とてつもない目標にむけた土台作り
イーロン・マスクは2020年のツイートで、「2030年までに年間2000万台を生産する」と述べています。
That’s total market, not all Tesla. We do see Tesla reaching 20M vehicles/year probably before 2030, but that requires consistently excellent execution.
— Elon Musk (@elonmusk) September 28, 2020
去年、世界で最も多くの自動車を生産したのはトヨタ自動車で、1049万5548台。次いでドイツVWグループが888万台でした。2020年も両社合わせて2000万台弱といったところです。この数字から、テスラがいかに高い目標を掲げたのかお分かりいただけると思います。2021年に93万台しか生産していない会社がどのようにして20倍の生産台数に到達するのでしょう。
まずは生産規模の拡大です。マスク氏によると今後数年間は安定して50%ずつ生産台数を増やしていけるそうです。つまり今年は150万台、翌年以降は225万台、338万台、506万台、760万台と増えていき、2027年頃から少し伸び率が落ちてきて2030年に2000万台に到達するイメージだと思います。
現在フル稼働している工場はフリーモントと上海で、ベルリンおよびテキサスの工場も今年から操業を開始したため、今年の150万台という目標は問題なく達成できそうです。2023年はベルリンとテキサスがフル稼働し、上海工場の増築も完了すると予想されるため、225万台も現実的な数字です。
2024年は上海工場の増築部分もフル稼働に達し、北米にもう一つギガファクトリーが誕生し(テネシーやノースカロライナあたり?)、テキサス工場も増築されると私は見ています。というのも、あれだけ広大な土地をまだほんの一部しか利用していないからです。
新しいテキサス工場で何を作るのかというと、決算発表でもアナウンスされたロボタクシーだと私は思います。発表では「2024年中にロボタクシーの量産を達成予定」といっているため、遅くとも翌2025年には大量生産の目処がついて、その年は170万台ぐらいを世に出すのではないでしょうか。
2030年に2000万台もモデルS、3、X、Y、サイバートラックのような高級車が売れるのかと言われると疑問ですが2000万台の内訳の半分以上を安価なロボタクシーで構成するなら十分にありえるでしょう。
冒頭でも述べたようにフリーキャッシュフローが22億ドルもあるため、既存の工場の知見を生かして、次の工場はもっと速く、もっと効率的に建設し、毎年50%ずつ成長することは夢物語ではないことが分かります。
不足を補うレジリエンス
さて、ここまでは2000万台に向けて、生産のための工場と車種を見てきましたが、それを安価に、大量に作るための素材が必要です。近年は競合他社もEV増産に向けて資源を確保する動きに出ており、パンデミックによるサプライチェーンの混乱も加わって、一部の素材が異様に高騰しています。
下図はニッケルの価格推移です。
ニッケルはバッテリーの正極材に使われますが、発表によるとテスラでは現在生産台数の50%はニッケルを使用しないLFPバッテリーに切り替えています。LFPは埋蔵量が豊富な鉄を使っているため、取り合いになっても価格が高騰することはありません。そして本来ならニッケルを使ったNMCバッテリーより性能が劣るのですが、テスラは他社より開発が進んでいるため、ユーザーが不自由しない航続距離を実現できています。
リチウムも暴騰をしています。
リチウムイオン電池を作る上で欠かせない素材のため、テスラでは早くから大口の契約を取り付けて他社よりも安く購入できる体制を敷いていましたが、それらの契約もやがて更新時期が近づいてくると価格改定を迫られます。
なぜこれほどまでに価格がつり上がっているかというと、世界のリチウム鉱山の採掘量が圧倒的に不足しているからです。下図の黒線と青い棒グラフの間の三角が不足を表しています。
発表の中で「リチウムの精製には様々な手順や機器が必要で、そこをテスラがサポートをします」とパワトレおよびエネルギーエンジニアリング上級副社長のドリュー・バグリーノ氏が述べています。
