※冒頭写真は74番札所 甲山寺
いよいよ最終回。「涅槃の道場」
第1弾は「発心の道場」徳島県を日産 リーフ NISMOで、第2弾は「修行の道場」高知県をマツダ MX-30 EV Model で、第3弾は「菩提の道場」愛媛県をHonda e Advance とレポートした「EV四車種で四国遍路を巡る」シリーズ。ついに四国88霊場最後の「涅槃の道場」こと讃岐国、香川県になりました。
「涅槃(ねはん)」は、サンスクリット語で「吹き消す」を意味する「ニルヴァーナ(Nirvana)」が語源。ろうそくの火が静かに消えるように、お釈迦様が入滅したことになぞらえて、仏教では、煩悩の火が消えて悟りの境地へ至ることを意味します。また、死を意味することばでもあります。
「涅槃の道場」は全23札所。最後の88番 大窪寺で「結願」となります(結願とは、仏教用語で日数を定めた祈願、修行を終えること)。
「うどん県」とも呼ばれる讃岐国、香川県。札所を回っていると本当にうどん屋が多く、コンビニより多い印象です。何度かうどん屋に立ち寄りましたが、昼時は近所の住民から営業途中のサラリーマンまでが押し寄せます。基本的にセルフサービス方式で回転は早く、まさしくご当地ファストフード。後で調べたら実際にコンビニよりうどん屋の件数のほうが多いようでした。
涅槃の道場で走った道は、ほとんどが市街地でした。おもに県道を走行し、寺へは細い生活道路を抜けていくコースが多く、山岳路を走るのは66番雲辺寺、71番弥谷寺、81番白峯寺、82番根香寺、88番大窪寺の5札所ですが、それほどハードな峠道ではなく走りやすい道でした。また、札所間の距離が短く、最も離れたところで約18km。四国遍路の中で最も回りやすい道場となっています。
今回も前回同様、東京=四国までの往路、復路ともに高速道路の使用は最小限での移動にしました。
ドライブと各札所のハイライトは下のYouTube動画でまとめています。バーチャルトリップをお楽しみください。
結願の旅の相棒はプジョー『e-208』
最後の道場で試乗するEVに選んだのは、プジョー e-208。ガソリンモデルの「208」のEV版です。208シリーズは、2021年1〜2月期にヨーロッパで最も売れた車種となったスタンダードモデルですが、日本ではフランス車のシェアは低く、馴染みがない方が多いでしょう。
208は、Bセグメントに属するコンパクトカーで、国産車ではトヨタ ヤリス、ホンダ フィット、日産 ノートあたりと同じクラスにあたります。ヨーロッパでは、208のライバルがルノー ルーテシア(現地名ではクリオ)やヤリスとなります。
e-208は、2020年7月から日本国内に導入されたBEV。バッテリー容量は50kWhと、コンパクトカーにしては大きめです。当企画4車種では最も大きいバッテリーを搭載したモデルとなります。なお、航続距離は、欧州WLTPモードで340km(EPA換算推計約303km)のスペックとなっています。
良い意味で「普通のEV」という印象
当企画で乗った4車種で唯一となる輸入車。まだまだ市販EVのモデル数が少ない中で何が普通で、何が個性的なのか比較しづらいところではありますが、e-208の印象は良い意味で「普通のEV」でした。
市販EVのパイオニア、日産 リーフはモーター音や走りの味付けに未来感、先進性を感じるものでした。マツダ MX-30 EV はリーフとは対照的にガソリンエンジンの音色に近づけたギミックのモーター音や走りの味付けが印象的、Honda eはEVらしい特徴的な外観とシティコミューター色が強いスポーティーな乗り味、といったそれぞれ個性が際立つモデルでした。
筆者が乗った国産EVの3モデルは、それぞれの個性を明確にした演出、走りの味付けがしっかりされていたのに対し、プジョー e-208はそういった個性を強く前面に出していないな、と感じました。EVらしさを強調するためのモーター音ではなく自然なモーター音、またEVらしさを強調する装備品もない、普通のEVってこういうことなんだな、と思わせてくれました。
ひょっとするとプジョーは「普通のEV」を意識して開発したのかもしれません。e-208はガソリンモデルと同じプラットフォーム(エンジンモデルの『CMP』と基本構造を共有する『e-CMP』)を使用していますが、バッテリーユニットを前席と後席の座面下やセンターコンソールなどに重量配分を考えて巧みに配置し、室内空間はガソリンモデルと同等にしています。このような、ガソリンモデルとEVの間に大きな違いや印象の隔たりがないことは、ユーザーがEVを選択しやすくすることにつながっていることでしょう。
