インドのタタがEV専用設計の『Punch.ev』を発売/価格は25kWhで約195万円〜

インドのタタ・モーターズは2023年1月、電気自動車(EV)の専用設計を採用した初めてのモデル『Punch.ev』を発売しました。タタグループは2026年までに20億ドルを投資し、10種類の新型EVを市場に投入する予定です。

インドのタタがEV専用設計の『Punch.ev』を発売/価格は約195万円〜

初のEV専用設計モデル『Punch.ev』

インド最大の自動車メーカー、タタ・モーターズは、1月17日に新型の電気自動車(EV)、『Punch.ev』(パンチev)を発売しました。パンチの発表は1月5日で、すでにオンラインでの予約受け付けが始まっています。

当然、日本で買うことはできないですが、世界では着々とEVシフト&大衆化が進展していることを感じるニュースです。

タタ・モーターズはジャガー、ランドローバーを傘下に持つ世界最大の商用車メーカーのひとつです。近年は電気自動車にも力を入れていて、これまでに『Nexon.ev』『Tiago.ev』『Tigor.ev』という3つのEVを発売しています。

ただ、これまでの3モデルはいずれもガソリンエンジン車やディーゼル車など内燃機関(ICE)からの派生でした。

パンチもガソリン車モデルがありますが、パンチevははタタ・モーターズ初のEV専用プラットフォームを採用しています。プラットフォームは『acti.ev』(アクティブ)という名前で、タタ・モーターズ子会社のタタ・パッセンジャー・エレクトリック・モビリティ(TPEM)が開発しました。

Presenting acti.ev | TATA.ev’s first Pure EV architecture(YouTube)

バッテリーも自前で調達へ

まずはパンチevのベースになっているEV専用プラットフォーム、アクティブの特徴を見ていきましょう。

興味深いのは、駆動方式がFWD、RWD、AWDのいずれにも対応していることです。まあ、モーターの配置が自由なのはEVならではの特徴ですが、タタもこれをやってくるのかと思いました。

今回のパンチevはFWDだけのようですが、今後はバリエーションが出てくるかも知れません。

Punch.evのeアクスル。
Tigor.evのeアクスル。

ドライブトレインはeアクスル(モーターやコントローラーを一体化した駆動ユニット)を搭載しています。これまでのタタのEVもeアクスルでしたが、初期のTigor.evと比較するとかなり小型化されている様子が伺えます。

バッテリーはリチウムイオンです。組成は不明ですが、これもTigor.evと比べるとコンパクト化され、床下に収まるようフラットな形状になっています。

バッテリーはクーラントで温度管理をしています。インドの厳しい気候を考えると必須なのでしょう。ICEと車体を共用しているEVもすべて、クーラントで温度管理をしています。

タタ・モーターズは、これらのモーターおよびバッテリー関連技術を『Ziptron』と名付け、EV開発の中核に位置付けています。

セルについては、パンチevをはじめとする4モデルの詳細は不明なものの、タタグループのタタオートコンプ(Tata AutoComp Systems)が中国のGotion(国軒高科)とジョイントベンチャーを立ち上げているほか、国軒高科がインド工場を持っていることから、現在はEV用セルを供給していると考えられます。

他方、タタ・グループのタタ・サンズ(Tata Sons)は2023年6月、40億ポンドを投じてイギリスに40GWhのギガファクトリーを建設することを発表しました。

さらに2023年夏には、自動車専門メディアAUTOCARが、AESCエンビジョンとタタ・モーターズがインド国内にバッテリーの生産工場を立ち上げる計画を進めていることを報じました。投資額は13億ドル以上になると伝えています。

自動車メーカーにとってバッテリーは基幹技術です。タタ・モーターズに限らず自前調達を目指すのは珍しいことではないのですが、ついにインドでもEV用バッテリー生産が活発になるのかと思うと、日本のバッテリー生産が立ち遅れないか少々不安がふくらみます。

低価格化が進んだ?

ここからはパンチevの中身を見ていきます。

これまでのモデルに比べると、パンチevの価格はかなり抑えられている印象を受けます。同程度のバッテリーを搭載しているのに、価格が下がっているからです。

●Tigor.ev XE/26kWh 124万9000ルピー(約222万円)~
●Tiago.ev XZ+ LR/24kWh 110万4000ルピー(約196万円)~
●Nexon.ev Creative + MR/30kWh 147万4000ルピー(約262万円)~
●Punch.ev Smart/25kWh 109万8999ルピー(約195万円)~

Tiago.evと価格は同等ですが、モーターの出力はTiago.evの45kWに対して60kWと大きく性能を上げています。

もっとも、パンチのガソリン車版は60万ルピーからなので、EVになると価格は1.8倍以上になってしまいます。クルーズコントロールが搭載されているモデルと比較しても1.4倍近くになります。全体の装備が大きく違うので仕方ないのですが、インドの中では決して安いクルマではありません。それでも徐々に、コストダウンは進んでいるように見えます。

