイヤとしてトランザEVを発売した。日本市場においても2023年にフルモデルチェンジしたいすゞエルフと、同年7月にフルモデルチェンジした三菱ふそうトラック・バスのeキャンターにR202の名でBMCA&ENLITENを使って開発したタイヤが採用されている。
モノ作りにおいて製造はもちろん、物流、廃棄までのライフサイクルでいかに環境負荷を減らすかも大きな課題である。各タイヤメーカーはその課題に対して、前向きに取り組んでいる。ブリヂストンの場合は、まず製造時に持続可能な素材への転換を図るため、さまざまなトライが行われている。
タイヤを構成する素材のうち、合成ゴム、充填剤、配合剤、補強繊維といったものは石油由来であり、現在はこれら石油由来の材料が約半分を占めているが、今後は大幅に減らしていくことを目標としている。
具体的には合成ゴムの代わりに天然ゴムの比率を増やすことなどが挙げられるが、従来の天然ゴムはゴムの木の樹液から採取している。ゴムの木は東南アジアなどの温暖な地域でしか栽培できないため、生産を増やすことが難しい。そこで考えられているのがグアユールという木からのゴム製造。グアユールは干ばつに強い植物で、東南アジアとはまったく異なる気候での栽培が可能だという。補強材として使われるシリカももみ殻から採取、補強繊維に使われているナイロンもポリアミド4という天然素材由来の繊維に代替していこうとしている。
タイヤは廃棄も大きな課題である。タイヤの廃棄方法は地域によって異なる。日本では燃料として使われることが6割強、アメリカでは4割強、欧州では3割弱となっている。燃料使用が多い業態は、セメント、製紙、電力、ボイラーなど。日本で燃料として使われることが多いのは、業界として燃料として使うこともリサイクルであるとしていたことにあるという。今は、燃料として使うことをリサイクルとすることはやめる方向にあり、さまざまなリサイクル方法が検討されている。
現在のリサイクルはタイヤを砕いて道路舗装やグランドの材料やパッキンなどのゴム製品などとして使う「マテリアルリサイクル」、トレッドを貼り替えタイヤとして再生する「リトレッド」や「リユース」などが主流だが、ブリヂストンは「ケミカルリサイクル」といってタイヤからタイヤ素材を作り出すことを目指している。
現在も高温でタイヤ分解油とカーボンブラックを作り出すことは可能だが、将来的には低温分解で使用済みタイヤからタイヤ分解油と液状ポリマーを作り出し、さらにその液状ポリマー(重合体)をモノマー(単量体)を作ることを目指している。
空気を充填しないタイヤを履いた小型EVに試乗
現在の自動車用タイヤは空気を充填して使用しているが、空気入りタイヤはつねにパンクの危険にさらされている。空気が抜けても使えるランフラットタイヤもあるが、これはあくまで緊急回避的に空気が抜けても使えるということで、空気が抜けることを前提とはしていない。ブリヂストンは「エアフリーコンセプト」という、最初から空気を充填しないことを前提としたタイヤ開発を行っている。最初に発表されたのは2011年の東京モーターショーで、このときはシニアカーに装着されたものが展示、デモンストレーションも行われた。
その後、超小型モビリティや自転車に搭載されたものを発表してきたが、今回初めてジャーナリストへの試乗が許された。試乗コースは東京都小平市にあるブリヂストンのテストコース。以前、タイヤ工場であったこの場所は、今は開発拠点となっている。試乗車はタジマ『ジャイアン』で、最初にノーマルタイヤで試乗した後、「エアフリーコンセプト」が装着されたモデルで同じコースで試乗した。
端的な感想として「エアフリーコンセプト」はノーマルタイヤとほぼ同等の性能を有していた。フラットな路面では若干微振動が多く感じるが許容範囲である。もっとも気になるのは段差乗り越えだろうが、これが思った以上によく入力を吸収する。ズンと衝撃がくるかと思っていたのだが、トンという程度の衝撃に押さえられている。
コーナリングのグリップ感もよく、しっかりとしている印象。1度、指定速度オーバーでコーナリングしてしまい姿勢を乱したがその際のリカバリーも楽であった。現在の性能では、軽自動車などに使うのも少し無理がありそうだが、超小型モビリティなどでは十分な性能と言える。
「エアフリーコンセプト」の外観を見ると、青いホイールに黒く薄いタイヤが組み込まれているかのように見えるが、この青い部分こそが一般的なタイヤのケースにあたる。青い部分の内側がホイールなのだ。
「エアフリーコンセプト」は単にエアレスタイヤとして開発されただけでない。トレッドゴムが減ったときには、販売店に持ち込んで新しい「エアフリーコンセプト」と交換。回収された「エアフリーコンセプト」は、工場へと戻される。工場では青いケース部分を点検し問題がなければトレッドを貼り替えて出荷。ケースに問題がある場合は、粉砕してふたたび成形して甦らせるように設計されている。製造やリサイクルの各段階で効率化が実現されて、100%リサイクル可能な次世代タイヤとすることを目指しているということだ。
EVシフトが実現しても、エンジン車をEVに置き換えるだけでサステナブルな自動車社会にはならないだろう。作り方や使い方にも変革が不可欠だ。EVによく似合いそうな「エアフリーコンセプト」実用化を目指すブリヂストンの取り組みの今後に注目したい。
取材・文/諸星 陽一