現時点で具現されたプレミアムEVの「正解」例
2024年4月に日本でも発売されたテスラ『モデル3』のパフォーマンスグレードに初めて試乗しました。モデル3には、搭載するバッテリーサイズが約54kWhの「RWD(スタンダードレンジ)」、約75kWhの「ロングレンジ」がラインナップされていました。「初代」のモデル3が日本で納車開始されたのは2019年9月(関連記事)のこと。2023年には開発コードネームから「ハイランド」と呼ばれる「新型」モデル3のRWDとロングレンジが日本でもデビュー。そこから約半年遅れて、最上級の「パフォーマンス」グレードが追加されたという経緯です。
テスラでは従来の自動車業界で常識的な「モデルチェンジ」というワードは使っていません。また、各グレードのバッテリー容量も正式には非公開です。とはいえ、エクステリアデザインも一新されたハイランドは事実上のフルモデルチェンジといっていいでしょう。新型モデル3のパフォーマンスのバッテリー容量はロングレンジと同じ約75kWhと推定。ハイランドとなったRWDやロングレンジも素晴らしいEVですが、今回じっくり試乗してみて、新型モデル3パフォーマンス(以下、モデル3P)がロングレンジなどと比べてもさらに完成度を高めたプレミアムEVであることを実感できました。
「いいクルマ」という評価には、多種多様な評価軸があり、それぞれの命題に対する「正解」もひとつではないと思います。でも、モデル3パフォーマンスが実現している性能や機能には、随所で「これがひとつの正解」であると体感できたということです。
モデル3/グレード別スペック比較
スタンダードレンジ | ロングレンジ | パフォーマンス | |
---|---|---|---|
全長×全幅×全高(mm) | 4720×1850×1441 | ← | 4724×1850×1431 |
重量 | 1765kg | 1825kg | 1850kg |
バッテリー容量 ※推定 | 約54kWh | 約75kWh | 約75kWh |
航続距離 | 573km | 706km | 610km |
駆動方式 | RWD | デュアルモーターAWD | デュアルモーターAWD |
0-100km/h加速 | 6.1秒 | 4.4秒 | 3.1秒 |
急速充電性能 | 最大170kW | 最大250kW | 最大250kW |
車両価格 ※2024年12月30日現在 | 5,313,000円 | 6,219,000円 | 7,259,000円 |
CEV補助金 | 65万円 | 85万円 | 85万円 |
ワインディングをヒラリヒラリと駆け上る安心感
私は一般的なドライバーの感覚や知識しか持ち合わせておらず、詳細なメカニズムにまで踏み込んだ評論はできません。でも、箱根ターンパイクのワインディングを駆け上って強烈に実感できたのが、思いのままにクルマを操ってコーナーをクリアしていける気持ち良さでした。言葉にすると、まさに「ヒラリヒラリ」という感じ。
モデル3Pは、フロント「235/35/R20」リア「275/30/R20」と太いサイズのピレリ P ZERO という高性能タイヤを履いており、パフォーマンス専用に仕上げられたアダプティブサスペンションシステムなどを装備。新型のリアモーターを採用するなど、前後2モーターのパワートレインはシステム最大出力460馬力(約338kW)、最大トルク723Nmを発揮して、0-100km/h加速を3.1秒で駆け抜ける性能を与えられています。
箱根ターンパイクは高速道路ではないし、私のテクニックではモデル3Pの性能をフルに発揮したアタックなんてできないですが、次々と現れるコーナーを思いのままにコントロールしながらクリアしていける感覚が爽快。高性能タイアが路面をしっかり捉えてくれていると実感できることに加えて、アクセルペダルの微妙な調整がスムーズにクルマの挙動に繋がっていることで、とても安心感の高いドライビングができました。車体の剛性感は抜群で、専用シートのホールド性が高く、自分の運転が上手くなったかと感じるほどでした。
スマホアプリの使い勝手が「正解」
以下、1泊2日の試乗でモデル3パフォーマンス、そしてテスラ車が「正解」と感じたポイントを列挙してみます。まず、モデル3Pが実現していた自動車としての「走りの気持ちよさ」が最重要の正解だったわけですが、実際にモデル3Pに乗り込む前から感嘆したのが、スマホアプリの使い勝手のよさでした。
私はテスラ車オーナーではないですが、見積もりなどのためテスラのアカウントはもっていてテスラアプリはスマホにインストール済みです。今回、テスラから広報車をお借りすることになり、貸出の前日、私のアカウントと車両を紐付けていただくことで、アプリ画面にモデル3Pが出現しました。これで、スマホを持ってクルマに近付くだけでロックが解除されたり、シートに座ってブレーキペダルを踏むだけでシステムがオンになるといった、テスラ車ならではの便利機能をフル活用できます。私のスマホはiPhone12で超広帯域無線通信規格(UWB)に対応しているので、スマホをもってモデル3Pの後方に立つだけで自動的にリアハッチがオープンする機能を使うこともできました。
他社のEVやエンジン車でも専用のスマホアプリが用意されているのはもう珍しいことではありません。でも、サクサク動く、豊富で便利な機能といった点で、テスラアプリがひとつの「正解」を示してくれていると感じます。
ディスプレイの機能や使いやすさ
モデル3にはステアリング前のメーターパネルさえもなく、車両とのコミュニケーションのほとんどをセンターディスプレイで行います。この塩梅が、なんといっても使いやすくてユーザーフレンドリーです。車速をセンターディスプレイのみで表示するEV車種はほかにもありますが、視線移動が気になることも……。モデル3の場合、ドライバーの視点で自然に目に入りやすい配置になっているのが秀逸です。
