ボルボやロータスの親会社でもあるジーリーの純電動ブランド
中国の「ジーリー(Geely/吉利汽車)」が2021年にローンチした「ジーカー(Zeekr/極氪)」ブランドが、いよいよ日本に上陸すると報道されています。
ジーリーは2023年にグループ全体で年間279万台を販売。中国の民営自動車メーカーでは「BYD(比亜迪汽車)」に次ぐ規模を誇ります。ジーリーグループ傘下にはジーリー単独で設立された各ブランドはもちろん、2010年に買収したスウェーデンの「ボルボ」や、2017年に買収したイギリスの「ロータス」といったメーカーも名を連ねています。
近年は欧州メーカーとの提携も積極的に進めています。メルセデスベンツAGの小型車ブランド「スマート」は2020年に再スタートを切り、現在はジーリーが自社のプラットフォームを使って製造する新たなスマート車種が展開されています(関連記事)。また、2024年にはルノー・グループと共同で「ホース・パワートレイン」を設立、こちらは内燃機関やハイブリッドシステムの共同開発を目的とする新会社となっています。
ガソリン車からハイブリッド車、電気自動車まで幅広く手掛けているジーリーは、数多くの自社ブランドを擁しています。中でも日本で有名なのはボルボと共同で立ち上げた「リンク・アンド・コー(領克)」でしょう。同ブランドは2018年に静岡県の国際サーキット「富士スピードウェイ」でセダン『03』のワールドプレミアを開催したことで日本でも販売するのではないかと噂されていました。結局リンク・アンド・コーは日本へまだ上陸していませんが、この度その姉妹ブランドである「ジーカー」が日本市場へ挑戦する形となります。
ジーカーは2021年に設立されたブランドで、当時はガソリン車とハイブリッド車のみを取り揃えていたリンク・アンド・コーの純電動版ブランドとして誕生しました。同ブランド最初のモデルも当初はリンク・アンド・コーのコンセプトモデルとしてお披露目されたモデルで、のちにジーカーの『001』として正式に発売されました。
ジーカーの特徴は純電動だけでなく、プレミアムを全面に押し出した装備や機能、デザインといえます。デザインセンターはボルボの本拠地であるイェーテボリに所在しており、どのモデルも北欧的エッセンスが加えられた、繊細かつ革新的な内外装デザインが目を惹きます。現在までにシューティングブレーク『001』、大型ミニバン『009』、小型SUV『X』、セダン『007』、中型SUV『7X』、そして中型ミニバン『MIX』の6車種を取り揃えています。そのうち、日本での発売が有力視されているのは009とXの2車種(7Xを含めた3車種とする報道もあります)です。
爆速ミニバン『009』は0-100km/h加速3.9秒!
2022年に発売された009は全長5209 mm × 全幅2024 mm × 全高1848 mm、ホイールベース3205 mmのミニバンで、角ばったフォルムと大きな壁のように平面的なフロントマスクが特徴です。通常モデル(43.9万元/約884万円〜)では6人乗りと7人乗りの2種類となり、78.9万元(約1579万円)で販売される4人乗りの最上級モデル「光輝」も用意されています。
現在中国で販売されている2024年モデルでは、「7人乗り・前輪駆動」「7人乗り・四輪駆動」「6人乗り・四輪駆動」の主に3グレードで構成されています。バッテリーはすべてCATL(寧徳時代)が開発した三元系リチウムイオン電池「麒麟」を採用しており、基本は容量108 kWh、オプションで140 kWhも選択可能です。
航続距離は中国独自のCLTC方式で108 kWhモデルが702 km(前輪駆動で740 km)、140 kWhモデルが850 km(前輪駆動で900 km)と公表しています。出力に関しては、7人乗りの四輪駆動モデルでは前362 hp・後415 hpの2モータ構成で合計777 hpを誇ります。トルクも810 Nmあるため、0-100 km/h加速はこのクラスのミニバンにしては驚異的な3.9秒という数値を叩き出しています。
伝統的な自動車メーカーであるためか、昨今の中国新興ブランドに比べてインテリアは保守的な設計です。コックピット周りのディスプレイはインストルメントパネルの役割を担う10.25インチのものと、地図やインフォテインメントを担当する15インチのものの2つにとどめています。その各ディスプレイもストレス感なく操作可能で、またハンドル上に配置されている物理ボタンの押し心地は良いため、しっかりと設計されている印象を受けました。
2列目以後も広々としています。独立型のキャプテンシートを採用している2列目シートではマッサージ機能はもちろん、格納式のデスクを装備しており、移動時間を快適なオフィスで過ごすように活用できます。
