EVの動力性能が急速に向上しています。BYDの「YANGWANG U9」がニュルブルクリンク北コースでEV世界最速記録を更新。Xpeng「P7」の24時間最長距離記録更新など、EVの動力性能向上に関する最新ニュースを紹介します。
ニュルブルクリンク北コースで量産EV最速タイム更新
極限の車両性能が求められるドイツのニュルブルクリンク北コースで量産EV最速タイムを達成しました。特に今回記録を樹立したのが2022年に立ち上がったBYDのハイエンドブランド「YANGWANG(仰望/ヤンワン)」のスーパーカー「U9 Extreme」です。2024年2月に発売されたU9をさらにアップグレードしたモデルです。
「YANGWANG U9 Xtreme」の概要
●全長/全幅/全高/ホイールベース:4991/2029/1351/2900mm
●車両重量:2480kg
●1200Vプラットフォーム
●最速出力555kW、30000RPMモーターを4基搭載
●最高出力:2220kW(3019PS)
●装着タイヤ:Giti Sport e•GTR2 PRO(セミスリック)
●バッテリーセル:サーキット専用LFP
●バッテリーパック:二層冷却構造
●最大放電レート:30C
●チタン合金カーボンセラミックブレーキ
まさに現在のEV最高峰の動力性能やサーキットに特化した装備内容を奢ることによって、ニュル北コースでのタイムは「6分59秒157」を記録。 このタイムは4月にシャオミSU7 Ultraが打ち立てた「7分4秒957」を5秒以上も短縮して、量産EV最速タイムを達成しました。
量産EVのニュル最速タイム一覧を確認すると、上位2車種が中国製EVとなっていて中華EVの勢いを感じざるを得ません。とはいえポルシェも現在タイカンの「Manthey Package」を開発中と言われており、U9 ExtremeとSU7 Ultraを超えるタイムを虎視眈々と狙っています。
ちなみにICE車を含めた量産車最速タイムはメルセデスAMG ONEが2024年に記録した「6分29秒090」であり、量産車最速タイムにはまだ差があるのも事実です。とはいえEVが着実にニュルでタイムを縮めることができているというのはEVのさらなる発展においては極めて重要な動向でしょう。そして今後数年でさらにドイツ勢も中国勢に対抗するハイパフォーマンスEVを投入して、熾烈な開発競争に突入することは間違いありません。
YANGWANG技術責任者へのインタビュー
ちなみに、中国現地の自動車系ブロガーによるYANGWANG技術責任者へのインタビューで興味深い発言内容があったので列挙しておきます。
●30Cもの放電レートの達成にはLFPが不可欠。温度耐性と低SOC条件下ではNMCは安定したパフォーマンスを発揮できない。
●さらにNMCはサーキット走行における物理環境変動(例えば極端な振動や変形)にも耐性が低い。
●NMCは温度耐性が低いため、セルレベルでのエネルギー密度はLFPを上回るものの、パックレベルにおけるエネルギー密度はLFPと比較して優位性を出せない。
●e4プラットフォーム(モーター4基搭載)は車両制御、具体的にはブレーキング性能を高めるため。車重が嵩むBEVは通常の摩擦ブレーキだけでは対処できず、超強力な回生ブレーキが必要。フロント側に搭載されている555kWの2基のモーターは動力性能を高めるというよりも回生ブレーキ力を高めるため。
●電子制御ボディコントロール(Disus-X)とe4プラットフォームという最新ハードウェアを組み合わせることによって、今後の車両調整はソフトウェア中心で考えることができるようになった。例えばニュルを走行する場合、GPSで判断して直線コースに突入したら最速速に特化したモードに切り替わる。カーブ直前に突入したら自動的にカーブ特化モードが起動。
●車両重量の軽量化のために3Dプリントを多用。
とくに私が気になったのはバッテリー周りの話です。私自身世界の主流EVのバッテリーのエネルギー密度をデータ化して比較していますが、実は800Vシステムを採用するとエネルギー密度は低下する傾向にあり、さらに中国勢が先行する5C以上の超急速充電に対応するとなると、エネルギー密度がさらに低下する傾向にあります。
いずれにしてもサーキット走行で対処しなければならない極端に高出力なCレートや温度耐性、そして幅広いSOCレンジでの安定性などで、NMCと比較してLFPの方がむしろハイパフォーマンスEVに適しているとBYDは主張してきているのです。
BYD「Yangwang U9 Xtreme」が最高速世界記録も更新
またU9 Extremeは最高速度でも市販車史上最速となる「496.22km/h」を記録しました。実は2025年8月にU9は「472.41km/h」を記録していたものの、たったの1ヶ月でさらに20km/h以上も最高速を引き上げて、これまで市販車記録のトップだったブガッティ・シロンSuper Sports 300+(8.0リッターW型16気筒エンジン搭載)の「490.48km/h」を上回りました。
実際の計測時の映像を見てみると、シロンは400km/hから490.5km/hまで48秒という加速時間を要しているものの、U9 Extremeは400km/hから496km/hまでたったの18秒で加速し終えています。
かねてEVの弱点として指摘されていたのが高速域における加速性能の低下です。この問題に対処するためにポルシェやメルセデスは2速トランスミッションを採用しているわけですが、今回のU9 Extremeに変速ギアは採用されていません。この圧倒的な中間加速を実現しているのが30,000RPMを実現するBYD独自内製の超高性能モーターの力なのです。
