EV150万台分のバッテリー工場を新設
2022年に約137万台の電気自動車(EV)を生産し好調な業績を維持しているテスラ社は、2023年1月24日に新たな生産設備への投資を発表しました。テスラ社は2030年までに年間2000万台のEVを生産するという壮大な目標を掲げていて、これを達成するために必要なバッテリーの供給力を強化するのが狙いです。
追加投資は36億ドル(1ドル130円で約4700億円)で、年間100GWhの4680セルを生産できる工場と、電気トラック『セミ』の初めての量産工場を、ネバダ州に建設します。これによる新規雇用は3000人になると、テスラ社は発表しています。
なお発表によれば、100GWhは小型EV、約150万台分を賄うことができるバッテリー容量とされています。1台当たり70kWh弱を想定しているので、『モデル3』のスタンダードレンジとロングレンジの間くらいでしょうか。
新設する工場の建設開始時期や稼働時期は明らかではありませんが、すでに稼働しているギガファクトリー・ネバダの経緯を考えると、4680の生産技術が確立していれば2~3年で試験生産に入ると思われます。
2014年にネバダ州に始めてギガファクトリーを建設
追加投資の発表とともに、テスラ社は市場リサーチなどを手がける「Applied Analysis」による投資の影響評価書「Gigafactory NevadaーEconomic and Fiscal Impact Analysis 2022」(PDF開きます/以下、Impact Analysis 2022)を公表しています。
※記事中写真はこの資料より引用。
このリポートに、これまでのネバダ州での投資状況や、ギガファクトリー・ネバダに関する興味深い内容が含まれていたので、ちょっと紹介したいと思います。
テスラ社は2014年にネバダ州と、規定の設備投資額や新規雇用、平均時給などを満たすことなどを条件に税金のインセンティブを受ける協定を締結しました。報道によれば、当時のブライアン・サンドバル知事は、20年間で12億5000万ドルの税制優遇措置を約束したそうです。
これを受けてテスラ社は、カリフォルニア州との州境に近いネバダ州の北西に位置するスパークスに、アメリカ国内で初めてのバッテリー工場「ギガファクトリー・ネバダ」を建設しました。工場の稼働開始は2016年でした。
ギガファクトリー・ネバダへの初期投資は35億ドルで、生産可能なバッテリーセルは年間35GWhを計画していました。テスラ社によれば、年間50万台のEVが製造できる容量です。また工場建設と稼働のため、6500人のフルタイム従業員を新規雇用する予定でした。
フルタイム従業員の平均時給は約5500円
ところがその後の投資額は、当初計画を大きく超えました。「Impact Analysis 2022」によれば、2014年から2022年までの投資総額は62億ドル(約8060億円)になり、ギガファクトリーの面積は540万平方フィート(約50万1700m2)まで広がりました。
よく例に出されるものの、いまひとつピンとこない例えですが、東京ドームが10個以上収まる面積です。
新規雇用も当初予定を大きく超えて、1万521人が採用されたそうです。このうち90%以上がネバダ州在住者です。
加えて、ネバダ州との協定では平均時給を22ドル以上にすることになっていましたが、現在は42.35ドルになっているそうです。5500円くらいですね。
世界初の大量生産システムを導入してT型フォードを作ったフォード社では、車の価格を下げるだけでなく、従業員からの強い要求に応じて給料を上げたため、多くの人が車を買えるようになりました。生産者が購買力のある消費者になり、生産がさらに拡大するという近代資本主義の流れを作り上げたと言われています。
昨年、テスラ社では人員削減の代わりに給与の引き下げがあるという報道もありましたが、それでもギガファクトリー・ネバダの給与を見ると、フォードのことを思い出さずにはいられません。その近代資本主義が現代の問題を引き起こすことになるのですが、それはまた別の機会に。
そしてテスラ社のネバダ州での設備投資は、2022年までの62億ドルに今回の36億ドルが加わることで、総額98億ドルになります。約1兆2800億円です。
これまでに360万個のドライブユニットを生産
テスラ社の発表によれば、ギガファクトリー・ネバダが稼働後、2022年までに、以下の実績を上げています。
バッテリーセル 73億個(年平均37GWh以上)
バッテリーパック 150万個
ドライブユニット 360万個
エネルギーモジュール 100万個(合計1400万KW以上)