EVの“平均点”や“偏差値”が出しにくい状況ではありますが、コンパクトカーとしてはバッテリー容量が大きい『普通のEV』が、そこそこ購入しやすい価格で発売されることは、ユーザーの選択肢を柔軟に広げ、サスティナブルなモビリティ社会の実現に貢献してくれるのではないでしょうか。
プジョー e-208の車両価格は、389.9~423.0万円。Honda e、マツダ MX-30 EVより安い価格設定です。グループPSAは、e-208デビューに際し「トータルの費用支出をガソリンモデルと変わらないようにする」旨を伝えています。
自動車メーカーサイドがEVの技術開発、生産だけでなく、こういったカーライフを全体的に見た消費者側の費用負担を見据えて販売を展開していることが印象的です。
50kWhバッテリーはEVライフに余裕をもたらす
今回の総走行距離は、1,989kmで、充電回数は13回/10ヵ所。おかわり充電を3回実施したのは、90kW出力充電器の利便を確かめたかったのと、うまく充電できないことがあったから(充電待ちがいないことなど状況確認の上実施)でした。なお、90kW出力の充電スタンドは合計5ヵ所利用しています。充電開始後、15~20分で充電停止になることが2回ありました。グループPSAジャパンにも報告しましたが、詳しい理由はまだわかりません。
今回の走行の実電費は、市街地、郊外路で約8km/kWh、高速道路で5~6km/kWhとなりました。ほかの3車種よりも電費が良い結果でした。
また、今回は当企画では初となる宿泊中の普通充電を1回実施しています。早起きして出発したので滞在時間が短く、バッテリー容量90%までの充電となりましたが、約45kWhの電力量を充電。四国遍路香川県内での市街と郊外走行の平均実電費が8km/kWhほどでしたので、走行する道路状況が変わらなければざっと360kmの走行が可能となる計算となります。この数値は欧州WLTCモードの航続距離340kmを超えています。交通状況と気候がEVにとって好条件だった背景はありますが、それを差し引いても50kWhバッテリーのありがたさを感じました。
自宅充電できる環境で50kWhバッテリー搭載モデルなら、余裕あるEVライフを楽しめることが実感できました。惜しいことにチャデモでの急速充電は最大出力50kW対応なので、90kW器でも理論的には50kW器と同等の電力しか充電できません。欧州モデルはコンボ規格で100kW対応とのことなので、日本のチャデモでも高出力器に対応してくれると、今回のようなロングドライブ時にもさらに利便性が高まるでしょう。
もちろん、カーライフスタイルはさまざまですから、35.5kWhバッテリーでも問題ないユーザーもたくさんいるはずです。しかし、走行距離が長くなることが多いカーライフスタイルなら、プジョー e-208を選べば安心して使いやすいということです。
さらに、EVの中ではコストパフォーマンスが高いことも特筆すべき。約390万円の「Allure」グレードでも装備は十分ですし、購入時の補助金は今なら国から最大80万円(再エネ電力契約が必要です)、東京都など自治体が補助金を出してくれるところもあるので、実質的な購入負担は内燃機関モデルとの差が縮まってきています。
難点をあげれば、プジョー e-208はV2H(ヴィークル・トゥ・ホーム:車から家への給電)に未対応なところ。細かいところでは、メーターパネル内に充電残量の%表示を常時出して欲しい(充電中には表示されます)と感じました。
(※注記)当サイトの2021年1月9日に公開された同じモデルの試乗記事では、仕様の半分程度の出力でしか急速充電できないことを確認し、『今回の結果は、記事にする前にグループPSAに報告して「もしプログラムでの制御なのだとしたら、改善したほうがいいと思いますよ」とお伝えしました』とレポートしています。ただ、1月(真冬)の試乗レポート時より今回のほうが良い充電結果となっているため、プログラムの修正が入ったかどうかを、グループPSAへ確認したところ、それは行っておらず充電時の外気温、等で充電量が左右されたのではないか、との見解でした。
プジョーe-208のようなモデルがEV普及の本命では?
