フォーミュラE「東京 E-Prix」検証【01】「成功だった」日本初の公道国際EVレース

電気自動車の「F1」とも呼ばれるフォーミュラE世界選手権が日本で初めて開催されました。「Tokyo E-Prix」について、EVメディアとして複数の視点からのレポートをお届けします。まずは、長年F1を取材してきたジャーナリスト、赤井邦彦氏による総括です。

フォーミュラE「東京 E-Prix」報告【01】「成功だった」日本初の公道国際EVレース

電気自動車レースは面白いのか?

快晴の3月30日、土曜日、東京・有明のビッグサイト周辺を巡る特設コースで我が国初の公道レースが行われた。電動レースカー、フォーミュラE(FE)による「東京 E-Prix」だ。ビッグサイトの広大な駐車場と公道の一部を使用して作られた1周2.585kmの特設コースで22台のFEが覇を競った。

今回の東京e-Prix、注目すべき観点はいくつかあったが、中でも最も関心を集めたのはやはりEV(電気自動車)によるレースであるいうことだろう。EVは環境に優しい乗り物であり、故に街中でもレースが可能という論点に立つと、FEは正義の味方のような気がしてくるから不思議だ。

では、EVはレースでどういう走りをするのか? EVレースなんか見たことがないという人がほとんどだから、そうした疑問は多かった。スピードは出るのか、音の迫力は? など、知らないことが多ければ、興味は膨らんでくる。情報によれば、ガソリン車と違って走行中にパワー(電力)の出し方を調整し、巧みに走りを変化させることができる。その結果、レースでは抜きつ抜かれつの混戦模様が展開され、観客は大いに楽しめるというものだ。そのレースがついに日本で開催されたのだ。

ペーパーナプキンに描いた夢

当日のレポートの前に、私自身、シーズン1から取材してきたFE誕生の昔話を少し。実はFEレースが生まれたきっかけは、FIA元会長のジャン・トッドと元FEH(フォーミュラEホールディングス)会長のアレッハンドロ・アギャグがレストランのペーパーナプキンにアイデアを書き留めたこと。そのとき、アギャグの頭の中にあったのは自動車レースの未来像。それが、動力が電気のフォーミュラカーによるレースだった。

FIAもF1グランプリとは異なった角度の世界視点のレースを模索しており、アギャグとトッドの思惑が見事に一致、ペーパーナプキンに描いた夢が現実になった。こうしてFEは誕生し、アギャグがFEHを設立、トッドが初年度からFIAチャンピオンシップのタイトルを与え、いよいよ新時代のモータースポーツの幕が開いた。2014年のことだ。

アギャグはイベントをプロモートするのが専門だからどこまで考えていたか知らないが、FEレースの開催はEVの技術開発に大いに貢献するという結果を生んだ。FEマシンを構成する主要技術はモーター、バッテリーといった電動自動車にとって要のテクノロジー。市販EVがぶつかっている最も厚い壁がバッテリーであり、その重量や容量がこれから先のEVの生命線になるのだが、FEではこれらの主容技術の開発が急テンポで、市販EVへの技術供与は既に始まっている。つまり、かつてガソリンエンジン車技術がレースで培われたように、FEは走る電気自動車研究室の呈を成していると言えるのだ。

日産GEN2(前世代)マシンのステアリング。モニターや様々な制御機能が集約されている。

さて、そうした技術を詰め込んだ電動マシンが走るFEレースが始まると、驚いたことに初年度から各国による誘致合戦が始まった。我が国で開催したい、我が街に来て欲しい。それは、FEレースがEVという環境に優しい自動車が主役であるというキャスティングに目を付けた国や自治体が、自分たちの環境への取り組みを世界に向けて発信したいという気持ちの表れだった。

世界各地から誘致合戦の中で東京開催が実現

その潮流は以後ずっと継続され、いまや10年目に突入している。このFE誘致合戦に長い間日本は乗り遅れた。と言うより、環境問題に対する意識の低さがこんなところにも表れたと言うべきだろう。FEH側としては、開催地に東京という大都市を加えたくて秋波を送り続けてきたのだが……。

しかし、日本でのFEレース開催を望んできた関係者もいる。長くなるので詳細は割愛するが、彼らはFEスタート時点から誘致活動に動き、各国のレースに足を運んで視察し、国内ではいくつもの自治体にFEレースの魅力を説いて回った。

