EVは「走る蓄電池」!
「走る蓄電池」という言葉は、EVsmartブログの読者にとってはお馴染みかもしれません。この言葉はいち早く国内でEVを量産、普及させた日産自動車も使っている言葉であり、EVの本質を分かりやすく表しています。
国内で広く普及しているEVの急速充電規格である「CHAdeMO」は、規格が誕生した当初から外部給電機能に対応していたことが大きな特徴です。そのため、国内では多くの車両が自宅などに給電するV2H(Vehicle to Home)機能、そしてイベントや災害時など屋外で給電するV2L(Vehicle to Load)機能に対応。これらの機能は、10年以上前に発売された日産リーフや三菱アイミーブにも搭載されているのです。
加えて、一部の車種ではアウトドアや車内での作業で活用できるAC100Vコンセントを装備、いつでもどこでも電気が使える「走る蓄電池」として、多くのEVオーナーに重宝されています。
一方で、CHAdeMOを標準の充電規格とする国内に対し、海外では多くの国でCCS規格(コンボと呼ばれ、北米などでCCS1、欧州ではCCS2というプラグ形状が異なる規格になっています)やNACS(テスラ)規格を採用しています。
これらの規格では策定当初は外部給電に正式対応しておらず(ハードウェアとしては物理的に対応できるものの、通信プロトコルが未策定)、近年まで対応車種は限られていました。これは米国をはじめ世界でEVの販売をけん引しているテスラも同様で、同社で初めて自社設計されたモデルS/X、そして最新のモデル3/Yにも(USBやシガーソケットを除き)外部給電機能は搭載されていなかったのです。
外部給電に関する用語
ここまでV2HやV2Lに触れましたが、外部給電には他にも多くの機能があります。本題に入る前に代表的な用語を整理しておきましょう。
【V2H/Vehicle to Home】
V2Hは主に「車両から住宅」への給電を指す言葉で、国内では急速充電規格であるCHAdeMOを使ったDC(直流)接続方式が最も普及しています。車両(電池)の出力はDCですが、一般的な住宅ではAC(交流)が使われているため、DCからACに変換するための外部機器を設置する必要があります。代表的な製品として、ニチコン社から「EVパワー・ステーション」などが発売されています。
【V2B/Vehicle to Building】
V2Bは機能的にはV2Hと同じですが、住宅ではなく事務所や商業施設など「車両からビル」への供給を指す言葉です。
【V2L/Vehicle to Load】
V2Lは屋外などで「車両から電気製品などの負荷(Load)」に直接給電する機能です。CHAdeMOの場合はV2Hと同様に充電口に持ち運び可能な外部機器(ニチコンの「パワー・ムーバー」など)を接続することで、AC100Vが使えるようになります。また、近年は車内にAC100Vコンセントを装備したり、普通充電口(J1772)からアダプターを介してAC100Vを取り出せる車両も増加しています。
【V2V/Vehicle to Vehicle】
V2Vは「車両から車両」、即ち別のEVを充電する機能です。多くの場合V2Lのコンセントに普通充電器を接続し、電欠した車両を救援するために使用するものです。
【V2X/Vehicle to Everything】
V2XはV2H、V2B、V2L、V2Vなどの外部給電機能をまとめた言葉で、海外では双方向充電(Bidirectional Charge)とも呼ばれています。
これらの用語を頭の片隅に入れておくことで、テスラのパワーシェア機能をより正確に理解できるでしょう。
パワーシェアは多機能な外部給電機能
