自動車メーカーが本気で作ったスポーツカー
ヒョンデIONIQ 5 N(アイオニック5 N)を千葉県にある袖ヶ浦フォレストレースウェイで試乗した。とにかく痛感したのは、これは「自動車メーカーが本気で作ったスポーツEVだ」ということだ。
市販車のブランドとして日本でヒョンデの人気は高くない。しかし世界に目を向けるとここ数年は3位~5位の販売台数を維持する人気と地位を獲得している。ここまでの人気を維持するためには、デザインがいい、性能がいい、価格が安いといったなにか1つの魅力があればよいというものではなく、総合的に高い評価を受けなければ不可能だ。
ヒョンデはそうした総合的な魅力をもつクルマを開発、製造できる自動車メーカーに成長している。そして、そこまで成長した自動車メーカーが本気を出して、EVにスポーツ性を注ぎ込んだのがアイオニック5 Nだと私は感じた。
スペックの概要を確認しておこう。アイオニック5 Nは前後にモーターを搭載する4WDの駆動方式を採用している。フロントモーターは175kW/370Nm、リヤモーターは303kW/400Nmでリヤモーターのほうが高い出力を持つ。
バッテリーは84kWhのリチウムイオン。サスペンションはフロントがストラット、リヤがマルチリンク。ボディサイズは全長×全幅×全高が4715×1940×1625(mm)、ホイールベースは3000mm、車両重量は2トンを超え2210kgである。
サーキット走行でボディ剛性の高さを実感
まずサーキットの本コースを試乗した。袖ヶ浦フォレストレースウェイは10のコーナーと400mのメインストレートをもつテクニカルなコース。全日本EV-GP選手権の開催も行われているので、ご存じの方も多いだろう。試乗は自由に行ったわけではなく、ペースカーの先導によるものであったが、こちらのペースを考えつつしっかり速度を上げてくれたので、思い切った試乗が行えた。
ノーマルモードでピットアウトして、まずは慣熟走行を1周という走り出しだったが、ノーマルモードでも十分に速い。アクセルペダルに対するレスポンスがよく、すんなりと加速していくフィールだ。EVなので本来はエキゾーストノートはないのだが、アイオニック5 Nはギミックでエキゾーストノートが車内外に響き渡る設定。その音は重厚でパワフルなものだ。
何よりも気になったのが2トンをオーバーしている車重である。2トンオーバーのクルマをサーキットでフルブレーキングするというのはなかなかのチャレンジである。しかも、袖ヶ浦の裏ストレートは下り坂なのでそれなりの速度が出る。次のコーナーへの進入ではあまり速度を落とす必要はないのだが、まずは130km/h程度からフルブレーキングを試してみた。どんな感じでブレーキが効くのかを確かめておきたいからだ。
減速感はかなりよく、しっかりと速度が下がる。ブレーキのパフォーマンス不足は感じない。ICE車ではフットブレーキがメインでエンジンブレーキによる減速度も出るが、EVの場合は回生ブレーキがかなり大きな減速度を出すことが安定感のあるブレーキのパフォーマンスを生み出している印象だった。アイオニック5 Nでは0.6Gまでは回生ブレーキのみでも対応できるという。今後、バッテリーの重量が軽くなればさらに減速性能は増すことになる。
走行中ステアリングスポークの「N」ボタンを押してスポーツモードとすると、車内に響く音がさらにパワフルなものになる。さらにもう一度「N」ボタンを押すとNモードと呼ばれるよりエキサイティングなモードに移行する。
Nモードではパドル操作による疑似マニュアルシフトが可能となる。この疑似マニュアルシフト状態で加速していくと、疑似エンジン回転設定のレッドゾーン(7750rpm)に入ったところでエンジン車のように回転リミッターが作動して「ブブブッ」という感じの音がして速度が上がらなくなる。ここではキッチリとシフトアップが必要だ。
