商用とプライベートを想定した4グレード展開
N-VAN e:は、ガソリン商用車のN-VANを電気自動車(BEV)にしたクルマです。ビジネス用に割り切った2グレードとプライベート使いも考慮された2グレードの計4グレードが用意されています。
バッテリーやモーターの搭載が必要なBEV化にあたっても、N-VANと同じ車内空間を維持しています。ドライバーのみ1人乗りの「e: G」、ドライバーとその後に前後で並ぶ2人乗りの「e: L2」のビジネス用の2グレード(新車オンラインストア「Honda ON」限定タイプ)に至っては、助手席やリヤシート(e: L2は左後席)も取り払われていて、荷室空間が拡大しています。
ビジネス用2グレードの最大積載量は、軽商用車のスタンダードな350kgですが、「e: L4」と「e: FUN」の2グレードは300kgです。
4グレードともにバッテリーは29.6kWh、モーターの最大トルクも162Nmで共通ですが、最大出力はe: Gとe: L2は53ps、e: L4とe: FUNは64psという差があります。車重にも最大80kgの開きがありますが、一充電走行距離(WLTC)は245kmで変わりません。ガソリン車のN-VANにはAWDもありますが、N-VAN e:はFWDのみです。
この大きなバッテリーと200km超の一充電走行距離が他の軽商用BEVにはないN-VAN e:の大きな強みです。最大50kWの急速充電が可能なことも同車の特徴の一つですが、標準装備なのはe: FUNのみで、他の3グレードはメーカーオプションになるので、注意が必要です。
グレード | 急速充電 | 最大積載量 | 車重 | 価格 |
---|---|---|---|---|
e: G | オプション | 350kg | 1060kg | 243万9800円 |
e: L2 | 1080kg | 254万9800円 | ||
e: L4 | 300kg | 1130kg | 269万9400円 | |
e: FUN | 標準装備 | 1140kg | 291万9400円 |
電気かどうかは顔ですぐに見分けられる
今回試乗したのはプライベートユースも想定して4名乗車も可能な「e: L4」グレード。メーカーオプション(11万円※税込)の急速充電ポートも搭載したモデルです。ボディサイズは全長3395mm、全幅1475mm、全高1960mm。サイドとリヤはボディパネルに3本の波が入ったガソリン車と共通のデザインで電気か否かを見分けるのが難しいですが、フロントを見ればグリルに充電口があること、バンパーデザインが異なり、ナンバープレートがオフセットしているガソリンと、中央にある電気という違いがあり、すぐに判別できます。
インテリアデザインはガソリン車から大きく変わっています。ステアリングホイールは3本スポークから2本になり、スイッチのデザインも変更されています。メーターもアナログから7インチのディスプレイになり様々な情報を確認しやすいのですが、BEVでは肝心なSOCがパーセントではなく、12分割のブロック表示になっているのが残念です。
シフト操作はガソリンではレバー式でしたが、BEVはスイッチ式になりました。上からP、R、N、D(B)で並びは変わりません。その下にパワーウインドースイッチがドアパネルから移されています(ワンタッチ開閉機能はありません)。
同時にドアミラーの角度調節と格納スイッチもインパネ右下に移され、これによりドアのスイッチはなくなり、ハーネス分のコストダウンにも繋がっているはずです。
エアコンの操作スイッチは、独立タイプからセンターディスプレイの下に連続するデザインに変更されました。これらのデザイン変更によりガソリン仕様ではシフトレバー越しに操作が必要だったハザードスイッチが、BEVでは左手をステアリングホイールからインパネに伸ばした場所にあるので、ハザードの使用頻度が高いプロドライバーは助かるポイントだと思います。
