排気音が存在しないBEVでも音を楽しみたいアメリカ人の想い〜SEMAショー2022レポート

アメリカのラスベガスで開催される「SEMA Show」は世界最大級のアフターパーツ展示会で、多彩なカスタムカーが集結します。11月1日〜4日に開催された会場を訪れて「EVと音」に注目したレポートです。

排気音が存在しないBEVでも音を楽しみたいアメリカ人の想い〜SEMAショー2022レポート

世界最大級のアフターマーケット見本市

エンジンを搭載しない電気自動車(BEV)は排気管も存在しなければ、もちろん排気音も存在しません。それゆえに、エンジン搭載車特有の気持ちがたかぶるような、エキサイティングなドライビングエクスペリエンスを電気自動車は持たないと主張する人も多いです。そして、それは私が実際に数々の電気自動車を運転していても感じた点です。

ですが、逆に考えてみれば、排気音が存在しない電気自動車は「音だけ」であれば、どんな世界の名車にも変身できるということでもあります。電動化へ向かうこのご時世で、「EVでも音を楽しむ」ためのソリューションを、世界最大級のアフターマーケット見本市「SEMAショー」で見つけました。

毎年11月にアメリカ合衆国・ラスベガスで開催される「SEMAショー」は、1967年から「米国自動車用品工業会(Specialty Equipment Market Association、SEMA)」が開催しているアフターマーケット見本市。アフターマーケットとは「自動車を購入した後に関わる物事」を意味し、カスタムパーツやチューニングパーツだけでなく、タイヤやホイール、塗装、カーラッピング、カーケア用品、電装品など、2400以上の出展企業がこぞって新製品をお披露目します。

SEMAショーは業界関係者しか来場を許されいないにもかかわらず、4日間の会期では世界140ヵ国以上から16万人を超える参加者を出迎えます。527億ドル(2022年11月30日現在のレートで約7兆円)規模のアフターマーケット業界を率いる象徴的なショーということもあり、世界最大の開催規模と注目度を誇ります。

インフォメーションのイベントロゴにも「Electrified」の文字が!

アメリカといえば大排気量なマッスルカーやピックアップトラックなどを多くの人が思い浮かべると思います。近年は日本車、とりわけ90年代の日本製スポーツカー人気に呼応するように、日本車関連の出展もマジョリティになった一方、やはり古き良きアメリカ車も依然として業界における中心の一つを担っているように感じます。

ですが、そんなガソリンの薫りいっぱいな展示会にも電動化の波がここ数年で押し寄せています。2019年からは電動車に特化した展示スペース「SEMA Electrified」も開設され、電動車関連の出展が相次いでいます。現在のトレンドは「EVコンバージョン」にあり、多くの企業がクラシックカー向けのコンバージョンキットや、モーター、バッテリーなどの関連部品をお披露目しています。また、内燃機関を搭載するクルマに比べてカスタムやチューニングの範囲が限られている電気自動車向けには「EV用マフラー」も注目を浴びていました。

静かなEVであえて楽しむ「音」

この記事を読んでくださっている方の中には、「EV用マフラーなんて無駄でしかない」と思う方もいらっしゃるでしょう。実際、電気自動車のアピールポイントの一つは「音が静か」という点で、当然マフラーは必要ありません。それでも私は、音があった方がロマンに溢れると思うのです。EVになったとしても、五感の一つ「聴覚」で運転を楽しみたいという気持ちを持つ人は少なくありません。

実際、アウディの純電動4ドアクーペ「e-tron GT quattro」ではトランクに2つのユニットとアンプを搭載し、モーターの回転数や車速に合わせてエンジン音のようなサウンドを増幅させる「e-tron スポーツサウンド」を用意しています。音は3段階で調整可能、実際に聴いてみるとV型6気筒エンジンのような、心地よくも力強いサウンドをクルマの内外に響かせてくれます。

ロマンという点でも重要ですが、私は「静かになりすぎた時代のクルマ」における「接近警報音」という役割でも大いに意義があると考えます。単なる高周波な「ヒュイーン」よりも、昔ながらのエキゾーストノートの方が幅広い年代の歩行者にとっても聞こえやすいでしょう。そして、内燃機関搭載のクルマでは難しい「好きなエンジン音を自由に選ぶ」ことも、そもそもの音が存在しない電気自動車では可能なのです。

