トヨタがバッテリー工場への投資を増額〜電気自動車への「本気」で新型EV登場にも期待

トヨタは2023年12月までに、欧米での電動化戦略を更新し、追加の投資計画や欧州で来年投入予定の新型電気自動車(EV)、現在の考え方などを公表しました。北米ではバッテリー工場に約80億ドルの追加投資を実施し、2030年までに立ち上げる生産ラインの年間総生産量は30GWhになります。

トヨタがバッテリー工場への投資を増額〜電気自動車への「本気」で新型EV登場にも期待

ノースカロライナ州のバッテリー工場に累計2.1兆円 を投資

トヨタの北米統括会社、Toyota Motor North America, Inc(TMNA)は2023年10月31日に、ノースカロライナ州に建設中のバッテリー工場『Toyota Battery Manufacturing, North Carolina(トヨタ・バッテリー・マニュファクチャリング・ノースカロライナ=TBMNC)』に80億ドル(約1.2兆円)を追加で投資し、約3000人の雇用を創出することを発表しました。
(冒頭写真はノースカロライナ州に建設中のバッテリー工場)

これによりTBMNCへの累計投資額は139億ドル(1ドル150円で約2.1兆円)になります。

TBMNCは、TMNAが90%、豊田通商が10%出資しているバッテリー生産会社です。TBMNCは2025年にバッテリー生産を開始し、ケンタッキー州の工場で2025年に生産を始める3列シートのSUVタイプのEV(電気自動車)に搭載する予定です。生産ラインは2本です。

この計画に加えて、今回の追加投資によってEV、プラグインハイブリッド車(PHEV)用のバッテリー生産ラインを8本追加。2030年までに合計10本の生産ラインとし、年間30GWh以上の容量を確保します。

欧州ではA~Cセグメントの小型EVを重視

北米で追加投資という発表の約1か月後の11月28~29日、トヨタの欧州事業を統括する子会社『Toyota Motor Europe NV/SA(TME)』は『2023 KENSHIKI』フォーラムを実施し、今後の電動化戦略の方針や新規に投入するEVの概要を公表しました。

KENSHIKIフォーラムでTMEは、2026年までにすでに販売している『bZ4X』のほかに、5つのEV専用モデルを市場に導入すること宣言しました。

具体的には、世界初公開した『Urban SUV Concept』を2024年前半に発売するほか、『Sport Crossover Concept』を2025年に発売します。このほか、ICE車と共通モデルで、ステランティスから供給を受けるEVの商用バン『PROACE MAX(プロエース・マックス)』を2024年に発売します。

KENSHIKIフォーラムでTMEのマット・ハリソン最高執行責任者(COO)は、ヨーロッパ市場ではハイブリッド車(HEV)を含むトヨタ車の電動化が2022年の66%から、2024年には75%を超えるだろうと話し、とくにイギリスでは2024年に新車販売台数の22%がEVになると言う予想を示しました。さらに「2030年には80%に達するだろう」と述べています。

COOのマット・ハリソン氏。

またTMEの中田佳宏社長兼最高経営責任者(CEO)は、「(ヨーロッパ市場では)よりコンパクトな製品が求められている」とし、「ヨーロッパ市場でのA、B、Cセグメントの成功を考えれば、顧客がこれらの分野に目を向けるよう求めてくるのは当然のことだ」と述べました。

昨今、EVの販売台数が頭打ちになっているという報道を目にしますが、冷静に考えると500万円以上の車がボンボン売れていたことの方が驚きで、これからの中心になるのはもっと下の価格帯の小型EVではないかと思っています。

だから、ボリュームが多い小型車市場を狙うトヨタの選択は地に足の付いたEV戦略ではないかと感じます。それに今後のEV市場が伸びるかどうかは、欧州メーカーも得意とする小型車の行く末にかかっているのではないでしょうか。

中田佳宏社長兼CEO。

『Urban SUV Concept』を小型EVの先鋒として投入

小型車市場を狙ったトヨタの提案のひとつが、2024年前半発売予定の『Urban SUV Concept』です。仕様の詳細はまだ明らかになっていませんが、以下の点が発表されています。