この発言こそ、テスラの真価を表していると私は考えます。彼らは「なんでも屋」エンジニアリング集団なので、充電網がなければスーパーチャージャーを作り、大型鋳造機がなければメーカーと協力して開発します。発明されてからあまりアップデートされてこなかったであろう鉱山設備や精製プロセスを飛躍的に進化させるのはお手の物でしょう。足りないリチウムを自ら確保しに行く姿勢を、既存メーカーも真似していただきたいところです。
バグリーノ氏はこうも言っています。「現在、正極材も代替材料を研究しています。市場の動向によって正極材を切り替えることで性能を保ちつつ生産を継続するオプションを確保します」。先程のグラフから、テスラは競合よりも1世代性能が高いことがわかりますが、もし正極材が入手困難になったとしても、少し性能の劣る代替正極材に切り替えて安価に生産を継続することも視野に入れているということでしょう。
素材関連でもう一つ面白いのが、シャシー前後の大型鋳造部品、ギガキャストに必要なアルミニウムも、「いざとなったら解体屋からアロイホイールを集めてきて溶かし、使うこともできる」と言っていたことです。拡張性がないので冗談でしょうけど、使えるものは何でも使って前進するハングリー精神の現れではないでしょうか。
製造工程の最適化
テスラは先日のテキサス工場の開所式、サイバー・ロデオで「工場もテスラの商品の一つだ」と述べています。そこにはEVを速く、安く、環境に優しく生産するためのノウハウが詰まっています。
発表では4680(新型)バッテリーの生産に必要な床面積が従来の5から10分の1で済むと述べていることから、これは間違いなくドライ電極を採用していると思われます(ドライ電極についてはコチラを参照してください)。有機溶剤の乾燥工程もなく、設備も少ないことから大きな節約とスピードアップが図れます。
また、車両エンジニアリング部長のラーズ・モラヴィ氏によると、構造バッテリーに座席を取り付けて、ボディの下から車体と合体させる手法により、組立ラインの作業ステーションが10~15%減ったそうです。ここでもコスト削減とスピードアップをしています。
興味深いのが、テキサス工場では4680バッテリーを生産し、今年の後半には2170(現行)バッテリーを搭載した車両も生産すると言っていることです。ベルリンでは逆に2170バッテリーでスタートし、今年中に4680モデルも生産するとのこと。つまり、どちらの工場でも2170バッテリーは廃止せず、せっかく生産設備があるのだから引き続き作るということです。これからテスラを購入するオーナーとしては新しい4680バッテリーの車が欲しいでしょうから、どう棲み分けをするのか気になりますね。
EVのトップランナーとして
今回の発表で年間2,000万台達成のために、テスラは不足しているものは代用品を使ったり新たに生み出したりして、一流エンジニアを全く畑違いのタスクに投入することも全くいとわない姿勢で、企業理念である「世界の持続可能なエネルギーへの移行を加速する」を愚直に実行していることが分かります。その努力の結果は今年Q1の北米EV販売シェアにあらわれています。
本来なら市場が拡大して有力なライバルが増えることで、相対的にテスラのシェアが低下するはずなのですが……。まだしばらくは先のことになるようです。
この記事を書き終えた5月11日、トヨタが2022年3月期決算説明会を開催し、通期連結業績(2021年4月1日~2022年3月31日)は、営業収益31兆3795億円、営業利益2兆9956億円と過去最高であったことが報告されました。その中で、2022年1〜3月期の営業利益を確認すると、トヨタが4638億円。テスラは36億300万ドルなので、1ドル130円で計算すると約4684億円。円安の影響もあるのでしょうが、四半期の営業利益ではテスラがトヨタを上回りました。時代が変わる足音が聞こえそうな気がします。
(文/池田 篤史)
Core efficiency のグラフを見て驚いたのですが、モデル3SR+はリーフ(おそらくe+)の1.5倍も効率が良いのですね?
効率は普通EPAmpgすなわち電費で比較されると思うのですが、2021年のEPAmpgはモデル3SR+が24kWh/100mile、リーフe+が31kWh/100mileで25〜30%の差になります。
「core efficiency 」を考えた人はEPA航続距離を公称バッテリー容量か何かで割ったのでしょうか?“公称”バッテリー容量が小さければcore efficiency は高くなります。
私は専門家でないので分かりませんが、もしかしたらテスラよりのデータか?と思いました。
Teslaのトヨタとの競争は、2017年に業務提携解消を選択した時点で、決着していたのでしょうね。