ギガファクトリー・ネバダでは、バッテリーのセルを生産し、冷却管を組み込んでパックにする工程までを手がけています。
この他、モーターを組み込んだドライブユニットの組み立てもしています。組み立てたバッテリーパックとドライブユニットは、カリフォルニア州フリーモントの工場に運び、完成車に組み付けます。垂直統合を進めることでコストダウンできるのはもちろんですが、輸送にかかるエネルギー消費も抑制できていると考えられます。
なお『モデルY』や『サイバートラック』を生産することになるテキサス州オースチンのギガファクトリーでも、同じように垂直統合が進んでいます。EV化で垂直統合から水平分業になるという見方もありますが、テスラ社はバッテリー原材料の精錬まで手がけようとしていて、これもまた、タイヤのゴム生産を自社でやろうとしてブラジルで農園開発を進めたフォード社の垂直統合と重なるものがあります。
https://www.thehenryford.org/collections-and-research/digital-resources/popular-topics/brazilian-rubber-plantations
テスラの冷却管はヴァレオ製
歴史の話になってしまったので、話を戻します。
ギガファクトリー・ネバダの垂直統合に関連して、「Impact Analysis 2022」にサプライチェーンについての少し詳しい記載がありました。
ギガファクトリー・ネバダの特徴のひとつは、サプライチェーンを担う企業の工場も同じ場所に設置していることです。
「Impact Analysis 2022」によればギガファクトリー・ネバダのサプライチェーンに加わっているのは、バッテリーセルの封止材を製造する「H&T NEVADA」、バッテリーセル生産をする「Panasonic Energy of North America(PENA)」、それにバッテリーの冷却管を製造する「ヴァレオ」の3社です。
このうち、バッテリーの冷却管製造を担うヴァレオは、フォルクスワーゲンの『ID』シリーズなどの冷却システムも開発、生産しています。「CES2023」では、数年後に実用化することを目指す次世代のバッテリー冷却システムを展示していました。
テスラ車の冷却管は、セルを包み込むように配置されている、中にクーラントを流す細い管が何本も通っている薄い金属板のことではないかと思います。YOUTUBEで数多くのEVを分解、分析している『Munro Live』でもテスラ車のバッテリーを解体しているので、見たことがある方もいると思います。
CES2023で少し話を聞いたヴァレオの技術者は、テスラの冷却システムのこともよく知っていて、コストがかかるが円筒形のセルを冷却するのにはとても効率が良い、という話をしていました。
余談ですが、ヴァレオは2022年7月に、シーメンスとの合弁会社『Valeo Siemens eAutomotive』の株式を100%取得し自社のパワートレインシステム事業に統合しました。これにより電動パワートレインのシステム、モーター、インバーター、車載充電器に関する低圧、高圧のソリューションを全て手の内に入れました。すでに市販車への採用も始まっています。
https://www.valeo.com/en/valeo-integrates-100-of-valeo-siemens-eautomotives-share-capital-into-its-powertrain-systems-business-creating-an-electric-mobility-champion/
バッテリー管理のキモになる冷却系だけでなく、パワーユニットまで手がけるヴァレオは、今後のEV産業で重要な役割を果たしそうです。
テスラ社が地域社会を作る
再び閑話休題。
テスラ社に話を戻すと、ネバダ州への影響は経済にとどまらず、PENAとともに小中高から大学、職業訓練まで幅広い教育支援を行うなど、コミュニティー全体に大きな影響があると、「Impact Analysis 2022」では評価しています。
現実には工場での差別問題など、規模が大きい故と思われる問題も少しずつ表面化していますが、地域社会との広範で密接な関係は長期的に、会社経営には好影響があると考えるのが自然ではないでしょうか。
2014年からのネバダ州とテスラ社の関係性は、少なくとも筆者が想像していたよりはるかに深いことがわかりました。表面的な設備投資額に現れない影響がこれからどう、地域を変えていくのか。あるいは、地域がテスラ社を変えていくのか。
21世紀に現れたプレーヤーから、ますます目が離せなくなりそうです。
文/木野 龍逸