●Urban SUV Concept
全長:4300mm
全幅:1820mm
全高:1620mm

トヨタのリリースによれば、Bセグメントの市場でもっとも売れているのは『ヤリス・クロス』のHEVだそうです。全幅が1820mmだと、旧来のAやBセグメントとしては大きいと思うのですが、全長4300mmはそこそこコンパクトと言えそうです。

Urban SUV Conceptは、バッテリー搭載量を2種類にすることも明らかになりました。これは嬉しい選択肢です。

2030年までのEV関連への投資額が4兆円から5兆円に増加

トヨタはこれまで、数度にわたってEV開発や、EVおよびPHEV用バッテリー関連の事業計画を公表してきました。2030年までに投入するEVについては、2021年12月の説明会で30車種、350万台という目標を発表しています。

この時には同時に、2030年までにバッテリー関連で2兆円、EV本体について2兆円の合計4兆円を投資する計画も示しました。

2022年から2023年8月頃にかけては、4兆円の内訳が徐々に公表されてきました。そんな中、2023年5月10日の決算発表時の質疑の中で佐藤恒治社長は、2030年までの投資額を5兆円に拡大したことを明らかにしました。1兆円の増額です。

すると6月1日には北米トヨタ(TMNA)から、ノースカロライナ州のTBMNCに21億ドルを追加投資することが発表され、さらには今回のTBMNCへ80億ドルの追加投資がありました。

投資に関して、北米などでの2021年以降の流れをざっくりまとめるとこんな感じです。

●2021年12月
2030年までに4兆円投資し、30車種、年産350万台。年間280GWhのバッテリーが必要という見方示す。
●2022年8月
日米で最大7300億円を投資し、2024年~26年に車載用バッテリー生産を開始。40GWhの生産能力増強(4兆円投資の内数)。
●2023年5月 
2030年までの投資額を4兆円から5兆円に増加。EVは2026年までに年間150万台を「ベース」として10モデルを投入。
●2023年6月 
建設中のTBMNCに21億ドルを追加投資(TBMNCは累計59億ドル) 。
●2023年10月 
LGESと米国でEV用バッテリーの長期供給契約締結。
●2023年10月 
TBMNCに約80億ドルを追加投資(累計139億ドル)。2030年までにTBMNCの生産ラインは10本、年間生産量は30GWh以上に。2025年生産開始のSUV型EVに搭載予定。

基本的には4兆円~5兆円の投資額の内訳の説明なのですが、投資額の増加や、先行してTBMNCの設備増強を進めている要因は、気になると言えば気になります。

経営陣から中国の衝撃が続々と

ジャパンモビリティショー2023にて。

こうしたトヨタの動きは、投資額を小出しに発表しているというよりは、社長交代後の短期間で急速にEVへの優先度が高まったようにも見えます。

とくに2023年5月、決算発表での経営陣の言葉は、EVを早期に揃える事の重要性を滲ませるものと映りました。しかもそれは、強く中国を意識したものでした。

中嶋裕樹副社長兼CTOは、これまでのEVの生産、設計を通じて「さまざまな勉強」をしてきたと話した上で、次世代のEVは作り方そのものを変えて生産ラインを現在の半分にするなど「大胆なチャレンジをすることによって製造コスト抑える」という考え方を示しています。

さらに中嶋副社長は、新しく立ち上げたEV専門の部署「BEVファクトリー」等の今後については「中国で学んできたリーダーが新しいチーム編成で、新しいバッテリーEVに取り組んでいく」とも話しています。

中嶋副社長はまた、直近の上海モーターショーを見た印象を問われて、「正直、驚きを隠せない部分がたくさんあった」と話し、とくにコックピット周りのデジタル化、ソフトウエアの部分では、中国側の力を借りながら進めていくとしています。

上海モーターショーについて語ったのは中嶋副社長だけではありません。宮崎洋一副社長兼CFOも「(上海)モーターショーで見る景色は我々にとっても驚きだった」と述べています。