充電は、急速充電は最大で150kWに対応しています。充電規格はCCS2(欧州と同様)です。とはいえ、バッテリー容量が大きくないのでそれほどの大出力が必要とは思えず、実際、カタログ値では35kWhのモデルで10%→80%の充電が56分となっています。平均の受け入れ可能出力は25kW前後ではないかと思われます。

普通充電は最大11kW対応です。一方、一般家庭の230V/15Aコンセントからでも充電が可能で、充電インフラが未整備な中では利便性が高そうです。

なおインドの急速充電規格は、CCS(タイプ2が多い)、チャデモ、GBTが乱立している状態です。ただ販売台数の多いタタ・モーターズがCCSを採用しているうえに自前で充電設備を設置しているため、CCS2対応が多くなっています。タタ・モーターズは今後の動向の鍵も握っていると言えそうです。

レベル2の自動運転も装備

ドライブモードはエコ、シティ、スポーツの3モードです。回生ブレーキは、パドルシフトで4段階のコントロールができます。これも嬉しい装備です。EVはみんな付ければいいのにと思います。

ブレーキは、四輪ディスクです。タタのICE車は今でも後輪ドラムは珍しくないので、EVを高級車と位置付けているのかもしれません。

一充電での航続距離は、25kWhモデルで315km、35kWhモデルで421kmとなっていますが、インドの計測方法がよくわからないので比較は困難です。でも、一般道の平均速度がそれほど高くないので、実際の航続距離もけっこう伸びるかも知れません。試しようがないので想像の域を出ませんが。

レベル2の自動運転も装備しています。運転支援システムはインテル傘下、イスラエルのモービルアイの技術を採用しています。

モービルアイの運転支援技術はボルボ、BMW、フォルクスワーゲン、GM、フォード、オペル、ヒョンデなども利用していて(GMは2022年にクアルコム採用を発表)、搭載しているシステムのレベルはあるにせよ、基本的な性能は確保していると思われます。

V2V、V2Lにも対応しています。停電が多そうなインドの地方都市を中心に、普段の生活でも重宝しそうな気がします。

このほか、ソフトウエアのアップデートはOTA対応になっています。スマホ連携はAndroid AutoかApple CarPlay対応です。

これらインフォテインメントに使うCPUは、クアルコムのスナップドラゴンを採用しています。スナップドラゴンにはADAS技術に使われるタイプもありますが、パンチのADASは前述したようにモービルアイなので、車室内の電子装備用になります。

さて、こうやってカタログ記載の装備を並べていくとハイテク関連の装備はかなりレベルが高そうで、ちょっと乗ってみたくなります。日本に入ってくることは考えにくそうですが。

いったいタタ・モーターズのEVはどんな車なのでしょうか。いつかインドに行くことがあったら試乗してみたいと思いつつ、十数年前に訪れたムンバイ、コルカタなどで見たカオスを具現化したような道路交通状況を思い出すと、自分で運転するのは少々腰が引けるのが正直な思いではあります。

EV市場の拡大を目指すタタグループ

タタ・モーターズは2023年1月12日、グジャラート州サナンドに新しい工場の稼働を開始したことを発表しました。この工場はICE車だけでなく、EVの生産も担います。

サナンドは複数の工業団地を抱えていて、半導体生産が拡大している地域です。フォックスコンの関連企業や米マイクロンなども進出しています。中には日本企業に特化して売り出したエリアもあり、住環境も日本人向けに整備しているそうです(関連情報)。ホンダやスズキも工場を建設しています。

タタ・モーターズ子会社でEVの技術開発や生産などを手がける Tata Passenger Electric Mobility(TPEM)のチャンドラ社長は工場の稼働開始にあたって、こうコメントしています。

「タタ・モーターズの乗用車・電気自動車事業は、ここ数年、市場を凌駕する成長を遂げてきました。この勢いを持続させるために、将来に向けた『New Forever』製品の強力なパイプラインと電気自動車への積極的な投資を計画しています。既存の生産能力はほぼ飽和状態にあり、この新しい施設は、年産30万台(年産42万台まで拡張可能)の最新鋭の生産能力をさらに引き出します」

タタ・モーターズは2026年までに20億ドルを投資し、10種類の新型EVを市場に送り出す計画を発表しています。TPEMはそのための現地製造支援、バッテリー技術開発などを手がけるほか、急速充電設備の整備も進めます。

インドの商工省商務省が設立したインド ブランド エクイティ財団(IBEF)によれば、2023年1月~8月にインド国内で約83万台のEVが販売されました。同財団は、インドのEV市場は2025年までに5000億ルピー(約60億ドル)に成長すると予想しています。

この数字は2輪、3輪も含めたすべての電動車の合算ですが、それにしてもそれなりの数字だと思います。ブレイン&カンパニーのリポートによれば、販売台数のうち7~9%がEVと推計されるので6万台弱になります。