その努力がやっと実り、開催地はFEHの希望通り東京だった。このイベントの実現は、東京が国に先駆けて進めるゼロエミッション構想(2050年に世界のCO2排出料の実質ゼロに貢献)の実現に向けてのプログラムと見事に合致したからでもある。東京を「クリーンな都市に」という構想には、CO2排出ゼロのEVが主役のフォーミュラEレースは最適のアンバサダーとなり得るからだ。世界の状況に日本の(東京の)実情を加味し、日本の他の都市に先駆けて世界の潮流に乗る施策を実現できるのは、さすが東京である。

決勝スタート前には、小池東京都知事はもちろん、岸田首相も駆け付けて「東京の中を未来の夢が猛スピードで駆け抜けます」と祝辞を述べた。

東京E-Prix〜まずは「実現できた」ことに感動した

では、ここからは開催された東京E-Prixを具体的に振り返ってみよう。まず総括的な感想を述べると「よく実現できた」と、驚きと共に感動している。

一番大きな問題は開催場所の決定とコース設定だろうが、東京都内で何カ所かあった候補地から有明を選んだのは正解だった。ビッグサイトの広大な駐車場を効率よく使用でき、長い直線路をその駐車場に設定したのは良いアイデアだ。周辺の公道の使用が最小限に抑えられ、公道閉鎖で生じる交通の妨げが少なくて済む。

ただ、ドライバーから、設定されたコースの幅がやや狭すぎたという注文が多かった。追い抜きが難しく、これはレースの醍醐味を削いだように思われる。第2回の開催に向けての課題だろう。

ビッグサイトの駐車場をパドックに使用した点や観客スタンドの設置は上手くできており、レース関係者や訪れた観客の反応も良かった。

一方、メディアの視点では、同じ週末に開催された東京都のイベント「E-Tokyo Festival 2024」とFEが、より密接であって欲しかった。というのは、東京都が推し進める環境対応社会に向けて都民に興味を抱かせるイベントであるE-Tokyo Festivalが、FEレースと一緒に楽しむための工夫が少し足りないように感じたからだ。自動車メーカーがEVの展示などを行っていたが、レース観戦と併せてイベントを覗きに行くファンの数は決して多くなかったように感じた。

子供向けのワークショップや電動カート試乗などは整理券がすぐに終了となる盛況だったようだが、パブリックビューイングなど、FEが用意した「ファンビレッジ」と重複するコーナーもあるのが気になった。

もちろん、レースを観戦するほどではないものの、モビリティ電動化に興味を抱くファミリーなど幅広い層の参加を促すといった目的は成功していたように思うし、東京でFEを開催した意義に通じる。次回以降、さらにFEとの絡みを工夫して、より魅力的な「東京大会」になることを期待したい。

そもそも今回のFEレース開催は、既にそこまで来ているEVの一般的な普及の後押しと、それを中心に据えて誰もが意識する環境問題への取り組みの可視化を非常に分かりやすく提供してくれたと思っている。

開催前は反対意見や批判的なコメントが飛び交った東京E-Prixだが、終わってみればそうした否定的な意見はすっかり影を潜めた。会場で聞いた観客や関係者の声も、肯定的なものが非常に多かった。ただ願わくば、誰もが受動的に今回のイベントを捉えるのではなく、より能動的に参加して欲しいと思った。すでに3年契約が交わされている東京E-Prix。2年目の来年にはより多くの関心が集まることを期待しよう。

取材・文/赤井 邦彦

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					赤井 邦彦

赤井 邦彦

1951年生まれ。1977年から続けるF1グランプリの取材を通して世界中を旅し、様々な文化に出会う。若い頃は世界が無限に思えたが、経験を積んだいま世界も非常に狭く感じる。若い人は世界へ飛び出し、勉強や仕事だけでなく無駄な時間を過ごして来て欲しいと思う。その時には無駄だと思っても、それは決して無駄ではないことが分かるはず。 2014年、フォーミュラE誕生に伴って取材を始め、約5年間同シリーズをつぶさに見てきた。その結果、フォーミュラEの価値は大いに認めるが、当初の環境保護、持続可能性といった理念から少し距離が出来たように感じている。こうした、レースそのものよりも取り巻く状況に目を向けることが出来た取材は貴重だった。

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