EV-GP第4戦が開かれた袖ケ浦フォレストレースウェイで、ヒョンデの高性能EV「IONIQ 5 N」7台によるメディア対抗レースが開催されました。単純にスピードを競うのではなく、好電費もポイントになるという「ファンレース」に新たな可能性を感じました。
買ったままの状態でレースを戦えるIONIQ 5 N
袖ケ浦フォレストレースウェイ(千葉県袖ケ浦市)で全日本EV-GP第4戦(関連記事)が開催された6月28日(土)は、サーキットで一日中電気自動車を楽しめる「オールEVデー」となったのですが、そのイベントのひとつとして行われたのが、モータージャーナリストがイコールコンディションで競う「IONIQ 5 N(アイオニック5N)メディア対抗ファンレース」でした。
IONIQ 5 Nは、SUVタイプのEVであるIONIQ 5にメーカーがチューンを施したハイパフォーマンスカーです。「N」は、開発拠点になった南陽(Namyang)テストコースと耐久評価を行ったドイツのサーキット、ニュルブルクリンク(Nürburgring)から取られていて、「カスタムしなくてもそのままサーキットを本気で走行できる」というコンセプトで開発されています。実際、EV-GPに参戦しているIONIQ 5 Nの数台は、数レースごとにタイヤを交換する程度で、ほぼ「買ったまま」、「納車されたまま」の状態でレースを戦っています。
ベースとなったIONIQ 5の最高出力239kW(AWD)に対して、5 Nは478kWと大幅にパワーアップ。専用サスペンションや専用ブレーキなど高性能パーツで足回りを強化しています。ボディサイズも全長と全幅が伸びて、スプリング変更で全高はダウン。見た目はそっくりですが、パフォーマンスの点では別の車と言っていいでしょう。EV-GPのレギュレーションでも、IONIQ 5はEV-3クラス、5 Nは最高峰のEV-1クラスと別格扱いです。
電費が最終的な順位に直結するユニークなルール
この日のメディア対抗ファンレースには、ヒョンデモビリティジャパンがIONIQ 5 Nを7台用意しました。ハンドルを握ったモータージャーナリストは、抽選で決まった車番の順に、工藤貴宏さん(#1)、西川昇吾さん(#2)、ピストン西沢さん(#3)、吉田由美さん(#4)、菰田潔さん(#5)、塩見智さん(#6)、松田秀士さん(#7)の7人。吉田さんと塩見さんはEVsmartブログ執筆陣にも名を連ねるジャーナリストです。
普通のレースとは一味違う特別ルールが設定されました。レースに消費した電力を順位に反映させてみよう、という試みです。7台ともレース中の電費(kWh/100km)が表示できるようにセットしておいて、ゴール後にそれぞれの数字をポイント化して着順と合算します。詳しい計算法についてはちょっと聞いただけでは理解できませんでしたが、要するに、速く走っても電費が悪ければ成績はダウンして、逆に先行を許しても好電費なら上位進出の可能性があるという仕組みです。
ペースカーとともに1周した後でローリングスタート。さすがモータージャーナリストのみなさん、かなりのハイペースで周回します。序盤から見応えのあるトップ争いが演じられました。ベストラップは塩見さんが9周目に出した1分19秒368。これは、EV-GP第4戦の予選でも5番目に匹敵する好タイムでした。
全長約2.4kmのサーキットを18周したレースで、優勝したのは西川さんでした。表彰式では「楽しくレースができて、IONIQ 5 Nの可能性が見えました。もっとこの車に注目してもらいたいですね」とコメントしていました。
【レース結果】
優勝:西川昇吾さん
2位:塩見智さん
3位:ピストン西沢さん
西川さんは最初にゴールして、電費を反映させても1位だったのですが、2位以下は、特別ルールによって順位が入れ替わるという、ファンレースらしい結果になりました。
サーキット到着までの充電状況も順位に影響

