東京開催の「フォーミュラE」は成功するか?〜小池百合子知事の挑戦

2022年10月4日、電気自動車による世界選手権である「フォーミュラEレース」の日本開催に伴う協定の調印式が行われました。開催決定に向けての経緯や今後の課題など、フォーミュラE創設当初から取材を続けるモータースポーツジャーナリストの赤井邦彦氏が解説します。

東京開催の「フォーミュラE」は成功するか?〜小池百合子知事の挑戦

※冒頭写真は東京都の報道発表より。

2024年に東京ビッグサイト周辺で開催

10月4日、東京都庁で電気自動車の世界選手権シリーズ「フォーミュラEレース」の日本開催決定に伴う協定の調印式が行われた。東京都からは小池百合子知事、フォーミュラEを主宰するフォーミュラEオペレーション(FEO)側からはジェイミー・ライグル最高経営責任者(CEO)が出席した。発表によると、第一回東京大会は2024年3月あるいは4月の予定で、東京ビッグサイト周辺の有明地区に特設サーキットを設置して行われる。

日本にフォーミュラEレース誘致の動きがあったのはいまから7年以上前になる。当時は電通がテレビ朝日と共に東京、あるいは横浜での開催に向けて動いたが、残念ながら実を結ばなかった。見方によれば時期尚早だったのかもしれない。

もちろん当時も地球環境問題はグローバルな観点からは大きなテーマであり、そこに目をつけたビジネスマン、アレハンドロ・アギャグがFIAの当時の会長ジャン・トッドの後押しを得てフォーミュラEを立ち上げていた。当初は欧米のビジネス界の反応も腰が引けた感じだったが、時間の経過と共に注目度は高くなった。欧米の自動車メーカーが環境に敏感になり電気自動車(EV)の開発を加速したことも一因だろう。そうした企業は自社の技術を誇示する場としてフォーミュラE参戦を選び、興味を抱く企業も増えてフォーミュラEは少しずつだが成長した。

東京ビッグサイト周辺(Googleマップより引用)

環境問題への興味関心の拡大を期待

日本でのフォーミュラE開催実現が遅れた理由は、日本人の新しい物事へのアプローチの遅さだ。EVにしても、その他の技術にしても、いまや日本はパイオニアとはなり得ない。欧米の企業の後追いである。石橋を叩いて渡るといえば聞こえはいいが、冒険心に乏しいといえる。そして、これは大きな損失を被ることに繋がっている現実に鈍感だ。いまの日本経済の凋落はまさにその結果だろう。という前段を踏まえて見ると、日本がフォーミュラE招致に熱くなかった理由は納得がいく。

では、今回東京都がフォーミュラE招致に動いた理由は何か? それは、小池知事が抱いた危機感だったように思う。東京が世界に置いていかれる、という危機感だ。

それは、環境問題だけではなく、オリンピックが終わってからの長い空疎な時間を何によって埋めていくかという課題でもあったように思う。大阪は2025年に万博を開催する。しかし、東京には何もない。日本の首都がそれでいいわけはない。そして、待ったなしで環境問題が襲いかかる。カーボンニュートラル達成の時期こそ定めたものの、果たして成し遂げられるか? 達成に向けてのひとつの施策であるZEV(ゼロエミッション・ビークル)導入。都民の反応の鈍さに業を煮やす。インパクトが欲しい。フォーミュラEにはその力がある……と、まあそれほど簡単ではないが、都民に広く環境問題に興味を持ってもらうひとつの効果的な政策ではあるだろう。

予算などの詳細は未発表

実務的な話をすると、東京都はFEO(当時はFEH=フォーミュラEホールディングス)に向けて数年前からフォーミュラEの東京大会開催に関して秋波を送っていた。しかし、当時は仲介業者を会しての話で、ことはスムーズに運ばなかった。

そこで東京都とFEOは直接話を始め、ことはトントン拍子(というばかりではないが)に進んだというわけだ。FEO側に言わせると、とにかくミーティングの数が多かったそうだ。ことは遅々として進まず、という状況もあったらしい。しかし、東京にフォーミュラEを持って来たいという東京都と、最後の大都市東京でレースを行いたいというFEOの目論見が一致、今回の調印となった。

開催日時と場所は冒頭で紹介したように2024年3月か4月、有明地区に暫定的に決まっている。コースの設置はサーキット設計では世界屈指のヘルマン・ティルケ設計事務所が担当、すでにティルケ本人が来日して現地を視察、コースの基本設計は出来ている。設計は出来ても実際に作るとなるとFIAのレギュレーションに則った設備の設置など、この先の作業は山積みだ。相当な資金が必要となるが、都民の税金がいくら使われるか公表する必要も出て来るだろう。都議会の賛同は得られているのかどうか、先日の会見では言及されなかった。

FEO側としては、日本の首都・東京の熱気は大歓迎だろう。都知事直々のプロジェクトと考えてよく、そこには前述したように東京を世界屈指の環境都市にする夢があるとみる。もちろん、そのためにはフォーミュラEだけを開催すればいいわけではなく、より幅広い意味で環境問題を考えるイベントを開くべきだろう。都知事もそういう方向であることを示唆している。