プジョー e-208 を香川で運転しているとき、たまたま前を走る車がトヨタ ヤリス、隣りを走る車がヤリスクロスとなりました。このとき「あ、やるじゃん、プジョー」とふと思ったのでした。
ヴィッツからフルモデルチェンジしてヤリスに改名した新型は、先代に比べて後席が狭くなりました。しかし、ヤリスをベースにボディサイズを大きくし、後席の広さと荷室の使い勝手を向上させたSUV「ヤリスクロス」がデビュー。後席と荷室の広さを重要視するヤリスに乗り換えようと思ったユーザーが、ヤリスクロスを選択している、という状況があります。
ヤリスに限らず、Bセグメントのハッチバック・コンパクトカーは、後席の居住性を落とす替わりに空力性能を上げて燃費を向上させるのが、今のトレンド。後席と荷室を重視するユーザーは派生モデルのSUVをどうぞ、というラインナップ構成は、ルノー・ルーテシアとキャプチャー、プジョー 208と2008にも共通します(ルーテシア、キャプチャーもヨーロッパ全体で販売台数トップクラスの人気車種です)。
プジョーは、208とSUVの2008の両方に、ガソリンモデルとEVをラインナップしています。これは買う側は選択しやすく、売る側は提案の幅が広がります。この先、充電インフラ、電力不足の懸念など、クルマの電動化に関するネガが払拭の方向性に向かうのと歩調を合わせて、自動車メーカーがプジョー 208のようなモデルラインナップを展開すれば、EVの普及を推進しやすくなるのでは? と思います。この先のEVの可能性を見出した思いです。
【まとめ】この企画で筆者がEVについて気づいたこと
「EV四車種で四国遍路を巡る」企画を構想段階では『おいおい、総理! 2035年に新車をぜんぶ電動車にって、大丈夫かよ!』と思った筆者。この企画で合計20日間ほど、8,346kmをEVで走ってあれこれ気づきました。そのおもな気づきを以下の3点にまとめます。
① なぜ「クルマの電動化」が必要なのかに気づく
2019年度における日本の二酸化炭素排出量は11億800万トンで、そのうち自動車(*)は16%の1億7,735トンと国土交通省が報告しています。(出典:国土交通省 運輸部門における二酸化炭素排出量)
なんだ、たった16%しかないのに電動化なのか、と言う見方もあるでしょうが、だからと言ってやらない理由にはならないでしょう。この16%すべてを電動化する(電動化の定義をBEVのみとした場合)のは難しいにしろ、その割合を高めることは、関係性の高い電力の再エネ化や自動車製造工程の二酸化炭素排出量低減など、芋づる式に脱炭素化への動きが波及します。これは大いに意義のあることだと考えます。
また単に二酸化炭素排出量を減らすだけでなく、限りある化石燃料を大事にする資源保護と、採掘のための環境破壊を最小限度にする環境保護にも効果をもたらします。
さらに、クルマの電動化を推進するにあたり調査、研究、議論の場が増加することも意義のあることと考えます。コンビニやスーパーのレジ袋が有料化されたことにより、それまでSDGsに関心を持たなかった人が、それを機にSDGsへの興味関心を高めて具体的な行動を始めた人は少なくありません。これと同じように、クルマの電動化への動きは、さらに多くの人が地球環境やSDGs=サステナブルな社会に関心をもつようになるでしょう。筆者もそのひとりです。
(*)自家用および業務用の乗用車(バス、タクシー含む)と貨物車、二輪車を含める。
② EVの可能性に気づく
四国遍路で走った総走行距離は、8,346km。充電回数は合計85回となりました。走行距離は自家用乗用車の年間平均走行距離に匹敵、約1年のEVライフを送ったのと同等です。
EVの加速の良さ、静粛性の高さ、回生ブレーキが使えてアクセルワークがしやすいといった、内燃機関モデルにはない魅力を再確認できました。この、加速、静粛性、アクセルワークの3つの良い点は、長時間の運転では疲労軽減に大きく貢献してことを体感。疲労軽減は安全運転、事故防止にも効果的ですね。
