初代から数えてバージョン3.5のGen3 Evo
2024年に10年目のシーズンを迎え、FIAの世界選手権になってからは4年目に入った「FIAフォーミュラE世界選手権」は、2014-17年の「Gen1」、2018-22年の「Gen2」に続いて、現在は第3世代の「Gen3」と呼ばれるマシンを使用しています。
世代ごとの最高出力は、Gen1の200kWがGen2で250kWになり、Gen3で350kWになっています。
出力以上に大きな違いは、回生能力です。
Gen3マシンは前後輪に回生ブレーキを装備し、回収できる電力は前輪250kW、後輪350kWの合計600kWと超強力です。ちなみにGen1の回生能力は150kW、Gen2では250kWでした。
また後輪は油圧ブレーキを廃しています。小さく薄いディスクが付いてはいますが、レース中は使うことができない緊急用です。
そして前後輪に回生ブレーキを装備しているということは、回生のためのジェネレーターを推進用のモーターとして使えば、四輪駆動になるわけです。実際、Gen3マシンが発表された時には、オートスポーツ電子版は最高出力が600kWになると伝えていました。
フォーミュラEでは、2026-27年のシーズン13から、第4世代のGen4マシンを導入することが決まっています。Gen4マシンのスペックはまだ決まっていませんが、日産フォーミュラEチームでパワートレイン開発を担当している西川直志・チーフパワートレインエンジニアは、日産の参戦延長を発表した時に、「四駆化のフルオープンをプッシュしていきたい」という考えを述べました。
会見での言葉を聞きながら、楽しみが増えそうだなと思っていたのですが、4月下旬に新しいニュースが入ってきました。
次のシーズン11(2024〜25年シーズン)から、採用されるフォーミュラEマシン「Gen3 Evo」が、部分的に四駆化されるというのです。シーズン13に導入とみられる「Gen4」への布石と思われますが、意外に早く四駆フォーミュラのレースを見られることになりそうです。
四輪駆動のフォーミュラカー
フォーミュラワン(F-1)では1960年代にロータスやマトラなどが四輪駆動に挑戦したことがあります。でも、成功とはいえない結果でした。そもそも前後輪を機械でつなぐ構造は複雑すぎるし、重量も増えます。
これに対してフォーミュラEの四駆化は、基本的な装備は変わらないので重量が大きく増えるわけでもないし、すでに前輪にジェネレーターを搭載しているため物理的な構造が今以上に複雑になるわけでもないため、エネルギーの消費量が増える以外は、メリットはあってもデメリットはないと思えます。
むしろ四輪駆動は、電動の良さを最大限に引き出すシステムではないでしょうか。
四輪駆動になるGen3 Evoの最高出力がどのくらいの数字になるのか、FIAのニュースリリースは明記していませんが、現在の後輪モーターの350kW(アタックモード中)に加えて、前輪の回生力250kWが推進力になるとすると、合計600kWになります。
Gen3の時にはそうした考え方だったので、間違っていないように思います。
ただし、四輪駆動モードを使えるのは、予選のデュエル(1対1のタイムアタック)と、レーススタート時、それにアタックモードの間だけです。
それでも、レース中に2回使うことが義務付けられているアタックモードでは、これまでの出力50kWアップが250kWアップになります。現状では、レコードラインからはずれたアクティベーションゾーンを通るためデメリットが大きかったアタックモードの使い方が、大きく変わるかもしれません。
0-100km/h加速が1.86秒!
最高出力は大きく上がっていますが、使える範囲が限定的なので、ニュースリリースによれば、パフォーマンスの向上幅は約2%だそうです。
ただ、0-100km/h加速は1.86秒と発表されています。Gen3は2.8秒だったので、1秒近く短縮されています。33%の加速力アップです。めちゃくちゃ早くなっています。
最高速度は200mph、約321.9km/hで、Gen3の280km/hから約15%速くなりました。
これにより、例えばモナコでは予選ラップが約2秒速くなるそうです。
ちなみに、今年(2024年)4月27日に開催されたモナコE-Prixの予選の最速ラップはジャガー・レーシングのミッチ・エバンスで、1分29秒725でした。エバンスは決勝で、優勝を飾っています。
ここから2秒早くなると1分27秒台になります。なおレース中のベストラップは最終周に出ていて、1分31秒052のマセラティレーシング、ユアン・ダルバラでした。
雨のF1モナコGPよりちょっと早いかもしれない
さらにちなみにですが、2023年シーズンのフォーミュラワン(F1)モナコGPでは、ポールポジションを取ったレッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペンのラップタイムは1分11秒365でした。
ただ、この年のモナコは途中で雨が降ってきてレースが混乱しました。雨中のラップタイムは、優勝したフェルスタッペンでも1分40秒〜43秒台まで落ちています。
そう考えると、雨のモナコでのF1よりは、フォーミュラEの方がちょっと速そうです。
それに、F1はドライに特化したスリックタイヤ、かたやフォーミュラEは全天候タイヤでタイヤ幅も大きく違うことなどを考えると、条件によっては思いのほか差が縮まっているのかもしれません。
だとしたら、フォーミュラEの速度が遅いというのは必ずしも当たらない批評ではないでしょうか。フォーミュラEが遅いと言うのなら、雨のモナコのF1も遅くてつまらん、という話になってしまうわけで、まあ、ちょっと屁理屈も入っていますが、ものは見方で違ってくるということかなと思うのです。
持続可能性を目指しながらのレース
ところでフォーミュラEというカテゴリーの最大の特徴は、持続可能性を前面に押し出していることです。単に速くなればいいというものでもありません。だからタイヤの本数も1レース8本に制限されています。
FIAのニュースリリースでも、Gen3 Evoの特徴として持続可能性に関することを数多く挙げています。
例えば、Gen3 Evoでは生産時フットプリントの最小化を図っています。炭素の排出については、ネット・ゼロを達成したとしています。
バッテリーは、持続可能で、かつ倫理的な採掘基準を設定し、原材料の鉱物資源を供給するサプライヤーを選定しているそうです。中古バッテリーのセカンドライフにも配慮しているとしています。
シャシーには、リサイクルカーボンファイバーや、麻などの天然素材を採用しているようです。
Gen3 Evoで実現した持続可能性の向上について、FIAのモハメド・ビン・スライエム会長は、「競争力のあるレースを実現しながら、持続可能なモータースポーツの限界限界を押し広げるという共通の認識を実現するために懸命に取り組んでくれた、FIAとフォーミュラEの両チームに感謝したい」と述べています。
さて、四輪駆動化したフォーミュラEはどんな走りを見せてくれるのでしょうか。
実のところ、ここまでパフォーマンスが上がると現状の市街地の狭いコースでは厳しいのではないかとも思えるのですが、街中で開催するというコンセプトはこのまま維持してほしいし、ちょっと悩ましい部分はあります。
それとは別に、雨が降れば四輪駆動のパフォーマンスはさらに上がります。雨でも晴れでも大きな差が出ないとしたら、それはそれで興味がわきます。
四輪駆動化という変化を含めて、始まって10年が過ぎたフォーミュラEがこれからどういう方向に進んでいくのか、楽しみがますます広がるのです。
文/木野 龍逸