モーターだけでなくパワー半導体、バッテリー、ブレーキシステム、サスペンションシステムは全てBYDの独自内製品が採用されています。このような超垂直統合もBYDの大きな強みと言えそうです。
U9 Extremeは「佳通タイヤと共同開発した専用セミスリックタイヤを装着し、世界限定30台の特別モデルとして販売」されるそうです。BYDオートジャパンの東福寺社長のSNSポストによると、日本で販売するとしたら「2億円超と判明」ということでした。
ちなみにこれまでのEV最高速度は日本のAspark Owl SP600が2024年に記録した438.73km/hでした。
Xpeng 「P7」が24時間チャレンジで量産EV最長距離達成
中国新興EVメーカー筆頭のXpengが挑戦したのは、24時間の間に充電時間を含めてどれだけの走行距離を走れるのかを競う「24時間チャレンジ」です。
この24時間チャレンジを最初に実施したのがポルシェでした。ポルシェは2019年にタイカンの性能をアピールするためにEVとして初めて24時間チャレンジを考案して実施。3,425kmという記録を打ち立てていました(関連記事)。
24時間チャレンジというのは200km/h級という高速走行を行った直後に超急速充電を行って再度高速走行に復帰するといった走行シチュエーションになることから、パワートレイン全体における熱マネージメントが優れていないと良い結果を出すことができません。
今回のXpengは8月末にローンチした新型「P7」で24時間チャレンジを実施。タイカンをはじめとして、直近で最長距離を達成していたシャオミ「YU7」を上回る3,961kmを達成したのです。
新型P7は800Vシステムと5C超急速充電バッテリーとともに、強力な熱放散システムも搭載されています。このシステムによってフロントトランクの容量がたったの56Lと制限されてしまっているものの、24時間チャレンジのような極限の走行環境においても安定した走行性能と充電性能を実現できるのです。
「Concept AMG GT XX」が地球一周の距離を7.5日で走破
最後にメルセデス・ベンツの「Concept AMG GT XX」が、コンセプトカーではあるものの、24時間チャレンジよりもさらに過酷な地球一周チャレンジを敢行した話題です。
Concept AMG GT XXはメルセデスAMGで採用される予定のAMG.EAプラットフォームというハイパフォーマンスEV専用アーキテクチャーをベースに開発。最新の円筒型直冷式バッテリーや3基のモーターを組み合わせることによって、300km/hの超高速走行を行いながら、平均出力850kW級の超急速充電を行い、再度走行に戻るという走行シチュエーションを8日間続けたのです。
結果は想定よりも短い7日間13時間24分7秒で地球一周分に相当する40,075kmを走破することに成功。24時間あたりの平均走行距離は5,000km超と、約7.5日もの間、一貫して5,000km超を走行していることからも、途中で熱マネージメントに問題が発生したなどということはなかったことが伺えます。
ちなみにこのConcept AMG GT XXは24時間で5,479kmを走行しており、Xpeng P7を38%も上回る圧倒的な性能を実現しています。メルセデスはこのConcept AMG GT XXの要素技術をベースにした量産ハイパフォーマンスEVをAMGブランドから2026年中に発売する方針を示しており、量産バージョンがどれほどのパフォーマンス性能を実現できるのかに期待できます。
また、メルセデスはこの地球一周チャレンジを行うにあたって、1,000kW(1MW)級の超急速充電器の開発も行っています。これはMCS(Megawatt Charging System)規格の充電ディスペンサーにCCS規格の充電ケーブルを取り付けることで、CCS規格でも1,000kW以上の超急速充電に対応させることに成功。実際にこの技術を応用して、2026年中に欧州をはじめとするグローバル全体にメガワット級急速充電器の設置を進めていく方針も示しています。
BEVの限界性能がガソリン車を凌駕する?
このようにして、この直近で数々の自動車メーカーが、EVの限界性能に挑戦する動きを活発化させています。とくに中国勢は海外マーケットにおける知名度拡大などのために限界性能にチャレンジしており、これらのチャレンジによって中長期的に、欧州をはじめとしてEV販売にどれだけ結びつけられるのかにも注目です。
またメルセデス・ベンツをはじめ、車両性能の限界でトップに立ち続けていたドイツ勢も黙っているはずがありません。メルセデス・ベンツもポルシェも2026年中にさらに高性能なハイパフォーマンスEVを投入する予定であり、YANGWANG U9 Xtremeの持つニュル最速タイムや最高速度の記録更新にも期待できます。
世界の新車販売に占めるBEVシェア率はまだ20%以下です。はたしてBEVがガソリン車を名実ともに上回る動力性能を達成することができるのか。航続距離や充電性能だけでなく、限界性能の進化にも期待しながら注目していきたいと思います。
文/高橋 優(EVネイティブ※YouTubeチャンネル)
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