助手席と後席は簡単な操作で畳むことができます。外したヘッドレストは、N-VANの場合は助手席のドアパネルや荷室サイドにベルトで固定する方式でしたが、N-VAN e:はフロントシートの背もたれに収納できるようになっています。これはとても手軽でN-VANオーナーが羨むポイントだと思います。
後席の窓がポップアップ式で開閉できるのはe: FUNだけで、他のグレードは固定式です。リヤシートのヘッドレストがあるのもe: FUNだけです。
全高が1960mmもありますので、筆者実測で頭上には運転席で27cm(実測値はcmで表記します)、後席で約29cmと相当な余裕があります。後席に座りドライビングポジションを決めた運転席と膝の間は約6.5cmでした。
助手席と後席は畳んでフラットにできることが売りなので、リクライニングもスライドもしません。
「イチイチ」のパレットが積めない(プロユース目線)
筆者は軽バンでの配送を副業としていたことがあり、N-VANのライバルであるダイハツ『ハイゼットカーゴ』を所有しています。世代としては一つ前になるモデルで、ターボエンジン、4速トルコンATのRWDを新車で手に入れました。
購入したのがちょうどマイナーチェンジのタイミングで、ダイハツの安全装備「スマートアシストIII」がハイゼットに初搭載され、それまでの軽商用車には夢のような自動ブレーキや車線逸脱警報、AHB(オートハイビーム)など、とても安心できる機能があり、満足できる買い物でした。ACC(アダプティブクルーズコントロール)は装備されていなかったので、自分で後付けのクルーズコントロールを取り付けました。
一応ホンダディーラーにも、当時まだかろうじて販売されていた『アクティ』の試乗に行きました。私のハイゼットが「平成」だとすると、アクティは「昭和」という印象で、安全装備はABSとエアバッグくらい。NAエンジンと3速ATで街乗りでもギヤ比が低すぎて、これで高速に乗ったら相当なメカニカルノイズだろうなとすぐに想像できました。
そんな私の心を読んだ営業マンが「今のホンダの軽はこんなに進化していますよ」というのをアピールすべく、私が希望した訳でもないのに、N-BOXのターボエンジン車にも試乗させてくれました。それは間違いなく「令和」の乗り物でした。
そしてハイゼットが納車されて半年後に、なんとホンダからN-BOX ベースの商用車であるN-VANが発売されました。長距離ドライブに重宝するACC(アダプティブクルーズコントロール)も設定があり羨ましかったです。
発売がもう半年早ければN-VANを買っていたのにと思い、まじまじと写真を見ていると、張り出したリヤタイヤハウスにより荷室幅が狭められているのを発見しました。その寸法は「95cm程度」だと付き合いのあるホンダディーラーが教えてくれました。
これでは「イチイチのパレットが積めない」と思いました。「イチイチ」とは「JIS Z 0601」というJIS規格で、大きさは1100mm x 1100mm x 114mmの荷物用パレットで、物流業界での通称が「イチイチ」です。
私はハイゼットで宅配ではなく、「この荷物を今日中に名古屋へ」や「明朝までに大阪へ」というような長距離の単発(スポット)案件をメインに請けていました(ACCを重視するのはこのためです)。イチイチパレットをフォークリフトで積みおろしをするケースもあります。
もしN-VANに乗っていても事前に「イチイチパレットを積む」と分かっていれば、その案件を断念することもできますが、スポットは納品までの時間が迫っている場合が多く、とりあえず積地に向かって欲しいという要望もあります。いざ現場に着いて「すみません、これは積めません」だと万事休すな訳です。
と言っても、イチイチパレットを載せる案件は頻繁にあるわけではなく、今回の主役であるN-VAN e: は宅配がメインの用途なので、イチイチパレットとはほぼ無縁だとは思います。
ではなぜこの話をしたのか。その理由は、私のハイゼットの荷室を見たある宅配専門ドライバーに「この出っ張りが邪魔になることありませんか?」と言われたことがあるからです。「この出っ張り」とは荷室の両サイドにある小物入れのことです。これが無い仕様と比較して荷室幅が片側8cmほど犠牲になるため、そのドライバーの言う通りこの形状により、例えば他のハイゼットやスズキ『エブリイ』には横並びに5個入るダンボールが4個しか入らないというような場面がありました。