ちなみに日経新聞は、インドのEV市場は2023年1~6月で1万5000台としていて、違いが大きくてよくわからなくなりますが、各メディアで共通しているのはEV市場が拡大基調にあることです。

IBEFの予想通り、市場規模がもし5000億ルピーになるとすると、110万ルピーのパンチなら約45万台分になります。けっこうなボリュームです。インドのEV市場を席巻できれば、3年間で20億ドルの投資は妥当なのでしょう。

こうした動きを追いかける格好で、インドの自動車市場の約40%を握っているスズキも、2024年秋にインドで、スズキ初となるEVの量産を開始する計画です。これまで日経新聞などのメディアがスズキの計画を報じてきましたが、2024年1月10日に正式に工場建設を発表しています。

スズキだけでなく、ホンダも2024年にインドでEVのバイク販売を目指すほか、3年以内にEVを投入することが報じられています。

そういえばインドのガソリン価格は日本とあまり違いがありません。日本とインドの所得差を考えると、現地の住民にとっていかに高いかがわかると思います。

筆者が乗ったオートリキシャーのドライバーは、ガソリンを1リッターずつ入れていました。それに比べると電気代は安く(ジェトロのリポートではランニングコストがガソリン車の10分の1と指摘)、EVが普及する大きな要因になりそうです。

そんなわけで、これから10年を考えた時に、中国に次いでインドがEV市場の台風の目になる気配は濃厚です。少なくとも2輪車、3輪車の電動化は進みつつあり、4輪車に波が広がるのは間違いなさそうな今日このごろです。

各モデルのスペック比較

Punch.ev
SmartAdventure S LREmpowered +S LR ACFC
全長×全幅×全長(mm)3857×1742×1633
バッテリー容量25kWh35kWh35kWh
急速充電-10-80%:56分10-80%:56分
バッテリー温度管理液冷液冷液冷
普通充電3.3kW3.3kW7.2kW
最高出力60kW90kW90kW
最大トルク114Nm190Nm190Nm
航続距離(参考)315km421km421km
車両価格109万8999ルピー〜134万9000ルピー〜154万9000ルピー〜
参考(1ルピー=1.78円)約195万円約240万円約275万5000円
Tigor.ev
XEXZ+XZ+ Lux
全長×全幅×全長(mm)3993×1677×1532
バッテリー容量26kWh
普通充電3.3kW
急速充電10-80%:59分
バッテリー温度管理液冷
最高出力55kW
最大トルク170Nm
航続距離(参考)315km
車両価格124万9000ルピー〜134万9000ルピー〜137万5000ルピー〜
参考(1ルピー=1.78円)約222万円約234万円約244万5000円
Tiago.ev
XE MRXZ+ LRXZ+ Lux Tech LR ACFC
全長×全幅×全長(mm)3769×1677×1536
バッテリー容量19.2kWh24kWh24kWh
急速充電-10-80%:58分
バッテリー温度管理液冷
普通充電3.3kW3.3kW7.2kW
最高出力45kW55kW55kW
最大トルク110Nm114Nm114Nm
航続距離(参考)250km315km315km
車両価格86万9000ルピー〜110万4000ルピー〜120万3999ルピー〜
参考(1ルピー=1.78円)約154万5000円約196万円約214万円
Nexon.ev
Fearless LREmpowered + LRCreative + MR
全長×全幅×全長(mm)3994×1811×1616
バッテリー容量40.5kWh40.5kWh30kWh
急速充電10-80%:56分-
バッテリー温度管理液冷
普通充電7.2kW7.2kW3.3kW
最高出力106.4kW106.5kW95kW
最大トルク215Nm215Nm215Nm
航続距離(参考)465km465km325km
車両価格181万9000ルピー〜199万4000ルピー〜147万4000ルピー〜
参考(1ルピー=1.78円)約323万5000円約355万円約262万円
その他OTA対応OTA対応OTA対応

文/木野 龍逸
※記事中画像はグローバルのタタ公式サイト資料から引用。

この記事のコメント(新着順)1件

  1. インドは中国に次ぐどころか圧倒すると大胆予想
    伸び代が桁違いですから、より攻めた投資をしてくると思います。

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					木野 龍逸

木野 龍逸

編集プロダクション、オーストラリアの邦人向けフリーペーパー編集部などを経て独立。1990年代半ばから自動車に関する環境、エネルギー問題を中心に取材し、カーグラフィックや日経トレンディ他に寄稿。技術的、文化的、経済的、環境的側面から自動車社会を俯瞰してきた。福島の原発事故発生以後は、事故収束作業や避難者の状況のほか、社会問題全般を取材。Yahoo!ニュースやスローニュースなどに記事を寄稿中。原発事故については廃棄物問題、自治体や避難者、福島第一原発の現状などについてニコニコチャンネルなどでメルマガを配信。著作に、プリウスの開発経緯をルポした「ハイブリッド」(文春新書)の他、「検証 福島原発事故・記者会見3~欺瞞の連鎖」(岩波書店)など。

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