「EVの可能性の確認」は裏返すと「EVの問題点の確認」でもあります。その問題点とは、充電インフラの不足(充電スタンドごとに充電器1基がほとんど。出力も低い)、バッテリー性能の向上と価格(充電時間の削減。充電インフラ不足の問題と表裏一体)、電力不足と再エネ化がおもなものですが、これらは問題点というより、解決策が見えている『課題』と表現したほうが正しいかもしれません。
クルマの電動化に関わる課題の解決へは、動きが遅いと感じてはいるものの、前には進んでいます。ほかにも問題点、課題はありますが(本記事ではそれがテーマではないので割愛する)これも問題があるからクルマの電動化=EVシフトを否定する、という理由にはなりませんね。
③ 長距離移動のあり方を考え直すべきことに気づく
今回の旅で乗った国産EV3モデルは、バッテリー容量が35.5~40kWhと小さい部類のため、満充電にして高速道路に乗った場合の実用的な航続距離は、200km台前半程度となってしまいます。数百kmを超える長距離移動は、電池搭載スペースも限られるBセグメントやCセグメントのコンパクトなEVでは厳しいことが体感できました。
しかし、プライベートで頻繁に200km以上の高速道路走行をすることはそうそう多くないが一般的ですし、35.5kWhのバッテリーでも日常生活で車に乗る時のほとんどが外出先で充電することなく帰宅できる範囲です。
ただ、帰省や旅行など年に数回の長距離移動は、バッテリー容量の小さいEVでは移動効率が落ちます。サービスエリアでの充電待ちも予想されます。
当企画で乗った4モデルでは、計画の段階で東京から四国に向かう道中だけでも、4回以上高速道路で充電する必要があることはわかっていました。実際に充電を繰り返して高速道路を移動するのは正直きつく感じ、前回と今回の東京~四国の移動は、高速道路を使用せず、一般道でも長距離の移動が楽なバイパスをメインに走行しました。
これは、これまでの長距離移動の手段、あり方を考えなおすきっかけとなりました。
高速道路を長距離走ることが多いなら、大容量バッテリーを搭載したEVにすれば良い(30分の急速充電で補給できる電力量は大容量EVでもほぼ同じですけど)、で間違いではありませんが、今まで当たり前となっている「マイカーで長距離を移動する」という行動形態を見直して、サスティナブルなモビリティ社会をつくっていきたいものです。
「EV四車種で四国遍路を巡る」企画は、筆者が多くのことを学ぶ良い機会となりました。
『EV悟りの境地』すなわち『EV涅槃』に達し結願した、ことにして筆を置きます。
(取材・文/宇野 智)
充電履歴一覧表
『EVで四国遍路【04/結願編】プジョー『e-208』☓ 香川「涅槃の道場」編』充電履歴全データをGoogleスプレッドシートの閲覧専用共有ファイルとしてアップ(編集長寄本の個人アカウントで)しました。
まとめにプジョーe208をもってきたのは正解でしたね。
そして充電時の懸念もあって、それさえクリアにしてもらえたら大化けすると思います。
ありがとうございました。
4回に渡る記事、ありがとうございました。
YouTubeの方もこれから全部拝見します。
記事でご紹介頂いたように、コストパフォーマンスと実用性は今回の4車種の中ではダントツに良いですね。バッテリーが強制水冷なら尚更です。
本当はテスラモデル3も大変魅力的なのですが、まだ庶民には手が出せない価格なのと、ディーラーで買えない(買えるのか?)のが個人的にはデメリットとなっています。モデル2が出ればプジョーと良い勝負になりそうです。
プジョー専用の充電プランが見当たらないのですが、そこは仕方なくZESP3に入るのが今のところ最善でしょうか。