同じこと、つまりハイゼットには横並びで4〜5個入るが、N-VANやN-VAN e:には3個しか入らないという場面が発生し得ます。さらにはこの構造により1段目はピッタリだけど、2段目はダンボールの横にデッドスペースになる隙間ができてしまうことも起こり得ます。つまり荷室は余計な出っ張りがなく、限りなくスクエアな形状が理想です。
さらに彼は、宅配は一回でなるべく多くの荷物を積みたい、途中で営業所に戻ってくる時間がもったいない、とも言っていました。ネットショッピングによる荷物の増加で、様々な形のダンボールをテトリスのように積む必要があります。荷室に出っ張りがあるとそれを邪魔してしまいます。
乗用のN-BOXをベースにし、おそらくここまでの商用用途を考えていなかったため、こういう形の荷室になったのではと想像しますが、次のモデルチェンジではスクエアな荷室を実現してもらえると、より多くのドライバーに選ばれる1台になると思います。
快適に寝られる大人は一人(プライベートユース目線)
ここからはプライベートユースの車中泊でN-VAN e:やN-VANを活用する場合を想定した視点です。N-VAN e:は助手席を収納すると左側に長さ2645mmものフラットな床面を確保できます。その一方、運転席は助手席のような格納はできないため、右リヤのスペースの長さは1495mmです。フロントにエンジンを積んだN-VANをベースにしているためこれが限界です。
その一方、エンジンをフロントシートの下に配置し、乗員をより前に座らせているハイゼットは、後席を畳めば長さ1915〜1950mmの空間が広がります。寝袋や簡易的なマットレスを敷いて、大人が足を伸ばして休む場合、N-VAN e:は一人、ハイゼットは二人分のスペースを取ることができます。
また、N-VAN e:とN-VANの助手席と後席は、床面とフラットな収納を実現するために運転席よりもクッション性が劣るので、長時間の移動は体が辛くなる可能性があります。これはもちろん開発段階から分かっていて、あえてこうしていると思います。以上のことからビジネスユースでもプライベートユースでもN-VAN e:とN-VANは一人乗りをベースに考えるのが良いのではないかと思った次第です。
もちろん、運転席の座面の高さまで床面を上げるキットを取り付ければ、二人でゆったりできるスペースを確保できます、もしくは助手席にクッションを置いて長時間座れるようにする、という対処も可能です。また、万が一の衝突安全性を考えた場合は、クラッシャブルゾーンになるエンジンルームがあるN-VAN e:とN-VANの方が、安全性が高いことも事実です。
ふんわり発進、踏むとじゃじゃ馬
ここからはN-VAN e:を走らせた印象のレポートです。DでもBレンジでもクリープがあり、ブレーキペダルを離すとゆっくり走り出すので、ガソリン車からも違和感なく乗り換えられます。ワンペダルモードはありませんので、停車時はブレーキを踏む必要があります。
アクセル踏み始めのパワーの出方は緩やかな制御になっています。そのまま加速していくと、ちょうど車両接近通報装置の音が消える25km/hくらいからは、アクセル操作にリニアな加速を見せます。それはシフトのDボタンを押してBレンジにしても一緒でした。ただし最大トルクはN-VANターボエンジンの約1.5倍にもなるので、登り坂道や濡れた路面でラフにアクセルを開けると、簡単にホイールスピンを起こすほどのじゃじゃ馬ぶりです。
市街地走行程度の速度からDレンジでアクセルを離すとほんのわずかに回生ブレーキがかかっている感じがします。Bレンジでは、よりはっきりと回生ブレーキがかかりますが、極端に強くなる訳ではありません。それでも減速時はそれまで踏んでいるアクセル量を一旦半分にして離すという右足の動きをすると、かっくん回生ブレーキにならず荷崩れを防止できます。