Nモードで走行中にコーナー進入時にしっかりとフロントに荷重を移動させてからステアリングを切り込むとリヤが気持よく滑り出す。カウンターを当て気味にしてアクセルを踏み込んでやれば姿勢は安定する。4WDでフロントにも駆動が掛かっているのでスピンモードとはなりにくい。こうした状況のときにフロントの駆動力がさらに強まるようなセッティングになると、アクセルを踏んで安定させることができる……などと思いながらサーキット走行を楽しんだ。
アイオニック5 Nのパワーパフォーマンスを最大に引き出すために用意されているのがステアリングスポーク右側に用意されている赤い「N Grin Boost」ボタンである。アイオニック5 Nは通常のシステム出力が448kW(609ps)だが、この「N Grin Boost」ボタンを押すことで478kW(650ps)に上昇する。ただし、「N Grin Boost」が作動するのは10秒だけである。
最終コーナーを立ち上がりストレートに入った瞬間にスイッチを押すと、今まで鳴り響いていたエキゾーストノートがぴたりと止まり、トルクアップしたモーターによる異次元の加速が始まる。1コーナー手前で170km/h程度。試乗会なので無理はせず早めにブレーキングする。ここでもブレーキの効きはバツグンによかった。
サーキットの試乗ではボディ剛性の高さを強く感じた。コーナリング中はもちろん、ストレート走行、そしてフルブレーキングの際もボディがしっかりとしている印象を受ける。サーキット走行ではネガティブな部分を一切感じずにドライビングを楽しめた。
ドリフトやローンチコントロールの走りも痛快
ついで用意されたのはドリフト体験。アイオニック5 Nには「Nドリフトオプティマイザー」という走行モードがあり、ドリフトコントロールしやすい設定となる。パドック内に設定された特設コースはパイロンが2カ所設けてあり、円旋回と8の字旋回ができるようになっていた。コースは散水が行われウエットとなっている。ステアリングを切り込んでアクセルを踏み込むを簡単にテールが流れ出す。さすがに一気にトルクが掛かるので、ていねいにアクセルコントロールが必要だが、それができればドリフトモードに持っていくことはむずかしくない。あとはステアリングコントロールとアクセルコントロールを連携させて、横滑りをコントロールできればドリフトを維持できる。
また、アイオニック5 Nにはローンチコントロールといって、アクセルとブレーキの両方のペダルを踏み込んだ状態でスタンバイし、ブレーキを離した瞬間にフル加速でスタートする機能が用意されている。ローンチコントロールは本来ICE車でエンジン回転を上昇させた状態でスタンバイすることを目的としたもの。EVはモーターの動き出しから最大トルクを発生するのでスタート時にアクセルを踏み込めばいいだけだからあまり意味はないともいえるが、たとえば、ポルシェタイカンもこの機能を備えている。楽しさという面でポルシェに匹敵する「仕掛け」を取り入れていることに感心した。
一般道での乗り味はとても快適
クローズドコースでのドライビングを楽しんだあとに短い時間ながら、郊外路と高速道路のドライブも行った。3mのホイールベースを持つアイオニック5Nは直進性が高く、高速道路の移動などはじつに快適だ。重心高が低いことや車重が重いことも、どっしりとした余裕のある走りとなって実感できる。
ただし、高速道路ではじつに快適なのだが、郊外路でちょっと路面が荒れている場合はピッチングが目立つのを感じた。これはスポーツドライビングに重きを置いた足まわりのセッティングの影響だが、サーキットでのパフォーマンスを考慮すれば、これは十分に受け入れられるレベルといえる。
EVはたしかにビッグトルクのモーターと大容量バッテリーを組み合わせれば、加速がよく最高速も速いクルマを作れる。しかし、クルマとしての操る楽しさはそう簡単に作れるものではない。アイオニック5 Nの走りはWRC参戦などのモータースポーツ活動をキッチリやりながら、思い入れのあるクルマ作り、意欲的なEV開発を行ってきたヒョンデだからこその成果だと思う。正直、脱帽レベルのできのよさであった。
取材・文/諸星 陽一
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