菰田潔さん。
トップに次いで約1秒差でゴールしたものの、特別ルールで4位になった菰田さんにお話を聞きました。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会長の菰田さんは、タイヤのテストドライバーから転身した自動車評論家。レース経験も豊富で、マツダ デミオEVや三菱 i-MiEV、ホンダ クラリティ FUEL CELL、ジャガー i-PACEなどでEV-GPに参戦したこともあります。スタートダッシュから、一時はトップを走る快走を見せました。
「電池ばかり気にしていても面白くないので、最初にダッシュして、一回はトップを走っておこうと。そうするとどんどん電費が悪くなっちゃうので、少し速度を落として、しばらくは自分のペースを守ってたんです。でも一人で走ってるとやっぱり面白くないんですよね(笑)。先行していた2台にもう一回アタックしたら、ますます電費が落ちてしまいました」
菰田さんによると、各車の電費は60~70kWh/100kmだったそうですが、じつは電費以外にもうひとつ、EVならではの特別ルールが設定されていたそうです。それは最低SOC(充電率)の制限。レース終了時にSOCが20%以上でなければならない、というものでした。
「20%を切るとポイント加算のペナルティがあるので、それを考えながらペースを作っていたんですが、どうやっても足りなくなっちゃった。で、どうせ加算されてしまうなら、もういっちゃえ、と」
モータージャーナリストのみなさんは、約1週間前からIONIQ 5 Nを借りていて、それぞれ自由に試乗。レース日には自宅や公共の充電スポットなどでチャージしてから、サーキットに集合することになっていたそうです。ところが菰田さんは充電するタイミングを逸してしまい、SOCが低い状態でスタートに臨んでしまったのだとか。ちなみにゴール時のSOCは12%だったそうです。そのペナルティも加算されての4位だったんですね。
この日のレースについて、「単純に順位を決めるのではなく、タイムも電費も良く走るというEVらしい楽しみ方の実験でもありました」と説明してくれたのは、ヒョンデモビリティジャパン マーケティングコミュニケーションチームの澤村浩一さんです。

ヒョンデモビリティジャパン マーケティングコミュニケーションチームの澤村浩一さん。
「ネバー・ジャスト・ドライブ(ただ運転するだけじゃない、愉しさを追求する)」というNブランドのスローガンを実現するために、「オーナーさんが愉しめる場を提供していきたいと思っています」と話していました。自動車メーカーが、売りっぱなしにするのではなく、その後の楽しみにまで積極的に関わっていくというのは、ブランド戦略としても有効であるように思えます。
IONIQ 5 Nは「めちゃくちゃ面白い」ハイパフォーマンスEV
菰田さんのIONIQ 5 N評も紹介しておきます。
「完全なスポーツカー、スーパーハイパフォーマンスカーです。そもそもEVはドライバビリティーがいい。どこからでも最大トルクを発揮する。アクセルを踏んだら遅れずについてくる。車のパワーソースとしては理想的なんですよ。そのハイパフォーマンス版なので、難しいことは難しいんですが、使いこなせばめちゃくちゃ面白い。研ぎ澄まされた刃物みたいなものですよね。上手い人ならいい料理ができる。ただ、性能が上がりすぎて、街中で全開になんてできない。そういう車なので、やっぱりサーキットなどで、楽しく走らせる機会を提供することも必要だと思います」

一時はトップを快走した菰田さんのIONIQ 5 N(#5)。
レース終了後には、ジャーナリスト7人で、ファンレースの方法についてディスカッションも行ったそうです。「コストや安全性を考えても、電費を成績に反映させるのはいいアイデアだと思います。ただ、あまり電費に振ってしまうと、目一杯走れないから面白くない。そのバランスをどう取るか、というところですね」(菰田さん)
そのままレースに参戦できることを謳っている高性能マシンでも、実際にサーキットで全開走行させるには、それなりの技術や練習が必要です。タイヤだってあっという間に消耗してしまいますし、高級車のクラッシュなんて目も当てられません。
EV-GPも敷居の低さが魅力のモータースポーツではありますが、もっと気軽にレースを体験してみたい、腕を磨きたいというドライバーは少なくないはず。適度のスポーツ性と公平性を備えた「ファンレース」には、参加型エンターテインメントとしての可能性を感じました。
電費やバッテリー温度、さらにはバッテリー残量のことを常に考えながら走らせるという、EV特有のドライビングテクニックが成績に反映されるのも面白いですよね。より多くの一般オーナーが参加できるようにぜひ定着させてもらいたいですし、IONIQ 5 N以外のEVでも楽しめるような将来の広がりにも期待しています。
取材・文/篠原 知存
コメント