それでは、今回テスラがサイバートラックで採用したパワーシェアは、どのような機能なのでしょうか。公式サイトを見ると、大きく「Home Backup」と「Outlets」の2つの機能に分かれていて、これはそれぞれ「V2HとV2B」、そして「V2LとV2V」にあたる機能です。
【Home Backup】
まずV2HとV2Bにあたる「Home Backup」についてはその名の通り自宅などに給電する機能で、充電に使うNACSポートから米国の一般家庭で標準的なAC240V(単相3線で120V+120Vとして使用可能)の電源を出力します。使用例を見ると「停電時に約3日分の電力を供給可能」とされ、最大で11.5kWを連続で出力できるとしています。日本の多くの一般家庭では最大6kW程度の契約なので、かなり余裕をもった出力と言えるでしょう。
サイバートラックの電池容量は公式発表されていませんが、規制当局への申請資料などより約122kWhと予想されています。平均的な一般家庭の使用量は1日あたり20kWh~30kWh程度とされているので、変換ロスを考慮しても「約3日分」という表記は妥当と言えそうです。
もう一つ重要な点は、同社の蓄電池であるパワーウォール(Powerwall)と普通充電器のウォールコネクター(Wall Connector)を所有していれば、追加の機器や工事は不要という点です。必要な機器を最初から車両に搭載することで、外部機器の設置が必要だったCHAdeMOに対し、導入費用の大幅な削減が期待できるでしょう。
さて、もしここで「最初から車両に搭載しても、その分車両の価格が高くなったら意味がないのでは?」という疑問を持ったのなら、とても鋭い洞察力をお持ちです。パワーシェア機能の特徴の一つとして、DCからACの変換に専用の機器は使わず、従来の車載充電器を流用している点があります。従来の車載充電器ではACからDCの変換にのみ対応していたものの、コストを抑えながらDCからACの変換にも対応させたのです。(実は従来のモデル3などの車載充電器でも、回路基板の簡単な設計変更でDCからACへの変換に対応できることが、分解調査により判明していました)
なお、「Home Backup」機能を使うにはウォールコネクターの設置が必要ですが、パワーウォールの設置は必須ではなく、ゲートウェイ(Tesla Gateway、パワーウォールに付属)と呼ばれる停電時に電力網との接続を遮断するための装置でも代替可能です。また、一部の電力会社を使っている場合、さらに安価で取り付けが容易なバックアップスイッチ(Backup Switch)も使用できるとしています。これらの方法を使うことで、CHAdeMOのV2Hのような専用機器が必要になる規格と比べ、より安価に導入できる可能性があります。
【Outlets】
次にV2LとV2Vにあたる「Outlets」は車載コンセントのことで、AC120Vコンセントが4つ(車内と荷台に2つずつ)、そしてAC240Vコンセントが1つ(荷台に)標準で搭載されています。容量は車内と荷台の120Vがそれぞれ最大20A(4.8kW)ずつ、荷台の240Vが最大40A(9.6kW)、全てのコンセント合計で最大9.6kWを連続で出力できるとしています。
使用例を見ると仕事(電動工具)の「Work」、アウトドアなどの「Play」、他のEVの救援を想定した「Share」が掲載されていて、代表的な使用方法はほぼ網羅されているように見えます。他のEVを救援する際はACによる普通充電ではあるものの、最大9.6kW(現実的には7~8kW程度)で充電可能。一般的なEVであれば30分程度で約20km走行分を充電できる計算であり、多くの場合、周辺の充電器までたどり着けるでしょう。
パワーシェアの弱点とは?