では、SEMAショー2022で出展されていた数々のEV用マフラーを見ていきましょう。まず紹介するのは、北欧神話最強の戦神から名前をとった「THOR(ソア)」。THORはバンパーの裏側付近に、チタン合金製で「でんでん太鼓」形状の機械がメインユニット。コントロールユニットを自動車側のCANバスと接続し、そこからアクセル開度や車速、回転数を取得することで、それらに合わせて音を奏でます。再生できる音はメルセデスAMG C 63やアウディ R8、ポルシェ パナメーラのようなハイパフォーマンスカーだけでなく、アーケードゲーム風の電子音やUFOの飛行音、ロケット、ジェット戦闘機など、クルマ以外の遊び心あふれる音も車体後部から響かせることが可能となっています。

SEMAショーのブースでは実際にテスラ モデル3に装着した様子で展示されていましたが、ぱっと見は装着されていることがわからず、車体底部を覗き込むようにしてようやくユニットを視認できるような形になっています。実際のサウンドを聴いてみたかったのですが、どうやら消防署の方からやめるように言われた(詳細は不明)らしく、代わりにTHORのサウンド操作に使われるスマートフォン用アプリで試聴しました。

老舗マフラーメーカーも開発に着手

1979年に設立、主にアメリカ車用のパフォーマンスマフラーでお馴染みの「Borla(ボーラ)」は、フォード マスタング マッハE用のサウンドシステムを発表しました。この製品は、これまた伝説的なチューナーの「シェルビー・アメリカン」からの依頼で設計されたとのこと。

シェルビーが手がけたマシンはシェルビー コブラやシェルビー GT350など多岐に渡ります。一度はフォードと喧嘩別れしたものの復縁、フォードと非常に関係の深い企業であり、アメリカの自動車業界で知らない人はいないと言っても過言ではありません。2019年に公開された映画「フォードvsフェラーリ」ではフォードがフェラーリに勝つためのマシン「GT40」の開発協力を行った会社としても描かれています。名車「マスタング」の名を冠する純電動SUV「マスタング マッハE」のチューニングもシェルビーは手がけており、2021年のSEMAショーでは「シェルビー マスタング マッハE コンセプト」をお披露目しました。

ボーラのシステムはリアバンパー裏に設置するスピーカー、アンプ、ハーネス、そしてCANバスと接続するコンピュータがセットです。現時点ではシェルビー GT500(マスタングのシェルビーモデル)、シボレー カマロ、そしてシボレー コルベット C8の3台によるサウンドが再生可能で、すべてボーラのエグゾーストを装着した個体から収録しているとのこと。システム自体も普通のマフラーを装着するのとほぼ同じぐらいの時間で搭載可能としているので、電気自動車でも気軽に野太いピュア・アメリカンV8の音を楽しむことができます。

もちろんボーラはマスタング マッハE以外にもこのシステムを提供する予定としており、そのうちの一台はフォードの純電動ピックアップ「F-150 SVTライトニング」も含まれます。車種専用設計になるので先述のTHORよりかは自由度が下がりますが、その代わり品質はしっかりと保証されていることでしょう。EVになっても「車が出す音をより良いものにする」という老舗マフラーメーカーの想いには、熱いものを感じました。

普通のスポーツカーよりも大音量なEV

EVから出る音を良くするムーブメントは部品メーカーに限ったものではなく、自動車メーカーも同様に着手しています。その中でも大きな話題となったのが、ステランティス(旧FCA)傘下のダッジです。ダッジは1900年にダッジ兄弟によって設立された自動車メーカーで、チャレンジャーやチャージャーなどのマッスルカーが有名です。ですが、850馬力超え、6.2ℓ V型8気筒スーパーチャージャー付きエンジン搭載マッスルカーを販売するような会社でも、昨今のEVシフトと無縁ではない時代になってきました。