個人的に驚いたのが、ほかの中国メーカーはマッサージ機能の操作をタッチパネルにしがちなのですが、009では黒メッキ仕上げの物理ボタンを採用しており、物理的フィードバックをもって確実に操作が可能という点です。やみくもにタッチパネル操作にしないあたりに、昔から自動車を作っているジーリーの良さを感じました。それでいて、後席ドアの内側には時計の表示やエアコン操作が可能な小型の円形ディスプレイを装備しているので、良い具合に「使いやすさ」と「先進性」を両立させているという印象です。
オーディオはヤマハが設計した30スピーカーシステムを採用していますが、ジーカーは009だけでなく全車種にヤマハ製スピーカーを設定しており、同ブランドの考える極上の乗車体験の演出にヤマハがひと役買っています。2列目上部には17インチディスプレイが天井から吊り下げられており、音楽やドラマ、映画といった一般的なエンターテインメントから、ビジネスなどに役立つビデオ会議機能、さらには6種類の環境音を収録したヒーリング機能までをも搭載しています。
009はエアサスペンションを搭載していますが、実際に乗った足回りの印象は割と硬めです。この辺りは好みが分かれるかもしれませんが、2023年にトヨタが発売した新型アルファード/ヴェルファイアで足回りのセッティングを変えているように、ヴェルファイア的な硬さが好きな人は009の乗り味もすんなり受け入れられるかもしれません。瞬発的な加速性能、そして全体的にローでワイドなシルエットなども相まって、009は「純電動ミニバンならではのスポーティさ」をどう表現するかも念頭に置いて開発されたのでしょう。
ボルボEX30と大部分を共有するジーカーX
ジーカーの小型SUV『X』は全長4450 mm×全幅1836 mm×全高1572 mm、ホイールベース2750 mmとコンパクトで、同ブランドの中で最も小型のモデルとなります。ジーカー車種は全モデルともにジーリー・グループの「SEAプラットフォーム」を採用していますが、Xはその一種である「SEA2」を用いて設計されており、日本では2024年2月からデリバリー開始となったボルボの「EX30」と大部分を共有しています。
Xの中国でのグレード構成は非常にシンプルで、パワートレインに関しては出力268 hp、トルク343 Nmの後輪駆動か、422 hp、543 Nmの四輪駆動のみに絞られており、バッテリーは共通で容量66 kWhとなります。
4人乗りか5人乗りが選択可能ですが、実際に車内に座ってみると大人4人で不快感なく過ごせる内装設計と感じました。一応は小型SUVに分類されるXですが、ストンと落とされたフロントに、若干跳ね上がったリアはクーペ的なデザイン要素であるとも感じました。室内空間も荷室も期待されるほど広くはないため、SUVというよりも小型ハッチバックと形容した方が良いかもしれません。
もちろんボディサイズや価格帯の違いもありますが、Xの乗り心地に関しては正直に言って良くはありません。サスペンションのチューニングは未熟で、高速度域での安定性もどこか不安感を覚えました。
利便性が高いとは言えないサイズに加え、乗り心地の悪さ、さらには販売価格が高いという点も災いして、Xの売れ行きは不調です。中国での販売価格は20万元(約401万円)からとなりますが、ライバルであるフォルクスワーゲンの「ID.3」は12.99万元(約260万円)から、同じジーリー傘下のスマート「#1」は15.49万元(約310万円)からであることを考慮すると、割高感は否めません。
もちろんXはジーカーらしい上質な体験を備えているものの、このクラスの小型SUVに20万元という価格が保証する上質さを求めている人は少ないということなのかもしれません。実際の販売台数も月間500台以下が連続、2025年モデルが発売された2024年7月には1231台を販売しましたが、依然としてブランドの販売実績ワースト車種であることには変わりありません。
ジーカーは日本上陸を目論む一方、日本での知名度は現時点でほぼゼロです。それに加えて中国製であることを鑑みると、「中国色」を極限まで消し、「ブランドの上質さ」や「独自のデザインセンス」といった点で勝負するしかないでしょう。
もちろん電気自動車に絞れば、009もXも日本におけるライバルはまだ少ないですが、買う側にとってはガソリン車やハイブリッド車も比較対象に入ります。そのため、すでに受け入れられている車種に対し、どのような体験を消費者にもたらすことができるかを模索することになるでしょう。中国では新しい物好きの消費者が特に何も考えずに買ってくれるかもしれませんが、日本ではそうは行かないのです。
参考までに、中国での販売価格は009が43.9~51.9万元(約884~1045万円)、Xが20~22万元(約401~442万円)となります。Xに限った話で言えば、乗り出し価格が500万円を切ればそれなりの注目は浴びると個人的に思います。2025年に日本での販売を開始するとのことですが、日本事業の詳細はまだ謎に包まれており、続報に期待したいところです。
取材・文/加藤 ヒロト(中国車研究家)