テスラのパワーシェアではV2Hに初期費用を削減できるAC方式を採用していますが、当然ながら完ぺきな方式ではなく、弱点もあります。
最大の弱点は既存の車両ではACを出力できないため、物理的に対応できない点です。これはテスラが得意とするソフトウェアのアップデートだけでは対応できず、いわゆる「レトロフィット」で部品を交換する必要があることを意味しています。もしDC方式にも対応すれば(CHAdeMOと同様に外部機器が必要になりますが)、既存の車両でもソフトウェアのアップデートだけでV2Hに対応できる可能性が高いため、今後の発表に期待したいところです。
もう一点、AC方式の弱点として効率の悪さが挙げられます。例えば太陽光やパワーウォール(蓄電池)から充電したり、逆にパワーウォールに給電する場合には一度DCからACに変換し、再度DCに戻すことになります。変換には必ず損失が伴うため、効率の悪化につながります。CHAdeMO規格を採用した一部のV2H製品ではすべてDCで接続し、効率を高めている製品もあります。テスラのパワーシェアの場合はシステム全体のコストパフォーマンスを考慮してAC方式を選択した可能性もありますが、この点も今後の進化に期待したいと思います。
ところで、実はAC方式を採用しているのはテスラのNACS規格だけではありません。CCS規格ではまだ正式にV2Hに対応していないものの、メーカーが独自に対応している車種が複数発売されています。このうちAC方式のV2H対応車種を発売しているフォードやリビアンなどはCCSからNACSへの移行を表明しており、これらの車種との互換性の維持もテスラがAC方式を採用した理由の一つかもしれません。
パワーシェアから読み解くテスラの電力事業
日ごろからテスラの情報に耳を傾けている方であれば、同社が世界各地で電力事業を立ち上げてVPP(仮想発電所)を拡大していることをご存じでしょう。VPPは各家庭や事務所に設置された小さな蓄電池をインターネット経由で接続して協調制御することで、一つの大きな発電所(電源)として活用するものです。
その重要な役割として、出力の変動が大きい再エネの安定化と拡大が期待されていて、これは「世界の持続可能なエネルギーへの移行を加速させること」を理念として掲げる同社がVPPを拡大する理由でもあります。
一部では「VPPはあくまで机上の空論」や「理想論」という指摘もありますが、世界各地の実証実験より一定の成果が確認されています。例えば米テキサス州では売買電の差額収入により、1年で$1,000(約14万円)以上の利益を得られたという事例が報告され、VPPが経済的に実行可能であることを示しています。規模としては、2023年9月時点でカリフォルニア州全体で合計116MWhに到達。さらに豪サウスオーストラリア州では7,000世帯、プエルトリコでは世界最大級となる合計75,000台が参加する大規模なVPPの構築が進められています。
そしてVPPの実証実験は、決して海外だけではありません。既に日本でも国内最大のVPPとして、沖縄県宮古島市で運用が始まっています。
さて、勘の良い方なら既にお気づきかもしれません。実はこのVPPで使われているパワーウォールは、理論上、テスラ車を使ったパワーシェアでも代替可能なのです。公式としては明言していませんが、同社のパワーシェア機能は将来的に他の車種にも展開されるとみられています。
国内では、個人が所有している車は「平均して約9割の時間を駐車場で過ごしている」という調査結果があります。この間に電力の調整役として活用することで収入が得られるようになる(そして持続可能なクリーンエネルギーが当たり前となる)未来も、すぐそこまで迫っているのかもしれません。
追伸:本記事の執筆中に、NACS規格が米標準化団体であるSAEから正式に「J3400」として認証されたというニュースが入ってきました。外部給電に対応したうえで正式に北米標準規格として採用されたNACS。日本国内を含め、今後の展開にも目が離せませんね。
文/八重さくら
・テスラの外部給電機能(V2X)
・テスラのVPP(仮想発電所)
と二つの別な情報量が多すぎな記事な気がします。前者は停電、アウトドアでの利用可能というエコとは無関係で緊急時に利用可能という記事。後者はエコ効果を記者の思いが詰まった記事。
いくつかの学術論文で効果があること上げてますが、現在の地点ではVPPの効果に疑念を感じます。
・EVユーザの使い勝手の悪さなどが数値がされたものなのでしょうか。VPPによって緊急時に自宅充電がフルであるとは限らずトラブルが発生してないか、その他緊急充電時のトラブルなどいわゆるEVの弱点。
・ユーザーのエコ意識から太陽光の発電時間を意識して夜間のEVの使用に躊躇してしてないか(グーグルでちゃんと数値がわからなかったのですがアメリカの太陽光での発電割合が約15%、それ以外の再エネ15%くらいか)。
・学術論文での効果はEVのみの数値であるのか。結局、自宅に蓄電池をおかないとVPPの効果は薄いと思います。蓄電池と再エネの割合が高くなればVPPの二酸化炭素排出削減の効果は高くなると思います。
Home Buckupは基本的に停電時の放電機能のみなんですか?
ニチコンのパワーステーションのように常時接続して、太陽光の余剰時は充電を、不足時は放電を切り替えながらの運用はできなそうですね。
パワーステーションのように家庭系統電源の最上流に接続してコントロールする訳ではないので。
チャデモで一般的なニチコンのパワーステーションとは似て非なるものですね。
まあ、車側だけではできることが限られますからね。