FEO側としても、これまで成果が上がらなかったレースは、東京都の望むような環境イベントを併催しなかったからだと認めている。これから先、フォーミュラE自体が変化する可能性がある。東京開催がその象徴的なイベントとなることを期待しよう。現在、2024年から3年間は継続開催を予定しているが、東京都、FEO両者ともより長い期間の開催を希望している。

開催に向けた課題とは

シーズン9(2022~23年)には日産もマクラーレン・レーシングとともに参戦。

もちろん開催までには解決しなければならない問題が多くある。レース開催手続きに関しては、現在JAFに申請を出しており、FIAの承認を待っている状況だ。フォーミュラEレースはFIA公認の世界選手権だから承認が必要だ。承認は、コース、マーシャル、開催費・・・その他多岐に渡る。

コース設定に関しても、FIAの安全基準を満たさねばならない。こうした規則面だけでなく、公道で行うレースとなれば住民の理解を得ることも重要。レースの期間、住民の生活に支障が出ないようにする必要もある。

技術的な話としては、レースカーのバッテリーへの充電設備としてFEOが持ち込む発電器等の扱いなど、主催者側はどこまで対応しなければならないか、解決すべき課題は多い。

観客の動員に関しても、市街地レースは観客席のキャパシティ問題があり余り多くは望めない。FEO側としてもそのことは理解しており、東京の場合には約2万人を上限と考えているようだ。レースを興行として見るなら観客は多く入って欲しいが、物理的に限界があるなら、そこで得られるはずの収益はイベントスポンサーなどに頼ることになる。FEOのマーケティングスタッフがすでにスポンサー、パートナー獲得に動き始めている。

これまで行われてきた世界の大都市のフォーミュラEレースだが、最後に重要なポイントを上げておこう。それは、フォーミュラEレースを推進する首長が選挙で敗れ、市街地レース反対派の人間が新しく首長になった場合だ。カナダではモントリオールで開催されたレースが、推進派市長の失職で、たった2年で消滅してしまった。小池知事には2024年以降も長く知事を務めてもらわなくてはなるまい。そして、フォーミュラEを招聘した結果、東京が環境都市として世界に誇れるような街になって貰いたいと願う。小池さん、頑張ってください。

(取材・文/赤井 邦彦)

この記事のコメント(新着順)3件

  1. “とにかくミーティングの数が多かった〜ことは遅々として進まず、という状況も”
    内容によっては予算に掛かる議会調整や土地周辺の利用可否の見通しなど、はっきりと言明できない事案ばかりだったからです。公にもできませんし。(いま現在も見通しの立っていない面は多い)

    “東京にフォーミュラEを持って来たいという東京都”
    まさに一体誰が?
    オリパラ開催は5年の歳月にコロナの都合、数兆円を持ち出しただけで終わり、終了後に組織委の贈収賄事件と行政が派手にアクションすることはやりにくい。小池知事にある種、分野別のこのようなジャンルのプラン案があるわけがなく、内部からの突き上げで案であることは間違いない。エコエネルギーのPR色で知事を引き立てようというアイデアなんだろうが、先の周辺土地整備の問題や都予算や経済効果に見合うイベントなのか、都民・国民として疑問は多い。なにより東京ビッグサイトや周辺土地の制限に難色ありの声も都庁内部から伝え漏れて聞く。
    公道カーレースとして、与党自民党の動きはないようであるし、エネルギー的には設備含めてCOS排出むしろ増えるという背景もあり、本当にエコ活動と言えるのか?など内容に見合った結果が獲得できるのか疑問点は多い。
    プランに都民の賛同やコンセンサスはなんら得られていない。
    とにかく2020東京大会の結末と同じようにならないことを祈るばかり・・

  2. フォーミュラEの最大の問題はバッテリーサプライヤが1社独占(今期までマクラーレン、来季のGEN3からウィリアムズ)なので市販車へのフィードバックの恩恵が殆ど無い(と推測される)事では無いでしょうか
    正直BMS含むバッテリーのレギュレーションはまだまだ時期早々では無いかと。
    昨季はBMWとアウディ、今季をもってメルセデスが撤退なのがその理由でないかと思うのです、F1みたくレース自体で利益、宣伝効果が出る訳では無いですし。

  3. フォーミュラEは(昨今のEV人気にも関わらず)思うように人気が出ず、参戦メーカーの撤退も相次いでいるというのが現状です。東京での開催がgen3シャシーの導入とともにFE人気の後押しになると嬉しいですね。

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この記事の著者


					赤井 邦彦

赤井 邦彦

1951年生まれ。1977年から続けるF1グランプリの取材を通して世界中を旅し、様々な文化に出会う。若い頃は世界が無限に思えたが、経験を積んだいま世界も非常に狭く感じる。若い人は世界へ飛び出し、勉強や仕事だけでなく無駄な時間を過ごして来て欲しいと思う。その時には無駄だと思っても、それは決して無駄ではないことが分かるはず。 2014年、フォーミュラE誕生に伴って取材を始め、約5年間同シリーズをつぶさに見てきた。その結果、フォーミュラEの価値は大いに認めるが、当初の環境保護、持続可能性といった理念から少し距離が出来たように感じている。こうした、レースそのものよりも取り巻く状況に目を向けることが出来た取材は貴重だった。

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