ダッジは2022年8月にコンセプトカー「チャージャー デイトナSRT」を発表しました。現在販売されているチャージャーは4ドアセダンですが、このコンセプトは「チャージャー」の名を冠するも、そのシルエットは1987年以前の2ドアクーペだった時代を彷彿とさせます。今回のSEMAショーではより詳しいスペックとともに、複数のパワーオプションが公開されました。

「デイトナ」とは、フロリダにある歴史的なサーキット「デイトナ・インターナショナル・スピードウェイ」から取られており、チャージャーの最上位グレードにずっと使用されてきた象徴的な名前です。このような名前がコンセプトEVに付与されることに関して往年のファンからは反発も生まれそうですが、このコンセプトEVはそういった意見をも黙らせるほど、「デイトナ」にふさわしい性能を有しています。

ベースは出力340 kWと出力440 kWの2モデルを用意。そこに、前者は363 kWと393 kW、後者は463 kWと492 kWと、それぞれ2段階のアップグレードが可能となります。また、「バンシー」と名付けられた800Vのパワートレインシステムを搭載する最上級モデルの予告もされました。

そして最も話題となったのが、126 dBの大音量を奏でることができるサウンドシステムの搭載です。一般的などのスポーツカーよりも大きな音で電子的に生成されたV8サウンドを内外に響かせるとしており、まさにアメリカ車らしい発想で電動化時代を受け入れようとしているのがわかります。電動化に向かっていく中で、アメリカ特有の大排気量マシンである「マッスルカー」の電動化、「e-マッスルカー」をどのような形で提案するかのアプローチはますます活発となっていきそうです。

「EVには無いものをテクノロジーで再現する」という風潮はEV用マフラー以外にも、マニュアルトランスミッションの操作性を再現する試みなどが挙げられます。多くのEV愛好家はこれらを無駄だと切り捨てるかもしれませんが、別に無駄でも良いのではないでしょうか。典型的な車好きが愛するこれら要素をEVでも再現することは「より多くの人がEVを受け入れる」というプロセスにおいて重要ですし、単なるロマンという要素以外でも多数の利点が挙げられます。純ガソリン・MT搭載車を新車で手に入れづらくなる世の中で、こうした取り組みで「もっと面白い車づくり」を試みる業者・メーカーがたくさん増えることを期待します。

取材・文/加藤 ヒロト

この記事のコメント(新着順)2件

  1. 趣味性の高い「サウンド」も個人的には不要ですが良いと思います。

    実用面でも車の運転には体感的なフィードバックが多いほうが安全かな、という意味で音は欲しいです。MX-30のような疑似音で十分なので。
    所持している車はコンパクトのMT車です。別に激しい走りをするためではなく、出したい速度、トルク、エンジンブレーキの効き具合を意識してギアを設定し、エンジンの音を聞き車の状態を感じて意図した通りに「安全に」運転することが大きな目的です。
    走りを楽しみたい、という側面もありますが。

    ちょっと車を動かしているフィードバックが弱いかな、と短期間ではありますがテスラ モデルSやリーフ、MX-30を乗って思うところでした。

    ああ、こういう感覚を使って運転すること自体が古いICEに拘ってBEVについてこれないって事なんでしょうね…。

  2. ICEからBEVへの移行過渡期の話だと思います。
    現実主義の「女性」とロマン(趣味)を求める「男性」。
    全女性とは言いませんが、静かなBEVにわざわざ「サウンド」を求めることは少ないかなと。

    確かに「五感に訴える」はあると思いますし、私もBEVを運転していてサウンドがないのはしっくりこないことも多いですが慣れかなと。
    ロマンが欲しい男性の「趣味の車」には、サウンドが残る様な気がします。
    かなり少数派ですが。

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この記事の著者


					加藤 博人

加藤 博人

下関生まれ、横浜在住。現在は慶應義塾大学環境情報学部にて学ぶ傍ら、さまざまな自動車メディアにて主に中国の自動車事情関連を執筆している。くるまのニュースでは中国車研究家として記事執筆の他に、英文記事への翻訳も担当(https://kuruma-news.jp/en/)。FRIDAY誌では時々、カメラマンとしても活動している。ミニカー研究家としてのメディア出演も多数。小6の時、番組史上初の小学生ゲストとして「マツコの知らない世界」に出演。愛車はトヨタ カレンとホンダ モトコンポ。

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