そして、中国市場については「アメリカ同様、バッテリーEVのシフトは早いと思っている」、「バッテリーEVに真っ先に取り組まなければいけないと思っている」などの現状認識を示しました。

なお佐藤社長は、中国では、ハイブリッド車(HEV)の需要は底堅い一方で、EVは新規需要が中心になっているため、両面の取り組みを進めることが重要という見方を示しています。

いずれにしても中国の変化についてトヨタ首脳が語った印象を聞くと、これまで中国の状況を見誤っていた、あるいは甘く考えていたようにも思えてなりません。筆者が上海モーターショーの規模や中身に驚いたのは15年ほど前でした。今になって驚きの言葉が出たことに、こちらが驚きました。

ただ、現状把握が確実にできれば対応策も出てきそうです。コスト、品質や販売慣習の違いもあるため地場メーカと競争するのは容易ではないし、正面から向かっていく必要もないとは思いますが、トヨタが本腰を入れた後にEV市場で浮上するのかどうかには世界の自動車メーカーが注目しそうです。

市場の要請でEV化を加速へ

トヨタの中期的な目標は2030年に350万台のEVを販売することですが、直近では2026年までに10モデルを投入し、アメリカと中国を中心に年間150万台を販売するという短期的な目標も打ち出しています。

さらに2023年5月の決算発表説明会では、2026年に投入するモデルはEVならではのパッケージにすることを明らかにしたほか、150万台という数字について佐藤恒治社長は「目標と言うよりはひとつの基準として考えている」という認識を述べました。トヨタの中でのEVの重み付けが増していると言えるでしょう。

北米と中国の割合は定かではありませんが、2023年5月以降は北米TBMNCの設備増強を急いでいるように見えます。

とくに、冒頭で紹介したTBMNCへの80億ドルの投資は、累計139億ドルの58%を占めています。ここにきて従来の投資額を超える分を一気に投下するのは、何かに急かされているようでもあります。

TMNAの小川哲男CEOは2023年6月1日の投資増額発表で、CO2排出量をできる限り早く、できる限り多く削減するためには「お客様のニーズを満たす電動車のラインナップを提供する必要がある」と述べ、EVおよびEV用バッテリーに取り組むとコメントしています。つまりEV部門の拡充は市場の要請と考えていることになります。

さらに、前述したKENSHIKIフォーラムで小型車市場に投入するEVを重視する方針が示されたのは、トヨタの腰が定まってきたことを示しているのかもしれません。

トヨタは前社長の嗜好なのか水素エンジンでのレースを一所懸命にPRしたりしていますが、EVに対する投資の増額や新車投入も具体性が出てきました。あとは計画通りにことが進むのかどうかですが、フォルクスワーゲンがバッテリー工場の計画を先送りにしたことを見てもわかるように、状況は流動的です。

それでもトヨタは、欧米では市場の要請があると見ています。日本市場が取り残されているのは残念なことですが、出遅れていたトヨタがどう巻き返すのか、来年以降の動きがちょっと楽しみになってきた今日このごろです。

文/木野 龍逸

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


この記事の著者


					木野 龍逸

木野 龍逸

編集プロダクション、オーストラリアの邦人向けフリーペーパー編集部などを経て独立。1990年代半ばから自動車に関する環境、エネルギー問題を中心に取材し、カーグラフィックや日経トレンディ他に寄稿。技術的、文化的、経済的、環境的側面から自動車社会を俯瞰してきた。福島の原発事故発生以後は、事故収束作業や避難者の状況のほか、社会問題全般を取材。Yahoo!ニュースやスローニュースなどに記事を寄稿中。原発事故については廃棄物問題、自治体や避難者、福島第一原発の現状などについてニコニコチャンネルなどでメルマガを配信。著作に、プリウスの開発経緯をルポした「ハイブリッド」(文春新書)の他、「検証 福島原発事故・記者会見3~欺瞞の連鎖」(岩波書店)など。

執筆した記事