ディスプレイの表示項目や機能はOTAでアップデートされて、購入後も次々と新たな機能を使えるようになるのはテスラ車の大きな魅力になっています。完全自動運転実現に向けてカメラで認識した周囲の交通状況を描き出す画面も、最近のアップデートでほぼ全画面に大きく表示できるようになっています。前方の信号や歩行者の動き、肉眼では死角になっている位置の車両まで映し出す能力は、見ていて楽しくなっちゃうくらいです。
物理スイッチの有無や配置、回生ブレーキへの考え方など、たとえばヒョンデはテスラとは違う「正解」を追求してたりしてますが、今までの自動車の概念を超えた魅力的なEVという観点で、テスラは世界の自動車メーカーを置き去りに独走していると感じます。
EVフレンドリーなコミュニケーション
モデル3、そしてテスラ車は最初からテスラならではのEVとして開発されています。エンジン車の呪縛からは完全に解き放たれて、EVならではの機能やドライバーとのコミュニケーションを実現しているのです。象徴的なのが、ナビでルート設定すると高低差などを考慮して、正確なバッテリー残量予測を提示してくれる画面です。
この写真は、東京を出発して箱根ターンパイク手前の小田原PAでアジフライ定食の朝食休憩を取った際のグラフです。巡航速度を上げすぎたりすると残量予想のグレーの線を下回ることもありますが、今回はほぼ予測通りに推移していることがわかります。
ちなみに、ディスプレイのさまざまな機能やアプリは、好みに応じてホーム画面下に出しておくことができるので、私の場合、テスラ車に乗るとこの「エネルギー」アイコン(緑色のグラフが描かれたアイコン)を真っ先にピックアップするようにしています。
回生ブレーキの強度は基本的にクルマにお任せ
一点だけ「そうなのかぁ」と少し残念に感じたのが、回生ブレーキの強度をこまめに調整できないことでした。モデル3Pの最新アプリでは、サーキット専用の「トラックモード」の設定の中で、0〜100%の選択バーがあるだけで、一般道の走行時は基本的には車両にお任せになるとのこと。
個人的に、とくにワインディングの下りではエンジン車のシフトのように回生の強度を切り替えて、コースティングからエンジンブレーキを強く効かせるような走りまでコントロールするのが大好きなので、ちょっと物足りなさを感じました。とはいえ、実際に下りワインディングを試走すると、車速や勾配に合わせて回生ブレーキの強度を微妙に調整してくれていることも実感。これはこれでひとつの「正解」ではあるのかなと感じた次第です。
スーパーチャージャー網がますます拡充
テスラの最大の魅力ともいえるのが、独自に拡充を進めている専用の急速充電設備である「スーパーチャージャー」ネットワークです。2014年に日本国内初のスーパーチャージャーが開設されてから先だって10周年を迎え、今では122カ所に620基(2024年10月現在)のスーパーチャージャーが設置されています。
2024年には、遠州森町(静岡県)や東京-下丸子(大田区)に「V4」と呼ばれる新世代の機種が登場。テスラ車は専用のアダプターによってCHAdeMO規格の急速充電器を利用することもできますが、自宅など拠点に基礎充電設備があるオーナーであれば、CHAdeMO規格の公共充電インフラはほとんど使うことなく日常的なEVライフを楽しむことができるといっていい環境(地域によってまだ濃淡はあるものの)ができあがってきています。
急速充電はEVの重要な性能であるということも、ことに日本の自動車メーカーの開発者にも理解してほしいと思うテスラ車の魅力です。
テスラが具現するEV前提のマルチパスウェイ
たとえば、カール・ベンツがガソリンエンジン車の特許を取得したのは1886年。BMWの名車といわれる「2002」が発表されたのは半世紀以上前の1968年です。欧州車は長い年月を掛けて伝説を積み重ね、自動車文化の伝統とブランドを築き上げ、日本の自動車メーカーはそれを追いかけてきました。一方で、テスラがモデル3を発売したのは2017年。最初の量産市販車であるモデルS発売でも2012年と、ほんの10年ほど前の出来事に過ぎません。
とはいえ、今回の試乗で印象的だったのは、モデル3Pが確実に「EV伝説」の1ページを飾る名車であり、本格的な量産開始から10年を経たテスラが、EVならではの伝統を築き始めているという感覚でした。
今回、本来は高速道路などでの使用が前提となっているオートパイロットを「自動車専用道路だし、ほかにクルマもいないから」と自分に言い訳しつつターンパイクで少しだけ試してみました。すると、ワインディングの上りをスイスイと自動走行(ステアリングに手は添えてますが)。きついコーナーの手前ではしっかり減速までしてくれることに驚きました。日本では自動運転を前提にしたFSDの機能にも制限が多いのが現状ではあるものの、着実な進化を体感することができたのです。
日本ではエンジン車を軸にした「マルチパスウェイ」が広く支持されているようですが、テスラは太陽光発電や蓄電池を組み合わせたエネルギーのマルチパスウェイに向けて突き進んでいます。また、完全自動運転の実現に向けた前進を続けており、先だって発表されたロボタクシーが数年後にはアメリカなどの街を走り回っていることでしょう。タクシーなどの公共交通で完全自動運転が実現されても、マイカーには駆け抜ける歓びを求める方は多いはず。モデル3Pは「ドライビングプレジャーと自動運転のマルチパスウェイ」を予感させてくれるEVだったと評しておきたいと思います。
2025年はもう目の前。テスラが独走するEV伝説に食い込む日本製のEVが登場することに期待しています。
今年の記事はこれにて打ち止め。新年は1月4日からとなります。みなさま、良いお年をお迎えください。
取材・文/寄本 好則