マイカーとして電気自動車の日産サクラを愛用する自動車評論家の御堀直嗣氏が、EVへの理解を深めるために提言する「実感コラム」連載シリーズ。第3回は「航続距離が残り何kmになったらドキドキするか」を考察します。
交通の迷惑になるような運転はしたくない
航続距離が何kmになったらドキドキするか?
小心者の私は、そこまで充電せず走り続ける勇気はない。
若いころ陸送の仕事をしていた。しかし大型免許は持っていないので、多くは自走で納車するケースが多かった。あるいは、普通免許で運転できる2台積載可能なトラックでの配送だ。
自走で納車する場合、雇い主は目的地ギリギリのガソリンしか入れてくれなかったので、まさに納車寸前に警告ランプが点灯することはしょっちゅうだった。なんとか目的地まで着けるようにと祈りながらアクセルを踏んでいたトラウマが、50年近く経ていまだ抜けない。
そもそも、そんな運転は心臓によくないだけでなく、いよいよ走行可能距離が少なくなって、アクセルの踏み方を加減し、速度を大きく下げて移動するようになれば、他の交通の迷惑にもなるだろう。
なぜEVに乗るのか?
理由の一つは、気候変動の抑制だ。しかし、それだけではない。環境問題への取り組みは、自分が被害者であると同時に加害者でもあるという認識のもと、みなが心地よく暮らせる社会を目指すことにあり、他人に迷惑を掛けてまで一充電走行距離や充電残量のギリギリまで走ることに意味はない。
自動車業界が陥った落とし穴
1990年以降、気候変動に関わる地球環境問題が世界の目を集め、クルマの燃費を改善することが、馬力の追求以上に重要であるとの考えが出はじめた。その折、燃費を大幅に改善したクルマや、ハイブリッド車(HV)などで、ガソリン満タンから何km先まで走れるかという挑戦を、自動車メーカーが主催し、媒体関係者に競わせたことがある。上位には、ちょっとした景品が出された。
結果、何が起きたか。
参加者(自動車評論家や雑誌編集者)は、交通の流れを無視した発進・加速、また速度維持により、場合によっては諸元数値以上の燃費を出して、「優勝した!」と喜ぶ姿があった。
しかし、その場面に遭遇した周囲のクルマは、どれほど迷惑であったろう。またそのために、渋滞のような状況が生じた可能性もある。そんな傍迷惑なことを自動車メーカーが為すべきことかと問うと、広報担当者はきょとんとした顔つきであった。自社商品がいかに燃費に優れているかを記事化し、媒体効果が出ることしか考えが及ばず、私の言っていることを理解できなかったのだろう。
この一件は、いくつもの自動車メーカーが陥った世間ずれした認識であった。自らの優位性を売り込むことしか頭になく、それは単に金儲けでしかない。馬力競争と同じ感覚で燃費性能を誇示しようとしたのである。
そうした過去の人間のエゴはともかくも、EVに乗り、環境問題に関心を持つ人であれば、己の行動はもとより、それが及ぼす社会への影響にも目を配り、みなが快適で幸せな暮らしのできる日々を念頭にしてくれていると嬉しい。
EVでは高低差を意識して走るべき
とはいえ、想像以上に電力を消費し、予定した充電拠点まで間に合うかどうか怪しくなる場合もあるだろう。
そこで考えておくべきは、単に移動距離の計算だけでなく、行程での高低差を意識することだ。難しい話ではない。この先、登りになるか、下りになるかという視点だ。
登りが続けば、消費電力は平地を走るより多くなる。逆に下りが続くなら、回生により、かえって充電量が増えたり、増えないまでもほぼ保持できたりする可能性がある。それによって、残りの走行距離が延びることも考えられる。
登り坂で電力消費が多くなるのは、エンジン車の燃費も同様で、登り坂では燃費が悪化する。一方、下り坂といえども、エンジン車は燃費がよくなるだけで、エネルギー(ガソリン)が増えることはない。
EVに乗る興味深さは、下りでは充電量が増える可能性があるということだ。それによって、この先の走行距離が延びることが期待でき、充電の予定も先延ばしにできるかもしれない。
これまで以上に、高低差という意識を持つことがEVでは重要になる。
したがって、本来は目的地までの移動距離に対する充電拠点の計画は、三次元の地図を基にしたものでなければならない(テスラではこの機能を早くから実装している)。ナビゲーションで目的地設定をした際の、充電拠点の算出も、高低差を加味した予定であれば、信頼性が高まることになる。
そうした機能が車載されれば、ナビゲーションへの依存がより高まるだけでなく、同時に、充電残量から残り何km走行できるかといった表示についても、ギリギリになって、ドキドキすることがなくなっていくだろう。
残量低下の警告にもあわてない理由

通っている千葉の乗馬クラブから帰宅時の残量表示。往復120kmほど走って、この日はまだ30%以上残っていた。
ちなみに、サクラは、バッテリーの充電残量が20%を切ると、「最寄りの充電器を検索しますか?」という案内が表示される。
一般に、バッテリー残量20%前後になれば、急速充電器を使う場合も、最高の出力に近い充電を期待できるだろう。したがって、まだ充電が半分近く残っているようなときに充電するより、効率がよくなる。
私の場合、冬にスタッドレスタイヤを装着した状況では、千葉の乗馬クラブから帰宅する途中でバッテリー残量が20%を切り、充電箇所の検索に関する案内が出るが、それはもう自宅まで10kmを切るような地点であることが多く、検索しない選択をして帰宅する。
サクラの20kWhのバッテリー容量に対し、バッテリー残量が10%になったと仮定した場合、それは残る電力が2kWhということになり、私の運転では10km/kWh前後の走りが冬でもできるので、20kmほど先へは行ける計算になる。
つまり、自分が必要とするエネルギーを意識する。そんなことを一度考えながらEVに乗っていると、ギリギリという心配をすることは回避できるのではないか。行き慣れた行程であれば、充電にそれほど神経を使わなくても大丈夫であることがわかってくる。
そして帰宅したら、普通充電すればよい。翌日には再び満充電から出かけることができる。あるいは、しばらくEVで出掛ける予定がなければ、80%の充電に止め、置いておく。
そもそもドキドキするようなことをする気が私にないのはもちろん、充電残量20%前後を一つの目安に、目的地(あるいは自宅への帰宅)までの距離を確認すれば、他人に迷惑を掛けることもなく、無事にEVを利用できるのである。
【シリーズ記事】
サクラのススメ【01】一充電走行距離180kmに「ゆとり」を感じるカーライフ(2025年9月5日)
サクラのススメ【02】経路充電インフラ整備よりも優先して自動車業界が為すべきこと(2025年9月9日)
文/御堀 直嗣
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