ブレーキペダルの操作性も良く、ブレーキを抜きながら減速することで、滑らかな停車が可能です。ただ、発進・停車の多い宅配ドライバーのことを考えるとワンペダルで完全な「0G停車」を実現しているテスラのようなブレーキ特性がベストだと思います。
旋回性能の高さには驚きました。自宅近くの下り坂にある直角右コーナーではハイゼットの場合、減速しても「こてん」と倒れるのではないかというくらいに大きくロールします。しかしN-VAN e:は減速せずとも何事もないように曲がっていってしまうのです。ロール量はハイゼットの1/3という感じで、一切横転しそうな不安はありません。これが床下に重いバッテリーを積むBEVの利点です。
そんなN-VAN e:は、ガソリンモデル比で約200kg重くなった車体を支える足回りのためか乗り心地は良いとは思いませんでした。スラロームの動きをするとロールしていることが分かります。しかし段差では足が伸び縮みして凹凸を処理する感じはなく、割とショックをドタドタとそのまま伝えてきます。ただ高速道路では路面のうねりを1バウンドでふわっといなす一面もありました。
N-VAN e:はエンジンが無いので、上り坂で苦しげに唸るエンジン音もありません。しかし商用ベースで静粛性は二の次とされたのでしょう。タイヤはヨコハマ・ブルーアースバンを履いているため、劇的に静かというほどではありませんでした。
実際に車内の音量を携帯アプリで測ってみると62dB、停車中は35dBほどですので、それなりの音が発生していることが分かります。とはいえ同じ坂道でハイゼットは70dBでしたから、ガソリン車よりは静か、かつストレスレベルが明確に低いことは間違いありません。
乗用軽EVの本命はN-ONEのBEV
N-VAN e:は、基本的には一人乗りの短距離配送用の電気自動車だと捉えた方がいいと思います。趣味にも使えますが、電費が悪いので高速を頻繁に使う方や一気に200km超をドライブしたいという方にはガソリンのN-VANを選ぶのが安心でしょう(N-VAN e:の電費検証結果も後日報告します)。
ではホンダに乗用軽EVを期待する人はどうすればいいのでしょうか。その答えは来年発売予定のN-ONEベースのBEVが解決してくれるはず。エンジンモデルの全高1545mmを踏襲して登場すれば、日産『サクラ』(全高1655mm)が入れない立駐へも入庫できるのでシティユースにピッタリです。
さらにN-ONEベースのBEVの登場は、これまでサクラと三菱『ekクロスEV』だけだった軽乗用EV市場に強力なライバルが現れることになります。N-ONE BEVもN-VAN e:と同じ29.6kWhのバッテリーを搭載するのであれば(N-ONEのホイールベースはN-VAN e:と同じ2520mmです)、一充電走行距離300km超が実現できるのではないかと期待しています。
また、先日のジャパンモビリティショービズウィーク2024でダイハツの担当者から「近いうちにハイゼットのBEVを発表する」との発言もあったので、軽商用車EVも盛り上がってきます。
日本の自動車販売台数の4割は軽自動車です、そこにN-VAN e:が加わりました。来年さらにハイゼットやN-ONEのBEVも加わったら、ビジネスユースでも家庭のセカンドカー需要としても「軽はEVが当たり前」という雰囲気が拡がっていくのではないでしょうか。どんなスペックでどんな仕上がりのクルマになっているのか、今から登場が楽しみです。
Honda N-VAN e: スペック
グレード | 急速充電 | 最大積載量 | 車重 | 価格 |
---|---|---|---|---|
e: G | オプション | 350kg | 1060kg | 243万9800円 |
e: L2 | 1080kg | 254万9800円 | ||
e: L4 | 300kg | 1130kg | 269万9400円 | |
e: FUN | 標準装備 | 1140kg | 291万9400円 |
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取材・文/烏山 大輔